そろそろ、スタンピードの第二波がやってくる。これは私だけではなく、政府側としても共通認識だった。
以前からスタンピードの発生を予知していた木蔦が、新たな波の存在を予知したのだ。それも、舞台は都市の近辺。政府は未来予知が一度当たっていることを受けてその情報を魔法少女──ひいては、都市に住んでいる全人類に対して開示した。
いくら壁の外で行われる戦闘とはいえ、そこまで離れた場所でもないため住民に伝えないわけにもいかないという苦渋の判断だった。結果的にそれは住民たちの不安を煽ることとなったが、これまでの魔法少女の功績から大きな問題とまではならなかった──というのが、結衣ちゃんから聞いた話だ。
というのも、私は一応監視下に置かれている身だから、魔法少女しか入れないエリアならともかく、一般の層の暮らすエリアまでおいそれと出歩く訳にもいかないからだ。
今回の第二波は一方的な殲滅戦とも言える第一波とは違い、都市を背に守りながら戦う防衛戦に相当する。
当然、こちらの方が難易度は高い。第二波には
……最悪、壁が突破されることも視野に入れなければならない。
そうならないためには──いや、どんな場合であってもここからは政府の魔法少女たちとの共闘は必須だろう。これから起こる第二波も勿論容易く生き残れるものではないが、スタンピードの本番……最後の障壁は、第三波で姿を表す
だから、今回で必ず彼女たちの信頼を得てみせる。
そして──
私は後ろについてきていた雪乃に目を向ける。突然振り向いた私に、雪乃は首を傾げる。
「……どうかした?」
「ううん、なんでもない。頑張らなきゃって思っただけ」
そして──そこには当然、雪乃も含まれている。
雪乃の支援魔法は、
私は視線を前方に戻し、来たる戦いに向けて決意を新たにした。
だが、私は間違っていた。私と雪乃の間にある溝──それは私が想像していたよりも遥かに大きく、深いものだった。
この時に振り返っていたらあるいは気づけていたかもしれない。背後で自分のことを見つめる雪乃の瞳が暗く濁っていたことに。
そして、数日が経ち──いよいよ、魔獣の侵攻が開始された。
◆◇◆◇
都市をぐるりと囲む巨大な壁。
その外縁部。
都市に住まう全ての魔法少女が一堂に会していた。皆表情は真剣で、今回に至っては戦闘があまり得意でない者達も駆り出されている。人類存亡の危機と言える事態なのだから当然と言えば当然だが。
ここに1人の赤髪の少女が居さえすれば先に敵軍に大打撃を与えて戦況を有利に運ぶことだってできたが、彼女は亡き者となってしまった。
「──では、各自持ち場についてください。健闘を祈ります」
木蔦の号令により、都市を取り囲む壁をさらに囲むように魔法少女たちが散らばる。
私も、指定された場所へ移動した。見える範囲で側にいるのは、結衣ちゃん、なぐさ、雪乃、そしてあと数人。
魔獣の姿はまだ見えない。だが、足元を揺らすこの振動──そしてこの、私たちを射つくさんとばかりに放たれる荒々しい殺気。
何かが起こる直前特有の妙な静けさといつまで経っても進まない時間に焦り出す心。
そして──
「……来た」
誰かが呟いた。
それは私だったかもしれないし、結衣ちゃんだったかもしれないし、なぐさだったかもしれないし、雪乃だったかもしれないし──あるいは、他の人だったかもしれない。
だけど、唯一分かるのは。
視界に映る……こちらに狙いを定め、駆けてくる魑魅魍魎のみ。
目を瞑り、大きく息を吸ってからゆっくりと吐きだす。それを数回繰り返し、言葉を紡ぐ。
「【
現れた大剣を少し手のひらで遊ばせ、しっくりと来る位置で固く握りしめ。
「よし、始めようか」
その言うと同時に、私の命を刈り取ろうと腕を振り上げて突っ込んできた魔獣を叩き斬った。
◆◇◆◇
大剣で斬ったり、魔力弾で吹き飛ばしたり──あるいは、危なそうな魔法少女をカバーしに行ったり。
戦闘が始まって凡そ1時間が経過して、それでも尚魔獣の勢いは衰えない。隣を見てみると、みんな疲労が溜まってきていて、集中力が落ちていっているのが見て取れる。
連戦続き……それも休憩なしに複数体同時に相手取らなければいけないのだから、無理もない。誰か1人でも落ちてしまったらきっと戦線の維持は困難になるだろう。実際、それで何度か壁の中に侵入を許したケースがある。
だが、経験上もう少し……もう少しだけ耐えることが出来たら一旦魔獣たちが引くはず。
だから、あと少しの辛抱だ。
そう思ったタイミングで、横から支援魔法が飛んでくる。
「【
「ッ! ありがとう、雪乃!」
お礼代わりに、魔獣を相手取りながら雪乃の正面の魔獣に魔力弾を飛ばして援護をする。
そして、それから数分後。魔獣の進行がピタッと止まった。
「これで終わり……ですか?」
近くにいる魔法少女で集まって休憩を取っていると、結衣ちゃんがそんな願望とも取れる声を漏らす。見れば、ここにいる全員のコスチュームは泥に塗れ、所々が破けていてさっきまでの戦いが如何に激しいものだったのかを物語っている。
私はそんな彼女たちの希望を叩き壊すように否定の言葉を口にした。
「……いや、まだこれからだよ」
結衣ちゃんたちは勿論、ここにいる魔法少女たちは、戦闘中私が余裕のある時に何度かカバーに入ったお陰で、一定の信頼を置いてくれていた。
だから彼女たちは表情を苦くしつつも緊張感を一定に保っていた。
そして私の言葉通り、程なくして魔獣による進行は再開される。
だが、一つさっきと違う点を言うのであれば。
それは、魔獣の群れのさらに後方に薄っすらと見える他の有象無象とは一線をかす強大な威圧感。
────ドラゴンだ。
あれを倒さない限り、第二波は終わらない。
すると、ふとドラゴンがその巨体をぶるりと震わせ、口を大きく開いた。
「っ! 不味いッ……!」
ドラゴンの口の周りに強大な魔力の奔流が出来、周囲の空間が歪み始めるのがここからでも分かる。
だが、魔獣の群れが邪魔でドラゴンのところまで到底辿り着けやしない。
刹那──世界から音が消えた。
背後から熱風が吹き荒れ、吹き飛ばされそうになる身体を必死に地面へと押さえつける。
嫌な予感がして、後ろを振り返ってみれば──壁に大きな穴が空いていた。壁から何十キロメートルも離れた遥か後方から撃ってこの威力。
「くそっ! やられたッ!!」
ぱっと見て、壁の中まで達しているかまでは定かではない。だが、これは考えられる限り最悪の状況、最悪の展開だ。
今ので間違いなく魔法少女側に動揺が走った。魔獣が都市に侵入するのも時間の問題だ。
さらに悪いことは続く。
魔獣の侵攻スピードが早まったのだ。これまで以上の数に、段々と攻撃を被弾する回数が増えていく。皆気力で耐えているが、いつ誰が倒れるか分からない。
……このままじゃまずい。
この状況を打開するには──私が、ドラゴンを討伐しなければ。
だが、中々離脱するタイミングが掴めない。
早くしなきゃいけないのに。
またあのブレスが来たらきっと戦線は崩壊する。そう何発も撃てるものではないはずだが、それでも私たちに悠長にしていられるほどの余裕もない。
だが、今ここで抜けてしまえば物量に押し切られてしまう。何処か進行の手が弱まるタイミングがあれば──
内心そう焦っていると、目の前の魔獣たちが何処からか放たれた光に呑まれて消滅した。
いや、分かっている。これは──
「助かった!! 結衣ちゃん!」
「いいから、行ってください! ドラゴンを、倒しに行くんですよね!?」
結衣ちゃんに肩を押され、私はドラゴンへと向かって駆け出す。それでもやはり、魔獣の壁に行く手を阻まれる。
だが、突然身体が軽くなった感覚と共に魔獣を軽々と倒せるようになると同時に、自分の丈ほどもある槍を持った雪乃が隣に並走して来て、近くの魔獣を吹き飛ばす。
「私も一緒に行くよ、椎名さん」
「っ! ありがとう、雪乃!」
そして遂に、私たちはドラゴンの下へと辿り着いた。