作戦室に駆け込んできたタシュケントの言葉に、一瞬ではあるが室内にいる者たちの動きが止まった。が、すぐに我に返ったかのように、再び作業に戻っていく。
「ん-。どうかしたのー? 」
提督は間延びした声でタシュケントに尋ねた。
「同志提督! 」
声を聞いたタシュケントが大急ぎで提督に近寄ると、吹雪を押しのけて両肩をつかむ。
「お願いだから早く逃げて! ガングートが! ……えーと……あの……何だっけ……」
「えーと……まず落ち着こうか。はい、し──」
「いや、だから早く逃げて! 」
いつものセリフでなだめようとしたのが逆効果になった。
提督はタシュケントにすさまじい勢いで揺さぶられ、悲鳴とも呻きともとりかねる声を出している。
「タシュケントさん落ちついてください! それでは提督がもちません! 」
吹雪がそう言ってどうにか止めようとしている最中に、再び作戦室の扉が開いた。
「頑張っているな、同志諸君! 差し入れを持って来たぞ! 」
ガングートは開口一番にそう言うと、茶器を運ぶワゴンを作戦室の中に運び入れた。鎮守府内で作ったのか、ティートローリーと言うよりバスケットワゴンに近い。
天板の下にカップやティースプーンなどが入れられ、その下にはティーポット。そしてサモワールという、フタのついた優勝カップの杯から蛇口のような注ぎ口が出ている湯沸かし器が入っている。
茶を入れるならば他にも容器があるだろうに、わざわざサモワールを使ったのはガングートなりのこだわりなのだろうか。
「ああっ、ガングート! 」
タシュケントは提督から手を離すと、ガングートのところに駆けていく。そしてガングートの前に立ちふさがると、
「ヴェールヌイだけでなく同志皆を革命するつもりなのかい!? そうはさせないよ!! 」
と、叫んだ。
「いや待て。どういう意味だ、タシュケント? 革命する? ヴェールヌイ? 」
当然ながらガングートは困惑した。タシュケントはそれを意に介さず、一気にたたみかける。
「そうだよ! 昨日の夜、『ここはひとつ革命をするべきか』ってポツリとつぶやいてたじゃないか! 」
「あ、ああ……」
しばらくして、ガングートは意味がわかったという表情をした。
「『たまには茶でも振る舞ってみるか』のつもりで、『革命する』と言ったんだが? 」
「……は? 」
今度はタシュケントが混乱した。いや、混乱しているうえにさらに混乱したと言ったほうが正だろうか。
「あ、でも確か! ついさっきヴェールヌイが一口飲んだとたんに咳き込んで──」
「私がどうかした? 」
ガングートの背後から声がした。
「ヴェールヌイ! 無事だったの!? 」
タシュケントが大慌てでガングートの背後をのぞきこむと、ヴェールヌイが両手で大きなカゴを持って立っていた。
──この世界においては、ヴェールヌイと響の両方がいる鎮守府もあれば、一人の艦娘が両方の名前で呼ばれている鎮守府もあるらしい。
そしてこの鎮守府では、ヴェールヌイと響は一人の艦娘で、艤装を身につけていない時は帽子や髪にヘアエクステがついているかどうかで判断しているようだ。
もっとも、この点については記している側もなぜそうなっているのか説明のしようがないので、そういうものとして受け取ってもらうしかない……設定するのが面倒だからやっていないのか、という点については、察することのできる人ならばすでに察しているであろうから、説明そのものが不要であろう──
「え? 生きてるんだよね? 一度死んで蘇ったとかじゃないよね? 」
「済まないけど、何が言いたいのかわからないよ。どうしたんだい? 」
ヴェールヌイは、突然駆けてきたかと思うと理解できないことを聞きながら体のあちらこちらに触れているタシュケントに、不思議そうな表情で尋ねた。
「いや……あの……咳き込んで、倒れ込んで……」
「うん、間違って気管に入ってしまってね。今は大丈夫だよ」
心配そうに見つめるタシュケントに、ヴェールヌイは静かに答えた後、思い出したように小さく咳をした。
「あー……よかったあ……」
タシュケントがその場に座り込んだ。大きく息を吐いて首を左右に振る。
「もう……驚いたんだから」
「ふん。もしかして、ひどく勘違いをさせてしまったか? 」
「あー……そろそろいい? 」
提督は、タシュケントに手を貸して立たせようとするガングートに声をかけた。
「ええと……つまり、お茶に変なものは入っていないんだね? 」
「もちろんだとも! 」
ガングートは胸を張って答えた。
「とっておきにしていたチャーガを使っただけで──」
「チャーガ!? チャーガなの、ねえ!? 」
タシュケントの驚きは今日で何回目なのだろうか。
「え? お茶がどうかしたの? 」
その様子に不安になった提督がガングートに尋ねる。
「いや、チャーガという白樺の木に生えるキノコを煎じた飲みものなんだ。味は濃くないが、それでも口に合わなかったらサモワールに入っている湯で薄めてくれ」
「もちろんお茶請けも用意したよ」
ガングートに続いて答えたヴェールヌイが、手にしたカゴを振ってみせた。
提督が横にいた吹雪を手で呼び寄せた。その耳元で、
「なあ、吹雪さんや。これはいわゆる、“アレ”ではないかのう?」
と、悪だくみをしているようにささやく。吹雪もそれに乗って、
「ええ、“アレ”でしょうね。突発的に思いついて、やってしまったりやらかしたりする例の……」
と、ささやいて少し間を置いてから言った。
「シンカー・オブ・アナザー・ディメンジョン」
「クック・ザ・アグレッシブ」
提督と吹雪がほぼ同時に口に出した言葉の意味については、二人の間ですら通じているかどうかも怪しいのだから、深く考えなくてもいいだろう。むしろ、二人の声が届いていたタシュケントの、
「えーと……ソーイ・クフーの話をしてるってこと? 」
と、いう質問のほうがまだ意味を理解しやすいくらいだ。
「ふん。だったら、そういうことにしておいてやろう」
ガングートの反応から察するに、あまり良い意味で使われていなさそうなことも。
「あー、そーだ」
提督は、自分の言葉に対する反応を完全に無視して言う。
「みんなでお茶するんなら、“彼”も呼ぼうか?」
「あの……作戦中ですから、あまり機密に触れるようなことは……」
吹雪が、作戦室に部外者を入れることに注意を促したものの提督は、
「まあ、いいんじゃない。たぶん見てもわかんないよ」
と、いともあっさりと決めてしまった。
- - - ( * ´ 艸 ` )
深海棲艦の駆逐艦部隊の混乱ぶりは、鎮守府の比ではなかった。
「全然いぐあなジャナイジャナイ! オノレ……オノレーッ!! 」
駆逐水鬼の怒りは、この場にいないリコリス棲姫にぶつけられた。もっとも、リコリス棲姫にしても深海司令本部にしても、イグアナのような怪物の他に巨大な鳥が現れるとは思ってもいなかっただろう。
そうなのだ。駆逐艦部隊の探知したレーダーの反応は、巨大な鳥によるものだったのだ。
大きさは零式水偵と同じくらい、あるいは二式飛行艇の半分くらいだが、攻撃してくる時の速さはそれをはるかに超える。
通り過ぎた直後に波が、その後に奇妙な音が轟く。戦艦の主砲弾を何十倍にも大きくした塊が突っ込んで来ると表現したほうが、適切かも知れない。
深海側の駆逐艦が何体も怪物の足指にすくいあげられ、あるいは引っかけられて宙を舞い、戦闘不能に追い込まれた。駆逐棲姫も頭に爪の一撃を受け、帽子状の覆いは原形をとどめていない。
反撃は効いているのか、いないのか。
艦娘たちと戦うための主砲は、突っ込んでくる時こそ狙いを定められるものの、怪物の硬い足ややわらかい羽毛に弾かれて痛手を与えているようには思えない。
艦娘たちの操る飛行機を追い払い、叩き落とすことが目的の対空砲となると、主砲よりも弾丸が小さいので役に立っているかどうかすらわからない。それどころか、ただ怪物を怒らせるだけになっているようですらある。
艦娘たちの鎮守府に追い立てるどころか、一方的に損害を受けながら右往左往するしかない状態なのだ。
「りこりす棲姫、聞コエルカ!? コンナノドウヤッテ相手スレバイイノヨ!! 」
通信機に話しかける駆逐棲姫の声は、悲鳴に近かった。
「急イデ空母ノ艦載機隊ヲ向カワセル。オマエタチハ本隊ニ合流シロ」
「ソンナコト言ッテモ、逃ゲ回ルノガ精一杯ナンダッテバ!! 」
「何トカシテ振リ切レ。以上」
実際のところそれ以外に言いようはないし、方法もないのだろうが、それができるかどうかは別の話だ。駆逐棲姫が大声で文句をわめきちらすのも当然であった。
艤装の思ってもいなかった欠点が露呈した。と、言うよりも、体の構造上後方への攻撃が極めて困難なことが、撤退を難しくしていた。
前を見るか、後ろを見るか。怪物の動きを警戒し、いつでも砲撃できるように身構えながらの移動は、思うよりもずっと難かしい。
教訓を込めた笑い話であろうが、注意を怠っていたある艦が、水面からほんの少し顔を覗かせていた岩礁につまずいて顔面から海面にぶつかったとか、海面を転がって行ったとかいうのを聞いたことがある。
撤退中にそうなるとは思いたくないが、ならないとは限らない。それが自分の最期の原因になるなんて、深海棲艦でなくとも絶対にゴメンだろう。
「アア、モウ! 次ニ突ッ込ンデ来タラ撃チマクッテ、スグニ逃ゲヨウ! 」
「ソレシカナサソウダナ! 」
駆逐棲姫の言葉に、遠くで方向転換している怪物鳥に狙いをつけていた駆逐水鬼が応じると、
「オマエタチモ聞イタナ! へまスルンジャナイヨ!! 」
と、周りにいる駆逐艦たちに叫んだ。
各部隊の駆逐艦はうなずいて返事をすると、損害の大きい者は艤装を解いて水中に逃れた。
──この世界の鬼級や姫級ではない深海棲艦は、一度艤装を解くと栖に戻るまで丸腰、つまりは普通の魚とほとんど変わらない状態になる。そのため、艤装をつけ慣れている者のほうが、艤装を解いた後にかえって心細くなることがあるとも言われている。
「例エルナラ、ソウ……裸ニナルノヲ恥ズカシク思ウヨウナ……『ムシロ興奮スル? 』……ソ、ソウカ……強イナ、オマエ……」
と、言う会話があったかどうかまではわからない──
駆逐古鬼の返事はなかった。すっかり頭に血が上ってしまっていて、わけのわからない叫び声を出しながら主砲を乱射している。
その様子を見た駆逐棲姫が駆逐水鬼を呼び寄せて、耳元で何かささやいた。駆逐水鬼は怪物鳥の位置を探りながらその言葉にうなずく。
「来タゾ! あいつニ砲口ヲ向ケロ! 弾丸ヲバラマケ!! 」
駆逐水鬼がそう叫んだのは、それからほんの数秒後のことだった。
駆逐艦たちは、駆逐水鬼が主砲を構えた方向に頭を向けて一斉に砲撃を開始した。
怪物鳥に傷を与えているかどうかはわからない。しかし弾丸という固形物がぶつかるのを嫌がって進路を変えるならば、正面衝突は避けられるかも知れない。
だから撃つ。
とにかく撃つ。
ひたすら撃つ。
対空砲も使って、文字通の弾幕を空中に広げる。
「クラエ、〆&√#∞@ゞ!! 」
駆逐古鬼が口汚く罵りながら砲撃する。駆逐棲姫も駆逐水鬼も、ただただ撃ち続ける。
怪物鳥の羽の模様が目に映ったかと思った次の瞬間、すさまじい音とともに四体のイ級が宙を舞った。艤装の効果で水面を跳ねるように転がり、その度に水しぶきを上げる。
状況は理想通りではない。だが、今でなければ次があるかどうかはわからない。
「撤退ダ! 駆逐棲姫ニ続ケ!! 」
駆逐水鬼は大声で叫んだ。