夜間、鎮守府内の照明は必要最低限の明るさに抑えられている。それ以外の明かりも外部に漏れないところでしか使用できない。
深海棲艦の襲撃を警戒しているという理由のほかに、照明その他に使用する資源の量に大淀などの睨みが効いているからでもある。
とは言え、睨みを効かせる当人も無駄遣いの恩恵にあずかっているのだから、あまり厳しくできないという一面もあるにはある。
鎮守府内にたくさんある建物のほとんどは、近くの森に生えている木で造られている。この地方の住居とあまり変わりはない。
石、コンクリート、レンガが使われているのは重要な機器が設置された建物くらいで、司令官室も木製の建物の一角にある。
そうした重要な建物の通路に、屋内照明とは違う明かりが見えている。遮光フードで足元だけを照らしているランタンの光だ。
艦娘らしき姿が三つほど浮かびあがり、ランタンを持つ者以外は両手に袋を下げている。
三人は屋上に出る階段の扉の前で止まると、錠前を開けてからランタンをフードで覆った。
扉を開けて外に出て、急いで閉める。バルコニー状になっている屋上に歩いていく。
星明りで完全な闇にはなっていない。ランタンを使わなくても、バルコニーの床と屋根の区別がつくくらいだ。
「よおっし、包みを開けようか」
そう言が早いか、三人は包みを広げ始める。包んだ布を敷物がわりにして、中から取り出したのは酒瓶と茶碗。夕食の余りものと菓子類には布を被せてある。
「この時間だと月は見えませんね~」
「まー、星見酒もいいんじゃない?」
「おっ、そういう言い方すると何だか風流だな」
ポーラ、加古、隼鷹が同時に笑い声をあげた。この時点で既に出来上がって、つまりは酔っているのだから、会話が成り立っているのかどうかも怪しい。
各々が手にした茶碗に自分で酒を注ぎ入れる。飲み干してから乾杯。
順番も何もあったものではない。
「おいし~。こういうのもいいですね~」
ポーラは二杯目を半分飲んだところで息を吐き出しながら言った。
「な? やってみてよかっただろ? 」
「ま~、飲めるのが一番ですよね~」
ポーラは表現しにくい笑い声をあげ、隼鷹に返事ともどうともとりかねることを言ってから残りの酒を干した。
「はー……せっかくだしアレ試してみよっかなー」
誰に言うともなく言った加古が小さな容器に入っていた“白い粉”を茶碗に移す。
「え? 何ですか、それ? もしかして聞かれるとマズイやつ? 」
突然シラフに戻ったような口調でポーラが言う。
「いやー、違う違う。粒ラムネを潰したやつ」
加古はそう答えながら粉入りの茶碗に酒を注と、人差し指で軽くかきまぜた。
「そんな飲み方をするな! 」
とは、誰も言い出さなかった。
飲み方にこだわりのある酒好きならば、この時点までで既に文句の一つがあってもおかしくないだろう。しかし今の加古は、加古であって加古ではない。さらに言うならば、加古という艦の記憶のような何かが目覚めているというわけでもない。
そこにいるのは、ただの酔いどれなのである。
話が通じるかどうかは、読む側の世界における重巡洋艦加古の酒にまつわるエピソードを調べていただければ、ある程度見当がつくかとは思う。もちろん無理に調べなくてもいいだろう。
「それ、ラムネで割ったほうが良くない? 」
という隼鷹の問いかけに、
「だってさあ。割ったら薄くなるし」
と、返答しながら茶碗に口をつけている様子から察することのできるとおりでいいのではないだろうか。
「おや? こんなところで宴でありますか? 」
突然扉の方から声が響いた。あきつ丸と神州丸。山汐丸にまるゆまでいる。そして、全員が手に包みを持っていた。
「あれ? お前らも飲みに来たの? 」
「まるゆは監視役です」
まるゆは隼鷹に言い終わらないうちに小さくアクビをした。
「甘いもので釣ったんでありますよ」
悪びれもせずに、あきつ丸が言った。
「島の調査となれば上陸もありそうですし」
どこか言いわけのように神州丸が口を開き、それを受け継ぐようにして、
「もちろん補給は欠かせませんから」
と、山汐丸が言った。
「も~、そういうの置いといて飲みましょ~よ~」
ポーラの一言で全員座りなおすと、酒瓶とつまみが場に追加される。隼鷹がその中の一本を手に取ってラベルを眺る。
「んー……これはまだ試したことなかったかなあ」
「あ、それですか」
早速山汐丸が酒の説明を始める横では、
「あの……こういう飲み方は……」
「え~、気にしなくていいじゃないですか~」
神州丸とポーラが加古の飲み食いを見ながら小声で会話をしている。
その加古はと言うと、
「ところでさあ。現れたとか言う島に何かあると思う? 」
と、あきつ丸に聞いていた。
「どうでありましょう。“彼”が偶然島と違う場所に現れたとしたら……」
「島に仲間がいるということですか? 」
まるゆが会話に割り込んでくる。
「どうせなら宝物のほうがあってほしいなあ……酒の湧き出る泉ならなおいいや」
加古の言葉に全員が笑い声をあげた。
「あ~、そう言えば例のたても……っ!」
ポーラが話している途中に、隼鷹が大急ぎでその口をふさぐ。
「……どうかしましたか? 」
不審に思った神州丸が言葉をかける。
「え、えー……どーもしないよー……虫! 虫がいたんだ! うん! 」
隼鷹の必死さは完全に逆効果だった。艦の記憶のような何かによると陸軍と海軍という違いがあるようなのだが、所属が違っていても艦娘であるのが同じならば、大酒飲みの嗅覚もそれほど違いはないと考えたほうがいいのではないだろうか。
「そう言えば……」
考え込んでいた山汐丸の開いた目が細くなった。
「数か月ほど前にヤシの実でお酒を作っていたのが見つかって怒られていましたよね? 」
「え……もしかして……」
まるゆがここまで口にしたところで、あきつ丸が突然まるゆの名を呼び、扉の向こうの様子を探りに行かせようとした。戸惑うまるゆに神州丸が、任務であることを強調して伝えたために、まるゆは理由がわからないながらもそれならばと言われたところに急いだ。
あきつ丸はその後ろ姿を見守っていた。そして、十分に離れた頃合いを見計らってから、
「で? ……ご相伴にあずかれるのでしたら、こちらも情というものを発揮いたしますが……いかがですか? 」
と、口にした。
まるゆが扉の向こうに気配がないことを確認して戻ってきた時には、ポーラと山汐丸が腹を抱えて笑い転げていた。当惑しているまるゆに加古が、この鎮守府に隼鷹が転属してきたのは、「異国で素敵な相手とめぐり逢いたかった」のが理由だとばらしたと、説明をする。
「それ、本当なのですか? 」
隼鷹の意外な一面を知ったまるゆが両目を見開いている。
「本当のことだとか……この神州丸も初めて聞いた時には、今のまるゆと同じ顔をしていたと思います」
神州丸が小刻みに肩を震わせて笑いながら、目に浮かんだ涙を拭いた。
「いやあ、いつ聞いても浪漫あふれる話でありますなあ」
「前もそういうふうに言ってたよな? 」
「はて? そうでありましたっけ? 」
「まあまあ、そこまでにしときなって」
「だから、よりによって何でその話を持ち出したのさぁ!? 」
「うぅ~痛い、痛いです~」
あきつ丸と隼鷹が始めた口ゲンカに、止めようとした加古と、どういうわけでかポーラまでもが巻き込まれていた。神州丸と山汐丸も騒ぎに加わって、収拾がつきそうにない。
その様子を見つめるしかなくなったまるゆは頭の片隅で、なぜ隼鷹さんは脇にポーラさんの頭を抱えて締め上げているのだろう、そんな酒癖だったろうかなどといったことを、ぼんやりと考えていた。
ほとんど同じ時刻、鎮守府の外では別の艦娘たちが別のことをしていた。
場所は鎮守府から少し歩いた森の中。防虫ネットで覆った手に明るさを抑えたランタンを持った、小さな影が浮かびあがっている。
虫かどうか見当もつかない物音に混じって、何かを擦るような音が聞こえてくる。
「おーい、まだかかりそうか? 」
大東の幼い声が暗闇の中に響いた。その近くには、大東では抱えきれないような太い木が生えている。
「もう少し! あと少しだけっす! 」
もう一人の声は、大東が近くにいる木の上から聞こえてきた。その間も何かを擦るような音が続いている。
「よおっし、こんだけやっとけば……きっと大丈夫っしゅ! 」
再び木の上から声がしたかと思うと、木に絡まったツル状の植物が音をたてて揺れ、大東より二、三歳年上の風貌をした艦娘が降りてきた。
帽子の上から防虫ネットで上半身を覆った姿は、野生の動物のように見えなくもない。
「ここが最後っすからね! 全部塗りつけったっしゅ! 」
占守はそう言うと、容器状の筒を腰につけた袋に入れた。
「よーし、早く帰ろうぜ」
「そうだな……やはり夜は苦手だ」
佐渡と福江がそう言ったところで占守が、
「うふふ……危険がいっぱい」
と、口にしたために、福江がその場で硬直したように動かなくなった。しばし妙な間があく。
「何でそういうこと言うかな、しむしゅしゅしゅは! 」
「いや、うっかり! うっかりっす!! 」
いきなり突っかかてきた福江に、占守は慌てて言いわけをする。
「やっぱり怖いっすよねえ、この森」
「だから、それも言うなッ! 」
「あのさー、早く帰ろうぜ。外に出てたこと知られたら、怖いどころで済まなくなるだろ?」
占守と福江の言い合いに割って入った佐渡の言葉に、
「あ、そうだった! 」
二人はそろって声をあげた。
「うっし。じゃあ、今度こそ出発だな」
佐渡の言葉で木の近くに集まっていた艦娘たちは列を作り、鎮守府への道を歩き始めた。先頭が佐渡でその後ろは福江、大東、占守の順だ。
「目印見落とすなよー」
大東の言葉に佐渡が生返事をした。一番後ろの占守は大東についていきながら、何度か後ろを振り返っている。
「クワガタが捕れるといいっすねえ」
ついついひとり言を口にする。
「こればっかりは、やってみないとわからないからなー」
福江の言葉に佐渡と大東がうなずいた。しばらくすると、大東が、
「なあ、建物への入口はちゃんと鍵を開けてくれるんだろーな? 」
と、疑問を口にする。
「んー、まあ……ひふに頼んだから」
「んなっ、ひぶに!? よく聞いてくれたな!? 」
佐渡の言葉に大東が大声を出して驚いた。まさか自分の姉であり、生真面目が過ぎる日振がこの企みに加担しているとは思わなかったからだ。
「まあ、そこはこう……な? 」
佐渡は肝心なところの言葉を濁すと、
「うん、まあ……大丈夫だろ、たぶん……」
と、自分に言い聞かせるようにつけ加えた。