今回のループでは、魔法少女として覚醒した瞬間に戻ってきてすぐに家を引き払い、旧首都圏へと向かった。家族が居たのならそんなことは出来なかっただろうし、そもそも諦めるなんて選択肢はなかったのかもしれないが、生憎私に家族はいない。
幼い頃……それこそ、私が魔法少女として覚醒する以前のこと。
まだ都市を囲む壁が完全には出来上がっていなかった当時は、人の命は儚く、日々多くの犠牲者が生まれていった。
そして、私の家族もそれは例外ではなかった。
私たちが外周沿いに住んでいたというのもある。状況を聞きつけた魔法少女がやってきた時には私以外は全員魔獣に喰い殺されていた。私が1人生き延びていたことが奇跡だったと言える。今でもあの時の惨状は覚えている。耳を劈く痛めしい悲鳴や、家族だったモノから流れ、下垂れ落ちる生々しい血の匂いも。
あの時に魔法が使えたら……あの時に戻れたら。最初の頃はそう考えた事もあったが、今ではもうこの世界が
諦観と言ってもいいかもしれない。何度も世界をやり直して……段々とそんな事を考える余裕も無くなった。
……それどころか、普通に生きて、魔獣に殺されたとはいえ
別にこの魔法を恨んでいるわけじゃない。
そのお陰で掬い上げることのできた可能性が数多とある。まだそれは実を結ぶところまでは達していないけど、きっと……いつかは。
それに、もし魔法少女として覚醒した時に戻って、自分で好きな固有魔法を選択することができたとしても、きっと私はまた何度だって死んでやり直すことを選ぶだろう。
まあ、だから……要は私がまた、頑張ればいいだけの話だ。
大分話が脱線してしまったが、そういうわけで都市に私の家はない。だから、監視も兼ねて魔法少女管理局の一室……火憐のものだった部屋に住むことになった。今は結衣ちゃんにその部屋まで案内をしてもらっていたところだった。まあ場所は知ってはいたが、だからと言って野良の魔法少女が案内なしに都市の中心部を歩き回るのは怪しいことこの上ない。
というわけで。
「案内ありがとう、結衣ちゃん。助かったよ」
「いえ! 永愛さんのお役に立てて嬉しいです!!」
結衣ちゃんに感謝の気持ちを伝えると、太陽のような笑顔が返ってくる。結衣ちゃんと話すと嫌なこと、苦しい現状……この歪な世界すらも途端に色付いて見える。
少し……危険だと、感じる。
あまり一緒に居すぎると、きっと私は駄目になってしまうだろう。そのくらい、結衣ちゃんという陽だまりは私には眩しすぎる。
「それで、その……監視役も結衣ちゃんが?」
「えっと、それは──
そう問いかけると、返答は真逆の方向から返ってきた。
「私が監視役だよ」
振り返った先にいたのは、目元に泣き腫らした痕の残っている少女。
妙な納得感と、それに排反する素朴な疑問。そして遅れてやってくる猛烈な罪悪感が胸を支配する。
「初めまして、椎名さん! 私は氷堂雪乃。隣の部屋に住んでるから、何でも聞いてね!」
彼女とは過去のループで何度か関わったことがあったが……だからこそ彼女の見せるその笑顔が作り物だと気づく。
そう、彼女こそが火憐の幼馴染で──
「……椎名永愛。その……火憐のことは残念だった。ごめんなさい」
──そうとは知らずに支援魔法を使ってしまった魔法少女。
やっぱり世界は不条理で……残酷だ、なんて心の中で嘆く。
「永愛さんのせいじゃない。火憐のことは……不幸な事故だよ」
「……雪乃にそう言ってもらえてちょっと気が軽くなったよ。ありがとう」
そこで、私たちの間の微妙な空気感を察したのか、結衣ちゃんがとある提案をした。
「そうだっ! 良かったらこの後みんなでセントラルエリアに行きませんか!?」
◆◇◆◇
セントラルエリア。
それは文字通り都市の中央、つまり魔法少女管理局の周辺に位置し、中には数多くの店が立ち並び、玩具、ケーキなどの嗜好品から洋服や日用品などの実用的なものまでありとあらゆる物が揃っている──いわば、大きなショッピングモールである。
魔法少女たちは都市の守護者である以前に、ただの年頃の少女たちでもある。そんな魔法少女たちの息抜きの場として政府によって作られたのがこの施設だ。
そこに私、結衣ちゃん、雪乃の3人でやってきたのだ。なぐさがこの場にいないのは──
「うぅ……なぐささんには任務があるって断られちゃいました……」
こういうわけらしい。結衣ちゃんも普段ならなぐさと任務に行くことを選ぶかもしれないが、自分で言い出した約束をすっぽかすことは出来なかったみたいだ。
可哀想だが、雪乃の様子を見るには都合が良い。さっきは私のせいじゃないと言ってくれたが、本心でそう言ってくれたのかどうか分からない。近しい人──それも、雪乃にとって火憐は彼女の半身とも言うべき存在──その死というのはそう簡単に割り切れるようなものではないからだ。
「それで、どこ見に行くの? 結衣ちゃん」
「……へっ!?」
話題を振ると、結衣ちゃんは素っ頓狂な声を発した。どうやら、誘うことだけに注意が行き過ぎてしまってノープランらしい。まあ、これも結衣ちゃんらしいと言えばらしいが。
ため息を吐いて、今度はあれから何も発さずに背後についてきていた雪乃に視線を移動させる。
「雪乃は、どう? どこか見たいところある?」
「え、でも……私は監視役だから」
「いいから」
「えっと……じゃあ──
雪乃が指差したのはゲームセンターだった。雪乃のイメージとは違う場所に、思わず目を丸くした。
◆◇◆◇
セントラルエリア。
そういえば……お互い任務がなくて暇な時、火憐ちゃんとよくここにきていた。
他に行く場所なんてなかったからだ。でも、そんな火憐ちゃんはもうここにいない。
そしてそれは──
(こいつのせい……!)
目の前で結衣ちゃんと楽しげに話す魔法少女を見据える。
なんで。
なんで人を……火憐ちゃんを殺したのにこいつはそんな平然とした顔で笑っている?
おかしい。
なんでみんなこいつが殺人鬼だってことが分からない?
おかしい。
おかしいよ、みんな。
それに……何だ? さっきの言葉は。
『火憐のことは残念だった』? 『ごめんなさい』?
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
何が残念なんだ。お前が火憐ちゃんを殺したくせに。何がごめんなさいだ。
許せない。
本当なら……あの場で八つ裂きにしてやりたかった。
実際、言いようがない殺意が身を駆け上って──でも、抑えた。
あそこで殺してしまえば、苦しむのは一瞬だけ。
だから、『永愛さんのせいじゃない。あれは事故だった』なんていう一切思っていないことまで言った。殺人鬼にそんなことを言うのは火憐ちゃんの死を弄んでいるような気がして吐き気がしたけど、我慢した。
まだ喉の奥底に残っている吐き気を抑えていると、
「雪乃は、どう? どこか見たいところある?」
……こいつと口をきくのは死ぬほどイヤだったけど、怪しまれては復讐が出来ないかもしれない。
内心を渦巻く激情を隠し、笑顔でやんわりと否定する。
「え、でも……私は監視役だから」
「いいから」
それでも、引き下がらない。私は面倒くさくなって案内ボードの適当な場所を指差した。
「えっと……じゃあ──ここ」
「……え?」
私が指した先を見てポカンとアホ面を晒す
「ん? どうしかした……の……」
そして、思わず息を呑んだ。私が反射的に指差した場所。それは、ゲームセンターだった。火憐ちゃんが……1番好きだった場所。私はそういうのはあまり得意じゃなかったけど、火憐ちゃんに連れて来られて良く来ていた。思い出の場所だった。
何やら
ああ……そっか。もう火憐ちゃんはいないんだ。
分かっていても、今まであまり現実味を帯びていなかった火憐ちゃんの死という事実が……絶望感が、更に身体にのし掛かる。
それに比例して、身体を焼き焦がす怨恨の焔が勢いを増して広がっていくのを感じた。