「撤退ダ! 駆逐棲姫ニ続ケ!! 」
「倒レタヤツヲ抱エロ! 急ゲ!! 」
先ず駆逐水鬼が、次に駆逐棲姫が叫んだ。我に返った駆逐艦が慌てて駆逐棲姫の後を追い、比較的冷静な駆逐艦が四体がかり、五体がかりで目を回している駆逐艦を囲むようにして持ち上げてその後を追った。
駆逐古鬼はなおも砲撃を続けている。駆逐棲姫の予想したとおりに。
駆逐水鬼は、カーリングの選手が石を放つ時のように姿勢を低くして駆逐古鬼の正面に回り込むと、一気にその体をすくうようにして持ち上げた。
駆逐古鬼が何かわめきながら抵抗するが、説明をしている暇はない。
「右カラ来ル! 」
駆逐水鬼の言葉に反応した駆逐古鬼が、体を持ち上げられたまま腕だけ動かして怪物鳥を目がけて主砲を撃つ。
駆逐水鬼が方向を変えると、轟音が横から聞こえてきた。怪物鳥の攻撃を避けることに成功したのだ。
「イイゾ! 次モワタシノ言ウトオリニ砲撃ヲ──」
「ソコデシャベルナ! クスグッタイ!! 」
ただ、どうにもしまらないのが問題だと言えば問題だった。
- - - ( . . ) φ メ モ メ モ
しまらないという点では、鎮守府側の偵察に出撃した艦隊のやり取りもかなりのものだった。
普段の作戦ならば既に遭遇しているであろう深海棲艦の姿が一向に確認できない。怪物鳥に襲われているからなのだが、そのような事態など知りようもない以上、肩すかしを食った気分になるのは当然であった。
前例のない状態に最初は戸惑い、やがて焦りを感じて神経質になった結果、普段以上に疲れてしまっている。偵察機で出撃した妖精さんの報告を聞く水上機母艦千歳の表情も、どことなく精彩を欠いているように見える。
その近くで報告を聞いている鬼怒もそうだ。もっとも、
「ねー、それで島はどんな風だった? 何かあった? 」
と、尋ねている時津風とそのすぐ横にいる雪風は、今は好奇心のほうが上回っているようだが。
「もう少し待っててね。今聞いているところだから」
千歳があやすように時津風に言う。しばらく妖精さんの言葉に耳を傾けて、
「どうも至る所岩だらけで、植物も動物も見当たらないみたいね……」
と、つぶやいた。
「人の気配もないのですか? 」
「そうみたいね」
千歳は、時津風よりいくぶん静かな口調で尋ねる雪風にうなずいた。
「ん~~~~。えー……そうすっと、突然現れたあの男の人は島の住人でないってこと? 」
鬼怒が悩んでいることを体で示しすかのように、頭を左右に揺らせながら言った。
「それはまだわからないわね」
千歳は右手を頬にあてて考えながら答える。
「洞窟みたいな所に隠れて生活しているかも知れないし……やっぱり上陸してみないとわからないわ」
あきらめたように首を振って、千歳は時刻を確認した。
「次の地点に移動するまでまだ時間あるわね……どうする? 少し早いけど、移動しようか? 」
最初に時津風が、少し遅れて雪風が賛同した。鬼怒はと言えば大きく伸びをして、
「じゃあ、そうしよっか~。あ~~~、何かもう、飽きちゃったよ~」
などとこぼしている。
「はいはい、シャキッとする! 行くと決めたらすぐに準備! 」
千歳が鬼怒を急かしていると、周囲を見回していた雪風が小首を傾げた。
「左前の方に何か見えませんか? 」
「左前? どのあたり──」
千歳が雪風に場所を確認しようとしたのとほとんど同時に、左側後方に大きな水柱が上がった。水道の蛇口を上に向けて全開にした時の、何十倍という高さと幅で海面から湧きあがった水の塊が、次の瞬間には轟音をたてながら崩れていく。
それが終わらないうちに、四人は移動を開始していた。
「んにゃぁ゛ぁ゛ぁ゛~~!! 何なのアレ! 戦艦の主砲!? 」
鬼怒がひきつった表情で悲鳴を上げる。
「でもでも! 妖精さんは、船を見てないって──あっ! 」
時津風は反論している途中で言葉を切り、口に手を当てた。
「もしかして、島からの砲撃なの!? 」
「でも、それだと遠すぎない!? 」
今度は雪風が時津風に反論した。
「じゃあ、潜水艦は……ないか!! 」
時津風は再び反論しようとしたものの、自分の主張に無理があることを自分で認めてしまった。
こうして会話をしている間も全員が周囲を警戒して、次の攻撃を見つけようとしている。
先頭を走るのは千歳、左横を少し遅れて鬼怒。その後方やや離れたところを、時津風と雪風が航跡を避けるようにして左右に並んで進んでいる。
「左横! 遠い! 」
左側前方のはるかに離れたところに水柱が上がって一呼吸もしないうちに鬼怒が叫んだ。先ほどと同じぐらいの大きさだが、二度目となると驚きかたにも余裕が出てくる。
「……変だと思いませんか? 」
「うん、一発ずつしか撃ってきてない! 」
雪風の質問に時津風が応じる。
「何がしたいのかなあ、ホントにぃ……おにおこだ~」
鬼怒は言葉こそ怒っているが、その目は動くもの一つ見逃すまいと警戒を続けている。
「今鎮守府に電文を送り終わったわ! あとは偵察機を戻らせて──」
千歳は最後まで口にすることができなかった。艦隊の前方に三度目の水柱が上がったのだ。
水柱は我を忘れて見上げる全員の前でまたたくうちに大きくなり、その一部は早くも崩れようとしている。このままでは、飲み込まれてしまうのは確実だった。
「え? 千歳たちの艦隊が? 」
「『しまのほうがくよりほうげきらしきものをうく』──です」
吹雪の言葉に提督は首を傾げる。
「砲撃のようなもの? 」
提督の質問に吹雪は少し考えてから、
「深海棲艦の砲撃とは違っているんじゃないでしょうか? 場所は──」
と、答えてから、作戦室の壁に視線を移した。ちょうどそこでは、睦月が地図を貼った板に、千歳たちの艦隊を意味する色つきのピンを刺している。
「あの島から北北西に約──」
「ちょっと待て! 島からの砲撃が届いただと!? 」
ガングートが吹雪の説明を遮った。
「ガングートさん落ち着いてください。まだ島からの砲撃だとは決まっていませんよ」
「だが、深海棲艦もそれ以外の不審な艦船も見つかっていないのだろう? 」
「んー。だとすると、姿を隠して移動しているとか? 」
提督のポツリとつぶやいた一言が吹雪とガングートの口論を沈黙させた。
「あ、そう言えばさー。“君”の世界には、そういうのはあった? 」
「うえっ!? 」
唐突に話題を振られた“彼”は奇妙な声を上げると、驚いた表情のまま提督に顔を向ける。しばらく口ごもってから、
「撃つものがある船は、映像や写真なんかで見たことがあります」
と、答えた。
「あれ、どうしたの? ずいぶん緊張してるね? 」
タシュケントが不思議そうに尋ねる。
「いや、そりゃしますよ。こんなに大勢がいる所の、一番偉い人なんでしょ? 」
「「「「「「「「「「あー……」」」」」」」」」」
“彼”の言葉を聞いた艦娘と鎮守府に所属する人たちの口から、ほぼ同時に同じ言葉が漏れた。
「そう言えばそうだったな」
「すっかり忘れてたね」
ガングートとヴェールヌイがつぶやき、吹雪とタシュケントがうなずいている。
「……えっと……何なの、この反応? 」
「お、お気になさらず……」
不思議そうに尋ねた提督に答える吹雪の言葉は、何のフォローにもなっていない。本人もそれをわかっているらしく、
「そ、そうだ! お名前、教えていただけますか? 」
と、慌てて“彼”に話題を振った。
「あ、そうだ。聞いてないや」
と、タシュケントが言い、
「あれー、言ってなかったっけー?」
と、提督が言う。ヴェールヌイはと言えば、妙に期待のこもった目で“彼”を見上げている。
「……今居貴益です……確かに言ってなかった……」
貴益はそう言った後、
「あー……面接だと落ちてたなあ……」
と、小さくつぶやいた。
正面には頂も見えないほど巨大な水柱が立ちのぼっている。
戦艦数隻が主砲を一か所に集中させれば、あるいは降り注ぐ水をいくらかは弾き飛ばすことができたかも知れない。そうすれば、ぶ厚い装甲で落ちてくる水による衝撃を受けきることができたかも知れない。
無茶を言っていることは認める。しかし、戦艦数隻でも無理であるならば、水上機母艦一隻と軽巡洋艦一隻、駆逐艦二隻の艦隊に何ができると言うのだろうか。
千歳と鬼怒が目の前の光景に圧倒され、進路を変更することすら忘れてしまったのも、やむを得ないことであった。
だが、雪風は違っていた。速力を上げ、千歳と鬼怒の航跡を飛ぶように乗り越えると、時津風に体を押しつける。
「え、雪風!? どーしたの!? 」
「おしくらまんじゅう……」
雪風はそう言いながら時津風に見えるように自分を指差し、次に千歳を指差してから右回りに指を回してみせる。そして時津風を指差すと、その指で鬼怒を指し示した。
時津風が理解したと言いたげにうなずくと、
「押っされて泣くな! 」
と、叫ぶと同時に、雪風と共に全速力で千歳と鬼怒の間に飛び込んだ。時津風が鬼怒の右腕を、雪風が千歳の左腕をつかむと、そのまま体を押しつけて強引に方向転換を図る。
双方の視界に水平な海面が映ったのとほぼ同時に、すさまじい轟音が響いて大量の水しぶきが四人の背中を打つ。
しかしそれも一瞬のことでしかなく、広がる波を避けるようにして艦隊は再び合流を果たした。
- - - ( ; ∀ ; )
リコリス棲姫が周りの深海棲艦たちに、
「マダダ!! マダ撃ツナ! 」
と、厳しく言い渡した。
その視線の先から、駆逐艦の部隊がこちらに合流しようと近寄って来ている。
レーダーと偵察機はそれよりもずっと前から位置の情報を送り続けていたのだが、視認できるようになるまでも、状況がはっきりとわかるようになるまでも、長い時間を要した。
怪物鳥もこちらを視認しているだろう。そして、駆逐艦たちに何度も攻撃しているのだから、まだこちらからの攻撃は届かないと理解しているのだろう。
主力部隊の存在を無視して、駆逐艦たちを執拗に狙い続けている。
しかしそれもあと少しだ。あと少しで反撃ができる──
迎かえ撃つ主力部隊は二つの長方形を形作り、長いほうの辺に開いた隙間が駆逐艦の部隊に向けられている。
陸上型に分類される、腰の高さ程度の浅瀬でないと艤装を展開できない鬼級と姫級を除いた全艦が、大小様々な砲門で怪物鳥を狙う。
リコリス棲姫は、怪物鳥の動きを予測しようと集中する。しばらくして、砲撃する方向を皆に伝える。
間違って味方に命中しないように──今だ!