この鎮守府らしい独特の方法が、それを「グロスマン」と命名する際に用いられた。
つまり、最初から最後までグダグダだった。
提督が何気なく、
「お好み焼きを重ねたような見た目だから、『重ねお好み』と呼ぼうか? 」
とつぶやいたことで、沈静化していた“粉もの抗争”が再燃した件については、ここでは記さない。しかし、吹雪を始めとした大勢が、もう少しマシな呼び方に変えるよう頼み込んだのは本当のことだ。
そして、実のないやりとりの末にそれの写真から「大きい」が、リシュリューのつぶやいた「栗のお菓子」という言葉から「栗」が選ばれ、その読みを短くして「グロスマン」という名称に決まったのも本当のことだ。
つまり、それを呼ぶ時に Grossmanという言葉や、「グロッスマ」というどこかの熊のぬいぐるみを思わせる名称が使われるようになったのは全くの偶然であって、決して意図したわけではなかったのである。
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まさか怪物鳥が舞い降りてくるとは、思っていなかった。通過していくと予想して向きを変えようとしていた者は、完全に意表をつかれた。
深海棲艦たちの集結している水辺に向かって、突風が吹いた。怪物鳥の羽ばたきと着水で、嵐の日の波が岩にぶつかったような水しぶきがあがった。
視界は、海水で覆われた。轟音の中であちらこちらから悲鳴が聞こえているのは、湧きあがった波に飲み込まれ、流された者がいるからだろう。
そして。
ようやく回復した視界の先には、翼を広げた……怪物鳥、でいいのだろうか?
翼の先には鋭くて長い爪が四本ずつ伸び、それだけを見ると甲殻類か蜘蛛の足のようだ。
もっとも、観察している暇はなかった。もはや鳥とは呼べない鳥のような怪物は、目の前にいる深海棲艦にクチバシを伸ばしたのだ。
「距離ヲトレ!! 」
リコリス棲姫が叫ぶより早く、駆逐艦と軽巡洋艦数体が飲み込まれた。それ以外の者たちは急いでクチバシの届かない距離まで離れると、全砲門を鳥のような怪物に向けて撃ち込んだ。
爆発音が周囲に満ち、砲煙がなびく。上空からまだ爆弾を投下していなかった攻撃機と戦闘機が攻撃に加わった。
しかし、その攻撃を無視するかのように煙の中から鳥のような怪物が姿を現わした。砲撃を続けながら逃げようとしている軽巡棲姫がクチバシにすくわれ、たちまち体内へと消えていく。
鳥のような怪物の腹が大きく膨れ上がったかと思った次の瞬間、口から突風のような息が吐き出された。
深海棲艦たちには、それが何を意味するかはすぐにわかった。艤装が、解かれたことで空気に戻り、鳥のような怪物の喉を通って出て行ったのだ。
息絶たえたのか、気絶したのか。艤装を解かねばならない理由があったのか。
それはまったくわからない。
その一部始終を見ていた深海棲艦たちの頭の中には、敵ではなく餌と認識されている、という考えが浮かんだ。高かった士気はたちまち下がり、怯えた表情を見せる者も出始めている。
「皆、聞ケ! 」
リコリス棲姫が大声で叫んだ。
「以前、私ハ『だるびーでぃぼ』ノ記録映像ガ役ニ立タント言ッタナ! アレハ撤回スル! 」
全ての者が目の前の惨状を忘れてリコリス棲姫を見つめた。
「コレカラ見本ヲ見セル! ──コウヤルンダヨ! 」
リコリス棲姫はそう叫ぶと憤怒にも似た表情で自分の艤装である滑走路を引きはがし──引きはがしたのだ。信じられないことだが。
そして、そのまま鳥のような怪物に突っ込んで行くと、直前で腰を落として噛もうとしてくる鳥のような怪物のクチバシをかわした。右足を大きく右斜め前に踏み込み、左肩に乗せるようにして持っていた滑走路を力いっぱいに鳥のような怪物のクチバシめがけて叩きつける。
金属と硬いものがぶつかるような凄まじい音が響き、叩きつけた滑走路の一部分がほぼ直角に捻じ曲がった。
リコリス棲姫はためらうことなく滑走路を逆方向に振って、二撃目を叩き込む。
鳥のような怪物の体高も体長も、リコリス棲姫の十倍はある。倒れることこそなかったが、頭が急に振り回されたことで、ほんの少しではあるがよろめいた。
航空基地による攻撃──たぶん、言葉のうえでは間違ってはいない。打撃を与えているという点についても、軍事に詳しい人が普通に想像する光景とは似ても似つかないとは思うが、きっと間違ってはいない。
格闘技ならば凶器攻撃にあたるのではないかと言われても、そもそも先ほどからずっと航空機や砲を使用して攻撃しているのだから、何を今さらという話になってしまう。
指摘すべきはそこじゃないという指摘には全くそのとおりだと答えるしかないが、絶望すら覚えていた深海棲艦たちの思考を停止させてしまったのは確かであった。
声なのか咆哮なのかすらわからない叫びをあげながら、艤装したリコリス棲姫が腰かけている怪物のようなものがリコリス棲姫の後を追い、鳥のような怪物に体当たりした。
──もうこうなってくると記している側も混乱してしまうので、ここからは鳥のような怪物を怪物と記し、鬼級や姫級が艤装を展開した時に出現する怪物のようなものの総称を深海魔獣と記すことにする。
また、棲鬼と棲姫のそれぞれが出現させている怪物のようなものについては、例えばリコリス棲姫であれば、リコリス魔獣と表記していく。
あくまでもこの文章中で使用する仮称であって、正式な呼び方ではないことは承知していただきたい──
リコリス棲姫とリコリス魔獣の戦いぶりは、怪物を相手に生き抜く方法を示しているかのようだった。少なくとも、その場にいる深海棲艦たちにはそう見えた。
「オ前タチハ援護ヲ続ケロ! 」
指揮下の部隊にそう言い置いて突っ込んで行ったのは南方棲鬼だった。
怪物がリコリス棲姫たちとの戦いに注意がそれている間にその側面に回り込むと、かかとより下を目がけて艤装で体当たりする。
怪物が小さく呻いてバランスを崩した。その隙をついて、リコリス魔獣に持ち上げられたリコリス棲姫が、手にした滑走路を脳天に向けて振り下ろす。
一層大きな怪物の咆哮が周囲に響き渡った。
もしかしたら、倒せるかも知れない。「だるびーでぃぼ」のように……は、戦うのはやめておこう。
何となくではあるが。
決心のついた深海棲艦たちが、次々と怪物に向かって突っ込んで行った。
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水平線の近くに浮かぶ雲の下が朝日に照らされるより前に、偵察機が夜間の装備なしで「グロスマン」を視認した。場所は、最初にその姿を認めた地点から北西の方向。
前日よりも鎮守府に近寄っており、あと半日もあれば鎮守府を視認できる距離に到達してしまう。
それは仕方のないことかもしれない。
「グロスマン」が、深海棲艦が所持するレーダーよりも優れた探知機器類を搭載している可能性もあるし、明石の発明品に効果があったかどうかは確認のしようがない。
つまり、千歳たちが攻撃を受ける前から鎮守府のある島を発見していたかもしれないのだ。
千歳たちの努力に意味があったかどうかもわからないということになるが、無事に帰ってきたことを良しとすべきであろう。
戦艦、巡洋艦、駆逐艦で編成された迎撃艦隊は前進を続けた。双方の速度に変化がなければ、昼食を終えたころに互いを視認することになる。
それまでの間も、偵察機と艦隊からは何度も「グロスマン」との交信を試みていた。その返答は──
「偵察機の通信内容に従い回避行動! 」
前日と同様、砲弾のようなものの発射であった。
ことここに至っては、「グロスマン」は自動で動き続ける機械のようなもので、手持ちの手段では意思の疎通は不可能──と判断するしかなくなった。鎮守府への接近を阻止するために、前進を続けていた艦隊は戦闘態勢をとった。
砲撃と雷撃の準備が整えられた。後方で待機していた空母からも、戦闘機と爆弾や魚雷を搭載した攻撃機が出撃した。
しかし、このままでは砲撃と雷撃で交戦した艦隊が「グロスマン」と戦闘を始めてから航空機が戦場に到着することになる。それまで回避に徹するという手もあるが、それだと「グロスマン」の攻撃を受け続けることになる。
さらに言うならば、「グロスマン」がどのような攻撃をしてくるかがわからないのだから、最初の一撃が致命傷ということもあり得る。その一方で、相手の攻撃をすべてかわして致命的な一撃を与えればいいという考え方もあって……
金剛は、迎撃艦隊にすれ違いながら交戦し、その後に到着する航空機の攻撃で「グロスマン」の進路が変わらなければ、反転してその後方から追跡するよう指示を出した。「グロスマン」を阻止できない場合は、防衛艦隊と挟み撃ちにするつもりだった。
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深海棲艦たちと怪物は、肉弾戦を交えた戦いを始めていた。
「だるびーでぃぼ」のようなイカレ……「特殊な訓練」をしていたわけではないので、肉弾戦で十分な効果を与えているとは言い難いが、それなりに組織的な戦い方ができるようになっている。
飛行場姫は空母オ級らとともに、怪物と戦っている最中の鬼級や姫級の航空機を収容し、次の出撃準備を急がせている。
防空棲姫は距離をとり、近くにいた巡洋艦たちを集めて砲撃専門の援護部隊を編成した。
怪物が肉弾戦を繰り広げている仲間を攻撃しようとする度に主砲で首から上を狙い、砲煙を起こして視界を奪おうとしている。
集積地棲姫は偶然視界に入った港湾棲姫を呼び止めて、補給の手伝いをするよう催促した。港湾棲姫が戸惑っているうちに北方水姫が北方棲姫と北方棲妹を連れてきて、二体を手伝うように言いつけると自らは怪物に向かって駆けていった。
それを見た北方棲姫と北方棲妹は自分たちも怪物相手に戦いたいと抗議するものの、北方水姫の言い分を理由に拒否する集積地棲姫と、手伝うよう頼み込んだりなだめたりする港湾棲姫に従って補給の準備を手伝っている。ただ、時々頭を寄せて小声で話し合っている様子から察するに、何かを企んでいるようでもある。
駆逐古鬼、駆逐水鬼、駆逐棲姫は残っている駆逐艦を集めて三隊に分け、各自がそれぞれを率いて一撃離脱を繰り返している。狙いを翼と尻尾に絞って、主砲で羽に穴を空け、あるいは信管を抜いた魚雷で叩き落としている。
鳥のたたき……と、言いたいところだが、怪物と化しているのが残念と言えば残念だ。
食われた者もいる。戦艦タ級と南方棲鬼は、密着して砲撃していたところを頭を振った怪物に弾き飛ばされ、たて続けに飲み込まれた。
怪物はさらに重巡棲姫に襲いかかろうとして、大きくよろけた。腹のあたりが奇妙に膨らんだり凹んだりしている。
飲み込まれた深海棲艦たちが、なおも砲撃を続けているのだ。
重巡ネ級と離島棲姫がそれを見て、怪物に走り寄った。