魔法少女の守護する都市と旧首都圏のほぼ中間に位置する地点。
その一帯だけ異常に植物が発達し、大規模な森林地帯が形成されていた。
その森の中。
2人の少女が狼型の魔獣の群れと交戦していた。
「ちょっ結衣ちゃん!? 前出すぎ! 早く下がって!!」
「わっ……ご、ごめんなさいなぐさ先輩!」
魔獣との距離を縮めたなぐさは自身の得物であるクレイモアを振るい、魔獣を叩き切った。
その隙に結衣は後ろに下がり、詠唱を始める。
そして。
「なぐさ先輩、いけます!」
「了解っ!」
結衣の声を歯切りになぐさはクレイモアを一閃。魔獣の群れは空間に縫い付けられたように、動けなくなる。
その後なぐさが充分な距離を取ったのを確認してから結衣が桃色のステッキを振った。
「──ホーリーレイ!」
次の瞬間。
飛来した光線は魔獣に当たり──跡形もなく消滅させた。それを確認したなぐさは呆れたように言った。
「それにしても──やっぱり反則級よね、結衣ちゃんの固有魔法。対魔獣特攻の魔法なんて聞いたことがないわ」
「でもなぐさ先輩のどんなものでも切れる能力だって大概じゃないですか」
「私のはやり過ぎると魔力を喰いすぎるから万能ってわけじゃないのよ。まあ結衣ちゃんのも詠唱は必要だけどね……って、そうじゃなくて。慣れてきたのは良いけど前に出過ぎちゃうのは悪い癖よ」
「うぅ、ごめんなさい……」
時々うっかりミスはするが、結衣もなぐさの指導の賜物か戦い方も様になり、今ではなぐさと同じ任務に連れて行ってもらえるようになっていた。
「それにしても、さっきから魔獣の数が異様に多いわね」
「そうですね……連戦続きでちょっと疲れちゃいました」
そんなことを話していたら、また狼型魔獣の群れが現れた。
森の中に入ってからこれで6回目の会敵だ。流石におかしい。だが、向こうもこちらに気づいている。四の五の言っている暇はなかった。
「任務はここら一帯の魔獣の駆除。もう一踏ん張りよ、頑張りましょう!」
「はい!」
なぐさ先輩の役に立たなくちゃ! と気合を入れる結衣を見たなぐさは何か悪いことが起こらないと良いけれど、と小さく呟いた。
結局この日はさらに2つの魔獣の群れに遭遇。疲れからか隙のできた結衣が右足を負傷した。
◆◇◆◇
夜。
結衣はテントの中で今日の戦いの反省をしていた。
このテントは制作系の固有魔法を持っている魔法少女の作った魔道具で、魔獣避けの効果があった。
だから危険な都市の外であってもある程度の安全は保証される。勿論ある程度でしかないため、結衣かなぐさのどちらかが見張りに立っていなくてはいけないのだが……今の結衣では見張りすら満足にできない。なぐさに頼りっきりになってしまっていた。
結衣が魔法少女になったのは、家族を……都市の人たちを守りたかったからだ。
元々結衣は片親だった。父親は幼い頃に魔獣に殺されて、母親しかいない。まあ、こんな世の中だ。いくら魔法少女に守護されている都市が比較的安全だとはいえ、被害が出ることだってある。結衣の身の上というのはそこまで珍しいものではなかった。
しかし、片親……しかも家計を支える大黒柱である父親がいないことで結衣たち家族は以前よりも貧しい暮らしをすることになった。母親は朝から昼まで働き詰めたが、それでもなかなか状況は改善しない。挙げ句の果てには、身体を壊してしまった。
そんな時に助けてくれたのが、彼女たちの周囲に住んでいたこの都市の住民だった。彼ら自身もそこまで余裕があるわけではなかったが、それでも結衣たちを見捨てるのは忍びないと手を差し伸べてくれたのだ。そしてその関係は、結衣の母親が快復してからも続いた。
だから、結衣はそんな彼らに恩返しするため、都市を守る魔法少女になった。俗的な話になってしまうが公認の魔法少女という職業は命の危険がある分、政府から多額の手当が支給される。結衣はそれをほぼ全額彼らと、彼女の母親に送っていた。
世話になった人たちへ経済面でのサポートをするという目的は果たした。だが、都市を守るという最大の目標が達成できるのか今更不安になっていた。
だから、今日も焦りの気持ちから前に出過ぎてしまい、なぐさに迷惑をかけてしまった。なぐさはああは言っていたが、自分はちゃんとなぐさの力になれているのだろうか。
この固有魔法も他の人に発現した方が良かったのではないだろうか。
自分なんていない方がいいのではないだろうか。
ずっとそんな事を考えてしまっている。
(私は、どうすれば──
「結衣ちゃん?」
無限に思える思考の渦から結衣を掬い出したのは、なぐさだった。
声のする方を見てみればなぐさがテントの中に顔を入れて覗き込んでいた。
後ろ暗い気持ちを自分の中にしまった結衣はなぐさの方へと身体を向ける。
「あれ……何かあったんですか?」
「あーいや、結衣ちゃんが心配で見にきただけなの。心配させてごめんね」
「いえ……見張りまでやらせちゃってごめんなさい」
「その足の怪我なら仕方ないでしょ……それに後衛の負傷は前衛の責任よ」
それから少し、沈黙が続いた。結衣は気まずさでいっぱいだった。
それを見たなぐさはため息を吐いた。
「眠れないの?」
「……はい、いろいろ考えちゃって」
「新米の内に沢山ミスをして、その分沢山学んでけばいいの。そのために私がいるんだから……ね? 明日もあるし、今日はもう寝なさい」
「……はい」
そう言ってなぐさは見張りに戻って行った。
それを見届けた結衣は、自身の負傷した右足を眺める。
自分が弱いから。
役に立たないから。
1番疲れているであろうなぐさに満足に休憩を取らせてあげることすらできない。
負の感情は積み重なるばかりだった。
◆◇◆◇
一晩明けて、早朝。
結衣となぐさは都市へと戻るために行動を開始していた。
とはいえ、結衣は右足を負傷している。加えて、なぐさも連日の戦闘で疲弊していた。
次に会敵してしまったら逃げ切れる自信はなかった。
だが、帰り道には不思議なことに魔獣の姿はおろか、その魔力すら感じとることができない。
(なんでこの方向にだけ魔獣がいないの……? 何かがおかしい)
自分たちがここら一帯の魔獣を倒しきったからなのか、それとも……。
だが結衣を守らなければならないなぐさに選択肢はなかった。木と木の間を潜り抜けて都市の方向へと進む。
そして開けた場所に出たその瞬間、なぐさは悟った。
(これは……罠っ!?)
周辺の樹木が一斉に動き出し、包囲網を完成させる。
「な、なぐさ先輩……これって……!」
「……ッ! トレントね。まんまと罠に嵌められたみたい」
トレント。
樹木に擬態して、人がそれに気付かずに通り過ぎたところを背後から捕食してくる厄介な魔獣だ。
魔力を隠すのに長けていて、おまけに見た目も本物と見分けが付かないことからベテランの魔法少女でも苦戦する。特に混戦状態だといつの間にか背後を取られていたなんてこともある。
この鬱蒼と茂っている樹木の全てがこの魔獣の擬態だというのか。
だが、何故?
「そんな……魔獣には知性がないんじゃ……!」
「そのはず……だったんだけどね」
──絶体絶命。
その言葉がなぐさの頭をよぎった。自分1人ならばまだ良かった。自分のミスで、死ぬだけだ。でも、今回は結衣もいる。結衣を──妹をもう一度失うわけにはいかなかった。
この命に変えてでも、結衣のことは守り切る。そう決心したその時、凛とした声が響いた。
「……チャージ」
「──バースト」
結衣たちの目の前に現れたのはあの時結衣を助けてくれた魔法少女だった。
◆◇◆◇
正史でとある事件が起こった。
任務で第二級危険区域である森林地帯に訪れた魔法少女の1人がトレントの擬態に気づかずに罠に嵌り、少女のグループは窮地に陥った。結果的に、その時同じグループだった少女と同期だった魔法少女が獅子奮迅の働きをみせ、都市に帰還。しかし、少女は損傷が激しく回復魔法ですら治癒しきれずに後に死亡。生存者は一名のみだった。
死亡した少女の名は潮木なぐさ。
そしてその原因を作った少女は後悔した。普段ならしないようなミスだったのに、あの時は魔法少女になって1年が経って大した失敗もなかったから油断していた。
少女にはその時の引け目があった。ずっと後悔していた。
そしてそれはあれから何度も世界をやり直し、戦う意味を見いだせなくなった今でも変わらなかった。