たて続けに知った状況にサラトガはさぞ混乱しているであろうが、少なくとも鎮守府の飛行場に飛行機を飛ばす理由については理解できただろうし、納得もしているだろう。
「グロスマン」への攻撃で損傷を受けた航空機が多かったために、空母への帰還を取りやめて鎮守府の飛行場で修理、補充を行うことにした。これに、防衛艦隊の空母が搭載している航空機を加えて部隊を再編成する。
その後は上空で待機し、「グロスマン」が近づいて来たところで爆撃と雷撃。同時に、防衛艦隊が砲撃と雷撃を行う。
「行動不能か、弾丸切れには追い込みたいよねー」
「もしくは撤退に、ですか……それにしても……」
願望を全開にした提督の言葉に鳳翔が答え、途中で自分の艤装に目をやった。
「いつもこの時間には食事の用意をしていますから、どうにも落ち着きませんね」
少しばかり困ったような表情をする。
「そういえば、鳳翔さんがこの時間に出撃するのを見るのは、久しぶりですね」
「そうですね。そう言われると、確かに」
赤城の言葉に、鳳翔が小首をかしげた。
「深海棲艦の攻撃が、一時期よりも減りましたから」
「そうなんだよねー。ここが出来て最初のうちは忙しかったけど、別の鎮守府が休養所に使うつもりで作ったと知ってからは、あんまり来なくなったよねー」
「『変ナトコロニアルカラ秘密基地カト思ッタノニ』って、むしろガッカリしてたかも」
「えっ? 」
加賀、提督、秋津洲のやりとりに、サラトガが思わず聞き返していた。
「あ、はい。そうなんです。ここが出来た理由は、別の鎮守府の提督が『近くで遊ぶ場所が欲しい』と言い出したのがきっかけで……」
「それに鎮守府の艦娘と所属の人が賛成して本国に意見したら、『新規鎮守府の建設願いとして処理する』と返答があったんで、そう手続きしたんだ」
千歳の説明を補足した隼鷹は、そう言って笑い声をあげた。
「つまり……ここは、正式な鎮守府ではないのでしょうか? 」
サラトガが、自分の耳を疑うように質問する。
「正式な鎮守府……だよね? 」
「運用は特殊かと思いますが、本国の許可がありますので正式でよろしいかと」
「あれ? あたしの所属ってここでいいんだっけ? 」
「ここに転属で来たのなら、ここの所属ですよ」
自信がなさそうに尋ねる提督と慌てて確認している隼鷹に、よどみなく答える大淀の口調と表情は、この上もなく真剣だった。
もしかしたら、深く追究してはいけない案件なのかも知れない。
- - - ( * _ * )
戦艦レ級の尻尾の先についた砲が、たて続けに怪物の口の中で砲弾を発射した。轟音が響くたびに、怪物の頭が弾かれるように上下する。
左右の目は焦点を失い、まったく違う方向を向く。口元から、血液とも何ともとりかねる色の液体が周囲に飛び散る。
怪物の力が抜けるのを感じ取ったレ級が真後ろに下がった直後に、口を半開きにしたまま怪物の頭が浅瀬に倒れ込んだ。波しぶきを上げたクチバシの中に、海水が入っていく。
「フ……ハハーッ! 」
レ級は歓声を歓声を上げながら、中指と薬指を立てた右手の甲を怪物に向けた。尻尾の砲を模したような身振りだが、挑発、あるいは侮辱を示しているようだ。
「思イ知ッ──」
最後まで言うことはできなかった。怪物の喉奥からすさまじい勢いで吐き出された息が、レ級の体を直撃したのだ。
いや、直撃したのは息だけではなかった。喉の奥から深海棲艦──艤装の解けた駆逐艦やら軽巡洋艦やらが、形をとどめたまま飛び出して来た。
怪物に飲み込まれたうちの一体、あるいは何体かが、一番奥まで入って艤装を解いたのだ。空想上の動物をかたどった像の口から吹き出る噴水と言うよりは、漁船の網からあふれ出る魚を思わせる光景ではあったが。
倒れたレ級の艤装が解けていることから、直撃を受けたのが一体や二体どころでないのは確かだった。飲み込まれた深海棲艦ともども、戦闘には復帰できないだろう。
「ウキ……筏ニ乗セテ栖ニ連レ帰レ」
しばらくしてから、リコリス棲姫がつぶやくように言った。無表情なのではなく、どのような表情をしていいのかわからなそうな雰囲気だった。
- - - ( * ´ ω ` )
鎮守府のある島から「グロスマン」までの距離が島の全長よりも短くなるまで、防衛艦隊は島の東側の陰に隠れたまま、攻撃する機会をうかがっていた。偵察機からの報告で、その位置は手に取るようにわかっている。
「グロスマン」も、攻撃を控えたまま接近を続けている。何かを、何らかの方法で探知しているのか、といったことは見当がつかない。
頃合いを見計らって島陰から飛び出した防衛艦隊は、西南西に見えている「グロスマン」に向かった。戦艦の主砲の最大射程よりも長い距離を、艦列を整えながら突進する。
防衛艦隊は、三つの戦隊に別れた。島から最も外側に位置しているのは、陸奥を先頭にポーラ、タシュケント、響、吹雪が続く戦隊だ。
それよりも島に近い側を進む戦隊の先頭は、ガングート。その後を鬼怒、睦月、望月が追う。
島に最も近い側の戦隊は、霧島、朝雲、山雲、雪風、時津風の順に並んでいる。
深海棲艦がこれを見たら何と思うだろうか? そのように並んだ意図を探ろうとするだろうか?
もちろん、何も考えないかも知れない。少なくとも、「グロスマン」はこの時点で何の反応も示していない。
両者の距離は、さらに縮まる。戦艦に搭載された主砲の最大射程距離まで、あと少し。
最大射程距離の範囲に入った。双方ともまだ撃たない。
最大射程距離の五分の四。四分の三。三分の二。
北西の方向から、航空機の集団が現れた。島にある山の半分くらいの高度を保ちながら、「グロスマン」に向かって突っ込んでいく。
「グロスマン」から対空砲弾が撃ち出された。空間の色が変わるほどに……と、表現したいところではあるが、変わっていないのだから撃っている量がどれくらいなのかはわからない。
発砲の煙は出ていないし、曳光弾と呼ばれる、飛ぶ方向が目視できるようにする弾丸も使用されていない。そのため、「グロスマン」がどのような機能を用いて射撃しているかはわからない。
しかし、鎮守府側の戦闘機があちらこちらで墜落しているのだから、命中しているのは確かなのだ。“戦闘機”が、だ。
そう。この時「グロスマン」に突入したのは、戦闘機だけだった。
戦闘機は機銃を撃ち終えると、高速で「グロスマン」の上空を通り過ぎていく。
機銃が「グロスマン」に損害を与えたとしても、それはほんのわずかであっただろう。しかしその攻撃は、接近し続ける艦隊への注意をいくぶんかそらすことができた……と、思いたい。
その間に、戦艦に搭載された主砲の最大射程距離の半分よりも近づいた各艦は、「グロスマン」からの攻撃を受けつつもそれぞれの役割を果たそうとしていた。
戦隊の配置が変わっていた。「グロスマン」に対してほぼ直角に左回頭した陸奥とガングートは、速度を保ったまま砲撃を開始した。
右手側の主砲で「グロスマン」の側面を、左手側で上面を狙って発射する。
同じように左回頭したポーラと鬼怒は、速度を上げて陸奥の左側を追い抜いていく。砲撃を始めたその後ろにタシュケント、響、吹雪、睦月、望月と続き、順々に魚雷を発射した。
直進した霧島は速度を落とし、正面を向いたまま主砲を撃つ。
霧島を避けるように左回頭した朝雲、山雲、雪風、時津風は、タシュケントたちより「グロスマン」に近い距離から魚雷を発射する。タシュケントたちの発射した魚雷が、進路前方を通り過ぎたと信じ切っての行動だ。
砲弾と魚雷が、「グロスマン」を目がけて襲いかかる。命中した所から煙が、水柱が次々と上がる。
「グロスマン」からの攻撃も艦娘たちに命中した。艤装が形として見えている部分だけでなく、肌が露出しているように見える部分にも爆発のような衝撃が起きる。
破損という形でも耐えられない艤装が空気の塊となって、爆発するかのように消滅していく。
速度を落とした霧島の被害が最も大きい。ポーラは腹に直撃を受けて咳き込んだ後、どこからともなくワインの瓶を取り出して直飲みを始めた。
一つ息をつくと振り返り、
「え~と……気つけはいりますか~」
鬼怒に言った。
「ゴメン! 今ちょっと手が離せない! 」
ポーラは鬼怒の返事を気にした様子もなく、ワイン瓶をしまって砲撃を再開した。
それが合図……だとは思えないし、思うつもりもないが、南西の方角から爆弾や魚雷を積んだ攻撃機の編隊が現れた。
- - - ( * ´ з ` )
戦えなくなった連中を栖に運ばせたリコリス棲姫は、状況を確認した。鬼級や姫級の脱落は少ないが、物資の残量が心細くなっている。
怪物がいなければ、やって来るであろう艦娘たちを追い払ってとっくにこの島の周辺海域を確保できていた……かも知れない。そう言ったところで何かが解決するわけでもないし……
考え込んでいるリコリス棲姫以外の深海棲艦たちは、思い思いに休息や補給をとっていた。倒してしまった怪物には見向きもしていない。
その、焦点を失っていた目が突然動いた。つまり、映画をアルファベットでクラス分けした場合のB以降によく見ることができる展開が生じたのだ。
怪物は、音も立てずに頭を上げた。リコリス棲姫の視界の外側──つまり、
「オッ! オッ! 」
と、様子を見ている者なら声をかけたくなってしまう状況が、リコリス棲姫の背後で起こったのだ。
いわゆる、こういう時のお約束であるはずのかすかな物音、背後に伸びる影、不気味な呻き声などは起きなかった。無粋なことだが、リコリス棲姫にもそうした演出に応じようとするつもりがなかった。
それゆえ、空母オ級の声がした瞬間、リコリス棲姫は前へと飛び出していた。怪物のクチバシがわずかに遅れて、先ほどまでリコリス棲姫の立っていた場所に襲いかかった。