公園で死んだように夜を明かし、早朝。
永愛の足は元いた場所へと帰るように真白から教えてもらった秘密の抜け道へと向いていた。その足取りは重く、表情は優れない。まるで結衣に会う前の永愛にまで戻ってしまったかのようだった。
不条理な世界に絶望し、怨恨に身を焦がし、一寸先が闇に覆われたような感覚。
昨日の夜に起きた結衣との別離──その結果が、これだった。
今の永愛は言うなれば結衣という希望を失って、やるべきことを見失っている
あまりにも儚く、今にも崩れ落ちてしまいそうなほど脆い。いくら強靭な精神力を持つ永愛でも、二度目の絶望には抗えなかった。
永愛にはこれ以上命を賭ける理由も、期待する勇気も……何としてでもこのループから抜け出してやろうという信念さえもなかった。
また振り出しに戻った気分。
いや……実際そうなのだろう。それどころか、むしろ以前よりも悪化しているかもしれない。
途中までは上手く行っていたはずだった。結衣というイレギュラーを上手く活用することで魔人を倒し、スタンピード……ないしはこの無限回にも繰り返されるループを終わらせる。そしてまたみんなで笑顔で過ごせる平和な日常を取り戻す。
……そんな未来が、もう少しで掴めるはずだった。
だが、結果は酷いものだ。
対魔人戦で必要不可欠な役割を請け負うはずだった火憐、なぐさ、雪乃の3人は死亡、あるいは投獄されている。そして、この絶望的な状況でこそ永愛の希望の光となり得た結衣は、もう戦えない。あんな表情を見せられたら、永愛には戦えなんて言えない。
「何が、いけなかったんだろ……」
疑問を口にする。
しかし、現在の永愛は論理的な思考能力を欠いている。であるからして答えは出ない。
或いは、ないのかもしれないが。
だが、それでも理由を見つけようとする。
そうでもしないと、やりきれなかった。
火憐に支援魔法がかかっていたことを看破出来なかったこと。
雪乃の中で燃え滾っていた復讐の炎を軽く見ていたこと。
ドラゴンを討伐した後、結衣ちゃんたちが来てくれたことで安心して、1番大事なところを見届けることなく気絶してしまったこと。
あるいは、その全部。
最初からずっと失敗していたか。
それらは……全て仕方のないことだ。予測不可能で、誰も永愛のことを責められない。
だが、他ならぬ永愛はその責を自身に求めた。
「私が……ッ! もっと、上手くやっていれば……!」
悔しいなんていう感情はとっくに通り越し、それが自己嫌悪へと変わりかけたその瞬間。
「……だめ、でしたか」
そんな呟きが永愛を現実に引き戻した。
顔を上げると、真白がいた。その顔には永愛同様、影が落ちている。
だが、そんなことよりも永愛は視界に入った真白の姿に、思わず疑問を漏らした。
「……真白? まさか、一晩中そこで待ってたの?」
そう、昨日と同じ場所に、まったく同じ服装。まるで、ずっとそこから動かなかったかのような状態で真白が立っていたのだ。
「……はい、いつ帰ってきてもいいようにお待ちしておりました」
「何で……そこまでしてくれるの?」
「昨日言ったじゃないですか。結衣は、私の希望になってくれたんです。私が絶望の縁にいた時に救ってくれた……私の希望」
私と、全く同じだ。彼女も、結衣ちゃんに救われた。
だが、だからといってどうしてここまで──
「だから──今度は、私が結衣を助ける番だと思ったのです。私はまだ彼女に何も返せてない、何も出来ていないのです。……今回も、ダメだったようですが」
真白の言葉に、永愛ははっとした。
結衣のことを考えていたつもりが、いつの間にか自身のことに置き換わっていた。
そのことを、真白に言われてやっと気づけた。そんなことを思い、薄らと自己嫌悪が広がる。
「……ごめん、私じゃ無理だった」
「いえ……仮に私が行ったとしても失敗に終わったでしょう。それで……どうでした? 結衣の状態は」
「痩せ細っていて、精神的に参ってるようだった……多分、もう復帰は出来ない」
「……そうですか、分かりました。ですが、それを決めるのは結衣自身です」
そう言った真白は、くるりと踵を返す。咄嗟に永愛はその腕を取った。真白が怪訝な顔をして此方を見る。
「ちょ、ちょっと待って、どこに行くの?」
「……? 評議会によるとスタンピードにはまだ最後の波が残っているはずです。ならば、やれることはやらなければならない。でしょう?」
絶望していないのか。
あんなことがあったのに、まだ足掻くのか。
何が待ち受けているのか分からないからそんなことを言える。そう言おうとして真白の目を見て──自分が間違っていることに気づいた。
真っ直ぐで、希望を失っていない瞳。
その先には、きっと輝かしい未来が見えている。それは、まるで結衣のものと似通っていて──
「どうして、そこまで……」
「結衣に何をもらったのか……今一度よく考えてみてください。私はあの子を、私の希望を信じています」
そう言って真白は今度こそこの場を去っていった。
残された永愛は、その言葉の意味について考えていた。
◆◇◆◇
「これで終わりです。魔法少女」
視界が暗転する直前──そう言った魔人が、しかし何か面白いものを見るような目で私を見ていたことが鮮明に記憶に残っている。或いは、やつは私がループしていることを、これが真の終わりでないことに気づいていたのかもしれない。
その纏わりついて離れない愉悦の視線。何処か既視感のあるそれは、果たして何処で見たものだったのだろうか。思い出せない。
兎に角、それが前回の最後の記憶。
そして
終わりのない戦いに、心が折れたのだ。
そんな私がすぐに取った行動は、都市を去ることだった。
このまま残っていれば、この都市が魔獣に壊されていくのを……またみんなが死んでいくのを、この目で見ることになる。
もうそんなことは……耐えきれない。
あまりにも無責任で、自己中だ。
私という戦力がいなければ、都市は3つの波からなるスタンピードを耐え切ることはできないだろう。
都市を守ろうと勇敢にも立ち上がった「魔法少女」たちは、その頭から四肢に至るまで魔力を吸収するために生きながら貪り喰われ、魔力を有さない「一般人」たちは、羽虫でも払うかのように殺される。
そこに救いはない。あるのは、地獄だけ。
いくら死にたいと言い続けていた私でも、そんなことは分かっている。
だけど……私がいたからといって、勝てるわけがない。さっきは過去最高とでも言っていい好条件の中、第三波を迎えることができた。途中までは順調だった。だが、問題は魔人。やつが出てきた瞬間、形勢は逆転した。なにせ、ダメージを与えることすらできないのだ。そんな様では勝ち筋の一つすら見えてこない。
何度やり直したって、勝つのは不可能だ。
そして何より……もう、疲れたんだ。
1人で何度もやり直すことに。
だから、無責任でも、自己中でもなんでもいい。私は、これ以上苦しみたくない。例えまたすぐに殺されるとしても、それまで静かに暮らしたい。
静かに暮らすには、どうすればいいのだろうか。誰にも邪魔されない、それこそ……魔獣しか生きれないような場所。
そこに──
行き先は、ぼんやりとだが決まっていた。
第三波の震源地。
その時になったら都市に被害が行く前にすぐに死ねるし、都合がいい。全てを諦観していた当時の私は、そう思っていた。
◆◇◆◇
時折襲ってくる魔獣を返り討ちにしながらただ我武者羅に足を動かす。
そして遂に旧首都圏に辿り着いた私は、その無計画さも相まって途方に暮れるしかなかった。何せ周囲には他の地域の魔獣とは比べ物にならない強さの魔獣、そして生活には凡そ適していないような荒廃したビル群が連なっているのだ。いくら私であっても、そう簡単に生きられる環境ではなかった。
半ば自暴自棄に行動していて、ここに着いた後のことなんて一切考えていなかったのだから当然と言えば当然だが、あの頃の私にはそんなことを考える余裕すらなかった。
それでもここにきたのは、心の奥底で罰を受けることを望んでいたからなのかもしれない。死んだとしても、どうせ死ねないのだからどうでもいいとすら思っていた。だが、だからと言って死んでまた都市へと戻されるのも違う。だから、魔獣の蔓延る魔巣でも私はなんとか命を繋いでいた。
事態が好転したのは、旧首都圏に到着して3日経った後のこと。いくら敵が強いとは言っても、私には過去の経験があった。魔獣を返り討ちにするのは容易。しかしそれが断続的に……際限なく襲ってくるのであれば、話は変わってくる。つまり、私は3日3晩徹夜での戦闘を強いられて疲弊していた。襲いかかってきた魔獣を倒したらその戦闘音で他の魔獣が寄ってくる。その繰り返しだった。
戦闘の中で、私は気づかない間に移動していたのか最初に降り立った所とは違う地域に来ていた。そこは他の地域よりも魔獣が少なく、過去の人類の生活の跡が少し残っていた。そこで私は旧首都圏の中でも、魔獣の多い地域と少ない地域があることに気づいた。何故なのかは分からない。別にそこだけ大気中の魔力濃度が薄いわけでもなければ、特別な何かがあるわけでもない。
よく分からなかったが、都合が良かった。偶然生きている農場を見つけ、そこで暮らし始める。いつ死んでも構わない、もう何もかもがどうでもいい。そう思いながらも、見捨てた仲間たち、都市の人々への罪悪感から毎日拠点周りを巡回し、魔獣の数を減らしていた。
そんな、どちらともつかない不安定な生活を送っていたある日──結衣ちゃんに出会ったのだ。
それから、色々なことがあって……結衣ちゃんのお陰でもう一度頑張ってみようと思えた──そう、私は結衣ちゃんから希望をもらった。生きるための希望を。
なのに……私は今、なにをしている?
1人世界に絶望して、無意味に時間を浪費している。
これじゃあまるで結衣ちゃんに会う前に戻ってしまったみたいじゃないか。
まだ何も返せてない。結衣ちゃんに貰ったものを、何も……
頭が冷えた。
絶望が……底の見えない暗闇が晴れていく。
そう──真白の言う通り、むしろこれからじゃないか。
今度は、私が結衣ちゃんの光になる番。
その為なら、何だってしてやる。
この永遠と続く
この苦しみと絶望の感情すら糧にしよう。
結衣ちゃんのためなら、何だってできる。
何だ、変わってなんか……なかったんだ。私が勘違いしていただけで、結衣ちゃんは私に希望をくれた。例え彼女が折れてしまっても、それは変わらない。
決意を新たにした私は、すぐに行動を開始した。
生憎と悠長にしている暇はない。出来ることは全てやらなければいけない。
早速だが、出発しよう。
そして今度こそ……私の全てを曝け出し、この