霧島に尋ねられた金剛は、しばらく言いよどんでから思い切ったように答えた。
「白いもこもこに身を包んでペンギンのクチバシをつけたカワウソのぬいぐるみみたいデース」
「やっぱりそう思いますよね」
霧島が我が意を得たとばかりにうなずいた。
金剛と霧島のやりとりが理解できなくても当然だと思うが、最初にそう表現した者も理解しないまま口にしたのだと思いたい。そう結論づけるしかない威力がその言葉にはあった。
従って、“白いもこもこに身を包んでペンギンのクチバシをつけたカワウソのぬいぐるみ” みたいなものとは何なのかと問われても、“白いもこもこに身を包んでペンギンのクチバシをつけたカワウソのぬいぐるみ”みたいなものだと答えるしかない。いや、本当にペンギンであるのかカワウソであるのかと問われたほうが、むしろ返答に困ることになるのだが……それ以外の何と表現してもおかしくなりそうなため、そう記すしかない。
そして、大きさが「グロスマン」の倍もあるそれを“ぬいぐるみ”と表現することにも抵抗があるのだが、見かけが“ぬいぐるみ”そのもので材質も“ぬいぐるみ”のようなのだからそう記すしかない。
繰り返しになるが、艦娘たちの視線の先には白いもこもこに身を包んでペンギンのクチバシをつけたカワウソ……みたいな、ぬいぐるみらしきものが覆いかぶさっている「グロスマン」の姿があった。
「グロスマン」は全力で脱出と破壊を試みているものの、そのどちらもうまくいってない。
結果として、合流した艦娘たちは「グロスマン」の攻撃対象から外されたらしく、おそらくここ以外では見ることのできない光景を特等席で見物する機会を得た。そういうことである。
「あ~、ちょっとずつ動いてますね~」
残りのワインを全部飲み干したポーラが言うと途端に疑わしくなるのだが、確かにそのとおりだった。「グロスマン」は、少しずつではあるが後退を始めている。
「ええっと……攻撃はしたほうがいいのかしら? 」
陸奥の問いかけに全員が返答をできずにいる。
「しなくていいと思います」
霧島は少し考えてからそう言うと、急いでつけ加えた。
「『グロスマン』が攻撃してこなければ、の話ですが……」
「あ、うん。それでいこう」
誰よりも早く加古が反応した。
「まあ、鎮守府の前にこのまま居座られても邪魔になるだけですし……」
「相手をしなくていいならそのほうがいい、というのには賛成だ」
青葉とガングートも霧島に同意を示す。
「私は、むしろ鎮守府のほうが気になるデスネー」
「あの“ヌイグルミ”? ……が、どこから出てきたのかもね」
金剛とリシュリューの返答を聞いた陸奥は、一つうなずいて言った。
「じゃあ、軽巡と駆逐艦にもそう伝えましょうか。いつの間にか記念撮影を始めているみたいだし」
「ああっ! 」
「グロスマン」のほうを見た青葉が叫び声を上げると、渡していたカメラを取り戻しに行った。
提督はしばらくの間アゴを手でつまんで考え込んでいたが、あきらめたように明石に言った。
「あの、ゴメン。何をやったかもう一回聞いていい? 」
「いや、あの……その、ですね。壊されるかも知れないのなら、普通やらないことをやってしまおうと思ってですね」
「その発想がわからないのですが」
提督を背負った状態のまま、大淀は額に右手をあてている。
「ま、まあ、それは置いといて……建造に使った材料なんだけど」
「いやその、報告のとおりで……その辺りに置かれたままになっていた白いもこもことペンギンと……カワウソか何かのぬいぐるみもまぎれてたようで……」
「それでできちゃったんだー」
「それでできちゃったんですー」
何とも表現のしようがないやりとりに、全員が頭を抱えていた。
皆の注意が散漫になったり別の方向にそれている中、海防艦たちは島の東端を回り込んで「グロスマン」に近づいていた。
全員が体のあちこちに、つる植物で木の枝を縛りつけている。遠くから見た時に、森の一部と間違わせるつもりなのだろうか。
先頭で周囲を警戒しているのは大東。それ以外の四人は、根元から刈り取った木を担いでいる。
それぞれの長さは、海防艦の身長の三倍から四倍ほど。全部で四本。
そのうちの三本は、根元と先端を互い違いにしてつる植物で縛られている。
「よぉーし! ここまで近づいたら届くだろっ! 」
大東の言葉を聞いて、占守が安堵の表情を浮かべた。
「早く用意しようぜ! さっきから逃げようとしているみたいだ! 」
いくぶん焦りながら佐渡が言う。
海防艦たちの視線の先には、“何かよくわからない白い塊”から少しずつ離れている「グロスマン」の姿があった──
虫取りの罠を仕掛けた辺りまで近づくより先に視界に飛び込んできたその光景は、しばらくの間全員の思考を失わせた。我に返った後──正気に戻ったかどうかはさて置き、各自が思い浮かべたのは鎮守府がどうなっているか、だった。
激論が交わされた。鎮守府に向かってどうするのか、「グロスマン」に見つかったら、どうやって戦えばいいのか──
会話をする者の間には、ツッコミとボケの関係が自然と築かれるのではないだろうか。深刻な内容の会話で問う側をツッコミ、答える側をボケと例えるのは、不謹慎な比喩だとは思うけれども。
海防艦たちの論争においては、ツッコミとボケはその時々で入れ代わったために、誰がどちらだったとは言い難い。しかしながら福江の、
「アイツが攻撃を続けるつもりなら、護るんだ! 負けるもんか! 」
と、いう一言はツッコミに当てはまるようだった。そして不幸なことに、ツッコミがボケを加速するほうに作用するケースにも当てはまったらしく……現在の状況が、引き起こされたのだ。
大東と福江がつる植物で縛られた三本の両端を肩に乗せて、「グロスマン」への進路を遮るように位置をとる。残りの一本を佐渡と占守が抱えて、「グロスマン」の反対方向に移動する。
佐渡は、占守の持つ根元が「グロスマン」に向くように調整して、口の開いた袋を二つ、三つと先端に乗せていく。
どの袋の口からも、たくさんの機雷が姿を見せている。いや、一つだけ口を閉じたままの袋があった。
「ところでそれ、何が入ってるっすか?」
「いひっ、これか? 」
占守に尋ねられた佐渡が、いかにも人の悪そうな笑みを浮かべた。
「木を倒している時に見つけたアリ塚のかけらを入れてあるんだ。見てみるか? 」
「いや、いいっしゅよ! やめとくっす! 」
返答を聞いた占守は、慌てて断りをいれた。
「んー……今さらだけど、三本で大丈夫かな? 」
佐渡と占守のやりとりを聞き流しながら、大東が不安げに言う。その言葉に、佐渡の勧めを逃れようとしていた占守が食いついた。
「あ、それは大丈夫っすよ! 『一本だと折れても三本なら強い』って昔の人が言ったらしいっすから! 」
占守の言う“昔の人”がそれを聞けば、そういう意味ではないと否定したかも知れない。しかしながら、占守にとっては、佐渡の注意をそらすことができるならば内容が正確である必要がなかった。
「じゃ、いくっしゅよ! 」
何かを言われる前に、占守は木の根元を頭の上に持ち上げた。その声を聞いた大東と福江は、抱えた木を両手でしっかりと抑える。
佐渡は残念そうな顔をしながらも、袋を乗せた先端を抱え直す。そのついでに、アリ塚の入っている袋の口を少しゆるめた。
「せえのっ!! 」
と、占守が叫んで海の上を滑り始める。
向かう先は大東と福江が持ち上げた木。あるいは、その延長線上にある「グロスマン」だ。
「しむしゅしゅっ! 」
占守は間合いを見計らって飛び上がった。持ち上げられた木に足底──船で言えば船底を乗せた次の瞬間に、木を蹴って一層高く上に飛ぶ。
「しゅっ!! 」
占守が海面に着水すると同時に木と木がぶつかって、占守の持つ木の先端が勢いよく佐渡の手を離れた。機雷やアリ塚を入れた袋が宙を舞い、「グロスマン」目がけて落ちていく。
爆発の時間に達した機雷が次々と火と煙を噴いた。いくつかは「グロスマン」上側の外板に損害を与えたようだった。
やや時間をおいて、袋からこぼれたアリ塚が「グロスマン」上側の外板に落ちた。アリ塚に隠れていたアリが四方八方に散り、隙間を見つけてもぐり込んでいった。
意地の一撃だとは言えるのだが、効果のほどには疑問符がつく。ただそれは、海防艦たちにとっては重要なことではなかったらしい。
命中させればそれでよかったのか、立ちのぼった煙を見て、全員が歓声を上げている。
「やばっ! 見つかった! 」
大東が叫ぶのとほとんど同時に全員が狼狽えだした。叱責を受ける覚悟をすることと、叱責を受けることには天と地ほどの開きがある──それがはっきりとわかる光景だった。
海防艦たちにとって幸運だったのは、この鎮守府における通信が音声通話ではなく、符号を使った電気通信だったことだ。つまり、何かのスイッチを入れれば声が聞こえるというわけではなく、それゆえに声から誰であるかがわかるわけではない。
応答をしなければ、知らぬふりで押し通すことも可能なのだ──別の方法で確認されていなければ、の話だが。まあ、それより先に知らぬふりで押し通せるのか、という問題があるのだが。
「この前みたいに、聞かれる前に自分から言い出すんじゃないぞッ! 」
「人のこと言えるのか!? その前の前は──」
「あーっ、覚えてない! そんな恥ずかしい失敗なんて覚えてないッ!! 」
福江と佐渡のやりとりを聞く限り、望みは限りなく薄いようだ。
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ちぎれた翼のつけねから腕を生やした怪物は、大きく体をのけぞらした。その背で寝入ってしまった北方棲姫と北方棲妹は、目を覚ますよりも先に転がり落ちようとしている。
翼を抑えていた深海棲艦たちは突然の事態に遭遇して、条件反射であるかのように怪物と翼から離れていた。北方棲姫と北方棲妹のことを思い出すには、しばらくの時間が必要だった。
港湾棲姫と集積地棲姫は、その中では比較的早いうちに思い出した側だった。それよりも、北方水姫のほうが早かった。
怪物は、転がり落ちようとしている二体に注意すら払わず、めったやたらに腕を振り回していた。
その目は見えているのか、いないのか。そもそも、生きているのかすら疑がわしい。
どこを攻撃してくるかわからないがために、どう回避すればいいのかがわからない。そのような状況すら意に介さず、北方水姫は怪物へ、落下している二体へと進んでいった。
背中から生やした魔獣の腕を浅瀬に叩きつけて、一気に空中へと跳び上がる。北方棲姫と北方棲妹を抱きとめた。
怪物の腕が横から襲いかかってきた。魔獣の腕を軽々とはじき飛ばし、北方水姫たちを宙へと舞い上がらせる。
反対側の腕が襲ってきた。魔獣の腕はあらぬ方向に折れ曲がっている。
防げそうにない。
北方水姫は、マントで首から下を覆ってしっかりと前を閉じた。怪物の腕が突っ込んでくるのを待ち、当たる直前に魔獣も含めた自らの艤装を解除した。
艤装が空気に変換されてマントが膨らみ、足元から凄まじい勢いで噴き出した。ほんの少しではあるが落下の速度が遅くなり、怪物の腕は北方水姫の下をすり抜けた。