「あ……あーあー……よし、と」
「霧島ー。無理にキャラ変えようとしなくていーよー」
わかる人にはわかっているいつもの決めセリフを言おうとした霧島は、その直前に意図を察しない提督にさえぎられてしまった。
硬直していた霧島は咳をして、何とかいつものセリフを決めようとしたが、
「あの……何かいいです……どうぞ……」
と、気まずそうにしながらマイクを提督に渡した。
「えーと、そーだねー……みんな集まってくれてありがとねー
「もう! それ、那珂ちゃんがコンサートの時に使っている挨拶だよ! 」
ゆるゆるとした提督の挨拶に、那珂がむくれながら指摘を入れる。
「そ、そうだったかなー」
「そうだよ! 」
口ごもってしまった提督に那珂は人差し指を向ける。
「それと! 間が空きすぎ! 司会進行はもっとテンポよく! 」
「う、うん。そうだねー」
提督は那珂の言葉に同意して深呼吸をしたものの、なおしばらく口を閉ざしたままだった。そのあげくにようやく出てきたのは、
「それで、何から説明しようか? 」
という、脱力してしまいそうな質問だった。
「グダグダじゃん! 」
ほとんど同時に半数以上の艦娘からツッコミを受け、提督は無意識に後ずさる。
だれかけた室内の雰囲気を元に戻したのは、鍋をお玉で鳴らした鳳翔だった。
「あの、食事の準備がありますので、早くしていただけると助かるのですけど」
数名の艦娘はこの時のことを、
「勇敢さでは引けを取らないはずの者でさえ、魂を宙に飛ばしたように動かなかった」
と、後日匿名を条件にして語っている。
ただし、それが本当かどうかをあえて確かめた者は今のところいないようだが。
「まずはそちらの男性を紹介していただけますか? 」
「そ、そうですよね」
「早く済ませてしまいましょう」
赤城と加賀が鳳翔に賛同の意を示したのは、単に食事という言葉に反応したわけではないだろう。とは言え、建設的な雰囲気に一度は戻りかけたのだ。
「あらあら。もしかして身を固める相手のお披露目かしら? 」
期待の分はともかく、残りの分に不穏な感情を持っているらしい陸奥が台無しにするまでの、一瞬のことではあったが。
そして、「こうしたこと」に関する猛者が極めて少数だったのが、この鎮守府における不幸であった。その動揺ぶりはというと、鳳翔でさえもが先ほどとは別人のように目を宙に泳がせてしまったほどなのだ。
なお、ある種の人々がどう思うかは不明ではあるが、「こうしたこと」は心の整理をつけにくい感情の類である──意外なところで見つけた珍獣の生態に対して抱く好奇心、あるいは保護観察などへの衝動という意味で。
「うん、落ち着こう。一旦落ち着こうか。ね? 」
この状況で何一つ口調が変わらない提督のことを、豪胆だと評価すべきなのであろうか。
「それじゃあ、“彼”のことを説明するねー」
いや、むしろ何も考えずに自ら危険に飛び込む命知らずと言ったほうがよさそうだ。
艦娘たちの動揺が収まっていない中、提督は“彼”に手招きをして呼び寄せた。
- - - ^ ^ ) _ 旦 ~ ~
海面のずっと下。“彼”のことを話そうとしている提督がいる鎮守府の近海やや南西側に、この海域を担当する深海棲艦の栖があった。
──この世界の陸に住む者の一部に「妖精さん」を見ることができる者がいる一方で、海に棲む者の一部には「もやもやした闇の中で不規則に拡大と収縮を繰り返す赤い“何か”」の存在を感じる者がいる。
深海棲艦になるのはそうした者だ。“何か”の存在を感じたことによって表皮が変化し、感じた存在の大きさや明るさによって艦の種類や強さが決まる……と、考えられている。
また、
「戦いたいという衝動を高めることによって、艤装を展開できるようになる」
とも推測されている……なぜそうなるのかは、海に棲む者にも未だにわかっていないらしい──
艦娘の中で潜水艦に分類される、潜ことを得意とする者であっても、たどり着けるのは海の深さのごく一部分だけ。それより深いところは、海に棲む者の支配下にある。
とは言っても、陸に住む者は、潜水艦よりも深く潜る別の方法があることを知っている。海に棲む者も、その方法では偵察だけしかできないことを知っているが、そうさせるつもりはない。
陸に住む者が、その方法で偵察できないように妨害する。陸に住む者にとっての鎮守府にあたる栖は、そのような目的で建てられていた。
「サテ」
この海域を取り仕切る──陸に住む者の側で言えば提督の立場にいるリコリス棲姫が口を開いた。
「我々深海ニ生を受ケシ者ガ艦娘ト戦ウヨウニナッテ以来、初メテトモ言エル異常ナ事態ガ起キタワケダガ」
「エ、何ノコト? 」
真っ先に口を開いたのは潜水ソ級。
「アー、連絡ボードニ何カ書イテタナー……何ダッケ? 」
と、言ったのは重巡ネ級。
それ以外の何体かは考え込んだままでいる……深海棲艦は艦娘を一人、二人と数える一方で、自分たちを一体、二体と数えているのだ。
「確認シトケヨ! 話ガ進マナイダロ! 」
リコリス棲姫が怒鳴りつけても反応が鈍い様子を見るに、こちらも何かと問題を抱えているようだ。
「離島棲姫! オ前ガ見タコトヲ説明シテヤレ! 」
「エエ? 私ガ!? 」
離島棲姫は驚いて言い返したものの、相手の表情を見て仕方がなさそうに席を立った。
「デハ……私ガ夜空ヲ見アゲテイルト、ハルカ上ノ方カラ奇妙ナ模様ガ光リナガラ、ユックリ降リテ来テイルコトニ気ガツキマシタ」
「見タ、見タ! アレ凄カッタナ! アンナコト起キルナンテ思ワナカッタ! 」
戦艦レ級が話に割り込んできた。
「ソノ模様ハ、円ノ中ニタクサンノ文字トイクツカノ記号ガ書カレテイルヨウナ……例ルナラバ……」
「ソウ! 見タコトモナイ文字バカリ! 本当ニ凄カッタ! 」
レ級は天井を見上げて、目に見ない何かを受け取るように両手を掲げた。
離島棲姫は、意図的にレ級の存在を無視しながら、
「ソノ模様ハ、私ノイタ所ヨリ北ノ、ズット離レタ海面マデ降リテクルト、すうっト消エテシマイマシタ」
と、続けたものの、そこにレ級が、
「コンナ大キク見エテルノガダゾ! 信ジラレナイダロ! 」
と、言いながら割り込んできて、掲げた両手の広さを保ったまま、胸の前で上下に急がしく挙げ下ろしをした。
「ソノ途端ニ、鈍ク輝ク雲ガ星ヲ覆イ隠シナガラ広ガリ始メテ……」
この時点で離島棲姫の声は若干低くなっていたうえに目を閉じて拳を握りしめていたのだから、レ級はそれに気がついてもよかったはずなのだ。
しかし、そうしたことに無頓着だったために、
「強イ風ミタイナ音ガごおおおおっテ聞コエテ、海カラ島ガ現レタンダ! 」
と、言った次の瞬間には、怒りに包まれた離島棲姫に頭をつかまれていた。
「ダ、カ、ラ……説明ノ邪魔シナイデクレル? 」
「イヤ、アノ……キ、聞イテルウチニ話シタクナッテ……ネ? 」
笑ってごまかそうとしたのは失敗であった。離島棲姫のつかむ手の力がさらに強くなり、戦艦レ級は声にならない声をあげる。
「トニカク! 」
リコリス棲姫の怒鳴り声にも似た一言に離島棲姫とレ級は争いをやめた。
「ソレガ起キタノガ二週間前ノコトデ、ソレカラ待機ガ続イテイタダロ? ソノ間ニヨソノ栖デ、太平洋深海棲姫ノ連レガ尻尾カラ飲ミ込マレソウニナッタノダ」
「ハ? ……チョット待ッテ。太平洋深海棲姫ノ連レッテ、アノ大キイヤツダヨネ? 」
南方棲鬼が自分の耳が信じられないとでも言たげに口を開いた。
「ソウダ」
「……ソレガ飲ミ込マレソウニナッタノ? 」
「陸ニイルいぐあなヲ数倍大キク、狂暴ニシタヨウナ怪物ニナ」
「ソンナノイルノ? 」
リコリス棲姫に聞き返す南方棲鬼の疑問がもっともすぎて、離島棲姫も戦艦レ級も争いそのものを忘れて二体のやりとりに関心を向けている。
「深海司令本部カラ怪物ト戦ッタ時ノ映像ガ送ラレテキタカラ、ソレヲ今カラミンナニ見セル」
そう言うと、リコリス棲姫は室内に置かれている大きくて細長い箱と小さな箱をケーブルで接続した。
大きな箱の隅のほうに触れると、反対側にある丸いガラス状の部分が光って、幕のように広がった海藻の内側に明るい四角形を作る。
「アラカジメ言ッテオクガ、映リハアマリ良クナイゾ」
リコリス棲姫が言い終わるのとほとんど同時に海藻の幕に映像が表示された。
映像の中央には深海棲艦が使用している文字が映されていて、その周りは文字を目立たせる装飾のようなデザインになっている。
表示が切り変わるたびに真ん中の文字が変わっていく様子から察するに、カウントダウンを意味しているのだろう。撮影した機材によるものなのか、リコリス棲姫の言うとおり、確かに映りは良くなかった。
やがて、画面に深海棲艦が使用する文字がずらずらと表示され、特徴のある音楽が流れてきた。どこかの泊地棲鬼がバストショットで映る。
「去ル、BB日CC時DD分。太平洋赤道東北海域ヲ担当スル中間棲姫ノ元ニ、正体不明ノ怪物ト遭遇シタトイウ連絡ガ入ッタ」
どうやら説明をしている泊地棲鬼は、中間棲姫の栖に所属しているらしい。原稿を隠しもせず、棒読みなうえに画面のほうには目を向けようともしない。
もっとも、記録映像に迫真の演技は必要ないと言われれば、そのとおりなのであるが。
「ソノ怪物ハ、太平洋深海棲姫ニ連レ添ッテイル『じらチャン』ニ、突然背後カラ襲イカカッタ」
映像が切り替わって、太平洋深海棲姫がいつも連れているクジラのような姿をした“それ”が、驚愕の表情で口を開く様子が映った。仕方のないこととは言え、完全な素人演技だ。
「じらチャン……」
「『じらチャン』て呼ンデルンダ……」
海峡夜棲姫の二体がぽそりとつぶやく。
「悲鳴ヲ聞イテ振リ向イタ太平洋深海棲姫ガ見タノハ、『じらチャン』ヲ飲ミ込モウトスル、巨大ナいぐあなノヨウナ怪物ノ姿ダッタ」
突然画面が真っ黒になり、深海棲艦が使用している文字が白く表示される。
それを見た北方水姫が移動を始めた。
──こう記すと、サンゴ礁がある海域にどうして北方水姫がいるのかという疑問を持つのも当然であろう。
しかし、ここにいる深海棲艦たちがそれを気にしているように見えないのだから、深海棲艦たちにとっては不思議でも何でもないことなのかも知れない。
どこの海域であっても、必ず誰かが「北方~」、「南方~」という通称で配属されるのであろうか……十分にありえることだ──
それはさて置き、北方水姫は大急ぎで北方棲姫と北方棲妹のところに移動すると、マントで二体の目を隠そうとした。
まるで「幼い子には刺激的な内容が含まれています」という警告に反応した保護者のような態度であったが、不幸なことに北方棲姫と北方棲妹がマントの端から顔をのぞかせていることには気がついていないようだった。