ポケモン、クセが強い短編集   作:@逆行

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99.【本気短編】胡蝶の夢(9692文字)

「マユルドは、アゲハントにはなれないよ」

 何度も、僕は教えた。だが、少しも彼は納得しない。「そんなの、進化してみないと分からない」と、即彼は反論してくる。

 僕は、カラサリス。彼は、マユルド。マユルドの彼は、アゲハントになりたがっていた。

 僕らは元々、ケムッソという芋虫だった。ケムッソは、二種類のポケモンに進化が枝分かれする。それが、カラサリスとマユルドだ。

 そしてこの二匹は、もう一段階進化できる。カラサリスはアゲハントに、マユルドはドクケイルになれる。

 しかし、逆は無理だ。すなわち、カラサリスはドクケイルになれないし、マユルドはアゲハントになれない。

 だから、彼が願おうとも無理だ。可哀想だが、仕方ない。

 アゲハントは、体の後ろへと伸びた、色鮮やかな羽が特徴的だ。目はくりんとしていて、体は真っ白。美しい見た目で、好かれている蝶だ。春になると、風に乗って畑を飛び回る。そして、針のような長い口で、花から花粉を集める。花畑だけでなく、植木鉢からも収集するらしい。でも、人間が管理している物へ向かうのは危険な気もする。

 翻ってドクケイルは、周囲から嫌われている蛾だ(勿論、蓼食う虫も好き好きだということを付け加えておく)。黄色くて太い触覚。目は怪しげで、体は紫。緑を基調とした、赤い模様のついた羽が、体から横に伸びる。羽ばたくと有害な粉がたまに舞うから、近寄らない人が多い。

 ケムッソは皆、綺麗な方に成長したがった。僕も彼も、そうだった。それは至極、当然のこと。

 僕はめでたく、願望が叶う。思い描いていた未来を歩ける。彼には悪いが、凄く嬉しい。

「だからさ。君はドクケイルにしかなれないんだよ」

「例外だってあるだろ」

「例外なんてないよ。定められたことだよ」

「定められたことであるという証拠は?」

 ずっと彼はこの調子。とにかく屁理屈を繰り返す。いつまでたっても認めない。

 勿論気持ちは理解する。彼も同じように、美しい蝶として生きる未来を思い描いていた筈。でも、もう諦めて欲しい。マユルドになってから、彼はだいぶ時間が経つ。

「証拠って……。皆そう話してたから、きっとそうなんだよ」

「皆が言っているから真実? 俺らを騙すため、ホラを吹いていたかもしれないだろ」

「なんで僕達を騙そうとする。そんなことする理由がない」

「でも、可能性はゼロじゃない」

「……」

 彼を説得するのは疲れる。なので、

「はいはい。分かりました」

 そう言って、僕は会話を終了させる。 

 まあ、進化すれば真実を知る。そのとき腹をくくってくれ。そう、思っていた。

 

 

 時が経過。僕はめでたく、アゲハントへ進化を遂げた。彼はまだだが、後少しらしい。

 翌日彼の元へ。そこには、薄紫の抜け殻が一つ。彼は無事に、進化できたよう。だがどこへ行ったのか。

 この森は広くないから、すぐ見つけられた。付近の空を飛び回っていた。何やら嬉しそうだ。

 嬉しそう? そんな訳ないのに。

 次に彼が発した言葉を、僕は聞き漏らさなかった。

「やったー! 俺はアゲハントに進化したぞー!」

 おい、嘘だろ。

 いやいや。いやいやいやいや。おかしいから。違うから。どこからどう見ても、姿形はドクケイルだから。一体、何を言ってるの。

 分かった。現実逃避だ。彼はただ今、妄想の世界に逃亡中だ。脳内では現在、蝶になった自分が、華麗に空を飛んでいるのだろう。

 目を覚まさせよう。僕は彼の元へと飛ぶ。

「ちょっと何叫んでる」

「お前か。見てくれよ、俺、なれたんだよ。やっぱり言う通りだったろ。マユルドは、勝ち組になれないとは限らないんだ」

「頭大丈夫? ドクケイルじゃんどうみても」

「頭大丈夫はこっちのセリフだよ。アゲハントだろ明らかに」

 まだ認めないと言うのか。真実は眼前の中の眼前にあるのに。仕方がない。指摘してやるか。

「まず体の色を見よう」

「ん?」

「紫だよね。アゲハントは紫じゃないよね」

「俺は色違いだ。紫色のアゲハントだ」

「じゃあその口は。アゲハントなら、口は針のように長い筈」

「飛び回っているとき、木の枝に引っかかって切れた」

「口が切れるってやばいぞ。じゃあその黄色い触覚は」

「黄色い触覚付いてるの? 俺からは見えないし、嘘じゃないの」

「付いてるよ」

「証拠は?」

「……」

 彼は、依然として反論してくる。だったら今度は。

「ちょっと技を繰り出して。まずは痺れ粉」

 彼は痺れ粉を繰り出した。その色は紫。

「毒の粉じゃん」

「これはあれだね、空気中の二酸化炭素と混ざって毒の粉に変わったんだ」

「適当言うなよ。そんな化学反応知らないよ」

「お前が喋りすぎるから、この辺りに二酸化炭素が溜まったんだよ」

「じゃあ今度は朝の日差し」

「朝の日差しは朝じゃないと出せない」

「今は朝の八時だよ」

「今は夜中の三十二時だ」

 ダメだこりゃ。 

「もういいよ。勝手にしろよ」

 結局、今回も僕が折れた。

 

 

 彼はその後、驚くべき行動を取った。森のポケモン皆に、自分はアゲハントだと主張し始めた。

「森のポケモン全員に、アゲハントだと認めさせてやる」

 そう言っていた。

 当然皆は訝しがる。嘲笑も浮かべる。ただでさえ、ドクケイルは好かれない。なのに、意味不明なことを聞かされる。彼は余計に、避けられた。「毒が伝染るから近寄るな」と、キレイハナに怒鳴られたこともあった。

 それでもめげない。森中を巡る。「実は自分はアゲハントなんだぜ」と話しかける。初対面だろうとお構いなし。

 数週間が経過する。変化が訪れた。

 極々一部の者が、彼の言うことを信じ始めた。極々一部でも、僕は驚愕した。あんなトンチンカンなことを何で。

 でも、良く見たら、別に驚くことでもなかった。なぜなら信じているのは、本当に小さい子ばかりだったから。子供ならば、信じてしまっても、まあおかしくはない。

 子供しか信用しない現実に、彼もようやく気がついた。そして、酷く落ち込んだ。だが、まだ諦めなかった。

 しばらくして、バトルの練習をしている彼に出会った。彼は何度も、木に向かって技を出し続けていた。

「どんなに練習したって、アゲハントの技は出せないよ」

 答えなかった。とにかく夢中になって、自身の体を鍛え、技を磨き上げていた。何のためだろう。

 おおよそ、三ヶ月くらいして。また、変化が訪れた。子供だけでなく、一部の大人も「あの彼は実はアゲハントなんだ教」に入会し始めた

 これは、すぐに理由が判明。あるとき彼は、一匹のコンパンと話していた。

「なあ、コンパンくん。俺は何のポケモンに見えるかい」

「う……ア、アゲハントです……」

 弱気な性格の丸い昆虫に、高圧的な態度で質問していた。コンパンは、望まれる答え以外を返せないでいた。

 つまり、そういうことである。

 彼は、力でねじ伏せた。逆らったら攻撃するよという態度を取り、相手の言動をコントロールした。だから信じたポケモンは、弱気で戦うのが苦手な者ばかり。

 このためだけに技を磨く執念深さには、思わず関心までしてしまう。そこまでして、周りから認定されたいのか。

 しばらくして、また信者の数が伸びなくなる。強くなろうと、種族的に勝てない相手はいる。弱くとも脅迫に怯えない者もいる。

「脅しで無理やり言わせたって、なんの意味もないよ。もう諦めなよ」

 彼にそう助言する。しかし、

「いや、まだだ。脅して駄目なら、次はああする」

 彼の炎は、まだまだ消えてはいなかった。

 彼は今度は、木の実を集めまくっていた。飛べるという性質を生かし、木からどんどん取っていく。そして、冬が訪れるとその木の実を、食糧不足で困っているポケモンに配り始めた。

 いきなりの善意に、皆戸惑っていた。己が損をするだけの行為。何か裏があると思うのが普通だ。

 彼は、他にも「良い行い」をした。川を渡りたいが泳げないピカチュウを、掴んで向こう岸まで連れていってやったりしていた。

「どうしたの? 以前はあんな酷いことしてたのに、急に良いことしちゃって」

 彼は一言こう答えた。

「好感度を上げるためさ」

 今度は彼は、周りから好かれることにより、「こいつの言っていることは正しいに決まっている」と思わせる作戦を取っているらしい。

 元々、ドクケイルは嫌われている種族。だが、彼の度重なる偽善によって、徐々に信頼と人気を集めていった。そして、少しずつではあるが、彼のことをアゲハントだと思う者が再度出現してきた。

 でもそれでも。まだまだ少ない。彼は最初、次のように言っていた。

「森のポケモン全員に、アゲハントだと認めさせてやる」

 これからどうする。彼は最近動きを見せない。

 ところがこの後。目に見えるように、数が増えていった。彼は何もしてない。にも関わらず、爆発的に。

「あそこにいるポケモン、紫色のアゲハントなんだってよ」

 そんなことを言っているポケモンが一匹。また別の場所にも一匹。明日になるとまた一匹。

 そう、ここからは、ただ単に口伝で広まっていった。

 信じているポケモンの様子。それを見て、真実なんだと思うポケモン達。そしてだんだん、その数はねずみ算式に増加していく。

「あの信用している人が言っているから、そうに決まっているんだ」という心理。それはどうやら、皆想像以上に強いみたい。こんなあからさまな嘘を、ポケモン達は平気で信じ切る。

 ちょっと僕は、この森の状況に恐怖心を抱いた。シュール。狂っている。愚か。始めは一匹が広めた噂。それが、ここまで拡散する。この状況がおかしいと思っているのは僕だけなのか。

 このペースは、まずい。いずれ、森の全て手ポケモンが信じてしまうようになる日も、そんなに遠くはない。何しろこの森は狭い。

 と、なれば。やるべきことは一つ。彼の暴走を止めよう。ちゃんと説得しよう、今度こそ。

 

 

「さあ十分楽しんだでしょ。嘘でしたって、今からでもばらしてきな」

「俺は、嘘を言ったつもりはない」

「何度言わせるんだ。君の信じている己の姿は、完全に妄想に過ぎないんだって」

「嘘だ。皆自分のことアゲハントだって言ってる」

「お前が広めたからだろ。君だって、心の中ではちゃんと理解しているんだろ。自分が、美しい蝶ではないって」

 自分の種族のことを「美しい蝶」などと堂々と言ってしまって、ちょっと恥ずかしく思った。でも我慢して続ける。

「そうやって他人に嘘ついて、自分にも嘘ついて。それじゃあ何も、変わらないよ。現実をちゃんと、受け入れないと。ドクケイルは確かに嫌われてるし、辛い思いもすると思う。でもきっと、楽しいこともあるんだって。それをこれから、探していけばいいと思うよ」

 一言一言丁寧に、昨日考えを纏めたことを話した。彼は一瞬、鋭い不気味な目でギロリと睨みつけてきた。「上から目線でガミガミと」。ぼそりと呟いたのを、僕は見逃さなかった。

「一つ言っていい。ずっと教えたかったことがあるんだけれど」

 彼は、声のトーンを急に低くする。

「なんかお前、勘違いしてない?」

「……は?」

「さっきからお前、俺に上から目線で色々言うけど、全部『ブーメラン』だからな。現実をちゃんと見てないのは、お前の方だ」

 次に彼が放った言葉を、僕は生涯忘れることはないだろう。

「お前、アゲハントじゃないよ。ドクケイルだよ」

 今すぐ彼を、風起こしで地平線の彼方へふっ飛ばしたい衝動が起こった。あるいは、痺れ粉で動けなくしてから、銀色の風でずたずたに切り刻みたい。てめえ、今なんて言った? この僕が、アゲハントじゃないだって!?

「ずっと言いづらかった。でもそうやって現実見ろって説教するなら、まずお前が眼前の中の眼前の現実を直視するべきだ。だから、伝えた」

「僕がドクケイルな訳ないだろ! ちゃんと僕を見なよ。この体のどこが」

「だから、それは嘘なの。お前はドクケイル。俺がアゲハント。これが真実だ」

 自分がアゲハントだと認められたいからって、僕のことをドクケイルだとかほざくなんて、酷いにも程がある。

 もう、彼とは話したくない。僕は怒った。何も言わず、背を向けて立ち去った。もの凄い速さで僕は飛んだ。細い木の枝は避けない。飛びながら、頭の中で何回も、

「そんなことある訳ない。そんなことある訳ない」

 そう、繰り返していた。

 

 

 彼と一切の会話をしなくなってから三ヶ月が経過した、ある日のことだった。

「ママみて、色違いのドクケイルがいる。気持ち悪い」

 まだいたいけな子供であるチルットが、自分を”ドクケイル”だと羽で指差してきた。

 そうか。君はそんなことするのか。

 彼は、僕が色違いのドクケイルだという噂を、今度は広め始めたらしい。

 子供に危害を加えぬよう、一生懸命怒りを沈めた。丁寧な深呼吸を五回する。

 不快感を抱かせる事案は、これだけではなかった。

 空を飛んでいるとき、同じく飛んでいるバタフリーとすれ違った。バタフリーはすれ違う瞬間、嫌な顔で僕と距離を取った。近寄ると、毒の粉を浴びてしまうと思ったのか。だから、僕はアゲハントだって。

 不快過ぎたから、家に帰ることにした。家の傍に着地する。自分が着地した場所には、枯れて茶色くなっている花が一輪。

 これは元々枯れていたのか。それとも、ドクケイルである僕の毒によって枯れたのか。

 待て。自分の頭は今、異常になっていた。自分はドクケイルじゃない。毒なんか出せない。

 首を思いっきり横に振る。邪念を吹き飛ばそうとする。なんで自分はあいつに流されている。自分がアゲハントというのは紛れもない真実。常識アンド常識。

 それから、数カ月後。

 僕はすれ違うポケモン皆に、ドクケイルだって言われまくっていた。早いよ。こうなるの早すぎるよ。

 ドクケイルだって言われすぎて、自分は頭がおかしくなりそうだった。「違うだろ!」って思いっきり叫びたい。けど、そう叫んだ時点で、自分は彼らの言動を気にしていることを認めてしまうことになる。だからじっと堪えていた。

 いつしか、胸に不安が渦巻くようになっていた。僕は絶対にアゲハントで正解なのだけれども、それを確認したくなった。彼じゃないけど、「証拠」というものを求めたくなった。

 聞きに行くことにした。誰にって、ケムッソのときに僕に色々なことを教えてくれたパラセクトに。何をって、僕の本当の種族は何かってこと。

 あのパラセクトには、本当にお世話になった。僕に色々教えてくれた。親が早くに人間に捕まった自分にとって、唯一の相談相手であり先生でもあった。ケムッソの進化の仕組みについて教えてくれたのもパラセクトだった。

 そのパラセクトに、僕は聞いたのだ。すると、

「ドクケイルだよ」

 即答だった。

 分かっている。”こいつも”洗脳された存在だって、頭では理解している。なんでこんなに動揺するの。こんなに不安になるの。

 そうだ、パラセクトの言っていることが、絶対的に正しい訳ではない。僕は記憶の深みから、パラセクトが今まで間違ったことを唱えた事柄を、懸命に思い出そうとした。確かオレンの実は、火傷に効かなかった。そうして、安心感を得ようとした。しかし得られる安心感は、米粒一つにも及ばない大きさだった。

 その夜、延々と考え続けた。僕は実はドクケイルかもしれない。そのような考えは、徐々に膨らむ速度を増した。僕は何者なのだろう。やはり、僕が間違っていたのか。

 

 体が白いドクケイル。細い口を持つドクケイル。羽が後ろに伸びるドクケイル。別に、いてもおかしくない。いやいない。いややっぱりいる!

 僕がアゲハントである証拠は、どこにもない。本当に、彼の言う通りなのかもしれない。

 何が正しいのか、分からない。

 抱いていた不安感は、次第に恐怖心へとスライドしていく。思い描いていた未来を歩めないことへの、とてつもない恐怖。

 ずっと昔から、美しい蝶になることを願っていた。華麗に宙を舞うことを、花の蜜を吸うことを、綺麗だと言われることを願っていた。しかし、その全部が崩れようとしている。

 自分がドクケイルであるというあくまで仮説であったものが、だんだんと絶対的な真実だと感じるようになっていく。 

 気がつくと、僕は涙が出ていた。僕はアゲハントだっていう、真実だか偽りだか分からないものを、真実だと自分に言い聞かせること、それはいわゆる「逃げ」なんじゃないかって、現実を認めたくないだけなんじゃないかって、そう叫ぶ謎の声が聞こえてきて、でも僕は反論することができなくて、ただただ涙を流すのみで、謎の声は次第に数が増えてきて、僕を覆い囲む感じで責め立ててくるから、僕は思わず逃げたくなって、でもまた「逃げる」のは良くないことだって言われて。

 

 

「どうしたのかい?」

 鬱になった僕の眼前に現れたのは、あの彼だった。

「君がなんと言おうと、僕はアゲハントだ」

「いい加減目を覚ませ!」

 彼は風起こしで、僕を吹き飛ばした。風起こしは、アゲハントもドクケイルも使える技。僕は後ろの木に衝突。背中に激痛が走り、地面に蹲る。

「お前はドクケイルなんだよ」

「違う、僕は……」

 体と心が両方ズキズキと傷んで、上手く言葉が出てこない。

「そうやって他人に嘘ついて、自分にも嘘ついて。それじゃあ何も、変わらないよ。現実をちゃんと、受け入れないと。ドクケイルは確かに嫌われてるし、辛い思いもすると思う。でもきっと、楽しいこともあるんだって。それをこれから、探していけばいいと思うよ」

 彼は急に優しい口調になって、まるで僕を包み込むように諭してきた。

 確かに、彼の言うことは最もだ。僕は、現実を受け入れるべき。でも、どうしようもない。いきなり納得できる筈がない。

 やっぱり自分は、前に進みたいけど。

「少しずつでいいんだよ。ちょっとずつ現実を受け入れていけば」

 できるのかな、自分に、現実を受け入れる力があるのかな。

「大丈夫。俺も付いてる。挫けそうになったときは、いつでも励ましてやる」

 ”アゲハント”の彼が、優しげな笑顔を見せた。

 そうだドクケイルだって、きっと生きてて楽しいのだ。決して、負け組なんかじゃないのだ。

「君のおかげで大切なことに気がつけたよ。ありがとう」

 僕は、前を向く。涙はもう流さない。

 例え、ドクケイルだろうとも、立派に生きていくんだ!

 

 

 

 …………

 

 何かがおかしい。

 

 こういう結論の出し方で、いいんだっけ。

 

 

 

 

 

 次の日、誰もいない場所で、僕は毒の粉を出してみた。毒の粉は空気中の二酸化炭素と混ざり合って、見事な黄色になっていた。

 やっぱり自分はドクケイルだ。

 けれども、もう落ち込まない。ドクケイルとして、楽しく過ごすことを決意したから。

 夜中の三十四時頃、僕は飛び回った。アゲハントだろうとドクケイルだろうと、空を飛べるというのは素敵なことだ。やっぱり気持ちが良い。今日は気温も風も丁度良いから余計に。

「よしよし、楽しく過ごせてるな。もう少し高い場所を飛ぼう」

 僕は高度を上げた。高く、高く、空へ。

 すると、森の外にある、人間の町まで見ることができた。

 僕は急に、人間の町に興味が湧き始めた。生まれてから、一度も森の外へ行ったことなんてなかった。ケムッソのときでは、すぐに人間に捕まってしまうから。

 けれども、今はドクケイル。空高く飛んでいれば、捕獲される心配はない。だったら……

 僕は好奇心を抱えて、森から飛び出していった。

「へーこれが人間の町か」

 色々なものを見た。鉄でできた建物。家が並ぶ光景。人々が歩く道路。その全てが新鮮で、見ていて楽しかった。僕はついつい、高度を下げてしまう。

 高度を下げた瞬間、目に止まったものがあった。それが、植木鉢だ。

「あれ?」

 植木鉢を見たら、僕の体がピクッと反応した。なんで? アゲハントは、植木鉢の蜜を吸う。けれども、ドクケイルはそんなことしないから、反応する理由がない。

「見て、あそこにアゲハントがいるー! きれー」

 小さい女の子にそう言われて、僕は我に帰った。慌てて上空へと戻っていく。

 あれ、今あの子なんていった?

 確かに、アゲハントって言った。自分の耳が聞き間違いを犯していなければ、確かに。

 もしかして、自分はアゲハントなのか。ドクケイルじゃないのか。さっきは植木鉢に釣られた。それも、アゲハントの性質だ。ということは。

「アゲハントだ、珍しいな」

「アゲハントじゃん、ゲットしてえな」

「アゲハントだー! かわいいー!」

 人間達は明らかに、自分の方を向いて言っている。

 あれ自分って、ドクケイルじゃなかったっけ?

「そこで何してるの」

「え」

 振り返ると、そこにはメスの黄色いアゲハントがいた。僕に話しかけたのは、彼女のようだった。

「あなた、野生でしょ。危ないよここにいたら。野生のアゲハントなんて珍しいから、すぐ捕まるよ。私みたいに捕まりたくないなら、帰った方がいいよ」

「僕が、アゲハント……?」

「え、違うの?」

「僕は色違いのドクケイルじゃないの」

 すると、彼女は笑って、

「そんな訳ないじゃん。色違いのドクケイル見たことあるけど、濃い紫色だったよ。第一見た目の特徴が全然違うじゃん。あなたは、普通の色のアゲハントよ。私は色違いだけど」

 そういえば、そうだ。あれ。

 僕はここで、本当の本当の意味で目を覚した。

 そうだ、僕はアゲハントだった。

 森の皆にドクケイルだと言われ、信用していたパラセクトにも言われて、トドメとばかりに嘘まみれの説教を彼にされて。僕はすっかり、頭がおかしくなっていた。

 でも、ちょっと森の外から出てみたら、皆自分のことをアゲハントだって言っていて。だから僕は、洗脳が解けた。

 そうだ、僕はアゲハントなのだ。

「どうしたの、急に泣き出して」

「ありがとう。君のおかげで、騙されていた自分に、気が付くことができたよ」

 

 

 この森のほぼ全てのポケモンは、彼のことをアゲハントだと、そして僕のことはドクケイルだと、信じるようになった。彼の、努力の成果であった。

 彼がアゲハントで、僕がドクケイル。彼は皆から好かれ、僕はちょっと嫌がられている。それは、この森の常識と化している。けれども、あくまで森の中限定の話だ。ここから一歩でも外に出たら、その常識はまるで通用しなくなる。

 場所によって、真実などいくらでも変わる。

 僕は、あることを決心した。

 旅に出ることにした。森の外の世界を、もっとよく知りたいのだ。下手したら、人間に捕まるだろう。でも、それでもいい。新しい世界が見れるなら、それも面白い。

 もしかしたら。場所によっては、僕はドクケイルとして扱われる。そのようなことも、あるかもしれない。あるいは、ドクケイルとして扱われているが、周りから美しいと言われる。あるいは、アゲハントとして扱われるが、周りから嫌われている。そういったことも、あるかも。

 僕は様々なその場所の考えを、目に焼き付けたかった。色々考えたけれども、僕がアゲハントということは、真実でも偽りでもないと思う。僕の中ではアゲハントだけど、他から見たらそれは違う。彼に洗脳され、それが解けて、しばらくしてから、僕はそのような柔軟な考えを持つようになった。

 旅立ちの日、僕は”アゲハント”であり”ドクケイル”でもある彼と話した。

「本当に行っちゃうのか」

「うん、たぶん戻ってこれない」

 僕は、自分の人気を得るために、僕を嫌われ者にした彼を憎んでいる。彼のやったことが、正しかったなんて微塵も思わない。けれども、矛盾しているようだけれども、憎んではいるけれど嫌ってはいない。彼はここまで、血の滲むような、いや、血が溢れ出るほどの努力をして、嘘を広めてきた。その努力の凄さは、間違っていようと賞賛されるべき。それに、僕は彼から、大切なことを教わった。

 ある集団が真実だと思っていることなんて、たやすく変わりゆくものだ、ということを。

「じゃあね」

「ああ、達者でな」

 彼は悲しんでいる素振りも見せず、僕にさよならをする。奴は自己中心的だ。僕に負い目など感じていない。そして彼は恐らく、「あいつは嫌われるようになったから逃げたんだな」って、内心思っているに違いない。そう思われてしまうのは、多少なりとも悔しかった。だから僕はせめて、

「この嘘つきやろうめ」

 彼に聞こえないように、小声でそう言ってやった。

 ”ドクケイル”であり”アゲハント”である僕は、眩しい夕日を背にして旅立った。狭苦しい森を抜けだして、町内へと向かっていった。

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