褪せ人がオバロ世界でデミゴッドを倒す話   作:合格ラインはのりお

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トブの大森林 亜人の群れ

 嵐が少女の恐怖心を煽る。

 

 通いなれた森であるはずなのに、ここはまるで別世界かのように変わってしまった。

 この止まぬ嵐が始まったあの日から、それまでの平穏はどうしようなく壊れてしまったのだ。

 

 少女は、震える木立の影に何者もいないことを確認すると、また薬草を摘み始めた。

「急がなきゃ……」

 

 恐怖を紛らわすように呟く。

 

 本当は、森に入ってはならない。森は嵐の訪れと共に、以前にも増して危険になっている。何者とも知れぬ怪物の雄叫びを何人もの村人が聞いている。

 

 しかし少女はその禁を破ってでも、ここにくる必要があった。村を守るためにはどうしても、ここに群生している薬草が必要なのだ。そして今の村には、それを採って戻れる者は少女しかいない。少女は友人の薬師に薬草の見分け方や摘み方を教わったことがある。

 

 籠に薬草を入れていると、背中に影がかかった。自分を心配して迎えにきてくれた村人かと思ったが、獣のような荒い息づかいを感じ、すぐに違うと悟った。

 

 少女は反射的に振り返る。そこには灰色の肌の小柄な人型がいた。森のゴブリンに似ているが、違う。肌の色もそうだが、何よりその瞳に宿る狂気が、この森の住人とは一線を画している。

 

 まるでこの世界の者ではないような、別世界から来た異物のような、そんな気がした。

 

 灰色の人型が耳障りな雄叫びを上げた。そしてその殺意に満ちた目が、少女に向けられる。

 

 死の予感が、少女の思考を停止させた。少女は恐怖で足が震え、立っていられなくなり、その場にへたりこんでしまう。

 

 人型が棍棒を振り上げる。少女は、咄嗟に手で頭をかばった。

 

 鈍い音と共に頭に強い衝撃を受ける。一瞬、意識が飛び、気づいたら地面に倒れていた。頭と指が強く痛む。見ると、中指と薬指が折れていた。頭部からは血が流れ、頬を伝い顎から滴り落ちている。

 

 頭上にかかった影が動く。見上げると、唾を飛ばして奇声をあげる人型が、再び棍棒を振り上げていた。

 

 少女は、数瞬の後に来る衝撃を恐れ、目蓋をぎゅっと閉じた。

 

 馬のいななきが耳朶を打ち、悲鳴が森に木霊した。

 

 少女は、しかし無事であった。少女はすぐ傍にかちゃりと金物同士が触れる音を聞き、目を開けた。

 

 そこにいたのは馬のような生き物に跨った騎士だった。兜のせいで表情を伺い知ることは出来ないが、こちらに敵意はないように思えた。騎士の剣は血に濡れており、少し離れたところに棍棒と、首から大量の血を流す人型の死体が落ちている。騎士の顔は、木立の影からぞくぞくと現れた人型の群れに向いている。

 

 騎士が馬のような生き物から降りると、その生き物は幻であったかのように光の粒となって消えた。少女が驚いていると、今度は鈴がなり、半透明の狼が三匹、霞のような光の粒と共に現れた。騎士は少女を守るように人型の群れと対峙し、狼達もそれにならった。

 

 先に動いたのは人型だった。人型の群れは奇声を上げて騎士に殺到する。それぞれ棍棒や刃物を手にしていたが、鉄の盾と剣、甲冑を身に付けた騎士に比べるとそれは何ともみすぼらしい。騎士は先頭の人型が得物を振るうより早く剣を突き込み、人型の喉を貫通した。絶命した人型の後ろから別の人型が騎士の左手に回り、棍棒で殴りかかる。少女は小さく悲鳴を上げた。

 

 騎士は左手に盾を持っていた。反射的に悲鳴を上げた少女だったが、戦い慣れた様子のこの人ならば盾で易々と防ぐことが出来ると思った。しかし少女の予想に反し、騎士は盾を前に構えなかった。騎士は盾を右にひくと、それを棍棒に合わせて横に振るった。

 

 盾が棍棒を強く弾き返す。棍棒は打ち上げられ、脆弱な腹部が騎士の眼前に晒される。騎士はその隙を見逃さず、剣を深々とそこに突き刺した。

 

 その一連の動作には無駄がなかった。ただ盾で受けたとしても何も問題はなかっただろう。所詮は棍棒だ。鉄製の盾で防げないはずがない。しかし騎士はそうせず、わざわざ弾き返した。結果的にそれは攻撃を防ぐと共に相手の隙を作り、効率よく致命の一撃を与えるに至った。

 

 それは攻防一体の技であった。防御も兼ねた攻撃というべきか。少女はこれまで、冒険者や国の兵士が戦っている姿など見たこともなかった。自分で戦ったこともない。故に盾や剣での戦いのことなど何もわからないが、盾を振って相手の攻撃を弾くなど、並大抵の冒険者や兵士に出来ることとは思えなかった。もし少しでも盾の振りが遅かったり速かったりしたら、隙を生むのは騎士の方だろう。

 

 騎士はいとも簡単に人型を斬り捨てていく。

 

 ただ、人型も勢い任せに戦っているわけではない。騎士を取り囲むべく横に回り込もうとする。しかしそれを半透明の狼が許さない。三匹の狼はそれぞれ人型に喰らい付き、人型が騎士の背後に回り込まないようにしている。

 

 そこで少女は気付く。狼は騎士の背後を取らせないためだけにいるのではない。憶測だが、騎士が狼を召喚したのは、背後にいる自分を守るためでもあるのかもしれない。

 

 人型を斬り払う騎士。その間に生じた隙を突こうと別個体の人型が迫り、刃物を振るってくる。騎士はまたしても盾でそれを弾き返すと、がら空きとなった人型の身体に剣を突き立てた。最後の一体が死に、十匹ほどいた人型の群れは全滅した。

 

 少女は安堵の吐息を漏らし、騎士がこちらに振り返ろうとする。しかしその時、木立の影から何者かが跳び出し、瞬時に二匹の狼を光の霞へと返す。現れたのは先ほどの人型よりも大きく、より獣染みた怪物であった。

 

 残された狼が気づき、怪物に喰らい付こうと跳びかかる。しかし怪物は俊敏で、それを後ろに跳んで避けると、返すようにその鋭利な爪で狼を引き裂いた。狼は他の二匹と同じように霞となって消えてしまった。

 

 怪物は、明らかに灰色の人型とは違った。近い種であるとは思う。しかしその骨格、俊敏さ、そしてその鋭い爪の殺傷能力は別種のように異なる。

 

 少女の体が震える。あんなに頼もしかった狼達がこんなにあっさりと倒されてしまうなんて。少女は縋るように騎士を見上げた。

 

 騎士は、しかし少女のように恐れを抱いている風には見えなかった。その目は油断なく怪物に向けられている。その堂々たる立ち姿に、少女は安堵し、体の震えが止まった。

 

 怪物が騎士に跳びかかる。鋭い爪が迫り、少女は、騎士がまた盾で弾くと思った。しかし騎士は、今度は盾で受けた。甲高い音がなり、火花が散った。騎士はすかさず剣を振ったが、怪物は跳ねるようにそれを躱した。

 

 怪物の攻撃は人型のそれよりも速かった。だからそれに合わせて盾で弾き返そうにも、先ほどのようにはいかないのかもしれない。騎士は先制して剣を振るうが、どれも躱されてしまう。爪を盾で受けてから攻撃しても、やはり一手遅れるのか、その切っ先が怪物を捉えることはない。

 

 そのままどちらも一撃を与えられず、膠着状態に陥るかと思われた。しかし戦いの流れが変わったのは、騎士が盾を下げてからだった。

 

 少女は、騎士が戦いを放棄したのかと思った。盾を力なく下げ、騎士は剣の切っ先を僅かに上げたまま動きを止めたからだ。怪物がその隙を逃すはずがない。怪物は地面を蹴り、一瞬の内に騎士に飛びかかった。爪が、防御を放棄した騎士の顔面に向けて振り下ろされる。少女は思わず声を上げた。

 

 しかし爪は空を斬った。騎士は、いつの間にか怪物の懐に潜り込んでいた。騎士は爪が触れそうになったその寸前に、身を屈め転がるように爪を躱し、怪物の脇をすり抜け、懐に移動したのだ。騎士は戦いを放棄したのではなく、戦い方を変えたのだ。

 

 騎士が懐に潜り込んだ時、怪物は一瞬、騎士を見失っていた。驚いたように目を見開き、身体が斬りつけられるその瞬間まで、目で騎士を探していた。

 

 騎士が与えた傷はまだ浅い。跳び退いた怪物は、未だに俊敏さを失っていなかった。怪物は体勢を整えるためか、騎士の間合いから距離をとった。

 

 騎士と怪物の距離はおよそ五歩分。怪物は一跳びで間合いを詰められるが、騎士では一歩で詰め寄ることが出来ない。

 

 不利な間合いであることを瞬時に悟ったのか、騎士の行動は早かった。

 

 騎士は剣を掲げ、柄の辺りが顔の左側にくるように構えた。少女は一瞬、その行動の意味が分からなかったが、その刀身に青い光が生じた時、それを理解した。

 

 いつだったか、薬師の友人が魔術を見せてくれた。その時の魔力の光と、騎士の剣より生まれた青い光はとても似ている。

 

 騎士が横薙ぎに剣を振るう。当然、剣が届く距離ではない。しかしその切っ先が怪物に向いた一瞬、刀身の青い光は収縮し輝石のつぶてとなり、矢のように打ち出された。

 

 反応が遅れた怪物はそれを避けることが出来ず、顔面につぶてを受ける。炸裂したつぶては青い火花を散らせ、怪物に痛手を負わせた。

 

 だがこれで終わりでは無い。まだ、輝石のつぶてによる攻撃は続いている。

 

 刀身はまだ青い光を宿している。騎士は滑るように距離を詰めると、地面を蹴り、魔力刃による鋭い突きを繰り出した。つぶての衝撃から立ち直れていない怪物にそれを避ける術はない。深く突き込まれた剣は怪物の口から入り喉を抜け、背を破った。鮮血が宙に舞う。怪物の背から生えた刀身は、血に濡れてようやく光を失った。

 

 息絶えた怪物の身体が、塵となって消えていく。いつの間にか、灰色の人型の死体も消えていた。

 

 まるで幻を見ていたみたいだ。緊張から解放された少女は、呆然と辺りを見回した。死体は何も残っていないが、飛び散った血痕と人型の武器はそこに残っている。

 

 騎士がこちらを振り返る。少女はお礼を言わなければならないと思い口を開こうとしたが、上手く言葉が出なかった。代わりに涙が溢れ、しゃっくりのような嗚咽が止まらなくなった。

 

 私は、生きている。また家族に会えるんだ。

 

 嗚咽混じりに口にした「ありがとう」という言葉は、正しく騎士に伝わっただろうか。

 

 肩に置かれた篭手の感触は固く冷たかったが、騎士の優しさと気遣いを感じられた。

 

 嵐の音が遠い。もう、少女は嵐を恐れてはいなかった。




出てきたのは亜人とその親分です。

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