完結に伴いサブタイ変更しました(以下略)。
──頭が痛い。
朦朧としている意識にぐわんぐわんと揺れる視界。
吐き気もある。
三半規管がやられたのかもしれない。
それに……体が重く、思うように動かない。体が鉛のようとはよく言ったものだ。
今にも重力に屈して崩れ落ちてしまいそうになる。
「あぐ……ッ!」
立ちあがろうと足に力を込めると、身体中に激痛が走り、思わず蹲る。
ここで倒れることができたのなら、どんなに楽なのだろう。
でも──
それでも、私は立ち上がらなきゃいけない。
今倒れてしまったらそこで終わってしまうという確信があった。
だが、もしかしたら……まだみんな生きていて、ここからでも逆転の目があるかもしれない。
そう思って、さっきまで仲間がいた場所に目を向けて──
「あ、あはは……また、ダメっ……だったかぁ……」
──思わず、乾いた笑いを漏らした。
視界に映ったのはさっきまで仲間だったミンチ状の肉塊とそれを成した人型の生命体。
いつもと何も変わらない
別にもう期待してはいなかった。そのはずなのに、言い知れない無力感と悲壮感に包まれる。
「ふむ……まだ立ち上がってきますか。先ほど私の攻撃を避けたことと言い、実に興味深い」
ソレの見た目は何処にでもいそうなただの好青年だった。
だが、一箇所だけが決定的に違う。
それは……角だ。
頭のにヤギのような角がついている。
ヤツの名は魔人。
衝動に突き動かされるがままに破壊行動を繰り返す魔獣とは違い、明らかな知性がある超常的存在。
魔獣を率いてスタンピードを引き起こした破滅の使者。
つまり、コイツを殺せば全てが終わるのだ。
だが……勝てない。
勝てなかった。
何度死に戻っても届かない。
力の差は歴然だった。
結果なんて分かりきっていた。
最初から勝ち目なんてなかったんだ。
私たちはここで、スタンピードの防衛に失敗して……みんな死ぬ。
それは何度やり直しても変わらない事実。
最初から覚悟はしていた筈だ。
お父さんとお母さんが魔獣に殺されて、魔法少女になった時から。
都市防衛の要。
人類の希望。
戦うアイドル。
聞こえはいいけど、要は常に死と隣り合わせの消耗品だ。
幼い少女たちにそれを求めるのは酷だろうけど……もうこの際、それは良い。
人はいつか必ず死ぬ。
自然の摂理だ。
彼女たちは運が悪かった。
それだけだ。
それに……この希望のない世界において、死とは一種の救済措置でもある。
死は平等だ。
裕福とか貧困とかそんなのには関係なしにある日突然訪れ、その人の物語を終わらせる。
生きる意味を見出せないのなら、終わらせればいい。
現実に絶望したのなら、全部放りだして逃げればいい。
「とはいえ、これで終わりです。魔法少女」
死が救いでないとしたら、この世に救いなんてものはあるのだろうか。
もう一度言おう。
この希望のない世界において、死とは一種の救いである。
でも私は──
私だけは──
────
◆◇◆◇
第一級危険区域──旧首都、東京。
かつての日本経済の中心であり、世界でも有数の都市の一つ。いや、一つだったと言った方が正しいのだろう。
現在の東京に最早かつての面影はなく、所狭しと連なる文明の産物は、人間の事情なんて知ったことかとでも言うように繁茂する緑に侵食されつつあった。
栄光の象徴であった東京タワーには
人間がここを訪れることは殆どなく、来たとしても魔法少女がたまに巡回にやってくるだけで、到底人が生きていける場所とは言えない。
そんな人の滅多に来ない廃都の、その中でも魔獣が比較的少ない地域の廃ビルの一角に私は拠点を構えていた。
そこは何の会社だったのかは分からないが、人1人分の食料は賄える小さな農園があり、水道も生きていた。魔獣が人間以外の生命体には興味を示さないのもあって、なんとか生き延びることはできている。
そう、生き延びている。
なんのために生きているのかなんて分からないのに、生きている。
スタンピードから都市を守ろうと何度も死んで、何度もやり直してきた。そのための力が私にはあった。今だってある。
でも──もう限界だった。
端的に言えば、心が折れてしまったのだ。
先の見えない戦いに。
自分1人で立ち向かわなければいけないことに。
その苦しみを誰も理解してくれないことに。
そんなことはもう、耐えられなかった。
だからもう都市を守ることは諦めて、今は1人都市の外で暮らしている。
これはこれまでのループで共に戦ってきた彼女らへの裏切りだ。
無かったことにされた血と汗と涙への冒涜だ。
そして何より──これまでの自分を否定することだった。
あんなに苦しい思いをして、文字通り何度も死んでやり直した。でもその結果がこれだ。
ハッピーエンドでもトゥルーエンドでも、ましてやバッドエンドですらない。ただただ、何もかもなかったことになっただけ。
それでも今こうやって生き延びて少しずつ魔獣を狩っているのは……せめてもの贖罪なのだろうか。死に戻りなんていう強力無比な能力を持っているのに、都市一つ守りきれないことへの。
いや、ただの自己満足だろう。こんなこと、何の意味も成さないのだから。
彼女を助けたことも……そう、自己満足だ。
沼に嵌っていた思考を一旦中断して、横で気絶している少女に目を向ける。
改めて少女のことを観察する。
女である自分から見ても整った目鼻立ちに、艶やかなフェアリーピンクの髪。コスチュームも私の黒いフード付きのてるてる坊主のようなものとは違い、華やかなピンクのフリルが着いていて如何にも女の子って感じ。典型的な魔法少女。
そして胸に付いている光り輝くバッジ。政府公認の魔法少女である証。
ここまでは良い。
ただ、さっき遠目で見た立ち回り方から魔獣との戦闘にあまり慣れていないことが見て取れた。つまり、ごく最近魔法少女になったばかりの成り立てだということだ。
これは問題だ。
何故か? 一部例外はあるが、本来成って一年以内の新米魔法少女は
これは近年低下傾向にあった魔法少女の生還率を問題視した政府が立てた対策だった。
だからこその、4人1組。だが彼女は1人だった。例外にあたるような強力な魔法少女であるようにも見えない。
もしかしたら他にもいたのかもしれないが、血や魔力の痕跡はない。最も、飲み込まれでもしていたら私に判別はできないが。
加えて、ここは第一級危険区域。比較的彼女らの守る都市に近い場所に位置しているとはいえ、彼女のような新米魔法少女が来て良いような場所ではない。
魔獣が魔法少女の持つ魔力を取り込んで成長する性質を持っているため即死させられなかったことと、たまたま私が巡回の途中で通りかかっていたこともあって一命は取り留めたが、危なかったのは言うまでもない。
強い魔法少女ですらあまり立ち寄ろうとしないここに何故この少女が来てしまったのか。
何故1人なのか。
そして何より──過去のループで政府の魔法少女は全員知っているはずなのに、この子は見たことがなかった。
──と、色々と疑問に思うことはあったが。この少女が起きないことには何も始まらない。
「うぅ……あ、あれ? ここは……」
罪悪感を感じながらも、あどけない寝顔を晒す少女の肩を揺すると多少の嗚咽と共に髪と同じフェアリーピンクの瞳が開かれた。何の穢れもない、純粋無垢な瞳が私の姿を捉え、状況を理解できていないのかボーっとしている。
そうして見つめ合うのも束の間。はっとした少女は起き上がり、何処からか取り出した彼女の得物であろうステッキを此方に向けた。
「ーーっ!」
「落ち着いて。ここは安全。私はあなたの味方。魔獣に襲われていたから助けた。分かった?」
両手を挙げて交戦の意思がないことを示す。
いくら新米だとはいえこの至近距離で魔法を撃たれてしまっては敵わない。
私は無事でも、この子諸共自爆してしまう。
「えっと……あなたは野良の魔法少女さん、ですよね」
「うん、そうだよ」
「助けてくれたことはありがとうございます……でも政府に所属してない人は信用しない方がいいって先輩が言ってたので……ごめんなさい!」
そう言って少女は頭を下げる。
何を言われるのかと身構えていた私は拍子抜けした。
でも確かに同じ魔法少女でも、政府所属ではない野良の魔法少女は規則や道徳心に欠けていて好き放題暴れるやつもいる。用心するのに越したことはないだろう。
「あ……ああ、うん。分かったよ。とりあえず、落ち着いて……?」
「はい!」
そう促すと、少女はステッキを下ろした。
用心している割には従順だな。まあそれはいい。
それよりも──
「信用しない方がいい、か……」
その言葉に、野良の魔法少女を嫌っていた1人の少女の顔が脳裏に浮かぶ。
私と同期の魔法少女で、過去のループではよく私を気にかけてくれていた少女。幼い頃に野良の魔法少女のせいで妹を亡くして以来、野良の魔法少女嫌いになってしまった。私が会ったのは魔法少女になってからだから詳しくは知らないけれど、別にその野良の魔法少女が悪かったわけじゃない。だけどその選択が結果的にあいつの妹を殺した。野良を恨むのも無理はない。そして私の能力でも魔法少女になる前には戻れない。
……いや、今はこんな感傷に浸っている場合じゃない。
しかし、どうしよう。
これでは話が進まない。何か妥協点はないものかと考えていると、ぐぅーと気が抜ける音が廃ビルに響いた。
音のなった方向に目を向けると、少女と目が合った。
一瞬の静寂の後。
「とりあえず……ご飯、いる?」
私の言葉に少女は白い頬を紅く染めて小さく頷いた。
◆◇◆◇
畑から採れた野菜で作ったスープを飲み終えた少女──
先月やっと憧れていた魔法少女になって、今回が初めての任務だったこと。
実は同じチームのメンバーとあまり仲が良くなく、不安だったこと。
1人こんなところまで来てしまったのも魔獣と戦っていたらいつの間にか同じチームの魔法少女に置いて行かれ、命からがら逃げていたからだということ。
そうして一通り自分の中の毒を吐き出すかのように語った後、結衣ちゃんは無防備に眠ってしまった。そんな少女の寝顔を見ながら布団をかけてやる。
素直な良い子だ。率直にそう思った。それこそ、魔法少女なんていう危険な仕事が向いていないと思えるくらいには。
だが、だからこそ何故この子をこれまでのループの中で見たことがなかったのかが引っかかった。
こんな子がいたのならそう簡単には忘れないはず。なのに私は知らなかった。
つまり、この少女は過去のループにはいなかったいわばイレギュラー的存在。
「もしかしたら──
言いようのない感覚が私の身体中を駆け巡り……私は首を振った。
もう期待しないって決めたじゃないか。
たかが新米魔法少女1人増えただけで何かが変わるはずもない。
そこで私は考えるのをやめた。
──あり得たかもしれない可能性に蓋をして。