セクレタリアトの走破後。アンカデキメルゼのチームはレディーズシークレットとニジンスキーが順位をキープ。3番手まで浮上した。そして迎えたモンゴルダービー4日目──アンカデキメルゼの番がやってくる。
「体温、体調ともに問題なし。アンカデキメルゼさん、出走大丈夫です!」
「あぁ、分かった」
ついにやってきました僕の最初の手番!第13走者であるコーチからバトンを渡されて、このまま走りますよ~!
「アンカ、分かっているとは思うけどあなたの区間は崖越え。まず普通の道はないと思いなさい」
「無論、分かっていますよコーチ。ですが!なんら問題はありません!僕がみんなを勝利に導きましょう!」
「はいはい。ここに来るまでに何人通過したかしら?」
「2人ですね。トップ通過は1時間かからないぐらい、2位通過はそれから30分ぐらい遅れて到着です」
巻き返し出来ないこともないぐらいの差だ。ただ、向こうも最短に近い道で走る。それをどうやって巻き返すかなんだけど。ま、どうにかなるでしょ!
「それでは、行ってきますコーチ!」
「えぇ、行ってきなさいアンカ。健闘を」
「はい!」
コーチに背中を押されて僕はチェックポイントから走り出す!ぶっこみかましていくぜぇぇぇぇぇぇ!
──と、気合を入れたは良いものの。
(基本走るだけだからかなり地味だな、これ)
肝心の崖越え区間は10km程先の話。それまでは丘を越えたり草原を越えたりとするだけだ。周りに誰かいるわけでもないし、かなり暇な時間である。
(歌でも歌いながら走るか?いや、余計にスタミナ消耗しそうだから止めとこう)
とにかく今は走って走って走りまくる。崖越え区間までに余裕を少しでも残しておくのだ。
そしてやってきました崖越え区間。傾斜は日本の山とそう変わらないけど、これが上がっていくとどんどんキツくなってくる。
(一番高いところが確か、30%とかだったはず。かなりキツいな)
等速ストライドがあるとはいえ、それでもキツいことには変わりはない。とにかく、走りますかね!意を決して崖に特攻じゃーい!
「道デコボコしてる!当たり前だけど!すっげぇ走り辛い!」
分かってたことだけど、普通の地面と違うから走り辛いことこの上ない!なんだろう、山の岩肌でゴツゴツしているとこ?あそこを走る感覚と言えば分かるだろうか?靴は頑丈だし、破れるってこたぁないだろうけどそれでも走り辛いってのは変わらない!これ普通に走るんだったらかなり厳しい道だぞ!?いや、普通は走んねぇけど。
「けど、最短ルートを走ってるんだ。前に追いつくためにはこの程度の困難は乗り越えないと!」
僕がチェックポイントを出発する1時間ぐらい前にトップ通過のチームが到着した。それから20分ぐらい遅れて2位通過のチームが。そして3番目に来たのがコーチ、僕達のチームである。
あの後も、他のチームが続々とチェックポイントに来ただろう。回り道もできないことはないが、前に追いつくんだったら最短ルートを通る必要だってある。それに、こういう困難な道を走る方が、厳しい道を走る方が生きてるって感じがするッ!
その後も僕は順調に上り続ける。丁度中腹まで来たところで坂は緩やかになってきた。ここからは大分楽できる区間だ。
(30km通過するまでは緩やかになっている。たまにアップダウンが激しい区間があるけど、それもまぁよいアクセントってことで)
30kmを越えたら後はそのまま下っていくだけだ。次のチェックポイントまで走るだけ。とりあえず、この区間でスタミナを補充しておこうそうしよう。
「んく、んく……ぷはっ。水もまだ余裕だし、このままの調子で走るか」
そうこうしているうちに20kmを通過した。ここで思い出すのは、安価のこと。
「一応やる予定だったんだけどな~。でも、
そう、このモンゴルダービー。安価をやろうにもできないのである!
まず第一の問題点。このレースは基本配信されていない。お祭りの様子が配信されるだけで、レースの映像は基本的に配信されないのである。映像が配信されなかったら、安価を達成したかどうかなんて分からないし難癖付けられる可能性がある。
次に第二の問題点。単純に電波が悪い。スレ板開こうにも重くて開かねぇなんてことがざらにあるし、そんな状態じゃあ安価なんてとてもじゃないができない。これはかなり痛い。食事安価だってできなかったし!
そして第三の問題点。これは配信の問題にも関わってくるのだが。じゃあ他の子に録画してもらえばいいじゃん問題。
(そんなことできないんだよなぁ。ただでさえ僕の区間は厳しいってのに、一緒に走らせるなんて迷惑のかかることはできない)
いつもはヴィッパーに証拠の映像を撮ってもらってるし、レースなんかは映像があるから安価をしているかどうかはすぐに分かる。だけど、モンゴルダービーはそうはいかない。車で走って待機しているメンバーに撮ってもらえばいい?この崖の区間で僕の姿が鮮明に映るわけがない。つまるところ、どうせ難癖付けられる。
それにウマホのバッテリーの問題とかもあるし、問題だらけなわけだ。なので泣く泣く安価を我慢する……わけねぇだろうがい!
「フッフッフ、この時のための秘策!ポケットWi-Fi!トレーナーさんに無理言って荷物に押し込んどいてよかったぜ!」
僕は荷物の中に自撮り棒とか色々と映像を撮れる物を詰め込んでいる!5kgの荷物制限は大丈夫なのかって?大丈夫だ、問題ない。ちゃんとクリアしている。そして、安価は昨日の夜に実行済み!今日にはもう決定しているはず!グフフ、楽しみですね~!
さてさて~、安価はどうなってるかな~っと。
「……はぁっ!?」
とりあえず、僕はとんでもない目にあわせられることが確定したとだけ言っておこう。
「さて、我が弟子の区間な訳だが」
「あの子、今度はなにをやらかすかしらね?」
「もうやらかす前提で話すんすね」
「だってアンカだもの。絶対何かやるわよ」
アンカデキメルゼのチームが乗る車。車内ではこの日走らないメンバーがアンカが何かやらかすんじゃないか?と予想していた。ある種の信頼である。
「だってよぉ、我が弟子だぜ?アイツがレースで何やってきたかよく知ってるだろ?」
「そうね。基本的にパドックやレース前、レース後におかしなことやってるのが当たり前だもの」
「そもそもの話、ポケットWi-Fiを無理に荷物に押し込んでたくらいすからね。何かに使うんだと思うすけど」
「ポケットWi-Fiだけじゃないわ。自撮り棒も荷物にいれてたもの。少しでも軽い方が良いのに、荷物を5kgギリギリまでいれてたし」
「アンカちゃんはなにをするつもりなんだろうねぇ?」
そんなアンカデキメルゼももうすぐ30km区間。崖を緩やかに下っていく手筈である。さすがに車で崖に上ることはできないのでメンバーは迂回しているのだが。
そんな時、運転手が
「っ?あれ?あれは……な、なんだぁっ!?」
「ん?どうしたドライバー。なんかあったか?」
急に大声を出したドライバーを心配するセクレタリアト。他のメンバーも不思議そうな表情をしている。
サイレンススズカは何かあったのかと思い、窓を開けて身を乗り出した。その時。
「……ァァアア」
「あれ?なにか聞こえるような。アンカの声?」
「え?アンカちゃんの声?」
シンザンも気になったのかサイレンススズカの近くへと寄る。2人は耳を澄ませた。
「ァァァァアアアア!」
「本当だねぇ。微かにだけど、アンカちゃんの声が聞こえ、て……」
言いかけたその時、シンザンは崖の光景を捉える。他のメンバーも崖の方を見て、思考が止まった。
本来ならば誰であっても緩やかに崖を下っているはず。迂回ルートを通るはずだ。
「ギャアアァァァァァァァァ!?」
なんなら叫び声もセットで聞こえてきた。
「なにやってんだアイツはぁぁぁぁぁぁ!?」
「ちょいちょいちょい!?さすがに無理じゃないかねアンカちゃん!?」
「あ、あんな急斜面を走るって正気!?」
「何考えてるんすかあの子ぉぉぉぉ!?」
他のメンバーも、アンカデキメルゼのあまりの奇行に絶句する──が。
「いや、冷静に考えたらアイツはあぁいうことするわ」
「そうね。アンカならやりかねないわ」
「まぁアンカちゃんなら大丈夫じゃろ」
「ゆーてウチは数ヶ月の付き合いっすけど、兎ちゃんはあぁいうことするっすね」
「アンカはあぁいうことするわね。ビックリすることじゃなかったわ」
セクレタリアト達の言葉にドライバーは嘘だろ、みたいな表情を浮かべていた。
ギャアアァァ!?死ぬ、死ぬ!?マジで向こう側が見えそうなんですけど!?傾斜40%超えてるんじゃね?みたいな崖を、なんで僕は猛スピードで下ってるんだよ!?
(安価だからだよちくしょおおおおぉぉぉぉ!)
誰だ崖を猛スピードで下れって安価したヤツ!自撮り棒も設置して映像もしっかり撮れていると思うけど!僕の奇声も入ってるだろこれ!クソッたれが!
てかマジで死ぬ!?本当に向こう側渡りそう!とっとと終われよこの区間!そう考えていたら終わりが見えてきた。
「アアアアァァァァ!?」
僕は、そのままの勢いで平地も駆け抜ける。すんごいスピード出てる!ちっとも嬉しくねぇ!な、なんとか減速しないと!スタミナが余分に削られてしまう!
その後なんとか減速して。僕は平地を走ることになった、が。
(クソ!クソ!マジでふざけんじゃねぇぞ!?一瞬マジで向こう側が見えそうだったわ!?)
とりまそのまま走ろう。次の走者にバトンタッチしなければ。でも、よくよく考えたら凄いショートカットできたのでは?つまり、トントンじゃね?そう考えたら悪いことばかりじゃない気がしてきたぞ!わーい!
それから僕は走り続けて。次の走者であるトリプティクさんにバトンタッチした。
「『お疲れ様、クレイジーラビット。結構早かったわね』」
「『と、トリプティクさん。あ、アハハ。ショートカットができたので』」
「『詳しくは聞かないでおくわ。ま、最後に備えて後は身体を休めておきなさい』」
「『はい!トリプティクさんも頑張って!』」
「『えぇ。頑張らせてもらうわ』」
「『トリプティクさん、検査OKです!』」
どうやらトリプティクさんの検査も終わったみたいだ。
「『前との距離は?』」
「『トップが30分前、2番手が20分前ぐらいね。かなり近づいてきてるわ』」
よっしよっし!良いぞ!
そのままトリプティクさんは出発して。僕は車に合流した。車内では。
「お前は相変わらず変なことやるな。ま、お陰様で前との距離は詰まったが」
「お疲れ様アンカ。まぁ変なことやってるわねあなた」
「アンカちゃんお疲れ様ぁ。派手なことやるねぇ」
「アンカ、崖を下るのってどんな感じだったかしら?」
あの崖下りを延々と弄られ続けていた。ちくせう!
もう信頼が半端じゃないアンカちゃんである。