巨大なイグアナのような怪物に『じらチャン』が襲われた、太平洋深海棲姫が所属する栖の泊地棲鬼は、海藻の幕に表示された映像の中で、相変わらず棒読みのまま説明を続けている。
「太平洋深海棲姫ハ、怪物カラ『じらチャン』ヲ引キ離ソウト果敢ニ攻撃」
壊の姿に変わった太平洋深海棲姫が画面の下のほうを両手で叩いている様子が映し出された。スローモーションを通常速度で表現しようとして失敗しているのが丸わかりではあるが。
「ソノ間ニ同航シテイタ者ガ司令本部ニ連絡。本部ハ『だるびーでぃぼ』ニ出動ヲ命ジタ」
港湾棲姫の両側に座っていた飛行場姫と防空棲姫が、ほぼ同時に噴き出して激しく咳きこみ始めた。突然の出来事に、港湾棲姫は理解が追いつかないまま飛行場姫と防空棲姫に視線をさ迷わせている。
「エエ……アイツラ呼ンダノ……」
戦艦タ級はと言えば、これ以上ないくらい困惑した表情でつぶやいて頭を抱えこんでいた。
急に勇ましい曲が流れ始めると、画面に四体の深海棲艦が映し出された──いや、映っているのは本当に深海棲艦なのだろうか?
何と言うか……体格が一回りも二回りも大きく、全身の筋肉も盛り上がっているような……
そうなのだ。
この栖でも知っている者は知っていることであるが、「だるびーでぃぼ」は世界中に存在する深海棲艦の栖の中でも、「とっぷくらすニやばい」と噂されている連中が集まっている栖なのだ。
砲撃、爆撃、雷撃などの飛び道具を潔しとせず、己の肉体のみを頼りに戦うことに美学を見出した──司令本部でさえ戦果が出ているならばそれでよしと介入をあきらめたと言ったほうがより正確な表現なのだから、特徴ある深海棲艦たちの中でも極めつけにアタオ……突飛であることは、簡単に理解できるであろう……
四体の深海棲艦が映った後に、ようやく「ジラちゃん」を襲った怪物らしき姿が画面に現れた。心なしか流れている曲が若干大きくなったようにも思える。
着ぐるみでも、ミニチュアでも、剥製でも、ましてや合成映像でもなく、確かに本物のようだ。ブレがひどいので、何かの塊が見えていると言えなくもないが。
「オッ……オッ、オッ、オッ」
「文句ハ見終ワッテカラニシロ! 」
空母オ級が何か言いかけたのをリコリス棲姫は無理やり黙らせた。
勇ましい曲が続く中、画面に現れた「だるびーでぃぼ」の駆逐棲姫が画面の左に向かって左右の突きを繰り出すと、怪物らしき何かが背をのけぞらせて咆哮をあげる様子が映った。怪物のほうは焦点が合っていないとは言え、一応本物の映像ではある。
「だるびーでぃぼ」の軽巡棲姫が画面の右に向かって蹴りを出すと、怪物らしき何かがふらつく姿が映った。画面の端に体の一部が見えているだけだが、一応本物の映像ではある。
「だるびーでぃぼ」の重巡棲姫が画面の正面に突きをいれてから回し蹴りを繰り出すと、怪物らしき何かが倒れ込む様子が映った。画面いっぱいにウロコ状の表皮だけしか見えていないが、一応本物の映像ではある。
「だるびーでぃぼ」の戦艦棲姫が画面の下のあたりで何かを抑つけるような恰好をとっていると、動きの止まった怪物らしき何かの姿が映った。頭から尻尾に向かって撮影しているが、近寄りすぎて全体像がわかりにくい。
一応、本物の映像ではある。
画面が切り替わって、「だるびーでぃぼ」の四体が背を向けて横に並んでいる様子が映し出された。左に立っていた者から順に頭を右側に向けていくと右手を腰のあたりまであげて一斉にポーズを決める。
いや、正確には決めようとした、だ。残念なことにタイミングは全く合っていなかった。
曲が流れ終わり、画面が暗転した。
「XX日YY時ZZ分、ツイニ怪物ハ倒サレタ」
泊地棲鬼の声とともに深海棲艦が使用する文字が画面に表示されて映像が停止した。
「ドコカラツッコメバイイノヨ!! 」
記録映像の再生が終わって十数秒が経ったあたりで、駆逐古鬼の怒鳴り声が沈黙を破った。
この栖に所属している駆逐棲姫は、呆けたように口を半開きにしたまま身じろぎ一つしていない。
軽巡棲姫は画面に背を向けて、両腕を椅子の背に乗せた状態で突っ伏したまま動こうともしない。
重巡棲姫はうつむいてこめかみを両手で抑え、戦艦棲姫は片手を額に当てて天井を見上げている。両者とも動いていないことに変わりはない。
他の者の反応も、この四体と似たり寄ったりだ。あとは北方棲姫と北方棲妹が、
「カッコヨカッタ……」
「ウン……」
と、目を輝かせながら小声で話しているくらいか。
「トニカク! 」
リコリス棲姫が片足で床を蹴って注意を向けさせた。
「怪物ガドコカラ現レタカ! 正体ハ何カ! 空ノ異変ト関係アルノカ! ソウイッタコトハマルデワカラン! シカシ! 我々ノ担当スル海域ニ現レタ島ニモ! アノヨウナ怪物ガイルカモ知レナイ! 」
ここまでを大声で一気に言ったので、リコリス棲姫は呼吸を整のえるのにしばらくを要した。やがて、
「ソウ、アノ海カラ現レタ島ニモ怪物ハイルカモ知レナイ。ソコデ司令本部ハ──」
と、説明を続けているところに放たれた、
「イヤ、ソレデモダヨ! 怪物ト戦ウコトニナルニシテモ、サッキノ映像ガ参考ニナルノカヨ!? 」
という集積地棲姫の言葉があまりにももっとも過ぎて、集まった深海棲艦のほぼ全員が深く、深くうなずいた。しかし、
「参考ニナルカナラナイカデ言エバ、参考ニナラン! 」
という、何のためらいもないリコリス棲姫の返答もあまりにももっとも過ぎて、うっかりうなずいてしまった者まで出てしまっている。
「マダ見セテナイ記録モアルゾ。編集サレテイナイカラ全部デ80時間以上アルガ……見タイカ? 」
「エ? ……アー……」
集積地棲姫はリコリス棲姫の問いに目をそらせながら言よどんでいたが、しばらくして、
「ヤメトク……ウン……」
と、小声で答えた。
「ウム」
リコリス棲姫は満足したようにうなずくと、もう一度片足で床を蹴って言葉を続ける。
「デハ、司令本部ノ計画ヲ説明シヨウ」
- - - ! ( ^ ^ ) !
「えーと、とりあえず深呼吸しようか。はい、みんな一旦深呼吸ー」
“彼”を見つけた鎮守府では、提督が艦娘たちの動揺を鎮めようとしていた。そのかいもあってか、単に話すことがなくなっただけなのかはともかくとして、艦娘たちのどよめきは収まってきている。
「紹介が遅れたけど、“彼”はここに帰る途中、乗っていた飛行艇の中にいきなり現れてねー」
もっとも、提督の説明が理解できているのとはほど遠い状態であることに変わりはないのだが。
「現れる直前に機内の電気が一瞬消えて、大きな揺れもあったんだよね。もしかしたら、これも異変の……」
「ええっと、いいかな? 提督……」
時雨が片手をあげて口を開いた。
「その……“彼”はケッコンの相手とは違うんだよね? 」
「んー、そーだよー」
いささか剣呑な雰囲気が広がりかけたようにも思えたがそれは、提督の一言で急速に消えていった──完全に雲散霧消した、というわけではないにしても。つまり、せっかく手に入れた珍獣がいずれいなくなるかも知れないと気づいて、葛藤が始まるという意味で。
「それで、異変のほうはボクが見た不思議な光のことであってるのかい? 」
「そーそー、私が出かけたのもそのせいなんだよねー」
艦娘たちが互いの顔を見て納得したようにうなずいている中、“彼”は相変わらず話題に取り残されたかたちになっている。
「あれ……異変のこと説明してなかったっけ? 」
「失礼ですが提督」
眉間の上に手を当てた大淀が、唐突に“彼”に話題をふった提督に向かって静かに言った。
「まず“彼”の説明をお願いします」
「あー……そだね、そうしようか」
……提督の話はすぐ脇道に逸れるうえに説明も今一つ要領を得ないので、やりとりをそのまま記すとどれだけの文字数を要するか見当がつかない。従ってここからは肝心なことのみ記すこととする。
経緯については鳳翔が食事の用意を重ねて問うたことと、それを手伝う者に大淀が後で説明することになったと記せば十分であろうし、
「動いてもないのにすごく疲れた」
と、力なく口にした者が十人を超えたといった余談などは、むしろ不要なつけ足しに含まれるであろう。
それはさておき提督と“彼”自身の説明によると、“彼”は友人と連れだって飛行艇の機内を再現した展示物に入ったのだそうだ。
物珍しさで機内を見回している最中に不注意で友人とぶつかってしまい、倒れたと思った次の瞬間には提督と大淀の乗った二式飛行艇の中に横たわっていたという。
もちろん艦娘たちは、すぐにはその話を信じようとはしなかった。異変で機内に現れたにしては、“彼”の姿があまりにも「異様ではなかった」からだ。
しかし“彼”の、普段見慣れているのはプロペラのない飛行機だという言葉や、想像もつかない生活ぶりを聞くうちに、どうやら本当に自分たちのいる世界とは明らかに違うところから来たのだと信じる者が多くなっていった。
何よりも“彼”の持っている多機能の小さな箱状の機械が、漣の持っているそれと全く違った形式なうえに中に記録されている写真や映像に見たこともない物が数多く写っていたことが、話を信じる決め手になった。
このようにして提督と“彼”の説明は終わり、食事の後で異変の説明が“彼”におこなわれた。
時雨の見た異変が、深海棲艦の見たものと同じであることは言うまでもない。ただその当時、鎮守府の南側には雲が広がっていたために光だけが見えたのが、大きな違いだった。
鎮守府の夜は更けていく。最低でも丸一日は準備に費やされるから、本国で決定した「出現した島の調査作戦」はそれ以降の開始となる。
ならば休めるうちに休み、余裕があるならいささか羽目を外すのもいいだろう……と、考える者がでてくるのもまた、避けられないことなのだろう。