千歳たちと合流する補給艦隊の編成は補給艦役の神威と宗谷、駆逐艦睦月、望月の計四隻。千歳たちはいつ姿を現すかと、全員がやきもきしながら待っている。
「波の砕ける音がするよ」
目を閉じて両耳に手をあてていた望月がつぶやいた。
「およ? 到着にゃしか? 」
睦月はそう言うと望月の真似をしながら首をゆっくりと左右に回し、
「うんうん、どうやら近づいてきてるにゃしね……おおーい! 」
と、大声を出した。
「いえ、そうではなくてですね」
「発光信号! 発光信号です!! 」
神威と宗谷が慌てて睦月を注意する。
「わかってるにゃしい。軽い冗談なのねっ」
睦月は小さく舌を出して答えると、信号灯を取り出して光を点滅させた。
他の三人も方向が重ならないように発光信号を送る。
しばらくすると光の点滅で返答があり、薄暗がりの中から千歳たちが現れた。
「皆さん、お疲れさまです」
「そちらもお疲れさま。鎮守府はどう? 」
「迎え撃つ準備と荷物の移動で大騒ぎです」
「あらら、帰ってもゆっくりできそうにないわね」
神威と千歳が言葉を交わす。
「あぁ゛ぁ゛ぁ゛~~もっちぃぃ゛ぃ゛ぃ゛~~、大変だったんだよぉ゛ぉ゛ぉ゛~~!! 」
鬼怒は、よくわからない叫びを上げながら望月に抱きついている。
「時津風、戻りました」
「雪風、帰投いたしました! 」
時津風と雪風は、全員の近くに停止して、略式の敬礼をする。
「はい、お疲れさまです」
「補給をどうぞ」
神威が時津風に、宗谷が雪風に液体入りのカップを手渡すと、時津風と雪風は礼を言ってそれを受け取った。互いに顔を見合わせて笑い、ありがたそうにカップに口をつける。
「どれくらい攻撃があったんですか? 」
神威が、千歳にもカップを渡しながら尋ねた。
「四十回くらいですね。それ以降はずっとつかず離れずで……」
千歳が帰還途中の出来事を簡略して神威に説明する。その横では鬼怒が、
「いつ直撃するかと気が気じゃなかったんだよぉ~~」
などと言いながら、カップ片手に望月に泣きついている。
「あぁー、飲むか話すかのどっちかにしてよー」
望月は、色々とあきらめたような表情で鬼怒の相手をしている。
「偵察機からの緊急電がありませんので、相手は 速度を保ったままのようです。夜戦を仕掛ける気はないのかもしれませんね」
宗谷は確認するように言うと、
「それで、帰還する時ですが、明石さんがこれを着用するようにと……」
と、続けながら、折りたたまれた銀色の袋のようなものを取り出した。
「ええと……これは何かしら? 」
受け取った千歳がそれを広げて首を傾げる。フードつきのマントのようではあるが、表側は薄い銀色の板で覆われている。
「『ああるみこおと』だそうです」
宗谷の返事は何の説明にもなっていなかった。
「ああるみこおと? 」
当然のように時津風が聞き返す。
「相手が電探を使っているならば、これで居場所をわからなくできるらしいです」
宗谷も、原理までは理解していなさそうな口調で説明する。
「うん……でも……作ったのは明石さんだよね? 」
「明石さんですが? 」
「あの明石さんだよね? 」
「あの……すみませんが、どういう意味でしょうか? 」
食い下がるように聞いてくる鬼怒に、宗谷は戸惑いながら聞き返した。
「いや、だってさ。何かの折に明石さんが提督に言ったことがあるじゃない。『九十九回失敗しても……』」
「『次の一回で化け物が現れることもある』、だっかしら? 」
「え、ええと……そうでしたか? 」
鬼怒と千歳の言葉に、宗谷は困り顔で返答した。
「それは百物語ではないでしょうか? 」
神威が言いづらそうに指摘をしたが、
「そこまで間違ってはいないかも……」
と、いう望月のつぶやきに、どういうわけか全員が納得の表情をしてしまった。
「は、はい! とにかく補給を済ませて、早く帰ったほうがいいと思うにゃし! 」
「ゆ、雪風もそのほうがいいと思いますっ! 」
その場をとりつくろうように叫んだ睦月と雪風の勢いに押されるように、全員が明石の発明品を着用した……のだが、
「ねー、これだと絵本に出てくるオバケみたいになってない? 」
時津風が自分を見下ろしながら言う。銀色のマントを頭から被ったその姿は、どこからどう見ても肝試しで驚せようとしてシーツをかぶった子供のようだ。
「あぁー、フトンに入っているみたいで落ち着くー」
と、言ったのは望月である。
「風でひるがえらないよう、紐を留めてくださいね。行きますよ」
神威の合図で、全員が列になって出発した。
「ねえ……」
しばらくして鬼怒がポツリとつぶやく。
「これ……やっぱり、絵本に出てくるようなオバケが列になってスケートしているみたいに見えるのかな? 」
失笑が全員に広がって、なかなか止まらなくなった。
- - - ( ` ― ´ ) ノ
水平線の近くに浮かぶ雲の下が、朝日に照らされてあかね色に輝いている。その光景をどう思うかは、様々だ。
少なくとも、異変で現れた島にたどり着いた深海棲艦たちの士気は高い。陸上型の鬼級と姫級が艤装を展開できる水辺まで来たのだから勝利は確実、という雰囲気が広がっている。
それぞれが艤装の調整をおこなっている。主砲、副砲、対空砲。
魚雷を搭載した者たちは魚雷の、航空機を搭載した者たちは航空機の点検を済ませていつでも攻撃できるよう態勢を整えている。
集積地棲姫だけは違っていた。
作戦の度に狙われて、物資を燃やされていることもあるのだろうか。艤装の確認を早々に終わらせると、島に来る時に乗っていた筏のような船に横になって、攻撃のないうちにと休憩を決め込んでいる。
それを注意する者はいない。リコリス棲姫でさえも。
これもまた、いつもの光景なのだろう。
そして、岩と砂でできている海岸には複数の深海浮輪……いや失礼、“筏のような船”だ。それが並んでいる。
空は、先ほどよりもずっと明るくなっている。だとすれば、そろそろ……
「れーだーニ感! 至近!! 」
いきなり深海棲艦たちがいる浜辺のすぐ近くにレーダーの反応が生じた。
「ウロタエルナ! 怪物鳥ガコノ島カラ飛ビ立ッタカラ、近クデ反応ガアッタダケダ!! 」
状況を見て取ったリコリス棲姫が、慌てている深海棲艦たちを一喝した。つまりは怪物鳥が飛び立ったことで、島との区別がつくようになったと言いたいのだろう。
「航空部隊、発進用意!! 」
リコリス棲姫は間髪入れずに次の命令を発し、自らも爆弾を搭載する攻撃機と戦闘機の発進準備を急がせる。
戦闘機は、艦娘たちの操る航空機を撃ち落としたり、追い払うのが本来の任務だ。それよりも巨大な怪物鳥が相手では、傷を与えることすら難しいかも知れない。
とは言え、たくさんの戦闘機が集まって攻撃すれば、怪物鳥をひるませることができるかも知れない。そうすれば、戦闘機がいない場合よりも攻撃機の爆弾が命中するかも知れない。
出撃させないよりも、させたほうがいいはずだ。
「目標、同ジトコロヲ旋回中」
「イタゾ! アソコダ! 」
レーダーを装備する者の声と、目視する者の声が交錯する。大勢が注視する空の一角を飛ぶ怪物鳥の姿は、小さなシミのようにしか見えない。
「航空部隊、発進! 我々ノ真上デ集合セヨ!! 」
リコリス棲姫の命令で、航空機を搭載した空母、鬼級、姫級から続々と戦闘機と攻撃機が発進する。
怪物鳥はいっそう高く舞い上がると、深海棲艦たちの周囲をゆっくりと飛び始めた。
「襲イカカッテクルツモリカ? 」
「ドウヤラソウラシイナ」
どこからともなく話し声が聞こえてくる。互いが互いの様子をうかがいながら時間が過ぎる。
やがて、
「来タゾ!! 」
と、叫ぶのとほぼ同時に怪物鳥が深海棲艦たち目がけて突っ込んで来た。
「航空部隊、攻撃!! 」
リコリス棲姫の命令とともに、戦闘機と攻撃機が一斉に怪物鳥に襲いかかる。
「全艦、砲撃開始!! 」
リコリス棲姫は航空攻撃の最中に次の命令を発した。航空攻撃と砲撃の相乗効果を狙ったのだ。
戦闘機が機銃を撃ち、攻撃機が抱えていた爆弾を投てきする。その後方に構えていた深海棲艦が、全ての砲を用いて攻撃する。
怪物鳥の体全体が炎に包まれた。
だが、怪物鳥は止まらない。体の表面を炎が覆いはしたが、それで爆発するわけでも、勢いを減じたわけでもない。
進路を変えることなく、深海棲艦を押しのけるようにして水辺に降りてきた。
- - - ( ゚ Д ゚ )
異変で出現したと思われるそれに対してであっても、深海棲艦を相手にした作戦であっても、鎮守府がとれる対応にそれほどの違いがあるわけではない。迎撃、防御、避難、支援要請──こういったところだ。
降伏も選択肢の一つではあるが、今回は選べない。と、言うよりも、選びようがない。
鎮守府側からの呼びかけに一切応じず、砲弾のような塊を発射してくる以外の反応をしてこないのだから、意思の疎通ができないのだ。
もしかしたら、怪奇小説や空想物に登場する自動で動き続ける機械なのではないのだろうか、とすら思いたくもなる。
もっとも、こういった推測は別の機会か誰かに任せるとして、この鎮守府ではこの鎮守府独自の対応を取っていた。
作戦室は引き払われ、別の場所に周囲の景色に溶け込む色柄の天幕が張られ、そこに機器類が運ばれた。天幕の下が情報の収集、分析、発信を行う、臨時の作戦所となっている。
そして運べるだけの物資が、鎮守府内の各所に分散して隠された。この事態を解決するまで島の調査は延期するしかないので、調査のための道具類も今はしまっておくことになった。
この作業の合間に、隼鷹を始めとする数名が鎮守府の一角で何かをしていたようだが、休憩中の私事は他の艦娘たちも様々であるため、この時点では特に目立ってはいなかった。
何をしていたかは、隼鷹、加古、ポーラ、あきつ丸、神州丸、山汐丸という面々の名前で察していただきたい。
それが済むと艦娘たちの編成が変更された。
戦艦、巡洋艦、駆逐艦に分類される艦娘たちは、迎撃艦隊と防衛艦隊の二つに分かれた。
迎撃を担う艦隊は、金剛、リシュリュー、青葉、加古、デ・ロイテル、那珂、由良、白露、時雨、村雨、夕立の計十一人。日が昇らないうちに鎮守府を出発した。
防衛艦隊のうち、大淀、タシュケント、睦月、望月、吹雪、ヴェールヌイ、雪風、時津風、そして朝雲と山雲の十人は、提督とともに臨時の作戦所に移動した。他の艦隊との連絡は、あきつ丸と神州丸が行っている。
防衛艦隊のガングート、霧島、陸奥、ポーラ、鬼怒は、それがやって来る方角の反対側に移動した。そこには既に占守、佐渡、福江、日振、大東。さらに神威、宗谷、山汐丸、まるゆらが鎮守府に所属する人たちや物資を乗せた船、長官艇、大発動艇、零式水偵とともに集まっていて、それの動き次第で行動を決めることになっている。
赤城、加賀、隼鷹、鳳翔と千歳、秋津洲は、そこからさらに東側で待機している。それの動き次第で行動を決める点は変わらない。
明石だけがまだ鎮守府内に残っている。
「もう少しやることがありますので」
と、いうのが本人の弁だ。
こうした策の数々が、「鎮守府が破壊されることを前提とした大胆な作戦」だと言えば聞こえはいいのだが、壊れたら本国に請求うんぬんが本音であるのを隠しきれてないあたりが評価の難しいところではある。
艦娘たちは、任務の範囲内については大きな不平不満をあげていない。しかし、任務以外については別だった。
それの名称をどうするかという話題から、予想もしていかなかった騒ぎが巻き起こったのである。