この短編は今までとは違って鬱な雰囲気が漂っています。そのことにどうか気をつけてください。
私の世界には、色がなかった。
「ちょっと!困るよ真澄君!」
社内に怒号が響き渡る。発生源はこの部屋で一番偉い人、部長の声。怒られているのは──私。
内心またか、と思いながらも、とりあえず謝る。頭を下げて、平謝り。
「す、すいません……」
「すいませんじゃないよ!この資料、君の担当だったよね?だけど、間違ってる箇所があるじゃないか!これはどういうことだい!?」
(……自分から間違えるようなことさせておいて、よく言う)
この部長がこの仕事を押しつけて、わざとミスを誘発させているのを私は知っている。ちなみに部長の言うミスとは、数字が間違っているというもの。まぁ、元のデータの数字が間違っているから間違えるのも必然というものだ。その間違えた数字というのも別の担当、それも部長がやってしまったミスなのだが……何故か私が怒られている。
現在この部屋にいる十数人の社員は、このミスの原因についてみんな知っているだろう。だけど、
「すいません……」
「すいませんじゃないよ全く!はぁ~全く、君はいつになったらまともに仕事ができるようになるんだい?心やさし~い私が、仕事を振り分けているというのに……入社してかなり経っているのに、全くできる気配がないじゃないか」
「で、でも……
(あ、やっば)
やってしまった、と思った。顔を上げると、怒りで顔を歪ませた部長が私を怒鳴りつけてきた。
「あのねぇ、他の人より仕事をしているから何?それで君が偉いとでも思っているわけ?この私に……君は口答えしようっていうのか!?」
「す、すいません!そういうつもりじゃ……」
「うるさい!全く……出来損ないの部下を持つと苦労するよ。そもそもだね、君は学生時代は優秀だったかもしれないけどね、そんなの、社会に出たら何の意味もないから!結果を出せなかったらね、なんの意味もないの!ちゃんと分かってる!?」
「そ、それは……はい……」
「いーや分かってない!分かってるなら、私がこうやって怒る必要なんてないんだからね!分かってないからこそ、こうやって君は怒られているんだ!全く、最近の若い子はすぐに頑張ってるアピールをするんだから。私が若い頃はね……」
そこからは、どうでもいい腹の出た子狸の小言が始まる。正直、無駄だからさっさと仕事に戻りたい。だけど、それを言ったらまた怒るだろうから何も言わない。平謝りしながら、早めに終わることを願う。
「真澄さん、また怒られてる……かわいそ~」
「あの部長に目を付けられちゃったのが運の尽きだよね~」
「でも良いんじゃない?真澄さんのおかげでこっちに流れ弾来ないからさ~」
「それに良いじゃん。真澄さん、気に入らないし」
「分かる~!いっつも愛想笑い浮かべててさ、そんなに気にいられたいのかっての!」
(聞こえてるよ全部。誰が好き好んで愛想笑い浮かべるかっての)
だけど、
その後小一時間程怒られた。まだ仕事は残っているというのに、ご苦労なことだ。腹立たしい。でも、怒ったところでどうしようもないのでとっとと仕事を終わらせることにした。
「お疲れ様、真澄さん。今日も派手に怒られてたね」
「あ、──さん。アハハ……まぁ、私が悪いから。しょうがないよ」
同僚の男性が話しかけてきた。適当な愛想笑いで誤魔化して話を続ける。正直、仕事の邪魔だからとっととどっか行って欲しい。
「部長も酷いよね?いくら真澄さんに恥かかされたからって、それを年単位で根に持つなんて……」
「それも……仕方ないよ。元はと言えば、私が悪いんだからさ」
「……上手く言えないけどさ、頑張ってね」
そう言って彼は去っていった。正直、ホッとする。
部長は私に恨みを持っている。とは言っても、私がやったことと言えば会社の二次会の誘いを断ったぐらいだ。それも、他の人達がいる前で、部長直々の誘いを。断った理由はまぁ、めんどくさかったから。ただそれだけの理由で、それだけのことで部長はこうして私に陰湿ないじめをやってくる。
(仕事は他の人の3倍近い量……ホワイト企業なのに、私だけブラック企業気分だ)
でも、何も言わない。だって、その方が余計な波風が立たないから。だから私は、心の中で愚痴りながら仕事をこなす。お昼は……まぁ、満足バーでいいか。どうせ何を食べたって変わらない。
仕事を黙々とこなして、なんとか終わらせた。今日は定時上がり出来るかな?ま、どうせ無理だけど。
「真澄さ~ん、ちょっといいですかぁ~?」
媚びるような甘ったるい声。うん、そんな気はしてた。何が起きるのか分かっているけど、無視するわけにはいかない。
「なにかな?──さん」
目の前にいる女は、申し訳なさそうな表情で手を合わせてお願いしてくる。
「実は~私この後予定があって~急いで向かわないといけないんですよ~。でも、まだ仕事終わってなくて~……」
うん、やっぱりだった。体よく仕事を押しつけに来たというわけだ。
別に断ったっていい。むしろ、断った方がいい。だけど、私は愛想笑いで答える。
「うん、いいよ。私が代わりにやっておくから、その予定に行っておいで」
「本当ですか!?ありがとうございま~す!それじゃ、後お願いしますね!」
彼女から仕事を押しつけられる。うん、すげぇ量だ。今日一日何やってたんだってレベルの。今日も残業確定コースありがとうございます。今日は日付変わる前に帰れるといいな。
「ヤッバ真澄さんちょろ~!ほら、飲みに行こ?」
「だから言ったでしょ?嘘の予定をでっちあげれば、あの人仕事代わりにやってくれるって」
「ホントホント!人が好過ぎるよね~。ま、そのおかげで助かってるんだけど!」
「今度はあたしだかんね?これで今度は仕事サボれる~」
(聞こえてるし、分かってんだよ。お前らの予定がないことぐらい)
でも何も言わない。私が被害を被れば……余計ないざこざが起きなくて済む。今まで首を突っ込んできて、ろくな目にあってこなかった。社会人になってもそれは変わらない。私が余計な波風を立たせてしまったから、私はこんな目に遭っている。だからもう……何も期待しないし、夢なんて見ない。それが、大人になるってことだ。
そのままなんとか仕事と終わらせた。時間は……なんとか日付が変わる前ってとこだ。ここから電車で帰って、自宅へと戻ったらまぁ日付が回る頃だろう。
(最後に定時で帰れたのいつだっけな~?少なくとも、1年は定時で帰れてない気がする)
駅へと向かいながらそんな風に思った。
電車に乗って、住んでいるマンションに帰りつく。スーツから着替えて、適当に買ってきた弁当を食べる準備をしながらスマホを確認すると、留守電が1件入っていた。相手は……母親。とりあえず出る。
「……もしもし?お母さん?」
《奏多……あんた、電話折り返すにしても、もうちょっと時間帯ってもんがあるでしょ?今何時だと思ってるの?》
「アハハ、ゴメンゴメン。お母さんだからいいかなって」
《まぁいいわ。それで……どう?最近の調子は?上手くやれてる?》
母親の心配するような声。ぶっちゃけ上手くいってない。だけど、母親を心配させるのは……良くないことだ。だから私は、嘘を吐く。
「……うん!仕事も上手くいってるし、順風満帆だよ!も~、前から言ってるでしょ?私は何の心配もないって!」
《そ、そう?まぁ、あんたがそう言うならいいんだけど……あんた、お正月にもお盆にも帰ってこないじゃない。奏多が上京してから顔を見てないし、お父さん達も心配しているわよ?》
「大丈夫だって!それよりもお母さんは、日向を心配してあげて。あの子、声優になるために頑張ってるんでしょ?」
《そうねぇ……今のところ順調みたいよ。先生にも褒められたって言ってたから。あの子は元気そうだから良いのよ。それよりも……》
「そうなんだ!じゃあ声優の夢に一歩前進だね!」
我ながら、心にもないことを言うのも上手くなってきた。成長を実感する。
《……うん!奏多、あんたのことだからもう浅漬け無くなってるでしょ?今度また送ったげる!》
「え?い、いいよ!?お母さんも大変でしょ?」
《良いのよ。あなたは私の大事な娘だもの。苦労なんていくらでもかけなさい?それに、あんたのことだからもうなくなってるでしょ?》
「そ、それは……」
《あんた昔から大好きだったもんね?おばあちゃんとお母さんの浅漬け!またいっぱい作ってあげるから、遠慮せずに食べなさい!社会人は身体が資本よ!》
「う、うん……じゃ、じゃあもらおうかな?」
《それじゃ、腕によりをかけて作ってあげるからね!楽しみに待っときなさい!それじゃ、身体に気を付けて寝るんだよ》
電話を切る。ベッドに倒れ込みながら……自責と後悔の念に苛まれる。
「ごめんね、お母さん……お母さんの作ってくれた浅漬け、
いつからだったか……物を食べても味を感じなくなった。そのせいで、私は大好きだった浅漬けを……食べれなくなっていた。前回送ってきてもらった物も、まだ食べていない。というか、最初の方は自炊していたのに……気づけば、コンビニのお弁当やカップ麺で済ませるようになってしまった。まぁ、どうせ何を食べても変わらない。自炊するだけ無駄だ。
LINEを開く。妹である日向からメッセージが来ていた。内容は、先程母親から聞いた先生に褒められたというもの。同じく声優を志しているであろう子達と仲良さそうに、笑顔で写っている写真も添えられていて……
(私はこんななのに……どうして、どうして日向だけ……!)
酷く醜い感情が湧き上がる。自分は生きるのも辛い毎日を送っているのに、妹は楽しそうな日々を送っている。そのことに……無性に腹が立った。
(何が夢を追いかけたいよ……そんなの、くだらなッ!?)
気づく。自分の、恐ろしく醜い感情に。自分のことを棚に上げて、妹に対して嫉妬を向けるその態度に……自己嫌悪に陥る。
「はぁ……うん、分かってる。これも全部、私が選んだ道だから……だから、
言い聞かせる。要領が悪い自分が悪いのだと。
もうこれ以上考えるのは止めよう。動画サイトで動画を見ながらご飯を食べて、お風呂に入って。布団に入って寝る。明日も始発に乗らなきゃいけないから、早く起きなきゃいけない。最近は睡眠時間も削られてきたなぁなんて思いながら、私は眠りにつく。
起きる。味のしないご飯を食べる。会社に行く。上司に理不尽に怒られる。仕事をする。怒られる。仕事をする。仕事を終わらせる。仕事を押しつけられる。仕事をする。日が沈む。誰もいないオフィスで仕事をする。日付が回る前に会社を出る。電車に乗る。ご飯を食べる。動画を見る。お風呂に入る。寝る。以下エンドレス。社会人になってから何も変わらない。ただただ、無意味に時間を消費して、無意味に生を消費する。こんなの、機械と変わらない。
「……はぁ、今日も疲れたなぁ」
仕事を終わらせて帰宅する。最近は仕事を押しつけられても日付が変わる前に帰ってこれるようになった。これも成長だ。喜ばしいことだ。笑おう。だけど……もう、愛想笑いしかできなくなっていた。心の底から笑えない。
「……ハハ」
乾いた笑い声が出てくる。今の惨めな自分を見て、笑うしかない。でも、心の底から笑えない。
いつからだったんだろうか?私が間違えたのは。多分、ずっとずっと小さい時からだ。小さい時から頭が良くて、学校では神童なんて持て囃されて。全国模試では常に1番で。だけど……人付き合いが苦手で。ずっと損ばかりの人生を歩んできた。
人付き合いが苦手なのは、会社に入ってからも変わらなくて。そのせいで他の人達の輪にも入れずにこんなことになっている。一人称も、女の子が僕っていうのはおかしいから無理矢理私に変えて。だけど、何も変わらなかった。ただ、顔とスタイルは良いのか割とナンパはされる。学生時代は、良く告白されたものだ。まぁそのせいで嫉妬されて、虐められてたけど。うん、苦い思い出しかないな。私の人生。
私の世界に色はない。何を食べても味がしない。辛いことしかない。あまつさえ、妹にさえ醜い嫉妬を向け始めた。それが、たまらなく嫌だった。
「本当に……」
あぁ、本当に……本当に……。
「私って……生きてる意味あるのかなぁ……っ?」
視界が滲む。気づいたら……涙を流していた。無意識に流れた涙をぬぐうことをせず、ただボロボロと涙を流す。
少し経ったら落ち着いた。涙はもう流れていない。
「……もう、死んじゃおうかな?」
でも、ダメだ。母親が悲しむし、何より世間様に迷惑がかかる。だから、止めた方が良いって思った。
仕方がないので気晴らしに動画を見る。動画サイトを開いて……一本の動画が目に留まった。
「なにこれ?【回転寿司の注文を安価で頼んでみた】……?あ、安価って何?」
意味が分からない動画タイトル。でも、安価の意味が気になったので私はその動画を開いた。
……一言で言えば、理解ができなかった。
「えぇ……自分がお金を払うのに、顔も知らない他人に注文させるの?しかもさっきからうどんとラーメンしか頼めてない……お寿司屋さん来たのに、寿司ネタ食べれてないじゃん……」
お金を払うのは自分。しかも回転寿司に来たということは、寿司を食べたかったのだろう。だが、他人に注文を任せるせいで寿司ネタを1つも食べれてない。というか、結束力凄すぎる。意地でもうどんとラーメンしか食べさせないぞという意志を感じる。
理解できなかった。他人に注文させて、悪態をついているのに。寿司ネタなんて食べれてないのに。さっさと止めればいいのに。もっと怒っても良いはずなのに……。
「あはは……」
ここの人達は、楽しそうにやっているというのが伝わってきた。それは勿論、回転寿司に来ている人も楽しそうに笑っているのが、何となく分かった。だって、動画の最後にまた頼むぞお前ら、ってコメントしてるし。
理解できなかった。安価というものに。ただ、一番理解できなかったのは……。
「……他にないかな?安価の動画」
その動画に、興味を持ち始めた自分自身だった。
真澄 奏多(ますみ かなた)
身長:162cm
体重:51kg
スリーサイズ:88/55/83
見た目:黒いセミロングの髪。精神的に病んでいるので目にハイライトがない。愛想笑いが上手い。
アンカデキメルゼの前世。幼い頃から神童と呼ばれており、かなり頭が良かった。仕事の要領が良く、他人の3倍の量の仕事を押しつけられているというのに定時で上がれる頃には終わるぐらいには仕事ができる。また、顔もスタイルも良く、ナンパされることもあり、学生時代は告白も良くされていた。
反面、人付き合いが苦手であり、よく人の反感を買う人生を過ごしてきた。そのせいで損ばかりの人生を歩んできており、そのことを家族に心配させてしまって自己嫌悪に陥る悪循環が生まれている。
元の一人称は僕。だが、女性なのにその一人称は一般常識としておかしいということで私へと変わった。
彼女の世界はモノクロであり、色がついていない。これは精神的に追い詰められてのもの。追い詰められているせいか、物を食べても味を感じなくなるほどになってしまった。最早好物を口にすることもできないぐらいには。
もう死んでしまおうか?そんなことを考えている彼女が出会ったのは一本の動画で──。
22時30分に続きを投稿します。