ウマ娘短編集   作:こしょ

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原作のウマ娘が出ませんのでご注意、ほぼ世界観のごく一部を借りただけの創作かもですけれど、
ただ公式ウマ娘だとありえない出来事ではあるかも、まあ驚くような事件ではありませんが


ゲートを亡くした心

 人生二度目のG2を勝ったばかりの私に悪いニュースが飛び込んできた。私のトレーナーが転属するというのだ。つまり新しいトレーナーを探さないといけない。本来、トレーナーを変えるのはリスクがある。実はもっと高かった能力が発揮されるようになるかもしれないし、逆に全然今まで通りいかないかもしれない。

 そうはいっても、どう転んでもトレーナーがいない状態ほど悪いものはない。わかってはいるのだが、上り調子だった私は最善を求めてしまう心があった。……トレーナー選びは難航した。

「トレーナーがいなきゃレースに出られないんですか?」

 私の問い合わせにトレセンの事務員さんは気の毒そうに答えた。

「規則ですので、申し訳ございません」

「こちらこそ、難しいことを言ってすみません。……どうしよう」

 とつぶやいたところで目の前の相手がどうこうできるわけもない。トレーナー募集の届けもしているのだが、うまくマッチングしない。時期も悪かったのかもしれないけど、私が高望みして何人か断ってしまったのもある。調べると相手の悪い噂ばかりが妙に耳に入って、誰を選んでもダメな気がする。

 もともと最初のトレーナーは勝手に決まった。あまりやる気のある人じゃなくって、複数人を同時に指導していたから、あんまり私の方には熱意を感じなかった。でも、それが結局、その教え子の中で重賞を取ったのは今のところ私だけなんだから、見る目もなかったのだろう。

 少し口が悪くなってしまった。過ぎたことはともかく、問題なのは、今回私は選べる立場になっていることだ。軽く人間不信になっているのかもしれないとも思う。あるいは天狗か。

 

 学校の授業にはもちろん出る。勉強は真面目にやる。トレーニングも真面目にやる。私のこれまでの成功はこの真面目さのおかげだ。

「一緒に走ってくれてありがとう」

 私は、すでにトレーナーの決まった元同門の友にお礼を言った。

「いいえ、こちらこそ。でもターキークロウさんはまだトレーナーが決まらないんですか?」

「う……うん。なかなか、ピンとくる相手がいなくって……」

 彼女は心配そうに私を見る。息が上がっている彼女に対して、私はまだやれる。スタミナもスピードも私には全然かなわないのだが、彼女にはトレーナーがいる。私にはいないので、レースに出られない。

 

 別にやけになったわけではないが、寄り道をして帰ろうと思った。買い食いとか……ちょっと甘いものを食べたりしてみたい。高校生にもなったのだから。

 そういうわけでケーキ屋さんに入って、パフェなんかを頼んでみた。意外と大きくてびっくりした。でも、まあそうはいっても人間サイズだから、他の子が飲んでるはちみーなんかに比べたらまだ少ない方か。私はあれも飲んだことがなかった。

 まあ、それはそれとして目の前の甘味の塔だ。緊張しながらその芸術品というか、どこからスプーンを入れて良いのかわからない物体を恐る恐るすくい取って口に運んだ。それは、もう、おいしかった。

 

 満ち足りた気持ちでお店を出た。空がもう暗くなっていて、寮の門限が近いが、まあ歩いて帰っても十分間に合うだろう。機嫌が良くて歩きながらニコニコしてしまう。また来よう、なんて思いながら。

「ねえ君、ウマ娘でしょ?」男の人の声で、急に呼び止められた。

「えっ、私ですか?」

 振り向くと、近くの高校生だろうか、たぶん年上で、かなり美男子だった。

「かわいいね、ウマ娘はみんなかわいいけど、君は僕の見た中で一番かわいいかも。ねえ、僕、将来トレーナーになりたいって思ってるんだ。よかったら話さない?」

 私はひえ~ってなって余裕をなくし、顔を真赤にしながら、

「ごめんなさい、もう、すぐ帰らないと門限なので」と答えた。しかし、彼は許してくれない。

「せめて連絡先だけでも」と粘ってくるので、やむなく教えてしまった。なんということでしょう、ただ走りさえすればすぐに逃げられるのに、私の足は役に立たなかった。

 ……ただし、門限に間に合うためには役に立った。トレーニングよりも心拍数がずっと多くなってしまったが。

 

 帰ってきて同室の栗毛の子と今日の話をすると、それただのナンパじゃない?と言われた。

「やっぱりそうかな、私も……そうかなと思った。でも私なんかに声をかけるなんて……」

「何言ってんの!」彼女は少し大きな声を出した。「あなただってかわいいんだから、気をつけないとだめだよ!」

「そうなのかな……私はこの黒髪に白い部分が大きいし……それがみっともなくって……」

「そこが良いんだろうがよ……まあ、その話とは別でも、あなたは重賞も取ってて有名ウマ娘の仲間入りしてるんだから、そういう方でも知られてた……とか?」

「そういえばトレーナー志望って言ってたっけ」

 うーん、とふたりして考え込んでしまった。

「まあ、ほんとにただのいいイケメンだったら、私にも紹介してよ」

「ははっ、そうね」

 結局、脳天気な結論で終わってしまった。

 

 それから金曜日にメッセージが来た。明日話さない?というのだ。どうしようか。私の気持ちは高鳴っていた。だって、こんなの初めての経験だったから。

 やっぱり同室の子に相談してみた。彼女はあなたが決めたらいいと言う。

「でも、もし心配なら私も一緒に行こうか?」

 そう言ってもらえて、私はなんていい友達を得られたんだろうと思い、同時にそこまでは迷惑かけられないと思い、断った。まあ、いざとなれば走って逃げられるだろう。私は、きっとそう、優秀なウマ娘なのだから。

 

「トレセンってどんなことしてるの? 君はどんな距離が得意? 普段の練習は?」

 精一杯のおしゃれをした私に、彼は質問攻めをしてくる。

「私はあの……G2をこないだ取って……」

 というと彼は尊敬の眼差しで私を見る。嬉しくないことはない……。嬉しくないことはないけど!

 喫茶店でこんなに過ごしたのも初めてだ。何か違うようなとは思いつつも、やっぱりドキドキする。彼の真剣な目で見つめられると……。それに、トレーナー志望と言うだけあって、知識はあって私も多少の知見が得られたような気がするし、話が通じて楽しかった。

 話の最中に勢い余ってぐっと私の両手を握られた時は、さすがに走って逃げたかったが、足が動かなかった。なぜだ! しかもそれでお互い顔を真赤にしてしまった。

「……その先の考えもないのに手をつかまないでください」

「……ごめん。大事な体に……」

 そのセリフもなんか違うような……。

 

 しばらく、彼と定期的に会うようになった。私は好きになっていたのだろう。同室のパフェちゃんは会わせてよと言ってくるが、別のウマ娘を会わせてしまうと、彼はその子にも夢中になるような気がして、それは嫌だと思った。こんなことを思うのは良くないことだろうか? 彼女は、にまーっと笑って、わかってるよと言った。

「そ、そんなんじゃ……ないから!」

 ああ、しかし、私の思いは完全に「そんなん」だったかもしれないが、彼の方はどうなのかというと。

 

「ターキークロウさんは次はどのレースに出るんですか? 君ならもしかしてGⅠ?」

 私はそれを聞かれると苦い思いで、どうにかはぐらかそうとする。

「まあ、それは、今検討中なので、まだわからないですね~……」

「そっか、前の君のレース、見たよ、素晴らしい走りだったね」

「あ、ありがとうございます!」

 褒められるのは嬉しい。

 彼とは毎日のように会うようになってしまった。楽しい。楽しませようとしてくれるから、自分の知らないところに連れていってくれるし、とっても面白くてドキドキする。

「トレーナー探しはだいじょうぶ?」

 パフェちゃんが聞くが、やはりそれも誤魔化してしまう。

「うん、探してるよ、でもなかなか……」

 そんなこんなとしているうちに、驚くほど時が過ぎてしまった。

 

 ある日の彼が突然、真面目な顔で尋ねた。

「君、もしかしてだけど、最近トレーニングしていないの? 気のせいだといいんだが」

「ど、どうしてそう思うのかな」

「少し、スマートになってる気がする。どこというのは具体的な指摘は僕にはまだ難しいんだけど……」

 季節が暖かくなっていて、衣服の露出が増えたのを後悔した。

「だって、仕方ないじゃない。もちろんやってるけど、でもしょっちゅうあなたと会ってるんだもの」

「確かに……そうだ。当たり前のことだった。でもどうして? 君にはトレーナーがついているはずじゃないの?」

「いないのよ! トレーナーなんて!」

 私が大きな声を出すと彼は驚いた。

「重賞を取るほどの子がトレーナーなしだなんてありえない」

 私はトレーナーがいなくなったことと、その代わりを探してすらいなかったことを説明した。

「ああ、僕も悪かった。君といるのが楽しすぎて、何も見えなくなっていたんだ。君はレースに戻った方がいい……と思う」

 私は反発して答えた。

「どうして? こうして過ごすのは今だけの青春なのに。レースなんて、苦しいし、走るのは好きだけど、別に勝負なんかしたくないし、私なんて……人に言われるからやってただけよ」

 そう言うと彼は考えこんでしまった。実際に何を考えているかはわからないけど、確かにふてくされたようなことを言ってしまったかもしれない。でも彼だって共犯みたいなものだし。

「一緒に遊んでたんだから、私に偉そうな最もらしいことなんて言わないでよ!」

 彼がまだ何も言ってないのに、私はそう叫んでしまった。彼はやはり真剣な顔をして私を見て、頭を下げた。

「全部僕が悪かったんだ。君といるのが楽しくて仕方なかった。君の邪魔をしていたということも、気が付かないといけなかったのに……」

 私は照れて顔を真赤にしてしまった。

「ごめん、あなたのせいじゃないの……でも、レースなんてどうでもよくなったのは本当だよ。だって、その……つまり……あなたと過ごす方が楽しいんだもの」

「それはとても嬉しいよ、すごく、光栄だ。でも、僕はトレーナーになりたいってこと、覚えてる? 僕のその夢へのスタートを、ウマ娘にレースを辞めさせるということで始めさせないでほしいんだ。どうかな。でも、もちろんどうしても嫌なことなら無理には言わないよ。意思を尊重し、支えるのも役目のうちだ。けど……どうかな?」

 何かあれば走って逃げればいい、そうずっと思ってたけど、結局私は全然走れなかった。彼の想いに、私なりにまっすぐ答えたかった。

「私が走れば、あなたは私を応援してくれる?」

「するに決まってるじゃないか! なんだってするよ! 君のために!」

「なんでも? ふーん……じゃあ……キスでもしてくれる?」

「え、あの……それはもちろん……」

 彼もドギマギしているのを見て、私は微笑んだ。

「まあ、それはもっとロマンチックな時にしましょう。私、これからトレセンに走って戻ることにしたから。また今度ね!」

 彼が見送るのを背にして私は走った。なんだか久しぶりに走ったような気がする。

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