早朝。
都市に帰還した結衣は1人の少女に抱きつかれていた。
「結衣っ! 大丈夫!? 怪我はない!?」
「だ、大丈夫です! なぐさ先輩」
「本当に……本当に良かったぁ……。結衣ちゃんに何かあったら私もう、どうすればって思って……」
息は荒く、目の下には特大の隈。青色のコスチュームは所々擦り切れ、泥に塗れている。
少女の名は、
あの野良の魔法少女と会合したときに口にした結衣の一つ上の少女だ。
魔法少女の後輩である結衣をよく気にかけてくれていて、色々なことを教えてもらっている恩人の1人で、姉のような存在だった。
それはなぐさにとっても同じだった。結衣と初めて出会ってからまだ1ヶ月程度しか経っていないが、結衣となぐさの間には時間だけでは測れない絆があった。
そして今回、そんな
「1人で怖かったよね、ごめんね。私が一緒に行ってさえいれば……」
「なぐさ先輩は悪くないです! 任務があったから仕方なかったじゃないですか!」
「でも──
「でもじゃないです! 緊急の任務っていうことはみんなの為になる大事なことじゃないですか!」
なぐさは落ち込んでいた。
本来はベテランの魔法少女であるなぐさが結衣に付き添って任務に臨む予定だったが、ギリギリでどうしても断れない緊急の任務が政府から発令されてしまったのだ。なぐさも不安はあったが政府所属の魔法少女であり、その恩恵を受けている以上受けざるを得なかった。
その結果、結衣はあまり仲の良くなく、信頼関係を築けていないグループで初任務に臨むことになり、その結果が今回の騒動に繋がった。
何も結衣のグループの魔法少女たちが特別悪かったという訳ではない。そもそも結衣たちが今回行ったのは滅多に魔獣が出現しないような地点。
ただでさえ人手不足だと言うのに、政府も無闇矢鱈に魔法少女を失いたいわけではない。前日には手の空いている魔法少女たちの手によって周囲の安全は充分に確保されていたはずだった。
だが、結果として魔獣は出現し、結衣たちは襲われた。信頼関係・連携がなかったからこそ結衣は孤立した。見通しが甘かったと言わざるを得なかった。
「それでも……あなたは死ぬところだったのよ。生きていたのが奇跡みたいなものなの」
「なぐさ先輩……」
なぐさの言う通り、あのままでは結衣は確実に死んでいた。助かったのはあの野良の魔法少女が助けてくれたからだ。だが、結衣はそのことをなぐさには伝えなかった。
それは、他でもない助けてくれた少女に口止めされていたからだった。
だが、それだけではなかった。
結衣は他の魔法少女が話しているのを聞いたことがあった。
なぐさが野良の魔法少女に良い感情を持っていないという内容の噂だ。本人に聞いていないから真実かどうかは分からない。
だけどたとえ口止めされていなかったとしても、心配をかけないためにもあの日会ったことは伏せていただろう。
その代わりに、結衣は手を広げてなぐさに抱きついた。
俯いていたなぐさは結衣の突然の奇行に目を丸くする。
「……結衣ちゃん? 急にどうしたの?」
「私はここにいますから。だから、大丈夫です」
自分のことで塞ぎ込んで欲しくない一心だった。その気持ちが伝わったのか、なぐさも目を閉じて結衣を抱き返した。
「……おかえり、結衣ちゃん」
◆◇◆◇
「……はぁ」
「結衣ちゃん? どうしたの? やっぱりこの前のでどこか怪我をして──
「い、いや大丈夫です! 本当に! って、もー! このやり取り何回目ですかっ!」
「あはは、ごめんごめん」
結衣が都市に帰還してから数えて1ヶ月が経った。
この日、結衣が溜息を漏らしたのはこれで3回目。そしてそれをなぐさが心配するのも3回目だった。
「でも何か悩み事があるのなら言ってね、頼りないかもだけど力になるから」
「……はい」
出会ってあまり経っていない自分のことをそこまで想ってくれるのは嬉しかったが、流石に申し訳なかった。結衣がため息を吐いた理由はなぐさには言えないことだったからだ。
あの野良の魔法少女に助けられた夜。
疲れからか話の途中で寝落ちしてしまい、朝に起きたらあまり会話することなくすぐに都市の目の前まで送ってもらった。
そのお礼を言いたかったのだが──
(あの人の名前、聞くの忘れちゃった……また会えるかな……?)
肝心の彼女についての情報がほとんどなかった。
名前すら分からない。聞けたはずなのに、何故それすら聞かなかったのかと結衣は後悔した。
分かるのは壁の外、その中でも特に危険な場所……新米魔法少女の結衣では到底辿り着けない場所に暮らしているということだけ。会いに行こうと思っても今度こそ死んでしまうに違いない。
それに、協力者を探そうにもなぐさに話すわけにもいかない。
八方塞がりだった。
そもそも、お礼を言いたいから会いたいなんていうのは嘘だ。
勿論感謝の気持ちはあるが、結衣が少女にもう一度会いたがっているのは、
話している間ずっと違和感があった。
彼女は助けてくれた命の恩人に失礼なことをした自分にも優しく、愚痴まで聞いてくれた。
その……はずなのに。
致命的な何かが噛み合っていないかのような。
結衣の目の前にいたはずなのに、結衣と話していたはずなのに、だけどそこにいない。結衣のことを見ていない。
そんな違和感があった。
その違和感が拭えないまま都市に送ってもらった朝。
結衣は彼女に話しかけた。
『あのっ! 良かったら一緒に、帰りませんか? きっと待ってる人たちがいるはずです!』
『……ごめんね、結衣ちゃん。私はそっちには行けない』
『どうして……』
『私にはもう何も残ってないの。理由も、勇気も……信念さえも。だから、みんなに会う資格なんて……』
だから、ごめんね。そう言って踵を返した時に微かに見えた彼女の瞳が。
その虚ろな瞳が頭から離れなかった。
都市に帰って来てからこれまで、色々な人にそれとなく彼女のことを聞いた。勿論、約束通り詳しいことは話していない。精々、あの場所に住んでいる魔法少女はいるかとか、黒いローブの魔法少女についてとか、野良の魔法少女について聞いただけだ。
だけど、誰も彼女のことを知らなかった。
誰か1人くらいは知っていてもおかしくないはずなのに、何の情報も出てこなかった。
どうしてあんな目をしていたのか。
どうしてあんなところで1人、生活しているのか。
どうして誰も彼女のことを知らないのか。
彼女は……一体、何者なのか。
何もかもが分からないことだらけだった。