最近忙しくてあまり執筆する時間が取れないため不定期になると思います。
エタる気はないのでご安心を。
医務室を出て、通路を少し歩く。
やっと退院できたことの焦りからか、自然と歩みが早くなる。
そうして着いたのは、魔法少女管理局のエントランス。
周囲を見渡してみれば、何人か魔法少女たちが集まって談笑している。ここはカウンターでの任務や人事の受付だけではなく、彼女たちの休憩スペースとしても活用されているのだ。
だが……どのグループの顔を見てみても、結衣ちゃんたちはいない。
それもそうだ、ここにいないのは知っている。
でもそれでも、無意識的に探してしまう。
カウンターに座って待機している案内係の職員に会釈を一つ、負傷者を運び入れるためか数メートルはありそうな巨大な扉から建物の外に出た。
久しぶりに直に浴びる太陽光に目を細めながら、セントラルエリアを歩く。
そうしていると、なぐさを除いたメンバーと一緒にこの商店街で遊んだ記憶を思い出し──
「はぁ……」
──思わず、ため息を吐いた。
まさかこんなことになるとはつゆにも思わなかったからだ。
雪乃は地下牢に収容され、私の権限じゃ会うことはできない。結衣ちゃんの下へは今向かっているが、何故か自宅療養しているらしい。なぐさに至っては消息すら掴めない。
整理してみればするほどあまりにも絶望的な状況に、2度目のため息を漏らす。
「はぁ……なんでこうも上手くいかないんだろ。そりゃあ、いつも上手く行ってたわけじゃないけどさ……」
不幸を嘆きながら、歩く、歩く、歩く。
「早く結衣ちゃんと会いたいなぁ……」
ポツリと本音が漏れる。
本気でそう思っているし、実際結衣ちゃんと会ったらこの気持ちが全て溢れ出してしまうだろう。
泣いてしまうかもしれない。
でも、それと同時に会いたくないという気持ちがある。
結衣ちゃんに何があって療養をしているのかは分からない。
だけど、陰った結衣ちゃんなんて……光のない結衣ちゃんなんて見たくない。
結衣ちゃんには、私の希望でいて欲しい。
だから、会いたいけれど……会いたくない。
……最低だ。分かっている。
絶望のどん底から私を救い出してくれたのは結衣ちゃんなのに、それをあろうことか恩で返すことを是とするような気持ちを抱いている。
あまりにも身勝手だ。
そうやって自己嫌悪に陥っていると、何やら怒号が耳に入ってくる。
足を止め、顔を上げる。
音の聞こえた方向へと、目を向ける。
「え……」
顔を上げてみれば、騒動の発端はセントラルエリアと住宅街を繋ぐ門。
つまりは、私が目指していた場所。
セントラルエリアから住宅街に行くためには、ここを通るしかない。逆もまた然りだ。
そして、その周囲には、プラカードを持って何やら叫んでいる人々がいる。
彼らは、魔法少女ではない。
この都市の住民だ。しかもその数、数十は下らない。
プラカードに書かれているのは、まるで私たち魔法少女を批判するような文言。
いや……事実、批判しているのだろう。
これは、デモだ。
魔法という超常的な力を持たない「
門の周囲には何人か魔法少女が着いているが、何の抑止力にもなっていない。
これではいつか突破されるのではないかと心配に──
「──いッ!?」
まるで鈍器で殴られたかのような鈍い痛み。
何が起こったのかは分からないが、蓮香の回復魔法と身体強化の魔法が反発して魔法の効果を減らさないように身体強化を切っていたからダメージがでかい。
「う……い、し……?」
頭が揺さぶられて、正常な思考ができない。
思わず身を縮こめて、頭に手を当てると赤い血が指につく。足元には、大きめの石。
朧げな視界でその方向に目を向けると、そこには同年代くらいの男の子がいた。
「お、お前らが魔獣を取り逃したせいで家族が死んだんだ! ふざけんなッ! 母さんを……ッ! 家族を、返せッ!!」
その悲痛な声に、私は察した。
これは……私の罪だ。私の償わなければならない、私が背負うべきもの。
これを皮切りに、怒号はエスカレートする。
「そうだっ! お前ら魔法少女が悪い!」
「だから判断能力のない子供に力を持たせたら駄目だと言ったんだ!」
住民たちが投げた無数の石ころが自分に向かって放射線を描いて飛んでくるのがスローモーションのように止まって見える。
この状況を引き起こしたのが私自身で……これがその罰だというのならば、甘んじて受け入れるしかない。
そう思った。
むしろ、どこかで罰を受けることを望んでいたのかもしれない。
目を瞑り、歯を食いしばってこれから自分を襲うであろう衝撃に耐えようと身構える。
1秒、2秒、3秒……いくら待っても、一向に衝撃が来ない。
「……?」
怪訝に思って目を開くと、石は全て私の数センチ手前の地面に落ちていた。まるでそこに
その光景に唖然としていると、突然背後から身体を持ち上げられる。あまりの早さに、景色が置き去りになっていく。
「貴女は何やってるんですか!」
呆れたような、凛とした声。
白を基調としたコスチュームに、魔法を媒介する
「え、えっと……」
突然のことに、声が出てこない。
「もしかして、私の名前忘れたんですか? 真白ですよ。結城真白」
確かに会ったのは一度きりですけど……と不満そうな顔をする少女。
勿論、彼女のことは覚えている。
この都市の守護を担当する魔法少女で、今回のループで初めて都市に来た時に出迎えてくれた少女だ。
「ううん……助けてくれてありがとう、真白。でも私は、行かなきゃいけないから」
まだ少しふらふらするけど、大丈夫だ。
重い足を持ち上げて、再度歩き始める。
だが、背後から手を掴まれて歩みを止める。
「……真白?」
「はぁ……あそこに戻ってもまた石を投げられるだけでしょう」
呆れた顔の真白が言った。
確かに、そうだ。やっぱりまだちゃんとした思考ができていない。
「じゃあ……どうすればいい?」
「また後日……って言いたいところですが、それでは納得しないですよね」
ジト目の真白に、こくりと頷く。
すると真白は眉を顰めて少しの間何かを悩んだ末──ため息を吐いた。
「本当はこの抜け道は一部の魔法少女にしか教えてはいけないのですが……はぁ、今回だけは特別ですよ」
「抜け道?」
聞き慣れない単語に、思わず聞き返す。
「はい、都市の重要箇所と外を繋げる秘密の抜け道です」
「……なんで、そこまでしてくれるの?」
それを部外者に教えるのは、リスクが大きいはずだ。
「結衣さんのためです」
「……結衣ちゃんの?」
「ええ、彼女には良くしてもらいましたから」
まさかこの2人にそんな関係があったとは。
知らなかった。
というか、結衣ちゃんのことを私は全然知らない。
「それに……貴女はドラゴンを討伐して都市を救った英雄です。信頼できると……思っています」
「……ありがとう」
「礼には及びません。悔しいですけど、今あの子に寄り添えるのはあなたしかいないんです……しっかりしてください」
真白の言い回しに少し引っかかったが、確かにそうだ。
こんな状況だからこそ、私がしっかりとしなければならない。まだリカバリーは効くはずだ。
前を歩く真白に着いて行きながら、自分に喝を入れる。
少しして、真白が壁の前で立ち止まり、手を翳す。
『姿を表せ』
真白がそう言うと、何もなかった壁が少し揺れたように見え、次瞬きをしたら、目の前に小さな扉が現れていた。
「幻影魔法……気づかなかった」
「都市防衛にも関わってくるのですから、そう簡単に気づかれてしまったら困ります」
それもそうかと納得すると、はやる気持ちを抑えきれずに扉に手を触れる。
そこで一つ言い忘れていた言葉があったことを思い出して、振り返る。
「ーーッ! ありがとう、真白!」
今度は引き止められなかった。
不安があれど、もう結衣ちゃんに会いたくないという気持ちはさっぱり無くなっていた。
永愛の姿が見えなくなっても尚、真白は永愛が駆けて行った方向に目を向けていた。
その表情は暗く、何かに怯えているようで。
「本当に、頼みますよ」
ポツリと漏らしたその言葉は、誰にも届かずに消えていった。
◆◇◆◇
秘密の抜け道を抜け、しばらくして。
私は、「佐々木」と書かれた表札が立てかけられた古めかしく、でもどこか味のある屋敷の前に立っていた。
佐々木……つまり、結衣ちゃんの家だ。
チャイムを鳴らすと、中から女性の声が聞こえてきた。
程なくして出てきたのは、妙齢の女性。
小柄で、腰が悪いのか杖で身体を支えている。
「あの……すみません、こちら結衣さんのお宅ですか? 結衣さんの……友人、の椎名永愛です」
「あっ、魔法少女の方ね」
「はい……!」
私がそう言うと、女性は合点が行ったように手を叩き、中に向かって声を張り上げた。
「結衣ー! 永愛さんって人が来たよ!」
女性の反応からして結衣ちゃんが中にいるみたいだが、物音ひとつ聞こえない。
やっぱり……何か、あった?
「うーん、やっぱダメみたいねぇ……いきなり帰ってきたと思ったらすごく塞ぎ込んでてね……何を聞いても答えてくれないのよ。とりあえず、上がって」
女性の言葉に、不安な感情が身体を支配するが、家に上がらせてもらう。
居間を抜けて、階段を登った先に結衣ちゃんの部屋はあった。
ドアの前に「ゆい」と手書きで書かれていて、いかにも女の子っぽい。
「ここが、結衣の部屋だから……あたしがいると邪魔だろうから、下に行くけどなにかあったら言ってちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
結衣ちゃんのお母さんにお礼を言う。
これが結衣ちゃんの部屋だと言われ、妙に納得がいった。
結衣ちゃんは、本来なら魔法少女なんていう危険な仕事とは無縁な……日常とも言える素朴な雰囲気を持っている。
いつも笑っていて、太陽のような性格。
そんな彼女の姿を目に映そうと、ドアノブに手をかけて──
「……結衣ちゃん? 私……永愛だよ。顔、見せてもらっても良い──
「──ダメ!!」
ドアの向こうから発せられた大音量に思わず尻餅をつく。
その声は明確に私を拒絶していた。
「──っ! なんで? 結衣ちゃん!? 一体何があったの!?」
自分の声が悲壮感に溢れるのを感じる。
こんなにも私は結衣ちゃんに依存していたのか?
そんな、疑問が心の中を占める。
一刻も早く結衣ちゃんの顔が見たかった。
起きたら誰もいない。雪乃も、なぐさも……結衣ちゃんも。
またみんな私を置いていなくなってしまったのか。
また私のことを忘れてしまうのか。
また、全部最初からやり直さなきゃいけないのか。
私は不安だった。
どんなに世界を繰り返していても、どんな経験をしても、私は……脆い。
簡単なことで折れてしまう。
私は、もう諦めないと……みんなを見捨てて、逃げることはしないと誓った。
だけど、そう思えたのは結衣ちゃんのおかげ。
どんな状況でも、結衣ちゃんが絶望しそうな心の支えになってくれた。
だから、
だから──
「結衣、お願い……!」
私を、見捨てないで。
願いが届いたのか、少しだけドアが開かれる。
だが、その隙間から見えたものを見て、私は絶句した。
結衣ちゃんの経験した絶望を想像し、表情が悲痛に歪む。
約1ヶ月ぶりに見た結衣ちゃんの姿……それは、私の思っていたものとは異なっていた。
いや……違う。
薄々、こうなっていることには気づいていた。
だが、これは……考えうる限りで最悪の状態だった。
綺麗に手入れされていたフェアリーピンクの髪は荒んでいて、艶がない。
あんなにも笑顔の素敵だった口元は真一文字に結ばれている。
元々小柄だったその身体は、更に痩せ細っている。
そして決定的なのは、瞳。
かつては今にも溢れんとするフェアリーピンクの輝きで満ちていたそれは……黒く、虚ろに染まっていた。
よく知っている。
これは、絶望を知った者の瞳だ。
これは、何もかもを諦めた者のする瞳だ。
これは、希望を奪われ、疲れ果てた者のする瞳だ。
そこにいたのは……かつての私と瓜二つの表情をした少女だった。