旧首都圏に向かった部隊──つまり、火憐が帰ってきた。その噂を聞いた雪乃は自身の幼馴染が居るであろう魔法少女管理局へと向かっていた。
だが、何故かすれ違う魔法少女みんなが余所余所しい。声をかけても、何やら忙しいだの理由をつけてすぐに会話を切り上げられてしまう。何なら、避けられている気すらする。
(普段はこんな事ないのに……どうしてだろう? 何かあったのかな?)
疑問に思った雪乃は、たまたま近くを通りかかった後輩の少女を捕まえた。逃げられないと悟った少女は、観念して顔を強張らせながら雪乃の反応を待つ。
「ねえ、どうしたの? 慌ただしいけど……何かあったの?」
「え……雪乃さん、まだ何も聞いてないんですか?」
目を丸くした後輩を見て、雪乃は何かがあったことを確信する。それと同時に、何か致命的なことを見落としているかのような……嫌な予感がした。
「え? 聞くって何を?」
返答を聞いて──次の瞬間には走り出していた。
「──ま、待ってください、雪乃さん!」
背後から引き止める声が聞こえた気がしたが……止まらない。止まれるわけがない。自分の目で確かめなければいけない。
「……違う、絶対違う……火憐ちゃんが……そんなわけ、ない」
それが聞き間違えであることを、何の根拠もないデマであることを祈って雪乃は地面を蹴る。
そして、最速で……支援魔法を自身にかけてまで急いで、雪乃は辿り着いた。
周りからどう見られるのか。そんなことは気にせずに、ドアを蹴り飛ばすと……室内の視線が全て雪乃を貫いた。
何やらできていた人集りは、雪乃が来ると二つに裂け、雪乃の前に道を開ける。
憐憫、同情、哀れみ。
周りは一様にそんな感情の籠ったバツの悪い顔を雪乃に向ける。
(なんで……なんでそんな目で私を見るのッ……!?)
認めたくなかった。だが、ここまで来ると周りの反応から分かってしまう。
さっき後輩から聞かされた言葉が脳裏で反芻される。
『火憐さん……戦死したみたいですよ。しかも噂では遺体の損傷もかなり激しいとか』
人集りの中心には、火憐と一緒に旧首都圏に行った魔法少女たちが居た。
そしてその視線の先には。
……変わり果てた姿の火憐がいた。
◆◇◆◇
火憐が死んでから、数日が経った。
死んでやり直すことも考えたが……結衣ちゃんと出会えなくなる可能性を考慮し、このまま進むと決めた。
脳裏に火憐の最期の姿が染み付いて離れない。
火憐の身体は燃えに燃えて……全てが終わった時には元の身体の4分の1にも満たない大きさしか残っていなかった。
過去のループでは、これよりも酷い死に方をした魔法少女を何人も見てきた。だから、今更こんなことで引き摺っているのは道理が合わない。
なのに……なんでこんなにも胸が痛む?
分からない。分からなかった。
だが、こうなってしまった以上もう立ち止まることは許されなかった。そして、もう犠牲も出さない。その決意を胸に今──私は、都市に来ていた。
結衣ちゃんとなぐさは報告と……火憐の遺体の運搬も兼ねて先に帰還している。
だから今、ここにいるのは私だけ。
都市。
それは四方を巨大な壁に囲まれたコロニーだ。魔獣たちから身を守るために人々が創り出した人類最後の砦。
……私が、幾度となく滅ぼされるのを良しとしてしまった場所。
一度は戦うことから逃げた私が、またここに戻って来た。今回こそはもう逃げない。
自分の役目からも……
壁の一辺にある大きな扉、つまりは出入り口に目を向ける。
そこには……警戒心に満ちた魔法少女たちが並んでいた。恐らく、結衣ちゃんとなぐさの報告を受けて、待機しているのだろう。
何せ私は今、彼女たち政府の魔法少女側から見れば火憐を殺した可能性の高い人物だからだ。
それだけじゃない。元々私が信頼に値するかを調べるために送り込まれた火憐が死んでしまったという事実だけを鑑みても、私の立場が相当悪いであろうことは察せられる。
遠くからでも、歓迎されていないのをひしひしと感じ取れた。
そうやって少しの間立ちすくんでいると、列の中から1人の少女が前に出てきた。真っ白なコスチュームに身を包み、その手には
「あなたが椎名永愛さんですね。私たちはあなたを歓迎します」
「……よろしく」
簡単な自己紹介を終え、握手をする。
すると、私の煮え切らない返事から察したのか一言添える。
「……破天荒な性格だったとはいえ、上位の魔法少女が亡くなって気が立っているのです。ご了承ください」
今回のループでは私と他の魔法少女の間に底知れない不信感がある。その決定的な溝は、決して簡単に埋められるものではない。
建前上は客人として扱ってくれているだけまだマシだと言える。
これは、状況的に仕方のない事だ。
沈む気持ちを抑え、正面を向くと、少女は門に手を翳し──大扉が開き始める。
「──さあ、評議会の方々がお待ちです」
◆◇◆◇
少女に連れられ、最上階の一室に通された。
中に入れば、記憶にあるものとまるで変わらない円卓とそしてかつての盟友たちがいた。なぐさと結衣ちゃんもいる。
……本当に、変わっていない。あの時とそっくり同じ状況だ。
「椎名永愛、あなたには魔法少女──朝比奈火憐殺害の容疑がかかっています」
入室して早々、そう私に言ってきたのは緑色の髪を後ろに纏めた少女だった。
彼女の名前は、
上位の魔法少女から構成される評議会の進行役であり、一部敵視している者はいるが一癖も二癖もある魔法少女たちを纏め上げる実質的なトップだ。
本来なら私の同期で……戦闘能力は皆無に等しいのにも関わらず、未来予知という固有能力を用いて頂点まで上り詰めた異色の魔法少女。思えば、彼女とは最初の……それこそ、死んでも生き返ってやり直せるなんていうことを知らなかった頃からの付き合いだ。
勿論、今の彼女にとっては私は初対面で仲間を殺した可能性のある野良にすぎないけど。
「でもっ──
「はい、何も証拠はありません。何なら結衣さんたちの証言がある分、限りなく白に近いと言えます」
抗議の声を上げた結衣ちゃんを、木蔦は肯定する。だが、「ただ……」と前置きをして、一言。
「中にはそう思っている子もいる、という事ですよ」
その後、根掘り葉掘り当時の状況を聞かれ、結衣ちゃんとなぐさとの証言と照らし合わせた。
……勿論、何が原因で魔力暴走が起きたのかという話題には触れなかった。ここで他の魔法少女にかけられた支援魔法が原因だと、理屈も含めて説明してしまえば、私への容疑は限りなく白になるのだろう。
だが、火憐と約束をした。なら、言うわけにはいけない。それに、その事実を雪乃──火憐の幼馴染が知ってしまえば、彼女がどうなってしまうのか……想像は難くない。
結局、私は監視がつくことを条件に一時的に都市に滞在することを許されたのだった。
◆◇◆◇
「なんで、なんでっ……なんで火憐ちゃんが死ななきゃいけなかったのッ……!」
魔法少女管理局──その一室。
雪乃は胸の中を渦巻く行き場のない怒りと幼馴染を失った喪失感に苦しんでいた。
いくら雪乃の固有魔法が戦闘に向かないものだったとしても、彼女も腐っても上位の魔法少女。雪乃が魔法を使えばその部屋くらいは簡単に破壊できる。だが、それをやらないのはまだ雪乃に理性が残っている証拠だった。
雪乃はこの都市を守護する魔法少女──その中でも、評議会というとりわけ責任のある地位に就いている。だが、それ以前に成人にすら達していない子供だった。
覚悟は……していた。魔法少女という職業柄いつかこういう日が来るのは分かっていた。だが、だからと言ってこの世に生を受けてから1番長く一緒にいたと言ってもいい幼馴染が無惨な姿になって帰ってきて気持ちの整理がつくわけがない。
「う、うぅ……」
涙を流す雪乃は、しかし賢かった。亡くなった彼女の幼馴染の言葉を借りると「背伸びしてる」らしいが、それでも彼女の歳にしては大人びていると言えた。だからこのまま何事もなければ心に傷は負えど、幼馴染の死を乗り越え、前を向いて歩いて行ける……そうなるはずだった。
部屋のドアがノックされる。
雪乃が嗚咽混じりに返事をすると、ドアが開かれて1人の少女が入ってきた。
「こ、ちょう……さん……」
雪乃と同じく魔法少女評議会に属する魔法少女の1人。
そこまで親交があったわけではないが、他のメンバーと比べればまだ話す方だった。
でも、そんな彼女が何故?
雪乃は一瞬疑問に思ったが、少し前に交わした会話を思い出す。
『……火憐さん、無事に帰ってくるといいですね』
本来の雪乃なら、あるいはもう少し時間が経っていればそれが自身を慰めるため、雪乃に合わせて放った言葉だと思ったかもしれないが、今の雪乃にはそんな余裕はなかった。
どちらにせよ、木蔦にとっては火憐も、雪乃も永愛を絶望の底へ叩き落とし、その表情を鑑賞するという悪趣味な目的遂行のための駒以外の何者でもなかったのだが。
とにかく、幼馴染を突然失って精神的に追い詰められていた雪乃は無意識のうちに救いを求めていて……当然、そんな格好の獲物を木蔦が見逃すはずもなかった。そんなことを知る由もない雪乃の目に、木蔦は自身の唯一の理解者のように映ったのだろう。
「雪乃さん……いえ、氷堂雪乃。あなたはこのままで良いのですか?」
「……このままで良いとは、どういう事……?」
木蔦は雪乃と目線を合わせ……言った。
「──他殺」
「……え?」
「魔力操作に長けた火憐さんが普通であれば魔力暴走を起こすはずがありません……となれば、誰かが殺したということしか考えられないでしょう」
確かに、そうだと雪乃は納得した。火憐は魔法少女の中でも一二を争うほど魔力操作に長けた魔法少女だった。木蔦の言う通り、
だが、そうするのならば一つ疑問が出てくる。それは、理由だ。誰が、何のために火憐を殺したのか。
「で、でも……一体誰がそんなこと──
「椎名永愛」
「……彼女には、メリットがあります。火憐さんという戦力を失った今、私たちはそれを補填する戦力を欲するでしょう……事実、現在の我々にはそこまで余裕がない。そして、彼女は戦力としては最適です」
「なぐささんと結衣さんは……恐らく今回の件には関係ないでしょう。彼女たちも騙されているのです」
木蔦は赤子をあやす母親のように雪乃の背を摩り……語りかける。一言、二言と言葉が紡がれる度に雪乃の目が驚きに染まり、吊り上がっていく。少しして、雪乃は涙を拭き……ゆったりと顔を上げた。
「……ああ、そっか。こいつ……こいつが悪いんだ。殺してやる。絶対に許さない……待っててね、火憐ちゃん。すぐに仇、取ってあげるから……だから──
雪乃はなぐさと結衣のことは少しだが知っていた。信頼できるとも……思っていた。だからこそ、そんなことが出来たのは1人しかいない。雪乃はそう結論付けた。
「椎名、永愛ッ……!」
瞳から光が失われた雪乃は、その口から延々と呪詛を垂れ流す。これを彼女の幼馴染が見たら一体どう思うのだろうか。だが、それを気づかせてくれる人はもういない。
この日、悲嘆に暮れる1人の少女は狂気に呑まれた。
その選択が目の前の少女によって仕組まれた……破滅への一本道である事を知らずに。