「お前たちが火憐ちゃんを……! 殺す、殺してやるッ……!」
その身体に迸る激情を隠そうともせずに狂気に染まった瞳を向ける雪乃の姿を横目に私は朦朧とした意識の中、この世界の火憐と交わしたたった一つの約束を思い出していた。
あの時、火憐の魔法によって全てが閃光に塗り替えられるその直前……火憐は今まで私が見た中で1番綺麗な笑みを浮かべて、口を開いた。
『雪乃ちゃんを、よろしくね』
一見それは私を縛り付ける呪いとも取れる言葉。
だけど、私にはこの世界の火憐が認めてくれたように感じられた。一度は戦いから逃げた負い目があった私にとってその言葉は嬉しくて……でも彼女を助けられなかったことを後悔して。
二つの相反する感情に押し潰されそうになった。
そうこうしている内に、第二波が始まった。
火憐が死んだ後の雪乃は不安定だ。
何かほんの少しの綻びで潰れてしまう……そんな予感を感じていた。
本当は安全な都市で待っていてほしいぐらいだったが、今の彼女との関係性ではそれも難しかった。
だから、なるべく早くこの第二波を終わらせたかった。
だが……どうやらもう手遅れだったらしい。
私を殺そうとした雪乃。
私を守ったなぐさと結衣ちゃん。
彼女たちが衝突しそうになっているのに、今の私には何もできない。
そんな悪感情に苛まれそうになっていた時、突然身体が浮いた。
いや、持ち上げられたと言った方が正しい。
「……なぐさ?」
その人物を見れば、それはなぐさだった。
彼女は何も言わずに私を少し遠くの木陰まで移動させ、優しく地面に置いた。
そして踵を返して歩いていく姿が見えた時。
なぐさはやっと口を開いた。
「後は私と……あの子に任せなさい。あなたのことはあまり好きじゃないけれど、こうなったのには私たちにも責任があるから」
それを聞いて、安堵と共に私の意識は闇に呑まれていった。
◆◇◆◇
時は少し遡る。
結衣の提案で永愛たちがセントラルエリアへと足を運んでいた時、なぐさは結衣に任務があると嘘をつき、1人ある事を調査していた。
それは、氷堂雪乃について。
雪乃と火憐が幼い頃から仲が良く、まるで姉妹のような間柄であったというのは政府の魔法少女たちの間では有名な話である。そのため、なぐさは仮にもその火憐の死に立ち会った自分たちに良い感情を抱いていないだろうと思っていた。
火憐の死には不可解な点が多い。だから、疑われることもやむを得なかった。とはいえ、無実の罪を着せられ、取り返しのつかないことになってからでは遅い。だから今の雪乃の状態について調べてみることにしたのだ。
雪乃とは何度か話したことはあるが、普段の彼女をあまりよく知らない自分が見極めようとしてもその感情の機微など分かるはずがないと達観していたなぐさは、彼女をよく知っている人物に話を聞いてみることにした。
「それで、
「えっと、そうですね……」
なぐさの問いを聞いて顔に影を落とした少女の名前は、白井蓮香。雪乃と火憐両方の後輩であり、雪乃に火憐の訃報を伝えた少女である。
「火憐さんが亡くなったことを知ってから数日は本当に落ち込んでて、痛々しくて……最初の方は気持ちを整理する時間が必要かなと思ってあまり刺激しないようにしていたんです」
なぐさに促されて、蓮香はポツリポツリと話し始める。
「でも、数日経った頃にやっぱり気になって部屋に訪ねに行ったんです。そうしたら、時枝さんが雪乃さんの部屋に入っていくところだったんです」
「……木蔦が?」
なぐさは思案する。
木蔦と雪乃はなぐさと同時期に魔法少女になった同期である。だから彼女らの友好関係についても知っており、2人は偶には話すがそこまで仲は良いわけではないという印象だった。
だからと言ってなぐさが彼女らの全てを知っているわけではないためないとは言い切れないが、何かが引っかかった。
蓮香は続ける。
「それで邪魔しちゃ悪いなと思ってその日は帰ったんですけど、そしたら次の日から外に出てくるようになりました。その日を境に急に普通になって……いえ、表面上はいつも通りの様に見えるんですけど、いつもとは何かが違って……ごめんなさい、上手く言葉で言えなくて」
「ううん、大丈夫よ。ゆっくりでいいから」
そんな纏まりのない内容。恐らく、蓮香自身何故違和感を抱いたのか分かっていないのだろう。
「それで……やっぱり気になって後日、雪乃さんの部屋を訪ねてみたんです。何度かインターホンを押したんですけど、反応がなかったので心配になってドアノブを回してみたんです。そしたら鍵がかかってなくて。悪いと思いつつも入ってみたんです……そ、そしたら……そしたら……!」
蓮香は何を思い出したのか息が荒くなり、身体を震わせ始める。
「お、落ち着いて、蓮香ちゃん! 蓮香ちゃん!?」
なぐさに促され、何度か深呼吸をした蓮香は少し落ち着いた様子を見せた。
「もう、大丈夫です。ごめんなさい、取り乱しちゃって」
「私こそ、ごめんなさい。話したくないなら──
「いえ、話します! 話さなきゃいけないんです!!」
なぐさがそう提案すると、食い気味に引き下がってくる。
青い顔をして縋り付いてくる後輩を前に、なぐさはただ頷くことしかできなかった。
「わ、分かったわ。それで……?」
「雪乃先輩……虚空を見つめて、火憐さんと話していたんです。『もうすぐ仇を取るから』って。その時、チラッと見えた目が……無機質な感じがしてそれで怖くなっちゃって……」
蓮香はその光景を思い出したのか、顔をさらに青くさせ、だが先ほどのように取り乱しはしなかった。
そして、なぐさの方を見据えると、真剣な顔で口を開いた。
「あの……どうか雪乃先輩を助けてくれませんか!? お願いします!!」
そして、舞台は戻り──現在。
なぐさは永愛を安全な場所に移動させた後、結衣と共に狂気に呑まれた雪乃と対峙していた。
かつてのスカイブルーの輝きは、今や濁り切って伽藍堂の瞳。
それを姿を目にしたなぐさは、苦々しい顔をした。
月を照らす太陽が地に堕ちた今、彼女を照らす光は存在しないのだ。
「まさかとは思ったけど……永愛を殺そうとするなんてね。急いで来て正解だったわ」
「……何故ここに?」
「あなたたちがドラゴンを倒したから魔獣が逃げ出したのよ」
「そういうわけじゃあないんだけどなぁ……ま、いっか」
先程とは打って変わってその激情を内側に隠した雪乃は──否、隠れてなどいない。
狂気はそのまま、目の前の仇を倒すべく
「火憐ちゃんの仇は全員、殺すだけだよ。【
「っ! さっきから違うって言ってるじゃ──
結衣の静止を聞かずに、雪乃は動いた。
なぐさは咄嗟に結衣を担ぎ、後方へと転がり視線を戻すと、さっきまで結衣が立っていた場所に槍が深く突き刺さっていた。
「あ、ありがとうございます、なぐさ先輩」
それを見て、結衣は背筋を凍らせた。
そんなことはお構いなしに、雪乃は地面に突き刺さった槍を軽々しく抜いて、今度は接近して槍で突こうとしてくる。それをクレイモアで何とか捌きながら、なぐさは声を張り上げる。
「結衣ちゃん! 今の雪乃は聞く耳を持たないわ! 話し合えば分かるとか、そういう考えは今すぐ捨てて!」
「で、でも……」
「でもじゃなっ!? ぐ……ッ!」
「なぐささん!?」
結衣の悲痛な叫びが響き渡る。
なぐさが押し負けているのだ。支援型の魔法少女であるとはいえ、雪乃は魔法少女の中でもトップクラスの実力を持っている。いくらなぐさと言えど結衣のことを気にしながら戦う余裕はなかった。
加えて、なぐさが雪乃を無力化させようとしているのに対し、雪乃の攻撃は全てが致命傷。精神的にもなぐさは不利だった。
結衣が参戦してくれればまだ違ったのかもしれないのだが、この様ではそれも無理だろう。
「……仕方ないわね」
だが、戦闘技術についてはなぐさの方に一日の長があった。何でも斬ることができるという固有魔法を駆使し、雪乃を追い詰めていき──そして、遂にクレイモアの柄で雪乃の意識を刈り取った。
それを見た結衣は喜色を隠さずになぐさに駆け寄る。
結衣は、魔獣以外の敵に対しては無力だ。とりわけ魔法少女相手には普通の魔法少女よりも少し低い身体能力故、なぐさと雪乃の戦いに入ることすら出来なかった。
それになにより結衣自身、争い……特に魔法少女同士で争うことに忌避感を抱いていた。
だから、それが終わったのは喜ばしいことだったのだ。
「なぐさ先輩っ! これで全部解決ですね!!」
……もし、これでなぐさから返事が返ってきたのであれば。
「……なぐさ先輩?」
いつまで経っても返事が返ってこないことを不思議に思って結衣は更に近くまで歩みを進める。
何も問題はない。先輩は勝ったんだ。だから、そんなはずがない。
そう自分に言い聞かせる。焦る気持ちを抑えて確実に一歩一歩と近づいていく。
だが……その願いとは裏腹に、結衣が見たのは胸を赤く血で染めたなぐさの姿だった。
「せん……ぱい?」
雪乃の捕縛の代償──それは思っていたよりも大きかった。
「あ、あああああああああ」