急に纏わりついてきた
身体全体がその液体に浸かってしまったのか声を発して助けを求めようとすると、喉の奥に謎の液体が侵食してくる。その言いようの知れない不快感に身の毛がよだつ。
逃げようと身体強化を使って全力でもがいても周りを金属で囲まれた狭い閉鎖空間にいるのかほとんど動くことが出来ない。
いや……違う。
動かないでいると、ずっと下へと沈んでいく。
脱出しようとすると固まり、何もしないでいると沈む……?
(何これ、何これ、何これ!?)
その事実は私をパニックにさせるのには充分だった。
だが、そうやって体力を消費すればするほど、私の身体は下へ下へと沈み、脳は酸素を欲する。
(く、くるしい。いきが……でき、ない……ッ!)
徐々に意識が朦朧としてきて、思考力がなくなっていく。
まるで底なし沼に嵌まってしまったかのように、あるいは蟻地獄から逃げ出そうとする蟻のように意味もなくもがく。
そして、もうダメだと心が折れた次の瞬間──場面が変わる。
「ゲホっ……ゲホっ……! はぁ、はぁ……たす……かっ──
状況は何も理解できなかったが、無我夢中で液体を吐き出し、数分ぶりの空気を肺に入れようと大きく口を開けて──
「あ“あ”あ“あ”あ“!」
文字通り、喉が焼けた。
(熱いなんてもんじゃない! こんなの人には耐えられない!!)
何とか逃げ出そうと走って走って、ただひたすらと走る。
だが、辺り一面炎の海だ。
遂に走れなくなって蹲る。
「な”ぐざ、ゆ”いち”ゃん”、ゆ“ぎの、か“れん……ッ! だれ”でもいい“から……! だ、だずげ……ッ!? あ“あ”あ“ああああああ」
もうまともに話すことすらできない。
身体が段々と動かなくなっていくいるのが分かる。
(私、また──
そして、やはり死を確信したと同時に場面が変わる。
「はぁ……はぁ……」
だが、今度は何も起こらない。
辺りを見回してみれば、木の往々と茂る森林。
……あれ? この場所、見覚えがある。
そんな既視感を覚えた瞬間、右腕から枝が生えた。
「ぐッ……!?」
振り返ろうとするも、間髪入れず枝が撃ち込まれ、地面に縫い付けられる。
魔法で反撃しようにも、何故か魔法は使えない。
そして、何処からか現れたのか周りには複数の狼型の魔獣の影が私を取り囲むように配置されている。
「……ひっ」
これから起こることを思わず予測してしまい、悲鳴を上げる。
だが、当然そんなことお構いなしに魔獣は私の身体に群がり、意識あるまま貪り喰らう。
「あ”っ、や“だっ……なんで……なんで私だけッ!? 〜〜〜!!!」
気を失うことすら許されない。
何なんだこれは、私が何をしたって言うんだ。
(誰かっ! 助け──
場面が切り替わる。
もう慣れたものだ。つまり、これは私が死ぬまで終わらず、死んだら次のトラウマに移行するといった類いのものだろう。
吹っ切れた私は、次は何が来るのか、来るなら早く来いと目を瞑って身構える。だが、何も起こらない。
意を決して目を開くと、そこには無があった。
いや、何もない。
というか、何も見えない。
圧倒的な暗闇がそこにあった。
もういやだ。
これなら死んだほうがマシだ。頭がおかしくなりそうだ。
何時間……何日……何年こうしていた?
死ぬことすら、許されないというのか。
ああ……でも、きっとこの地獄を抜けてもまた地獄が残っている。
あと何回死ねばいい?
どんな死に方をすればいい?
どうしたらこの地獄から抜け出せる?
嫌だっ! もう、痛いのは……苦しいのは……1人なのは、いや──あ、あれ? 何か、空気が軽くなったような……
「ん……んぅ?」
突然自分を覆っていた闇が晴れ、急速に意識が覚醒する。
恐る恐る目を開らくと、ツンとした香りが鼻を刺激した。
どこか既視感のある独特な香り。
「あ、れ……ここは?」
「っ! 起きたんですか、永愛さん!」
ふと漏れた言葉に反応する者がいた。
声のする方へと顔を向けて見れば、そこには1人の少女が立っている。
儚い雰囲気で、嬉しそうにこちらを見て……でもどこか悲しげな表情をする少女。
彼女を見て、自分が何処にいるのか大体察した。そしてさっきまで自分が見ていたのは悪夢だったのだと分かって安堵の息を吐く。
視線を少女に戻す。
彼女は、この都市で医療班として活躍する魔法少女。
恐らく、あの戦いで倒れてしまった私を誰かが運んでくれたのだろう。
「えっと……君は?」
彼女のことは知っている。
知っているが……あくまでそれは他の世界での話。この世界では面識はない。だから、名前がわからない風を装うしかないのが辛い話だ。
「そ、そうでしたね……自己紹介がまだでした。私は、
彼女──蓮香はこちらに右手を差し出してきた。
だから私も右手を出し、握り返した。
「よろしく、蓮香」
それにしても……
「……元気ない? 何か嫌なことでもあった?」
「え?」
そう、記憶にある彼女の姿と違うのだ。
目の下には隈があり、もう何日も寝ていないのだろうと推測できる。
それに、別に特別社交的だったというわけでもなかったが、今の蓮香は覇気がないと言うか……とにかく違和感があった。
「……いえ、私は大丈夫です。ただ最近、忙しかったので……」
だが、はぐらかされてしまう。
やっぱりまだ信頼されていないのか。
それでも食い下がろうとする。
目に見える問題を放って置けなかったからだ。
「っ!」
だがその瞬間、ふと思い出す。
薄れていた記憶が鮮明に脳裏に蘇ったのだ。
(雪乃は、どうなったのだろう? 戦いの行方は?)
居ても立っても居られなくなって、身を預けていたベッドから身体を起こそうとして──
「──っ!?」
突如自身を襲った、まるで身体の内側から神経をズタズタに引き裂かれたかのような激痛に思わず悲鳴をあげてベッドの上で悶える。
「ちょっ……安静にしててください! ほとんど致命傷みたいなもので……特に魔力回路はまだ治っていないんですから!! しかも1ヶ月も目が覚めなかったんですよ! 今動くのは自殺行為です!!」
段々痛みが引いてきて、頭の中がクリアになる。
生きているだけでも奇跡なのに……と呟きながら手を動かす蓮香を視界の隅に入れながら、カーテンの隙間から漏れる太陽光に目を細める。
「1ヶ月……か」
身体を苛む後遺症よりも、あの戦いの後1ヶ月ものの間昏睡していたことに衝撃を受けていた。
最後のウェーブ──第三波に向けて準備をしなければならないのに、ここでの1ヶ月のロスは大きい。幸い第二波と第三波の間には2ヶ月ほどの準備期間があるが、その半分を無駄にしてしまった。しかも、身体が万全の状態に戻るまでには、さらに時間がかかってくる。
(そう何度もこの手は使えないか……)
魔力回路の損傷。
覚悟はしていたつもりだったが、思いの外代償は大きかった。次またこの魔法を使う時は死に戻ることを覚悟しなければならないだろう。
「はあ……」
何もかもが上手くいかない。
だが、イレギュラーが多いと言うことは可能性が広がると言うわけで、喜ばしいことでもある。
……口が裂けても今の状況が良いとは言えないが。
「それで、スタンピードはどうなったの? 結衣ちゃんとなぐさは? それに……雪乃は、どうなったの?」
「……」
色々と思うことはあるが、まずは状況の確認が先だ。だが、そう尋ねると蓮香は何故か黙り込んでしまう。
「……蓮香?」
再度呼びかけると、やっと返答が返ってくる。
「結衣さんは……今、ご自身の実家に帰って療養しています。なぐさ先輩は……っ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
急に錯乱し始めた蓮香に、私は呆気に取られて何もすることが出来なかった。
だが、一つ分かったのは──状況がさらに悪化したということだけだった。
◆◇◆◇
目覚めてから約1週間が経ち、蓮香の献身もあって多少は動けるレベルまでは体調が回復していた。
……勿論、まだ到底戦闘ができるとは思えないが。
それはそれとして、この1週間……いや、私が意識を失っていた1ヶ月の間で事態は大きく変わっていた。
まず、雪乃についてだが……彼女はなぐさと結衣ちゃんによって無事捕縛されたらしい。というのも、あれから彼女たちに会うことができていないからだ。
なぐさはともかく、結衣ちゃんの性格からしてお見舞いに来てくれてもおかしくないはずなのだが……分からない。蓮香にそのことについて尋ねてもはぐらかされてしまう。
もう日常生活を送るには問題ないはずだから、無事退院できたら結衣ちゃんの元を訪ねてみるのもいいのかもしれない。彼女ならなぐさのことも知っているに違いない。
さて、雪乃に話を戻すが彼女は現在都市を裏切った犯罪者として魔法少女管理局の地下にある牢獄で拘束されているらしい。
面会も不可らしく、彼女の真意を知ることはできない。だが……こうなったのは私の責任だろう。気分は沈む一方だ。
それに、雪乃の件を受けて新たな問題も浮上した。
それは、私たち魔法少女を危険視する声だ。
今回の第二波では、都市の中まで被害が発生した。私たちも全力を尽くしたが、あのドラゴンが開けた大穴から数匹魔獣が住宅区域に入り込んでしまったのだ。途中で1人の魔法少女が気付いたから良かったものの、それでも被害は少なからず出てしまった。
そんな折、雪乃の裏切りの話がどこからか漏れてしまったみたいで事態は深刻化した。
以前より、年端もいかない少女が魔法という力を持っていることに疑念を抱いていた大人たちが一斉に暴動を起こしたのだ。
都市防衛の要だの人類の希望だの戦うアイドルだの……世間ではそう呼ばれているらしいけど、魔法少女は簡単に言ってしまえば少女の形をした兵器だ。今回のような事態が起こったらこうなるのは明らかだった。
勿論全ての大人がそうではなく、魔法少女の身内や彼女たちに助けられた者など魔法少女側の大人も存在する。
だが、こうなってしまった以上住民との連携は取れなくなってしまったのと相違ない。
これまで私たち魔法少女が誰のために命を賭けてまでこの都市を守ってきたのか……憤りを隠せない者もいる。中には、一連の騒動の影響で鬱になって塞ぎ込んだりしてしまう魔法少女も出てきて、反魔法少女勢力との亀裂はさらに深まっている。
絶望的だ。
こんな状況、過去のループでもなかった。
(やっぱり今回も……ダメなの?)
もはや打てる手がない……詰みに限りなく近い状況。
絶望の足音がひしひしと近づいてきているのを感じていた。
空を見上げれば、雲ひとつない晴天。
だがそれとは裏腹に、私の心は雲に閉ざされている。
やっと蓮香の許可が降りて、待ちに待った退院日。
他にも入院して治療を受けていた魔法少女たちもいたが、彼女たちは軽傷だったため私よりも先に退院した。だから、私が最後の1人だ。
空っぽになった医務室を背に、私はそこに1人残っている少女に声をかけた。
「色々とありがとね、蓮香」
「いえ……」
だが、反応は芳しくない。
結局、彼女とは心から打ち解けることはできなかった。
もう一度感謝の気持ちを告げて、私は医務室から出る。
目指すのは、結衣ちゃんのところ。
私が気絶している間に何があったのか……なぐさは無事なのか。聞かなければいけないことは沢山あった。
◆◇◆◇
「色々とありがとね、蓮香」
そう言って永愛が医務室から去ったのを見届けた蓮香は、その姿が見えなくなっても扉の前で立ち尽くしていた。
思い出していたのは、なぐさに雪乃のことを頼んだ時の記憶。
『あの……どうか雪乃先輩を助けてくれませんか!? お願いします!!』
火憐が死んで、おかしくなってしまった雪乃を助けなきゃいけないという一心でなぐさに縋りついた。蓮香自身は回復に特化した魔法少女で、戦闘経験は少なかったから。
その結果、雪乃は取り返しのつかないことをする前に捕縛された。現在は投獄されているが……それでもまだ良かった。
そう思っていた。
ある一報を聞くまでは。
それは、潮木なぐさの訃報。
それを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
なぐさを死地へと向かわせたのは紛れもない蓮香の懇願であったからだ。
誰にも言えぬまま、罪悪感は募るばかりだった。
自分が言わなきゃいけないのに、目を覚ました永愛の問いかけにも満足に答えられない。
そのまま時間は経ち、永愛は退院してしまった。
彼女に知られたらきっと軽蔑される。
「私のせいだ、私のせい、私が……私が殺した……っ!」
蓮香は床へ座り込み、嗚咽を漏らす。
自分の犯してしまった罪の重さに耐えられなかった。
ちなみに、以前頂いたリクエストを自分なりに入れてみました。あまり詳細には書けなかったですけど……