「グロスマン」を迎撃する予定だった艦隊は攻撃を避けながら接近を続け、ようやく目視ができる距離にまでたどり着いた。上空からではなく、横から見るその姿は──金属製の皿四枚を逆さにして重ねたようだとしか言いようがなかった。
「Hmm……実物を目にしても、今一つ戦っているという実感がないですネー」
腕組みをした金剛が考え込みながら言った。
「そうね。節分の時のほうが、よほど攻撃されていたという気がするわ」
リシュリューの返答は、冗談なのかどうか判断がつきにくい。
「それで、どれくらいの距離で砲撃を始めましょうか? 」
「深海棲艦と戦う時より近づくつもりネー」
「わかったわ。ところで……」
リシュリューは金剛の返事にうなずくと周囲を見渡し、
「本当に今のままでいいのかしら? 」
と、言って小首を傾げてみせる。
リシュリューがそう言いたくなるのもわからないではない。「グロスマン」の攻撃がやんだのをいいことに、羽目をはずしている艦娘がそこかしこで自由に振舞っているのだ。
加古はと言えば、
「おーし、そのまま。じゃ、撮るぞ! 」
と、青葉のカメラで本人の背景に「グロスマン」を入れて撮影しているし、その青葉は青葉で、
「いやー、やっぱり自分が撮られるのには慣れないですね……あ、じゃあ次は那珂ちゃんお願いします」
などと言って、加古からカメラを受け取りながら記念撮影を続けている。
「はーい! 『歌って踊れて戦いもできるアイドル』のイメージだね! カッコカワイク決めちゃうよ! 」
写真に映る気でいる那珂のほうがいつもどおりに見えるのは、気のせいではないように思える。
「あっ! 那珂ちゃんが終わったら、次は由良ちゃんの番だからね! 」
「あ、はい! 第四水雷戦隊、お預かり……あっ! ……えっ? 由良も撮影するんですか!? 」
由良は手を大きく振っている那珂に条件反射で返答しかけ、予想もしていなかったことを言われたことに慌てふためいているし、それを見たデ・ロイテルは、
「やっばーい。いくらなんでも自由過ぎー」
と、大笑いしている。
一方で駆逐艦たちはと言うと、
「じゃあ、もう一回確認するよ。魚雷は射程の半分まで踏み込んでから発射……わかった? 」
と、全員に確認をうながす白露に、
「僕としては、白露が一番を意識し過ぎて早撃ちしないか心配なんだけどな」
と、時雨が茶々を入れていた。
「時雨えー。そういうのは、あたしを差し置いて一番を決めそうな村雨に言いなさいよ」
「ちょっ、いきなり村雨に話を振らないでよ。そりゃあ、だいぶいいとこ見せようとは思ってるけど! 」
村雨は負けじと白露に言い返す。
「ふっふ~、一番に撃つのは皆に譲るっぽい? でも、一番命中させるのは夕立っぽい! 」
夕立もさりげなく対抗心をむき出しにしている。
一触即発と言ってもいい雰囲気だ。
その全てを目に収めた金剛が、
「いざとなったらキリキリ働いてもらうから、いいのデース」
と、全てをあきらめたように肩をすくめて言ったためにリシュリューは、
「わぁ、クワバラクワバラ」
と、苦笑しながら小声でつぶやくしかなかった。
油断をしているつもりはないし、不安を感じていないわけでもない。ただ、それを口にしても仕方ないと思いつつ、心から排除もできない。
必要以上に強がりを言い、やたらと気負ったかと思った途端に本音を漏らす。そのような落ち着きのない状態が続いている……ということにしておけば、たぶん問題ないだろう。
それもあと少し……あと少しで、攻撃予定の距離だ。
- - - ( ‘ ω ’ )
飲み込まれた仲間が、怪物の腹の中でなおも砲撃を続けていると知った重巡ネ級と離島棲姫は、怪物の腹に走り寄って艤装の深海魔獣を食いつかせた。重巡ネ級は、さらに背中から生えている主砲の一本をもぎ取って、魔獣がつけた傷跡を突き刺そうとしているが、皮膚には歯形がついているだけで傷口一つ見えない。
怪物は、身もだえしながら重巡ネ級たちを跳ね飛ばそうとする。ネ級たちはなおもしがみつきながら、腹を裂くか吐き出させようとしている。
戦艦レ級が立ち上がった。
皆がそれぞれなりの戦いをしている間も、レ級はずっとしゃがみ込んで両手で頬杖をついたまま、ずっと様子を見守っていた。ことここに至って、ようやくどうするかを決めたらしい。
足のしびれをとるつもりか、二度ほど軽く屈伸して駆け出し、少し進んだところでバランスを崩して宙を飛んだ──
わざとではなかった。
よりによってこのタイミングで、水面からわずかに顔を覗かせていた岩礁につまずいてしまったのだ。教訓を込めた笑い話のように。
スライディングをする野球選手や砂浜に刺した旗をつかもうとするビーチフラッグスの競技者を思わせる恰好のまま、水面に体の前面を突っ込ませた。
「うひ~~~」
レ級は声を上げて天を仰ぎ、次の瞬間、顔の上に影がかかっていることに気づいた。怪物のクチバシがすぐ目の前にあった。
- - - ( ‘ ◇ ’ ) ゞ
すれ違いざまに「グロスマン」を攻撃した迎撃艦隊は、手痛い反撃を受けた。ハンマー投げのように回転させて放たれていた砲弾状のものよりも小さな弾丸が艦娘たちに発射されたのだ。
それがぶつかるのとほとんど同時に、爆発のような衝撃が起きた。艤装が防ぎきれる場合は破損の状態で残るものの、それを超える衝撃が加わった場合は艤装そのものが解かれる。
その時に生じる現象そっくりだ。
青葉、加古、白露は艤装の大半を失い、傷も負っている。他の者も、被害の受け方がいくぶんマシという程度だ。
それでも、すれ違いでの戦闘だったために短時間で済んだのが不幸中の幸いだった。戦いが長引いていれば、それだけ損害が増しただろう──
「損害を与えられたのかな? 」
「どうだろう……よくわからない」
互いの傷の具合を確認しあっているうちに、二式飛行艇を先頭にした航空機の部隊が到着して、「グロスマン」に攻撃を始めた。大量の爆弾と魚雷が放たれ、「グロスマン」の至る所が炎と煙で包まれた。
「グロスマン」からの反撃も凄まじかった。艦娘たちに放たれた弾丸をさらに小さくしたような対空砲弾が大量にばらまかれたらしく、航空機が十機単位で撃ち落とされた。
──妖精さんは死ぬのか、という問いに対しては、よくわからないとしか答えようがない。この世界の妖精さんは“死”という言葉の意味を理解できないようだし、人や艦娘は妖精さんを「いつの間にか消えて、いつの間にか現れる」としか把握できていない。
過去にも何人もが“その時”にどうなるかを調べようとしたものの、ことごとく失敗に終わっているそうだ。
分身の術、瞬間移動などを唱える者もいれば、式神や霊の類だと説明する者もいる。少数ではあるが、別の星から出入りしているのだと主張する者もいるらしく、昔より多種多様の姿の妖精が想像され、語られてきている──
「グロスマン」に損害を与えたことは確かだ。どの程度かは見当がつかないが。
ただ、今やるべきことはわかっていた。
「Hey、墜落した妖精さんたちを救助シマース。ついてきて! 」
金剛は全員に指示を出すと、鎮守府に連絡を入れた。
天幕の下に設けられた臨時の作戦所では、提督が迎撃艦隊から届いた電文を読みながら考え込んでいた。
「ん-……これ防げるのかなー」
「戦力は、深海棲艦の姫級換算で十体くらいでしょうか……」
先に電文を読んでいた吹雪が言う。そのやりとりを聞いて、
「あの、いつもはどうやって倒していたんですか? 」
と、貴益が尋ねた。
「え? 倒せてないよ? 」
「え? 」
提督の予想外の返答に、貴益は思わず聞き返した。
「実はこの鎮守府、深海棲艦のほうも重要だと思ってないらしくって……」
「別の鎮守府に向かうついでに攻めてくる程度だったんだ」
吹雪の言葉をヴェールヌイが引き取って説明した。いや、今は髪にヘアエクステがついていないから響か。
「救援は頼んだけど、間に合いそうにないなー」
深刻この上ない状況のはずなのだが、提督の口調はどこまでものんびりとしている。
「壁か何かに隠れながら撃ったら、いくらかマシかなあ……」
「司令! 意見具申していい? 」
提督のつぶやきが終わらないうちに天幕に艦娘たちが大勢入ってきた。
声をかけて来たのは朝雲である。
「あれ? 待機してる所から出て来たの? 」
「はいー。来ちゃいました~」
山雲が、提督以上に緊張感のない口調で言った。
「全員に知らせることになるのならば、集まってもいいのではないかと思いまして」
遅れて入ってきた大淀の言葉は、いささか言いわけじみている。
「ねえ、待って! 私の意見具申を先に聞いてほしいんだけど! 」
朝雲が、またいつものようなグダグダなやりとりになりそうなことを察したのか、急いで声をあげた。
「あ、うん。どーぞ」
「そ、そう? じゃあ……」
提督のゆるい返答に朝雲は鼻白んだかも知れないが、少なくとも表情には出さなかった。
「魚雷を装備している私としては、隠れて砲撃するよりも走り回って魚雷を撃ちたいわ! 」
「うーん……。じゃあー山雲もー、朝雲姉と同じで~」
普段から朝雲と仲の良い山雲が真っ先に賛成した。
「うん。駆逐艦としてはともかく、朝雲ならそうなるよね」
ヴェール……響の言葉に吹雪もうなずいている。
「提督殿、防衛艦隊の霧島から電文であります。『しま ひがしのかげにてたいきしたし いどうのきょかをこう』、です」
「正面から迎え撃つのではなく、近づいて来たところに横から突っ込む、ということでしょうか……」
大淀が、神州丸の読みあげたメモをのぞき込んで言う。
「んー……じゃあ、防衛艦隊に駆逐隊が合流するのは変わらないとして、駆逐隊の指揮は朝雲にやってもらおーかー」
「あらー、朝雲姉の指揮で出撃できるんだ~」
「えっ!? そんな簡単に決めるの!? 」
提督の言葉と大喜びする山雲には、むしろ朝雲のほうが驚いている。吹雪とヴェ……響はといえば、
「まあ、いいのではないでしょうか」
「那珂ちゃんさんや由良さんにいいとこ見せるチャンス」
と、朝雲を応援する側にまわっている。
「そ、そう!? ……ふうーん。ま、いいわ。私がやったげる! 」
朝雲も断るつもりはなかったらしく、それ以上文句を言うことなく引き受けた。そして、
「ええっと……山雲と、それから……全部で九人? 」
と、指を折りながら小声でつぶやいていたが、不意に顔をあげて提督に確認をとる。
「え? えーと……」
「朝雲、山雲、吹雪、響……タシュケント、雪風、時津風、睦月、望月……ですね」
提督がうろたえている間に、大淀が駆逐隊の名前をあげていった。もう一度数えなおしていた朝雲の目が見開かれ、少しばかり頬が赤らむ。
「じゃあ、第九駆逐隊と九つながりか……いいんじゃない? うんうん」
と一人合点してうなずくと、自然な流れで、
「ところで、司令はどうするの? 」
と、提督に尋ねた。
「え? 」
提督が、朝雲に顔を向けたまま硬直する。
「「「「「「あー……」」」」」」
しばらくして、艦娘たちの口から一斉に呆れ声やため息が漏れた。
「やはり、忘れていたのでありますね……」
「そんなことだろうと思ってはいましたが……」
神州丸と大淀の表情は、諦めの境地に達しているかのようだ。
「あ……うん、まあ……」
提督はそう言ったまま口ごもって全員を見回していたが、やがて、
「ここじゃダメかな? 」
と、言った。
「それは、ちょっとマズいと思います」
吹雪の返答は否定的だった。
「『グロスマン』が島を砲撃する可能性が出てきましたので、私も吹雪の意見に賛成です」
大淀は、少し考えてから言う。
「神州丸は、長官艇で指揮を執っていただければと考えていたのですが」
「えー……あれ、揺れるから嫌なんだけどなー」
提督は、神州丸の提案に心の底から嫌がっている様子を見せる。
「あのー、長官艇って何ですか? 」
不思議そうに質問したのは貴益だ。
「え? ほら、君が鎮守府に来る時に乗った……あ」
そこまで言ったところで、提督は突然言葉と途切れさせた。ゆっくりと貴益を指さして、
「そーいえば、君をどうするかも考えないといけないんだった……どうしよう? 」
「「「「「「「「「「「「「あ」」」」」」」」」」」」」
提督以外の口から、同じ言葉が漏れた。