「砲撃、開始! 」
リコリス棲姫が命令を告げると、主力部隊の深海棲艦たちは待ってましたとばかりに砲撃を開始した。
主砲、副砲……あきらかに威力が足りないはずの対空砲までをも使用して、リコリス棲姫の指示した方向に砲弾を叩き込む。
駆逐艦の部隊が発射したよりも大きく、はるかに大量の砲弾が怪物鳥のいる空間に向かって飛んでいく。
怪物鳥は、数はともかく威力までは想像できなかったのだろう。明らかに驚愕だとわかる鳴き声をあげて、急角度で離れていく。
「シズミナサイ! 」
戦艦棲姫の言葉に同意したかのように、一斉に歓声があがった。怪物鳥は、今まで飛んできた進路を引き返すようにして去っていく。
興奮が冷るころには、駆逐艦たちは主力部隊が開けた空間で補給を受け取っていた。駆逐古鬼は、抱きかかえられていた駆逐水鬼から主力部隊が砲撃した直後に飛び降りていて、今は受け取った燃料を一心不乱に飲み込んでいる。
リコリス棲姫は、静かにその様子を見ていた。怪物鳥がほとんど傷らしい傷を受けていないことに気がついてはいるが、それを口にしてはいなかった。
一般向けの映像であれば説明のために誰かに向けて話をする場面なのであろうが、そうでないのならそうする必要もないと決めているかのようだった。
怪物鳥が飛び去った理由についても、日没が近くなったことに気がついたからであろうと見当をつけていたが、もちろんそれも口にしていなかった。
しばらくしてから言ったのは、
「コノママ島ニ向カウゾ! 」
と、いうことのみ。
怪物鳥が島をねぐらにしているかどうかに関係なく、陸上型の鬼級と姫級が艤装を展開できる場で待ち受ければいい。何より、自分も存分に暴れられる。
そう思っているかのようだった。
- - - ( ^ ) o ( ^ )
「お~に~お~こぉ~! ぷんぷん! もう! おこだよ、おこ! 」
鬼怒がひたすら喚きたてている。
「提督は鬼! 絶対に鬼! 深海棲艦より鬼だぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!! 」
「いい加減静かにしなさい! 」
千歳の口調にもかなりの怒りがこもっている。
「そうは言うけどね! 『こうげきをさけつつちんじゅふからはなれたところにゆうどうせよ』なんてムチャクチャだよ! 弾丸大きいんだよ! 命中したら終わりじゃない! 」
「そこを当たらないように何とかするの! 」
「んにゃぁ゛ぁ゛ぁ゛~~!! 」
根本的なところで話が通じてないが、鬼怒もこうすることが必要であることは認めている。鎮守府からの命令が届いた時に千歳が説明しているのだ。
「このまままっすぐ鎮守府に戻ったら場所が知られるだけでなく、迎え撃つ準備を整える時間が短くなるわ。燃料がなくなるギリギリまで粘るわよ──」
と。
そう伝えていた。
「いや、わかってるよ! ちゃんと理解してるよ! けど──」
鬼怒は唐突にしゃべるのをやめて急角度で方向転換した。千歳、時津風、雪風もそれぞれ違う方向に進路を変える。
はるか彼方から飛んできた砲弾は、時津風の右後方に落下して水柱を上げる。円形に拡がったすさまじい水しぶきを、砂浜に打ち寄せる波であるかのように避けていく。
適度に散開し、不規則に進路を変えながら合流し、再び海上の一点を目指す。
「──聞いてる!? 」
「はいはい。聞いてる、聞いてる」
生返事をする千歳に構うことなく、鬼怒は文句を続ける。
「攻撃してくるのが、『おこのみやきをいくえにもかさねてうみにうかべたがごときかたちなり』って何!? 何を見たらそういう報告になるの!? 」
これには千歳も天を仰いだ。
「ねえ! 雪風はわかる!? 」
「全然わかりませんっ!! 」
いっそ清々しいくらい元気な声で雪風が返答した。
おそらくは緊張、疲労、予想すらできなかった状況の非現実感などが変な方向に作用した結果なのだろう。そうでないとは思いたくないが。
「時津風は!? 」
「わかんないよー! 」
時津風は、なげやり気味に鬼怒に返事をする。こちらのほうは、雪風とは別の方向に心が飛んでしまったに違いない。
「偵察妖精さんがそう報告してきたんだから、言葉どおりに理解するしかないわ」
「理解できるの!? 」
「いいえ!! 」
言うと同時に千歳は進路を変更し、他の三人も順次別々の方向に舵を切る。
──弾着観測という射撃方法がある。その説明をどこかからここに引き写すよりも、元の説明を確認していただいたほうがよほど信頼できるであろうからここでは説明を省くが、そういう方法があるのだ。
しかし、千歳たちの砲撃は届かないのだから、偵察機はそのために発進したのではない。
砲撃してくる相手の正体を確認し、撃つ方向とタイミングを知るために送り出したのだ。
撃ち落とされる危険はあったが、幸いなことに遠方から視認している現状においては、対空砲で追い払われてはいなかった。
その正体は完全に想定の範囲外だったのだが──
鎮守府では、現像されたばかりの写真を見ている全員が頭を抱えていた。
千歳たちの艦隊と潜水艦たちには命令を、それ以外の出撃した艦隊には帰還を伝えた後に提督が提案したのは、鎮守府からも偵察機を出すというものだった。
写真撮影も必要かと質問したのは吹雪。
「ライブ映像は撮れないんですか? 」
と、意外そうに言ったのは貴益。
「え? ライブ映像って何? 」
と、逆に質問したのは提督だった。
「いや……ですから、今どこかで起きていることをここで見る……」
「へー、君のいた世界って便利なものがあるんだねー」
「提督、今はこちらの世界のことを優先してください」
貴益の説明に興味津々の提督に、吹雪が大淀のような忠告をした。
それはさておき、鎮守府から千歳の報告があった方角に向けて、目標に接触して逐一報告を送る役目の偵察機と、写真を撮影し次第戻ってくる偵察機の二機が大急ぎで発進した。
貴益の言う“ライブ映像”とやらを送る機械はないし、映像を表示する装置もない。撮影したカメラを持ち帰って現像する以外の方法がないので、二機飛ばす必要があったのだ。
別の任務も与えられている。目標が、意思の疎通ができる相手なのかを確認することだ。
そのために光の明滅で通信内容を伝える信号灯と、文章を書いた紙の入った通信筒が搭載された。
両機はひたすら道中を急ぎ、それと接触した──鎮守府と千歳たちを含む全艦隊に「おこのみやき」うんぬんという報告が送られたのがこの時だ。
両機は無線と信号灯での交信を試み、さらにそれに向かって通信筒を投下した。
しかしそれは応答することなく、千歳たちの艦隊に向かって砲弾のようなものを発射し続けている。
発射の方法も砲撃とは違っていた。それから出てきた球状の塊を、砲弾ではなく「ハンマー投げ」のように回転させて発射しているのだ。
さすがの妖精さんも、これにはさぞかし困惑したことだろう。
ただ、困惑してばかりもいられないため、写真を撮影する偵察機は危険を覚悟でそれに急接近してその姿と攻撃方法を撮影すると、きびすを返して鎮守府に舞い戻った。
もう一機はそれとの距離を保ちながら、塊が発射される時と方角を発信し続けている。
この間に鎮守府では、長距離砲撃について知りたいということで、待機中の戦艦たちが作戦室に集められていた。
そして今、現像したばかりの写真が届けられたのだが──
「それで……これをどう思われますか? 」
吹雪の質問に誰も返答できないまま困り果てている。
「うん、まあ……確かに報告は間違ってないけど……」
首を傾げたまま提督がつぶやく。
「大きさは、だいたい我々の十五倍……いや、もっとあるようだが……」
ガングートは額を右手で軽く叩き、そこまで言ってところで口ごもる。
「栗のお菓子を撮影したと言われても信じそうだわ……」
リシュリューも表現に困るという表情をしている。
「砲弾というより岩の塊デスネー、この大きさ……」
砲弾らしきものと、写真の隅に貼られた長さの目盛りを比較しながら金剛が言う。
「航跡が確認できますから船の一種であるのは確かですが……」
右手を眼鏡に添えた霧島の口調は、いつもよりも歯切れが悪い。
「それで、これはいったい何なのかしら? 」
陸奥の言葉で、全員が再び頭を悩ませ始めた。
残りの面々も、何を言えばいいかわからないまま、こめかみに手を当てたり首をひねったりしている。
砲撃らしきことをしているそれの外見からしてこうなのだ。撃ち出しているものどころか、それ自体の見当がつかないのも当然のことであろう。
「よし、正体を考えるのはあきらめよう」
しばらくの沈黙の末に提督がきっぱりと言った。
「鎮守府を発見されないことが最優先。やってきたらどうにかして追い払う。大事なものは安全そうなところに隠す……ああっと、夜用の装備をした偵察機を出して……あとは……」
「千歳たちの艦隊に補給が必要デース。補給は大切ネー! 」
考え込んでいる提督に、金剛が人差し指を立ててアドバイスをした。
「あー、確かに……そんなところかなー」
「はい……」
提督よりは深刻な表情で吹雪がうなずいた。
「ですが、相手はこの鎮守府で一番大きな建物と同じくらいの大きさです。攻撃されると……」
「深海棲艦に攻撃されるよりも被害が出そう? 」
吹雪は提督の質問に無言でうなずいた。
「そっかー……壊れたら本国が最新式の施設を建ててくれるといいんだけどなー」
提督は、どこまでも深刻さとは無縁な口調でつぶやいた。
- - - ( ^ ^ ) _ U ~ ~
異変で現れた島に怪物鳥が戻ってきた。
木が生えてないこの島には、巣をつくる材料がない。そもそも、その巨大な体を隠すような場所がない。
怪物鳥は周囲より盛り上がった岩場に降りると、大きな岩に体を寄せてうずくまった。この日のねぐらをここと決めたようだ。
怪物鳥の喉の奥から出ている音は、疲労のためか、怒りのせいか。猛獣の鳴き声を何倍も大きくしたような激しさだ。
不意にその声が一段と大きくなった。そして息とは違う音が。
骨がきしむような、折れるような。激しい音が周りに響き渡り、やがて静かになった。
- - - ( 一 一 )
鎮守府から出撃した艦隊は、順次帰還を果たした。それについての説明と対策を聞くと、それぞれに準備や休息を始めた。
潜水艦たちは、島の周辺海域からやや鎮守府に戻った付近に移動した。発見されたそれ以外の何かや深海棲艦に対する警戒を続けながら、次の命令を待つ。
千歳たちの艦隊は、夕闇が空を覆うまで待ってから一気に速度を上げてそれとの距離をとった。千歳たちと合流するために出撃した補給艦と護衛についた駆逐艦は、もうすぐ予定の海域に到着する。
鎮守府からは夜用の装備をした偵察機が時間を置いて発進し、交代しながらそれの上空で偵察を続けている。その報告によると、既に砲撃……のようなことをやめていたそれは、速度を維持したままなおも移動中とのことだった。