もうしばらくすれば戦闘が始まるという時になって、提督どころか貴益の居場所をどうするかも考えてなかったことに、全員が今さらのように気がついた。
この場にデ・ロイテルがいれば、「やっばーい」を連発していたであろうことは容易に想像がつくくらいグダグダな状況であるが。さらに騒ぎを大きくしそうな音が、天幕の外から聞こえてきた。
「提督! 提督! やりました! やりましたよ! 」
走り込んできた明石が息切れを起こしながら、途切れ途切れに言った。
「えーと、何が起きたの? 」
「大型建造です! もうこの際だと思って試したら……」
提督の質問に答える明石の後ろで、別の艦娘が呼吸を整えていた。しばらくして、ポニーテイル状に茶色の髪をまとめなおし、白地のワンピースのシワを伸ばした艦娘が穏やかに、
「失礼しますね、皆さん」
と、言い、全員のいる所まで近寄ってから、
「こんにちは! 航空母艦、サラトガです。提督、サラとお呼びくださいね。よろしくお願いします」
と、他の鎮守府でもそうしているであろう挨拶をした。惚れ惚れするくらいに美しい敬礼だ。
──この世界において鎮守府の工廠にある建造施設というのは、空想科学小説とやらに登場する空間跳躍装置のような役割を果たしている。あるいは、開けるとそこに別の空間が広がっている箱のようなものだと説明したほうがわかるかも知れない。
資源を用いることで本国の工廠と直接つながって、艦娘や装備などが鎮守府に送られて来る。赴任や配達に比べると来るまでにかかる時間は短いものの、誰が、あるいは何が来るかは、試してみないとわからない。建造、大型建造、開発……全てにおいて、だ。
だからと言って、赴任や配達ならば望みどおりの誰かが、あるいは何かがやって来るとは限らない。このため、解体と呼ばれる方法で本国に戻ってもらうことになる。
ここで言うところの解体とは、 “返却”に類する方法であって文字通りにバラバラにするわけではないのだが、装置が作動している時にそれを連想させるような音が出るために、そちらのほうで定着してしまっている。
妖精さんが関わることは、このように便利なのか不便なのかわからないものが多いのだ──
大型建造でやって来たサラトガが見事な敬礼をしているのに対して、された側は無言でサラトガを見つめている。
「あの、申しわけないのですが……」
ようやくにして、吹雪が口を開いた。そして、
「提督はこちらです……」
と、貴益に敬礼しているサラトガに、皆の背後に隠れるかたちになっていた提督を、手のひらで指し示した。
- - - ( ( + _ + ) )
怪物は、目の前に倒れ込んできたレ級を逃すつもりはなかった。飢えを満たしたいという欲望のまま、レ級をくわえて飲み込もうとする。
閉じようとするクチバシが途中で止まった。レ級がクチバシの先で逆立ちをしているような恰好で踏ん張り、喉の奥に落ちまいと抵抗している。
怪物は首を上下左右に振り回して、レ級を胃に落とそうと暴れる。手が滑るか力が尽きれば、たちまち飲み込まれてしまうだろう。
その様子を見て、海峡夜棲姫が怪物に駆け寄った。怪物の間合い直前で左右に別れ、それぞれが連れている魔獣の艤装を引きはがすと、クチバシの根元目掛けて思い切り叩きつける。
レ級ばかりか海峡夜棲姫の艤装もクチバシにくわえる状態になった怪物は、どうにかして口を閉じようと試みるものの、挟まった艤装が引っかかって動かすこともままならない。
それを見た海峡夜棲姫は、素早く反転してクチバシの先のほうに向いた。互いの腕を交差させるようにして、レ級の腹にラリアットの要領で腕の内側を叩き込む。
何が普通なのかは記している側にも容易に判断できかねるが、普通ならば反応もできないまま直撃を受けていたことだろう。
この戦艦レ級は、そうではなかった。
集団を率いる能力はともかく、個体レベルでの戦闘の才能は、他の深海棲艦に勝っていた。天才と言っていいくらいだ。
海峡夜棲姫が腕を腹にぶつけるのに合わせて、腹以外の力を全て抜いた──上半身も下半身も、風になびく布のように後方へと折れ、怪物のクチバシに引っかかることなく、あっさりと脱出に成功する。
それだけにとどまらず、素早く叩き込まれた両腕をつかんで腰の方へとずらしていく。
「ク……ン! 」
力を振りしぼって腕の位置をずらしたことで、肩を支点にしてそれより下半身側が落下を始める。海峡夜棲姫の腕と、レ級の腹の間にできた空間が広がっていく。
レ級は開いた両足を、腕の外側から上半身に引きつけた。尻尾をしならせて腰の後ろまで持ち上げ、体が水面に届く直前まで待つ。
手を離し、両足で海峡夜棲姫の腕を蹴り、海面に尻尾を打ちつける。レ級はこれをほぼ同時に行った。
後方宙返りの要領で体をしならせる。怪物の位置を確認する。着水する足を曲げて腰を落とし、体を半回転させながら怪物に向かって疾走する。
怪物の喉の下に入り込んだ。海峡夜棲姫の叩きつけた艤装を両手でつかんだ。身動きの取れなくなった怪物の喉に頭を押しつけた。
尻尾を持ち上げ、その先についた砲を怪物の口にねじ入れる。レ級の口元が、肉食獣が獲物を狙う時のように動く。
「クタバレェ!! 」
叫び声とともに轟音と爆風を響かせ、砲弾が怪物の頭に向けて発射された。
- - - ( * ^ - ^ * )
鎮守府のある島の東端に、防衛艦隊が集結していた。
旗艦を務めるのは、霧島。迎撃艦隊の旗艦を金剛にしたから、という理由でそう決まったのだ。
「で……最終的には、朝雲が全部決めた、と? 」
「そうなんですよー。朝雲姉は、とてもかっこよかったんですよ~」
無邪気な笑顔で返答する山雲に、霧島はため息をついた。額にあてた人差し指と中指を伸ばし、右手の、人差し指で額を何度も叩く。
「だって、しょうがなかったの! 話、いつまでも終わらないし! 」
「それは……朝雲が正しいわね……」
陸奥が、朝雲の言葉に納得の表情を浮かべている。
明石がサラトガを連れてきたことで、作戦所の雰囲気は一気に悪化した。吹雪と大淀が、最強の深海棲艦ですら逃げ出しそうなほどの威圧感を全身に漂よわせながら大型建造をしていた明石に説明を求めたのだが、提督がそれを許可したと聞いて追及の矛先が提督に向いたのだ。
内容が二転三転して優先順位も方向性もわからなくなったやり取りは、耐えられなくなった朝雲が全てを仕切ったことでようやく終止符をうった。そうでなければ、「グロスマン」が至近距離に来るまでずっと空回りの会話が続いていたかも知れない。
「それで、提督と“彼”は? 」
「提督は大淀さんが、“彼”は神州丸さんが運ぶことになって──」
「大淀さんが、提督を空母の集結場所に連れて行ったよ」
話の先を促すガングートに、吹雪と響が説明を続けた。
「ふうむ……後は、サラトガ……サラと明石……」
「サラさんは提督と一緒に行ってもらって、明石さんには工廠が動かないようにしてから提督に合流するよう伝えたわ」
考え込むガングートにそう答えたところで、朝雲は少し顔をしかめた。
「あ……言い方、まずかったかも……」
不思議そうな顔をしている皆に、朝雲は気まずそうに言葉を続けた。
「明石さんのことだから、動かないように壊すまではしないと思うけど……」
「さすがにそれはないと思うにゃし! 」
「うん、いくら明石さんでも、それはしないよー」
睦月と望月はそう言ったが、ポーラ、鬼怒、タシュケント、雪風、時津風はそれぞれなりの仕草で考え込んでいる。これが後の伏線、あるいはフラグというものになるかは、その時になれば明らかになるであろう。
「あれ? 」
鬼怒が、何かに気づいたように顔をわずかにしかめた。
「全艦に向けての電文ですね~」
ポーラの言葉に、全員が内容を解読しようと神経を集中した。
空母たちの集結場所は出撃の喧噪が過ぎ去って、今は静かになっている。
提督、大淀、サラトガが、赤城、加賀、隼鷹、鳳翔、千歳、秋津洲に合流した。それと前後して、全艦に向けて青葉から「じゅうじゅんようかん に くちくかん いち べつこうどうをとる」と電文が入った。
先に届いていた迎撃艦隊からの電文と合わせると、損傷の大きい艦に救助した妖精さんたちを乗せて暗号で記された海域に向かう、と判断できた。
提督は話を聞きおわると、空母と水上機母艦たちに作戦を説明し、航空機を発艦させた。上空を警戒、守備するわずかな直掩機と偵察機の他は、全機が別の場所に移動した。
「ごめんねー、サラ。来てもらって最初の出撃が鎮守府になって」
「気にしないでください、提督」
サラトガはそう返答したが、言動の端々から戸惑っている様子が感じとれる。それもそうだろう。
この世界の知識と艦の記憶のような何かのとおりならば、大型建造で着任すれば、そこで待っているのは深海棲艦との戦いのはずだった。はずだったのだ。
それがいざ着任してみると、鎮守府にいたのは何かにつけて危なっかしい提督。ちなみに今の提督は、大淀が背負う背負子にボースン・チェア──船乗りが使用する椅子のようなものを取りつけたものに紐で固定されて、大淀の肩の辺りに座っている。
肩車でないのは何かのこだわりなのか、必要があっての措置なのか。容易に判断がつきにくい。
戦う相手は深海棲艦、ではない。写真で見ても、説明を聞いても理解しづらい「グロスマン」なるパンケーキを重ねたような物体である。
最初に命じられた任務は、他の空母との合流──編成してから出撃すると教わっていたのだが。
最初に搭載している航空機を出した先は、鎮守府の飛行場──深海棲艦を攻撃するのだと思っていたが。
そして、これを着用するようにと手渡されたのは「ああるみこおと」なる代物……もはや何なのかすらわからない。
冷静さを保っているというよりは、脳の処理が追いついていない、と言うほうが正しいに違いない。