ついに始まったモンゴルダービー。僕達の1番手は──シアさんだ。
シアさんは良いスタートを切って、瞬く間に先頭に立った。というよりも。
「シアさん、本気で走ってますか?」
「んな訳ねぇだろ。まだまだ全然だ。それでも、他のヤツらよりは早いがな」
あ~、やっぱりシアさんが本気を出して走っているとかではなく、シアさん以外がそうでもないってだけか。もっとも。
「けど、持久力に関しては向こうが圧倒的に上よ。序盤はこちらが優勢だとしても、終わる頃にはどうなっているかは分からないわ」
「ですよね。僕達にとっては未経験の距離ですけど、モンゴルのウマ娘達にとっては」
「そうさアンカちゃん。向こうのフィールドで、持久力も向こうが優れている……舐めてかかっちゃいけないよ」
松さんやコーチ、車に乗っている他のみなさんも要警戒している。この車には今日出走する予定の4人以外とメディカルチームの1人、ドクターが乗っている。
僕達は今回、1日で合計200km走破を目標に頑張っている。もっとも、あくまで目標ってだけ、本気で1日で200kmというノルマを課しているわけじゃない。そして、今日200kmを走るメンバーに選ばれたのは。
(1番手のシアさん、2番手のスズカさん、3番手のフジノオーさん、4番手のデイラミさん。今日はこの4人。特にフジノオーさんは、最初の悪路区間を走ることになる)
そう言えばと、どうしてシアさんが1番手なのだろうか?
「師匠。シアさんが1番手の理由って何ですか?結局聞けなかったですけど」
「ん~?そりゃあ、シアのヤツが一番勝ちに対して貪欲だからだ」
勝ちに対して貪欲?どういうこっちゃ?
「アイツの走り、よ~く見てみろ」
言われてシアさんの走りを見てみるけどっ?あれ、いつもと少し違うような?
「アイツ、トレーニング期間の時にモンゴルのウマ娘達をジ~っと観察してただろ?ありゃな、現地のウマ娘がどう走っているかを観察してたんだよ」
「……もしかして、ここで走るヒントみたいなものがあるかもしれないから?」
「そういうこった。負担の軽い走り方、悪路でも問題なく走れるような方法、呼吸の取り方1つを観察し続けて、自分の走りに落とし込んだ。ま、あくまでこのモンゴルダービー限定の走り方だろうがな」
「『相も変わらず、勝ちに対して貪欲な方です。勝つためならあらゆる最善を尽くし続けるその姿勢……まさしく無敗の3冠ウマ娘にふさわしい品格かと』」
えぇ……。トレーニング期間って確か、2日間ぐらいしかなかったよね?3日間はあったけど、その中でもルートの勉強や他にも諸々とあったから……実際に走ってトレーニングしたのは2日間もないぐらいの時間だ。そんだけの時間で、モンゴルのウマ娘達の走り方を自分の走りに落とし込んだのだろうか?それは、また。
「凄い努力家ですねシアさん」
僕も見習うべき姿勢だ。
「まぁな。そもそも、アイツは元々期待されてるようなウマ娘じゃなかったからな」
「そうなんですか?」
「あぁ、デビュー前なんか散々な評価だったよ。なんとこさトレーナーと契約してデビューしても、期待されるようなことは少なかったしな。もっとも。その後の評価は、分かるだろ?我が弟子」
師匠の言葉に頷く。シアさんは、アメリカで師匠以来となる3冠ウマ娘に輝き、しかも史上初となる無敗の3冠ウマ娘となった。でもまさか、デビュー当初のシアさんが評価されてなかったのはなんというか、意外だ。
「ま、アイツがみょ~にひねくれてんのもそういう経緯があってのもんだ。ただ真面目ちゃんだし、勝利に対しては誰よりも貪欲だ。上位入賞ぐらいは果たして欲しいと伝えてあるが、アイツの実力ならトップ通過も夢じゃねぇ。ま、モンゴルウマ娘達も強い。一筋縄じゃいかねぇだろうがな」
師匠の呟き。シアさんの実力を信頼しているのだということが分かる。
(頑張れ、シアさん!)
心の中で応援しながらシアさんを見つめる。天気は、快晴だった。
モンゴルの草原を駆け抜ける。確かに気持ちいいが……想像以上にきついっすねコレ。
(まず単純に気候……。今日は快晴、湿度はそんなにないから走りやすい環境ではある。だけど、そのせいで知らず知らずのうちにスタミナを削られつつある。他の参加者をもっと離したいけど、スタミナの消耗を抑えるにはこれがベストだ)
ウチは現在先頭。他の参加者も自分達が最初に設定したであろうルートを走っている。それは道なき道だったり、ウチの後ろを走っていたりと様々だ。
次に舗装されていない自然の道を走るということ。走るのは好きだけど……これをフルマラソン並の距離を走らないといけない。いつもレース場のコースを整備している人達に感謝の気持ちが湧いてくるっすね。それぐらい、このデコボコ道が予想以上にキツイ。
(一応、他の子達の走りを見て走り方や呼吸の取り方を学んだっすけどそれも付け焼刃。本場のウマ娘達には劣るっす。ないよりマシ程度に考えるしかないっすね)
「現在は先頭。それもいつまで持つか。ま、負けるのは嫌いだし。何よりも……っ!」
レース前、ものぐさビッグ・レッドに言われたことを思い出す。アイツめッ!
『最悪半分より上くらいでゴールできればそれでいいぞ』
小バカにしたように言いやがって!上等だ!だったらこのまま!
「先頭でゴールしてやりますよ!あのものぐさ野郎の鼻を明かしてやらぁ!」
気合入れてもペースは守るんすけどね。これでペース上げて自分の走りを見失うのだけはゴメンっすから。
というか、景色が変わり映えしないから本当に進んでいるかどうかが怪しくなってくるっすね。これもまた精神的にキツくなってくる。チラリと腕につけてある移動距離が分かる腕時計を確認すると……20kmと表示されていた。
「いつの間にやら結構進んでたっすね。時間は確か7時出走だから~うん、悪くないタイムっすね」
まずまずのタイムではあるが、ようやく半分を過ぎた頃だ。残り半分、頑張るっすかね……と気合を入れたところでなんというか、雲行きが怪しくなってきたような?そう思っていると……急に雨が降り始めた。
「うげぇ!?急に天候が変わったっすね!?でもこの強さ的にすぐに治まるとは思うっすけど……」
問題なのは、雨が降り始めた影響で視界が制限されている!後はこの後、雨が上がった後だ!
(ウチの体温が奪われかねない!だけど、無理なペースアップはそれこそリスキー!)
まだ地面がぬかるんでないのだけが不幸中の幸いだ。それもいつまで持つか分からないが、とにかく前を目指して走るしかない!残り半分、気合を入れて走るっすよ!
最初のチェックポイント──40km地点。そこでシアトルスルーさんの到着を今か今かと待ちわびています……!
(さっきは突然の雨だったけど、今はもう上がった。朝と同じような快晴っ!こんな天気の中で草原を走ったらと考えると、きっと、とても気持ちいいわ!ううん、きっとじゃない。絶対に気持ちいい!)
あぁ!シアトルスルーさん早く来ないかしら!?早く走りたくてウズウズしてきたわ!
待ちきれなくてシアトルスルーさん達が来るであろう方角を見て早く来ないかな?早く来てくれないかなと観察する。
「『サイレンススズカさん、お気持ちは分かりますが……少し落ち着くようにお願いできますか?心拍数によっては出走できない可能性も出てきますので』」
「『ご、ごめんなさい。ちょっと、気持ちが抑えきれなくて』」
「『フフ、お気持ちは分かりますよ』」
さ、さすがに恥ずかしいわね。もうちょっと落ち着かないと。そう思った矢先だった。
「足音が聞こえてきた。ということは!?」
「『そうですね。先頭集団がそろそろこのチェックポイントに近づいてきたかと』」
早く!早くシアさん来ないかしら!走りたくてウズウズしてきたわ!先頭を走っているのはっと。シアさんではないわね。でも、シアさんもすぐ後ろにつけているわ。
「『うおらぁぁぁぁぁぁ!負けられねぇんすよぉぉぉぉぉぉ!あのものぐさビッグ・レッドの鼻を明かしてやらぁぁぁぁぁぁ!』」
言ってることは良く分からないけど。でもシアさんが来たということは、私が走れるということ!早く、早く来ないかしら!?
少し待っていると、シアさんは到着した。他のチームのウマ娘達も続々とこのチェックポイントに到着する。私はメディカルチームのチェックを済ませて、走るための準備を済ませていた。
「『キッツ!しんどっ!途中で雨降るし、マジ最悪!でも、何とかトップで渡したっすよ逃亡者!』」
「『えぇ、ありがとうシアトルスルーさん。おかげで、私もこのモンゴルの草原を走れるわ!』」
「『あ、そっちなんすね。まぁウチから逃亡者に教えるようなことはないんで、自由に走ってくださいっす』」
え、そうなの?てっきり何かアドバイスみたいなものをもらえると思っていたのだけれど。
「『逃亡者はアドバイスするよりも、そのまま走ってもらう方が良いっすからね。あんたは理屈で走るよりも本能で走った方が良いっすから』」
「『そうかしら?まぁいいわ』」
「『サイレンススズカさん、準備OKです!』」
メディカルチェックも終わったみたい。運営からもGOサインが出た。だから!
「『それじゃ、行ってきます!』」
「『うん!楽しんでくるっすよ!』」
勿論よシアトルスルーさん!心行くまで楽しんでくるわ!
私はチェックポイントを抜け出すのと同時。他のメディカルチェックが終わった子達も飛び出してくる。彼女達はここのノウハウがある。向こうが圧倒的に有利なのは分かっている。だけどっ!
「私だけの景色は譲らないッ!」
本能のままに駆け出す!私の景色を見るために!
「『……まぁ、大丈夫、っすよね?』」
シアトルスルーさんの心配するような呟きが聞こえた。どういうことかしら?
「見てください師匠!シアさんがトップで通過しましたよ!」
すっごい!完璧なルート取りでスズカさんにつないだ!ただ、師匠はそこまで驚いてないみたいだ。むしろ、これぐらいはやってくれるだろうとでも言いたげな態度である。
「ま、アイツならこれぐらいはやれるだろう。だが、トップ通過は上々だシア!よくやった!」
そんなことねぇ!師匠も超嬉しそうだ!このモンゴルダービー、いけるかもしれないぞ!
走り終わったシアさんがメディカルチェックも終えて車に来る。疲労の色が濃かった。
「『キッツ、しんど。これを後1回すか。やっべ』」
「『嫌なら変わって差し上げましょうか?シアトルスルー様』」
挑発するようなレディさんの笑み。結構表情豊かなんだよなレディさん。
「『冗談きついっすよレディ。疲れたけど、それ以上に楽しいんすから!』」
おぉ!シアさんの満面の笑み!それだけ楽しかったってことだろう!その後シアさんは疲れを癒すために仮眠を取っていた。ドアに身体を預けて寝ている。
次の走者はスズカさん。スズカさんは普段から結構な距離走ってるらしいし、大丈夫だろう。ただ心配があるとすれば。
「スズカちゃんはコース通りに走ってくれるかねぇ?あたしゃそれだけが心配だよ」
「問題はないかと。スズカもそれは分かっているでしょう」
「彼女の場合、距離超過が一番不安なのだけれど。そんなことになったらワタシ達は即失格よ」
コーチの言葉に全員黙りこくる。うん、スズカさんの場合はそれが一番怖いな。
「ま、まぁ大丈夫ですよ!スズカさんだってきっと分かってますって!」
「そうだな。さすがに分かっているだろうさ」
「「「アハハハハ!」」」
車内にいるみんなで笑い合った。おかげで仮眠を取ってるシアさんに睨まれたけど。てかシアさんの睨み滅茶苦茶怖かったっ。
「スズカー!チェックポイントを過ぎようとするんじゃねぇぇぇぇぇぇ!」
「ちょっとー!?ウチが頑張ってトップ獲ったのに何してくれてるんすかー!?」
「大丈夫ですシアさん!トップなのは変わりないですから!」
「そういう問題じゃないわよ!早くフジノオーのとこ行きなさい!」
僕達は必死にスズカさんに向かって叫ぶ!何チェックポイント素通りしようとしてんだあの人!?
そのままなんとかフジノオーさんにバトンを繋いで、スズカさんが車に帰ってくる。バツが悪そうに一言。
「モンゴルの草原を駆け抜けるのがあまりにも気持ちよかったから……ご、ごめんなさい!」
僕達に全力で謝り倒していた。
お茶目なスズカさん。