インフィニット・ストラトスR   作:FZKK

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プロローグ

 海崎 孝は、父親のことが嫌いだった。それと、インフィニット・ストラトスという兵器のことも。

 それに特別な理由は無かったと思う。強いて言えば、この女尊男卑の世の中で感じる暮らしにくさへの鬱憤が、ISエンジニアの職に就いている父へ向かって行ったことが原因だろう。

 

 家に帰れば、母親も父親も共働きで返事はない。いつしか帰宅する時間も遅くなり、中学校か友人の家に残っては部活にその感情を吐き出すように生きるようになっていた。

 そしてその果てに手に入れたのは、県大会の準優勝を称える銀枠の賞状、数人の親友の存在ぐらいなものだった。

 部活でスカウトされるほどの実力もなければ、進路への希望もない。孤独で哀れで寂しい少年だけがそこに残っていた。

 言いようもない漠然とした不安と無力感、それと少しの現状への不満が漂う中で、自分の誕生日祝いに母親が、次いで父親が来れないと電話口で聞いたとき、孝の不満はついに臨界点を超えた。

 

「どうして!いつもそうなんだよ!!父さんたちは!!」

 

 全く要領の得ない言葉を、大声で叫ぶ。普段自分は両親に対してあまり感情的でなかったからか、ひどく驚いている父親の気配が、電話越しに伝わってきた。

 

「いったい父さんは何のために働いてんだよ!そんなに大事か、息子より大事かよ、ISとかいう兵器がさ!!」

「や、やめなさい。ISは兵器じゃない。れっきとしたルールに則ったスポーツだと」

 

 父親がそこでようやく口を開いたが、内容は的外れもいいところだった。少なくとも、孝にとっては。

 

 

「綺麗事を言うなよ!!」

 

 

 だからその言葉すら聞きたくないと。普段ほとんど話すこともない父なのに、対する孝の言葉は尽きなかった。

 

「ISは兵器だろ!銃を積んで、装甲を積んで!第一ISが兵器じゃなかったら、なんでISに乗れないってだけで(俺たち)はこんな思いをしなきゃならないんだよっ!!」

 

 父が息を吞む音が聞こえた。

 

「父さんはどうしてISなんか作ってんだよ!どうせ乗れもしないのに!ISが強くて、それ以外じゃ太刀打ちなんかできないから、俺たちはこんな思いをしてるのに!ISを作って、強くして・・・何のためにやってんだよ、父さんは!!」

「孝、お前は・・・」

「いいよ、父さんも母さんも、そういうことだろ!!もういいよッ!!」

 勢いのままに孝は電話を切った。目元を拭った袖を一度だけ濡らして、孝は逃げるようにベッドに飛び込んだ。

 

 

 

 次の日の夜は憂鬱だった。遅くまで友人の家に居座った。いっそ泊まってしまおうかとすら思った。それでも孝は、最終的に家へと帰ってくる他になかった。

 家の扉のロックを開けようとすると、鍵は開いていた。それから今更のように、家に明かりがついていることに気が付いた。

「おかえり、孝」

「父さん・・・」

 待っていたのは父親だった。リビングの椅子に腰掛けている父の姿を孝は久方ぶりに目にした。

「すまない。母さんは今日も来れない、と。祝いはまた改めて週末にやるからと言っていた」

「いいよ。気にしてない。母さんは・・・どうせそうだろうと思ったから」

 父の目線の先に目を向ければ、画面内で目まぐるしく閃光が走っている。よく見ると、ロボット同士が戦っている映像のようだ。

「まずはご飯にしようか。フライドチキンを買ってきたから」

「・・・うん」

 父親と食卓を囲んで、少し食べにくいチキンにかぶりつく。何時だかの誕生日に父の買ってきたフライドチキンを美味いと言った記憶を、ハーブの独特な匂いを嗅いで思い出した。

 

 もう一度画面に目を戻すと、相変わらずロボット同士が戦っている。目を凝らせばそれはISではなく、それどころかずっと昔の手描きらしきアニメーション映像。

 

「・・・カッコイイだろう」

 父が言った。

 

「父さんが子供の頃に大流行りしたアニメでな。・・・思えば父さんが今の仕事をしているのは、この影響だった」

 

 父は画面を見たまま、滔々と語りだした。

 

「父さんはこういうのが大好きな子供だった。似ているアニメも沢山みたし、プラモデルだって沢山買った。そしてそれはいつしか、こういうものが作りたいという憧れに変わった」

 

 父は語り続ける。孝はそれを、静かに聞いていた。

 

「進学も就職も、機械系へと進んだ。そしてそんなとき、ISショックが起きた。機械業界に進んだ私は、職場で日に日に女性の女性の立場が強くなるのを感じていたよ。しかしその職場への不満は、なぜかな、むしろ俺がISを作りたい、そういう方向へと変わっていった。

 

そして数年前、IS業界で雲行きが怪しくなっていたある会社のヘッドハンティングで、私にチャンスが来た。これは運命だと思ったよ。そして私は今、この職場で働けているんだよ。

 

 なぜ、私がISを創ろうと思ったのか。それは確かな理由として言葉にはできない。けどね、いくつか言えることがあるんだ。

 私はISは、女のものだとは思っていない。そしてISは兵器だ。だが、きっとあれは戦争のために作られたものではない。ISについて知れば知るほど、そう思うよ。

 

そしてあれには、ロマンが詰まっている。私はきっと少年の頃夢に見た景色を、ただ共有したかっただけなんだ、その物語の前では、誰もが一人の少年少女であり、そこに貴賎など無かったように──―」

 

 父はそこまでゆっくりとした口調で、あるいは思い出すように語り終えた。そして、目線を孝の方に向け、言う。

 

「私はきっと馬鹿な理想主義者だ。けれど人間には、人生で一度何もかも投げ捨てて理想に走るべき時があるように思う。私はそれが、きっとその時だったのだろうね」

 

 最後に父は、口下手な父親ですまない、とだけ言ってそれ以上何も語らなかった。

 

 

 

 

 

 それからの一年間で、孝はインフィニット・ストラトスについて学んだ。

 決してエンジニアになったわけでも、ましてや熱狂的な観戦者になったわけでもない。心の中にある蟠りが消えたわけでも、今の社会に対する不満や不安感が消えたわけでもない。

 ただ孝の中で、インフィニット・ストラトスというマシーンにある種の意味で惹かれ———叶うならその(スラスター)で空を翔ける姿をこの目で見たい、という思いが募っていった。

 

 ————高校受験が終わったら、必ずこの目で、ISを見に行く。

 

 

 そう決めて受験を終え、卒業式を迎えた孝を待っていたのは、

 

『きょう日本政府及び国際IS委員会は、世界で初めてISの男性操縦者が見つかったことを公表しました————』

 

 世界に激震を走らせることになる、世界初のインフィニット・ストラトス男性操縦者が発見されたことを告げるニュースだった。

 

 

 

 瞬く間に世界中が、ともすればISショック以来の大騒動に発展した。市場の株価は乱高下を繰り返し、各国の首相、軍の高官、国連、国際IS委員会、各所の思惑や発言が交錯し、男性権利団体や女性権利団体がキャンペーンを行い、普段の議会が嘘のように思えるスピードで関連法案が各国で可決されていった。

 

 そして騒動の爆心地である日本ももちろんそれは例外ではなく、あれよあれよという間に、全国の全男子学生を対象とするIS適性検査が決まった。

 

 政府の発表から一週間もしないうちに、孝の手元にも案内のハガキが届いた。

(ISを間近で見れるのか。しかもIS適性検査なら、機体に触ることだってできるかもしれない)

 自室のカレンダーに青いマーカーで丸をつける。点々と書かれた卒業までの予定を、一際大きく埋めるように。

 

 

 

 

 検査会場は、たくさんの男子学生で溢れていた。

 待機部屋から呼ばれ体育館のような場所に通されると、その真ん中には厳重に警護された、画面越しに幾度となく見た灰色の機甲が鎮座していた。

(国産第二世代IS、打鉄・・・!)

 ISを見る男子学生達の反応は様々だ。物珍しげにする者、憎々しげに見つめる者、そして目を輝かせる者。────―孝はそのどれでもなく、ただ奇妙な感慨を抱いて打鉄を見つめていた。

 

「どうぞ」

 

 女性SPに促されてISの前に立つ。

 打鉄は操縦者がいない故に、上半身はほとんど形がなく下半身だけがその体を成していた。が、それでもその装甲と大きさ、そして存在そのものが、孝を圧倒する威容を見せていた。

 

「この部分の装甲に触れて下さい」

 

 女SPの流れ作業と化したやる気のなさそうな説明を受け、打鉄に触れようとする。過ぎる一寸の希望。自分は選ばれるんじゃないかという、淡い思春期の幻影。

 

 

 

 孝はISの装甲に触れた。──反応は、ない。

 わかりきった事実。海崎 孝は決して特別な人間ではなかった。これまでも、おそらくこれからも──―

(いや)

 孝の脳裏に、『ISにはAI技術を超越した意志が宿っている』という話が帰来した。ワイドショーか、タブロイド紙か、あるいは授業だったか。自分には関係ないと、忘れていた話だ。

 なら自分に力がなくても、特別でなくても──―このISという存在は、間違いなく特別なはずだ。

 

(もし打鉄(きみ)に心があると言うのなら──―応えてくれ、打鉄!!)

 

【—————】

「ッ!?」

 何か頭に靄がかった声が聞こえた気がした。そしてその瞬間、頭に流れ込んでくる情報。

(コンディション、オールグリーン、武装。回線接続!?)

 視界と思考が真っ白になる感覚。閃光に頭がかき消されるような感覚。そして──―

 

「・・・・二人目のIS男性操縦者、なのか?」

 

 それは誰の呟きだったのか。二人目の男性IS適合者、海崎 孝は打鉄を身に纏っていた。

 

 

 

 

 それから先のことは余りにも忙しすぎてよく覚えていない。ただどこかの国家かIS開発企業からのオファーとマスメディアの報道、そして過激な個人や女性主義団体からの脅迫メッセージや得体の知れない団体からの勧誘などが連日届いていたことは覚えている。

 そのうち半分ほど、好奇心によるものを除けば八割近い疑問はこれが占めていた。———君はどこに所属するのか、と。

 

 孝は最初に担当者に問われた時から結論を出していた。むしろ、彼は最初からそれ以外の選択肢など眼中になかったと言ってもいい。

 

 

「父さん、俺は父さんの会社のISに乗るよ────父さんの機体で、空を飛びたい」

「孝・・・」

 父は少しだけ複雑そうな顔をした。技術者、父親としての喜びと、養育者としての不安が綯い交ぜになった顔だった。

 

「私たちは今はまだコアも確保できているが、第三世代機の開発に出遅れすぎた。今の孝であれば世界がデータを欲しがり、あるいは専用機を欲しがり、あるいはプロパガンダの宣伝塔としてでも、世界のどこでもラブコールが絶えない。それがわざわざ、おそらく第二世代機しか与えられないうちに来る必要はないんだぞ」

 

「ISは、」孝が口を開いた。

「国際条約でデータの共有が義務付けられてる。その例外として認められるのは、IS学園だけ。だから世界の企業は、三年間分の技術アドバンテージを他社に共有することよりも、次いつ現れるかわからない男性操縦者のデータを優先するはず。俺のデータと引き換えに第三世代の技術が手に入れば、父さんの企業が世界に対して技術的に巻き返す転機になるかもしれない」

 

 父は目を丸くして饒舌になった息子の話を聞いていた。そして一拍の後、ふっと表情を柔らかくして笑った。

 

「立派になったな、孝。父さんの知らないうちに・・・」

「それこそ専門家だか有識者だかの受け売りだけどさ。でも、俺はこの道を突き進むよ」

孝は机上の書類にサインをする。

ーーーーー二人目の男性IS操縦者の、IS学園入学が決まった瞬間だった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

IS学園への入学が決まってから入学式まで、たったの15日。

特別保護措置と称して都内のホテルに押し込まれた孝は、大量の資料と予習教材と格闘していた。朝食を終えてからずっと机に向かっていたが、気づけば時計の短針が頂点を回ろうとしている。ひとまずこんなものか、と教材を閉じて昼食を受け取りに部屋を出る。

 

厳重に警備されているらしいビルの2階まで降り、食事を受け取って再びエレベーターに乗り込む。正直、保護というよりは軟禁では、と思わなくもないが、どうしようもないのが現実である。

 

ハンバーグとご飯に手をつけながら、テレビの電源を入れる。昼時のニュースは相変わらず男性IS操縦者の話題で溢れていた。

 

「やはり、男性IS操縦者が日本から二人出たということには何か原因があるんですかね?」

「ISほどのものになると、篠ノ之博士は間違いなく何度も試運転をしていたでしょうし、白騎士の操縦者も日本人であるという見方が定説です。おそらくISの適正に関する部分には日本人の遺伝的なーーーーー」

 

ワイドショーの類はあまり好きじゃない。チャンネルを変えてみる。

 

「二人目の男性IS操縦者が

 

 

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