倉庫とその近くにいた艦娘で、その直後に何が起きたかきちんと説明できた者は一人もいなかった。
もっとも、
「ものすごい風が吹いて、気がついたら天井の落ちた倉庫の外で横たわっていました」
という神州丸と、
「“例の人”を皆で探したんですけど、どうやっても見あたりませんでした」
というまるゆの言葉がなくとも、そこで起きたことの跡は、その場にそのまま残されていた。
“例の人”や“彼”と呼ばれていた貴益については、現れた時のように衝撃で別の世界に飛んでいったのではないか、というのが全員の出した結論だった。
それが貴益のいた元々の世界なのか、それとも別の世界なのかはわからない。どう確認すればいいのかもわからない。
大淀は考え込んでいる全員の様子をしばらく見ていたが、
「では、“彼”の件はここまでとして──」
と、話を先に進めることにした。
今居貴益は、提督や艦娘たちと会話らしい会話をすることもなく、名前を覚えられることもなく、別の世界へと去っていった。“彼”のその後については誰かが書くかも知れないし、書かれないかも知れない。
そしてこの場に集られている艦娘にとっては、ここから先の話を乗り切ることが“彼”の行方よりもはるかに重要であった。
「倉庫の中に隠してあったのは、こっそり造っていたお酒、ということでよろしいですか? 」
「あ、いや。んー……」
「じ、実験……でありま……えー……」
大淀に睨まれた隼鷹とあきつ丸が、うろたえながら言葉を探そうとしている。
「ですが、うろ覚えでジャングルジュースを大量につくろうとしたのは、さすがにどうかと思いますよ」
サラトガの指摘は、いささか歯切れが悪かった。
「え? そういうのがあるの? 」
「そう……です。よくはわかりませんが、そのような記憶が……」
提督の質問に、サラトガは考え込みながら答えた。おそらくは、艦の記憶のような何かを思い出そうとしているのだろう。
「で、何が起きたのかを簡単に言うと? 」
「火気厳禁なところで火をつけた」
「あー」
加古の簡単すぎる説明に、青葉が納得したようにうなずいた。
──実際のところ、それだけが原因であったわけではないのだろう。
発酵した果実から生じたアルコールだけで、あきつ丸たちが吹き飛ぶほどの爆発が起きたとは思えない。
おそらくは、それ以外にも被害を大きくさせるような何かが置かれていたに違いないのだ。
とは言っても、倉庫の天井と屋根が壊れ、置かれていた道具や荷物が吹き飛んでいる事実は変えようがなかった。たくさんの容器と、至る所に飛び散ってしまった発酵の進んだ果実についても、だ
「まー、ひと働きもふた働きも……」
提督の言葉が、すなわち判決である。それが言い渡されるより先に、ポーラが悲鳴にも似た叫びをあげながらその場にくずおれた。
「え、何? どうかした? 」
「提督~、お願いです~。お酌係だけは……お酌係だけは勘弁してください~ 」
ポーラはうろたえる提督を見上げながら哀願した。その姿は祈りをささげているかのようであったが、内容のほうはあまりにもあんまりすぎた。
「それはこっちもお断りしたいねぇ」
隼鷹がいらだたしげに言いながら、片手で髪をかきあげた。
「でもでも~、ガマンできなかったんです~ 」
「ガマンできないからって口に含んだ酒を吸おうとするなって! 血迷うにもほどってのがあるんだよぉ!! 」
ポーラを締め上げそうな勢いの隼鷹を、あきつ丸と加古がなだめようとする。サラトガは、口元を半開きにしたまま呆然と、見るともなく見守っている。
その肩に手が置かれた。青葉だった。
「大丈夫ですよ。そのうち慣れますから! 」
もしかしたらではあるが、サラトガの心中を察しないほうがいいのかも知れない。
- - - ( ; ’ ∀ ’ )
島を離脱した深海棲艦たちは怪物が追ってくる場合に備えたものの、その様子がないことを偵察機の報告で知った。それでも十分な距離をとるまでは警戒を解かず、ひたすら帰りを急いだのはそれからだいぶ後になってからだ。
最後の一体が栖にたどり着いたのは、翌日の昼過ぎ。島を出てから、丸一日になろうかという頃だった。
リコリス棲姫は、自分の寝床に倒れこんだ。
島を確保できないどころか、怪物を倒すことさえできなかった。艦娘たちも、あの島を手に入れようとすれば同じように苦労するのは確かだろうが、そう思ったところで消耗した物資が戻るわけでもなし。
「アア……」
リコリス棲姫の口から、ため息にも似たつぶやきが漏れた。艦娘たち相手の戦いとは、違った疲れかたをしている。
「ソウ言エバ、誰カガ熱水ヲ浴ビニ行クト言ッテイタナ」
──深い海の底には熱水が噴きあがっている所がいくつもあり、海に棲む者たちはそこをはるかな昔から息抜きや療養に利用していた。また、その近くでは生活に必要な様々な物資が採取できた。
このような所に、物資と引き換えに飲食物や休憩、娯楽の提供される施設が建てられるのには、さほどの時間を要しなかった──
「長イ間泡ノ出続ケル飲ミ物ニ、器ニ入レテ熱水デ温メタ食ベ物。ソレト……」
リコリス棲姫のつぶやきはだんだんと小さくなり、途切れてしまい、寝息へと変わっていった。
- - - ( = ^ ・ ^ = )
その日の夕方も過ぎた頃、「グロスマン」が発進した地点へと戻ってきた。そこは異変の後に海から出現した島であり、怪物のいる近くでもあった。
停止した「グロスマン」の内部で様々な装置が作動し、上面から強烈な光が発せられて消えた。その正体を知り、言語でやり取りのできる存在がいるならば、以下のような内容を入手できたことだろう。
「この惑星の脅威は極めて微弱」
と。
──いわゆる探査装置の一種である。いつ、どこで、どのように製造されたかを知っているのは、それを製造した存在だけであろう。
その存在がどのような姿をしているのか、どのような所にいるのか。そうしたことはわからない。
宇宙のどこかにいるかも知れないし、とっくに滅びてしまっているのかも知れない。
とにかく、その存在は「グロスマン」を製造し、起動させた。その機能はいくつもの惑星で使用され、この惑星に現れた。
惑星に住む何かが、「グロスマン」を製造した存在の脅威になるかどうかを調査するために怪物を作る。そして、エネルギーの発生源があれば接近して調べる。
脅威の程度が明らかになれば報告し、別の惑星へと移動する。そのような動作を自動的に行う……おそらくは。
もっといい説明ができるかも知れないが、どうやっても推測の域を出ることはないだろう──
やがて「グロスマン」は、かすかなうなりと振動を発した。奇妙な模様がその上空に現れ、徐々に強く光り始めた。
時雨と離島棲姫の見た異変に、似た現象が起こっていた。模様こそ違うものの、これと似た現象が生じたのは、前回以来のことだったろう。
それは、南にある深海棲艦の栖の側から視認できた。北にある鎮守府の側でも。
救援に駆けつけた別の鎮守府の艦隊が到着して、この鎮守府の提督たちからわかるようなわからないような報告を聞いている最中だった。もちろん、この時点で何が起きているかわかる者はいなかった。
唐突に光が明滅した理由も、空に出現していた模様が消えた理由もわからなかった。「グロスマン」にとっても異常な事態が起きたなどとは、想像もできなかった。
「グロスマン」の中に入り込んでいたアリが原因だった。細い金属線が何本も通っている板の上を歩いていたアリが、隣り合った線にまたがった瞬間に感電したのだ。
たちまちアリは焼け焦げたが、その体で隣り合った線がつながってしまった。体を経由して電流が通り、「グロスマン」の機能に異常が生じた。
そこに怪物が現れた。深海棲艦と戦っていた時よりも、さらに禍々しい姿になっていた。
元は翼だった“何か”が胴体と絡み合って、動物とも植物とも見当がつかない姿になっている。夢に出てくれば、確実にうなされるくらい気味が悪い。
その怪物が、「グロスマン」をどのように認識したかはわからない。しかし、吸い寄せられるように近づいて攻撃を始めたのは確かだった。
怪物よりも「グロスマン」のほうが大きい。頑丈で重さもあるだろう。
とは言っても、まったく影響を受けていないわけではない。衝撃が起きるたびに、「グロスマン」全体が揺れ動いた。
「グロスマン」に入り込んでいたアリの動きがせわしくなった。さらに数匹が、細い金属線に触れて感電した。
焼け焦げたアリの体を経由して、別の金属線との間に電流が通じ、どこかから爆発音が生じた。
「グロスマン」の上空に、再び模様が出現した。すさまじい速さで模様が変わり、そして消えた。
翌日、鎮守府側と深海棲艦側双方の偵察機が、互いを認めることもないまま島の上空を飛んだ。正確には、島があったはずの海域の上空を──
島は消えていた。出現した時とは違い、何の音も聞こえなかった。
後に互いの事情が明らかになるまで、陸に住む者たちは「グロスマン」に関係のある何らかの存在が、海に棲む者たちに協力した可能性を疑っていた。海に棲む者たちも、同じように怪物と陸に住む者たちとの関係を疑っていた。
消えた島の海底に何かの跡があるのではないかとの考えが、両者に浮かんだ。そうなると、深く潜ることのできる側が調査に有利である。
陸に住む者たちが有効な手段を考え始めた頃には、海に棲む者たちはその海域を調べていた。しかし何も発見できなかったため、深海棲艦たちが怪物と戦っている間に艦娘たちが深く潜る方法を使って何かを見つけ、持ち去ったのではないかという疑念にとらわれた。
深海棲艦たちは、陸に住む者たちの本国に襲いかかった。その戦いは、ここに記されているよりもはるかに大規模で、激しかった……端的に言うと、そこにあったと思い込んだ嗜好品のありかをめぐる争いを、果てしなく大きくしたようなものでしかなかったのだが。
ここには記さないが、真相がわかった時の出来事は、今もなお語り草になっている。
「一生に一度でもそんな光景が見れたら、きっと幸運なんでしょうね」
匿名を条件にして語る者は、たいていそのように言う。しかし、その内容は語る者によって微妙に異なるために、実際にどうだったかは今一つはっきりしない。
「グロスマン」と戦った鎮守府に運び込まれていた、島を調査するための道具が、島の中と浅瀬を調べることはできても、深い海に使えなかったとわかったことが決定打になったとも言われている。もしかしたら、そうなのかも知れない。
ことの真相を知った深海棲艦たちは、肩を落として撤退した……これだけは確かである。
「グロスマン」と戦った鎮守府には、多くの艦娘と提督が訪れるようになった。そして、元は“白いもこもこに身を包んでペンギンのクチバシをつけたカワウソのぬいぐるみ”のようなものだったものを見て、様々な意見や感想を述べた。
この鎮守府が、休養目的で建てられたのが幸いしたかどうかについては、ここには記さない。意見や感想のほとんどが興味本位、面白半分だったのが過ちだったかについても記さない。
ただ、何がどうなったら“白いもこもこに身を包んでペンギンのクチバシをつけたカワウソのぬいぐるみ”のようなものの、口と目を大きくくりぬいて樹脂で固めた頭の部分としか言いようのないオブジェが遊具として広場の一角に据えられることになったのか。それが、どうしてもわからないのである。