攻撃機の投下した爆弾と魚雷で、「グロスマン」の周囲は黒煙と水柱に囲まれた。それを見た霧島は、左回頭して速度を上げる。
陸奥とガングートはさらに回頭を続け、今は北向きに進路を変えている。霧島とすれ違うようにして合流するつもりのようだ。
朝雲、山雲、雪風、時津風は、攻撃機が「グロスマン」に襲いかかるのとほぼ同時に右回頭して西の方角に進路を取っている。タシュケント、響、吹雪、睦月、望月は、それに合流しようと右に回頭した。
駆逐艦たちと別れたポーラと鬼怒は、左に大きく回頭して陸奥たちの後を追う。戦艦三隻と重巡洋艦、軽巡洋艦各一隻の戦隊と、駆逐艦九隻の戦隊ができあがろうとしていた。
「煙が消える前にもう一度左回頭して南に向かうわよ」
「わかった」
ガングートは陸奥にそう答えると、
「まだいけるな? 」
と、合流した霧島に尋ねた。
「ええ、大丈夫」
霧島が返答するのと同時に、「グロスマン」のほうから魚雷の命中する音が聞こえてきた。
「これで片がついてくれるといいのだけど」
「どうだろうな……」
霧島とガングートは、「グロスマン」を覆っていた煙に目をこらした。「グロスマン」の反撃が止まったのは一時的なものなのか、それとも──
朝雲とタシュケントは南に向かって並走しながら、これからどう行動するかを話しあっていた。他の駆逐艦たちはその声が聞こえる周囲に集まって、「グロスマン」を警戒しながら耳を傾けている。
「列が長くなりすぎるのも困りものね……」
そうつぶやいた朝雲はタシュケントに、
「今までどおり、そちらはタシュケントが指揮を執ってほしいの」
と言って、すぐに残りの面々を確認した。
「望月、さっき足元に攻撃受けたでしょ」
朝雲の言葉を聞いた山雲が、真っ先に動いた。
「あらー、本当だわ~。魚雷発射管が壊れてしまってる~」
「んー、撃った後だったから、使わなきゃいいかなって」
心配そうな山雲と、面倒くさそうな望月の口調は対照的だった。
「だめよ、ちゃんと報告しないと……睦月、望月を連れてここから離脱して」
「ふぁっ!? 」
いきなり話を振られて慌てている睦月に、朝雲が近づいた。
「いい? ここであったことを、空母のところにいる提督に伝えて護衛につくの。これも大事な任務よ」
「わ、わかったにゃし」
朝雲の説明を聞いた睦月は、二度、三度とうなずいた。しばらく未練がましそうにあちらこちらに視線をさ迷わせていたが、やがて、
「最後に魚雷撃ってからでもいい? 」
と、朝雲に尋ねる。
「え? ……あ、うん。ま、まあ、いいんじゃない? 」
睦月の質問は朝雲の想定外だったらしい。そう答えてからもなお戸惑ったままだったが、答えを聞いた睦月はと言うと、
「わかったにゃし! じゃあ、もっち。行くにゃしよ! 」
と、望月の背中を押すようにして反転を始めていた。
「えええー。面倒だから本気だしたくないいー」
「文句言うにゃしい! とっとと行くにゃしい! 」
むしろ嫌がるほうに本気を出している望月を押しながら、睦月は東のほうへと去っていった。
「……ところで、これからどうしましょうかっ? 」
微妙な雰囲気になりかけたのを察したのか、雪風が大声で言った。
「北西の方向に向かうわよ。吹雪と響はタシュケントの指示に従って」
「あっ、はい! 」
「了解」
朝雲の言葉に吹雪と響が短く応じる。「グロスマン」のほうから魚雷が命中したらしき音が複数回聞こえてきたことについては、あえて意識しないようにしているようだった。
「それにしても、さっきからぜんぜ──」
時津風の言葉は途中で聞こえなくなった。おそらくは、「グロスマン」からの攻撃がないことを不思議がっていたのだろうが、それは口にされることはなかった。
理由はまったくわからないままであったが、「グロスマン」の正面にある鎮守府で爆発が起こり、煙と音と風が生じたのは、その時だった。
いや、それだけではなかった。煙の中に、巨大な影が現れた。
島を挟んだ反対側でも、煙と爆発音を確認することができた。つまり、それ以外は地形などで確認できない、ということでもある。
従って、
「え、あれは一体……」
「鎮守府が攻撃されたのかッ!? 」
と、日振と福江が驚いたのは、むしろ当然のことであったし、
「万一に備えてと、言われはしましたが」
「実際に目の当たりにすると、平静ではいられませんね」
と、山汐丸と神威が衝撃を隠せない表情でつぶやくのも不思議なことではなかった。
艦娘たちだけではなく、避難用の船や長官艇、大発動艇に乗っている鎮守府所属の人たちも、心配そうに煙の上がっている場所を見つめている。
鎮守府に所属している零式水偵が、それらの船から少し離れたところに浮いている。それに乗っている人も、煙の上がっている場所を見て表情を硬くしている。
船の中には貴益もいる。神州丸が連れてきたのだ。
避難させていなかったのは「別の世界から来た存在であるはずなのに、あまりにも異常ではなさすぎて注意を払うのを忘れていた」という、呆れるしかない理由だったからなのだが、提督だけでなく艦娘たちも気がつかなかったのだから仕方がないのだ──本来ならそれで済ませるべきではないのだろうけれども。
「あの……火事になっているんでしょうか? 」
「どうでしょうか。煙はあれで終わりのようですが……」
おずおずと尋ねたまるゆに、神州丸は自信がなさそうに答える。しばらくの間沈黙が続いていたが、考え事をしていた佐渡が不意に頭を上げた。
「鎮守府の外は攻撃されてないよな? 」
「そうだと思いますが、外が攻撃されると問題があるのでありますか? 」
佐渡の奇妙な質問に、あきつ丸が首を傾げながら聞き返した。中ではなく外が気になる理由がわからなかったからであるが、突然大声を出した占守には、その質問の意味するところがわかったようだ。
「森に仕掛けた罠! バタバタして確認してなかった!! 」
「え? ……え? 」
昆虫を捕るために仕掛けた罠のことを言っているのだが、当然ながら占守を始めとする海防艦たち以外がそれを知っているわけではない。まるゆは説明を求めているが、事情のわからない者には説明のしようがなかった。
そして、事情がわかる者にも説明するつもりがなかった。
「鎮守府の様子見るついでに確認してくるっしゅ! 」
「あっ、待てよ! この佐渡様を置いてくな! 」
占守と佐渡が、先を争うようにして島に向かうと、
「あーっ! もう、心配だからあたいも行く! 」
「向こうを護るから、みんなは先に行ってて! 」
大東と福江がその後を追った。
もしこの場に生真面目な提督がいれば、素早く引き止めて海防艦の任務について説いたかも知れない。引き止められなくとも、事情を聞こうとはしただろう。
この場には提督がいないが、誰かがその役割を果たすことになるのはさほど不思議なことではなかった。
つまり、
「大変申しわけないのですが」
「ぜひとも説明していただきたいのであります」
ここに至るまでの過程を知らなければ“危険がいっぱい”な事案と勘違いしかねない、ある種の人々であれば“捕えられた宇宙人の写真”を思い起こさせるような光景が、神州丸とあきつ丸、そして、唯一この場にとどまったとも逃げ損ねたとも表現できる日振によって作り出されたのであった。
- - - ( + _ + )
「アイツヲ飛ビ上ガラセルナ! 」
防空棲姫は、リコリス魔獣が息を吹き返した──と、思われる怪物に跳ね飛ばされたのを見て、焦りもあらわに叫んだ。
怪物は、艤装を展開した深海棲艦を吐き出したことで再び空を飛べる重さになった。もう一度飛び上がられてしまえば、有効な攻撃を与えることもできなくなる。
その前に倒してしまうか、飛べないようにしてしまわなければ──
防空棲姫がそのように考えている最中に、北方棲姫と北方棲妹が突然海面に倒れ込んだ。いや、わざと横になって全身を濡らした。
驚いた港湾棲姫と集積地棲姫が対応できない間に、怪物に向かって駆けて行く。二体を狙う怪物の攻撃を止めようとする北方水姫の後ろをすり抜け、怪物の背を目がけて飛び上がる。
暴れていた怪物が、再び艤装の重さで押し潰された。全身を濡らしたのは、展開した艤装がすぐに解けないようにと考えての行動だったようだ。
だが、その時間は長く続かなかった──発想そのものは良かったのだ。
ただ、朝からほとんど休むことなく動いていて、既に昼過ぎになっていた。そして、北方棲姫と北方棲妹は自分たちの疲れに気づいていなかった。
加えて、怪物の背は鳥のように柔らかい毛で覆われていた。つまり、大きな羽毛布団に飛び乗る形になったのだ。
それが意味するところはただ一つ──抵抗することもなく眠り込んでしまった。当然のことのように、艤装もそれに伴って解除された。
それが避けようのない現実だった。
「翼ダ! 翼ヲ押サエロ!! 」
リコリス棲姫の叫びを聞いた深海棲艦たちが怪物の翼にしがみつく。怪物はそれに抵抗してもがきにもがく。
何かが引き裂かれたような、嫌な音が周囲に響いた。翼にしがみついていた深海棲艦たちがバランスを崩して転がった。
怪物の左右の翼が根本からちぎれていた。肉片のようなものが飛び──いや、それだけではなかった。
ちぎれた根本から突起状の何かがふくらみ始めた。棒状になり、途中に関節ができ、腕へと生え変わった。
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防衛艦隊は、戦艦の主砲の最大射程に「グロスマン」が入らない距離まで離れていた。陸奥、ガングート、霧島、ポーラは「グロスマン」のいる方向を眺めながら、ポーラの持っていたワインを回し飲みしている。
戦闘が終わったと言うわけではない。それらしい音は今も続いている。
しかし、防衛艦隊の面々からは緊張のかけらも感じられない。鬼怒と駆逐艦たちも暇をつぶすかのように、自分の装備を確認している。
茫然自失──であるならば、まだマシだったかも知れない。絶望──のほうが、まだよかったかも知れない。
皆が皆、全てを受け入れてしまったような、空の彼方に意識を飛ばしているかのような、そのような表情を顔に浮かべていた。ワインを回し飲みしていない者も含めて、だ。
「グロスマン」の方向から艦娘たちが戻ってきた。金剛を始めとする、迎撃艦隊の面々だ。
「いかがでしたか? お姉さま」
霧島がそう言いながら、ポーラの元に戻ろうとしていたワインの瓶を金剛に手渡した。受け取った金剛は無言で瓶の口を唇に触れさせ、中の液体で喉をうるおす。
「ゴメンね、霧島。疑っていたわけではないのデース……ただ、自分でも確認しておきたくて」
「ああ……それはわかります……」
霧島は、金剛が持っていたワインの瓶を無言で取ったリシュリューを見ながら返答した。リシュリューはというと、取り出したハンカチで瓶の口をふいてラベルを確認し、
「優雅さはこの際、二の次ね」
と、言ってから金剛と同様に口に含んだ。飲み終えると再びハンカチで瓶の口をぬぐって加古に渡す。
残りを一気にあおろうとする加古の手からワイン瓶を途中で奪った青葉が、一口すすってポーラに返却した。
その様子を見守っていた霧島が金剛に尋ねる。
「それで、実際に見ていかがでしたか? 」
「Hmm……」
金剛は、しばらくの間言いよどんだ。