前を走るチームは2つ。セクレタリアトの川越え、アンカデキメルゼの崖下りもあり徐々に差を縮めることに成功しているアンカデキメルゼのチーム。モンゴルダービーも5日目、終盤戦に入ろうとしていた。
長かったモンゴルダービーもすでに折り返して2週目に入っている。そしてこうなるとキツくなってくるのが、スタミナが回復し切っていないメンバーのことである。
「シアさん、大分キツそうですね」
車に乗って他のメンバーを応援している僕の視線の先にいるのは、苦しそうな表情で走っているシアさんだ。シアさんはモンゴルダービーの1番手で走っていた。40kmを走って休んだ時間は4日あるかないか。身体に蓄積した疲労は、そう簡単に抜けるものじゃないだろう。僕は例外みたいなもんだし。
「まぁな。かく言う俺も、最終日に備えて少しでも疲労を回復しないといけねぇ」
「スズカさんもシービーさんも、やっぱり疲労が溜まっていたみたいですし……」
「仕方ないさぁアンカちゃん。みんな、それを承知の上で出ているんだから。あたし達にできるのは、応援してあげることだけだよ」
松さんの言う通りだ。僕はみんなを精一杯応援する。現在僕らは3番手。ここからどうやって、どこで巻き返すかを考えていた。
「『き、キッツい。はいっす、フジノオーさん』」
「『応、お疲れさん。後はゆっくり休んどけ』」
チェックポイントにてフジノオーにバトンを渡すシアトルスルー。シアトルスルーは疲労困憊といった様子で息を切らしている。
「フジノオーさん。体温・体調問題なしです!」
「ありがとさん!そいじゃ、ちょっくらいってくるかね!」
「『あ~、フジノオーさん。最後にもう一つだけ』」
「『応、どうした?』」
「『フジノオーさんの崖区間、そこが悪路区間の最後っす。どうかお気をつけて』」
シアトルスルーの言葉に、フジノオーは笑顔で返す。心配することはないといわんばかりの笑みで、フジノオーは答えた。
「『応!任せておけ!しっかりと走り切ってくるわッ!』」
フジノオーは走り出す。その顔は先程の笑顔とは違い、決意に満ちた表情だった。
(我のこの区間が悪路の最後。後は丘と草原、砂漠が続くのみ。つまるところ……)
巻き返しを図るならここしかない。フジノオーはそう考えていた。
(ビッグ・レッドは無理な川越えを行った。聞いた話じゃ、アンカも急な崖を下って大幅なショートカットをしたらしいじゃねぇか)
どういう経緯で崖を下ったかは分からない。だが、フジノオーはこう思っていた。今のこの状況は、
(初日の悪路で手間取って、冒険心を忘れちまってた。我としたことが、ビビっちまった!なんて情けねぇんだ我は!)
シンザンが自分を頼ってくれた。タケも、他のメンバーだって頼りにしてくれただろうに自分は何も返せていない。そんなことでいいのか?ただお荷物として足を引っ張っているだけで、本当に良いのか?
「良いわけねぇだろうがッ!」
ならばこそ、この悪路区間で何としてでも巻き返す。現在トップとの差は変わらず30分。2位通過のチームは徐々にトップチームに迫っているのに、3番手の自分達は詰められていない。だからこそ、1分でもこの差を縮める。そうフジノオーは考えた。
走っているうちにフジノオーは崖の区間に差し掛かった。まずは崖を上る。
(勇んだところでどこで巻き返しを図るか、っつー問題が出てくる。そう都合よく崖下りなんてできる区間でもねぇ、ショートカットの道はねぇも同然だ)
だが、地図を読んでいたからこそ分かる。この区間、ショートカットの道がないわけじゃない。だが、あまりにも危険だからその択は取らない前提で走る計画を立てていた。だが、セクレタリアトとアンカデキメルゼの挑戦。その姿を思い出し──フジノオーは笑う。
ついに崖の頂上付近、20km地点に到達した。切り立った崖の向こう側に、おそらくトップ通過のチームであろうウマ娘の姿を捉える。
本来であれば、この崖を下り、地続きになっているところから向こう側の崖に渡るのが正規のルート、最短ルートだ。
(だが、その
フジノオーは崖の向こう側への距離を目視で測る。
(我が飛んでも、ギリ届くか届かねぇかレベルの穴。ハッ、身体がブルっちまいそうだ)
崖の下を見る。落ちれば大怪我は免れないだろう。それだけの高さがある。だが、フジノオーの心は──高鳴っていた。
(無茶?無謀?確かにそうかもしれねぇ。そんな危険なルートを取る必要はねぇって言葉はその通りとしか言いようがねぇ)
このモンゴルダービーは走破するだけでも立派だ。そう思われているだろう。相手のフィールドで、こっちが圧倒的に不利で。3位に入線するだけでも立派な結果だといわれるかもしれない。
だが、だからと言って勝ちを諦めるのは──自分達の本能に反する。
「やるからにゃ1着だ!1番を取って、我らの強さをこのモンゴルに刻みつけるッ!そのために、我はこのルートを通ってやる!」
荷物を外し、対面の崖に投げ捨てる。そして出来る限り距離を取り、フジノオーは……崖から崖へ飛び移ろうとしていた。
セクレタリアトとアンカデキメルゼは覚悟を示した。このモンゴルダービーを必ず勝つという覚悟を、川越えと崖下りで示した。だからこそフジノオーも覚悟を示す。崖から崖へと飛び移ることで、このモンゴルダービーを絶対に勝つという覚悟を。フジノオーは示そうとしていた。
(届く届かねぇは分からねぇ。だが!)
「我はフジノオー!日本の障害レースにおける絶対王者!そして、世界への道を切り開いた開拓者ッ!道は与えられるもんじゃねぇ……」
フジノオーは助走をつける。そして、崖に向かって一直線に走り──
「我が!作るもんだッ!」
崖から崖へと飛んだ。
一瞬の浮遊感。下を見ればはるか遠くに地面が見える。だが、フジノオーが見ていたのは向こう側だけだ。そしてフジノオーは。
「っお、っとぉ!?ガハハハハ!中々飛べるもんじゃねぇか!」
向こう側の崖へと飛び移った。下りの道からは2位通過のチームが上ってきているのが見えた。フジノオーは急いで荷物を回収し走る準備をする。
「さぁて!これで2位に浮上した!さっき1位通過のチームが通ったことは確認済みッ!このまま巻き返してやらぁ!」
フジノオーは走り出す。アンカデキメルゼのチームは、2位に浮上した。
目の前に信じがたい光景が映った。いや、マジで?
「フジさん……全く、無茶をするねぇ」
松さんは呆れつつも、安堵したような声を漏らしていた。それだけビックリしたし、車内にいるみんなが驚いた表情で固まっていた。
「『いやいやいや……嘘でしょ?あそこ確か、結構な距離なかったっすか?』」
「『通常であれば、飛ぶことは不可能な距離だったはずです。ですが、フジノオーは』」
「『あぁ、飛んだ』」
師匠は、信じられないような表情を浮かべている。師匠としても想定外だったのだろう。無論、僕だって考えもつかなかった。
あそこは本来、崖を下って向こう側の崖に移り、また崖を上る区間だったはずだ。だけどフジノオーさんは、崖から崖へと飛び移った。落ちれば大怪我をするだろうに、フジノオーさんは飛んだんだ!
「テメェら」
師匠が声色を低くしている。覚悟を決めたような表情を浮かべていた。
「フジノオーがあれだけの覚悟を示したんだ。そして、俺達は2位に浮上したのを確認した。このレース……絶対に勝つぞ」
そんなの当たり前だ!
「当然です師匠。元より僕は、勝つつもりでこのモンゴルダービーを走っていますから」
「当然さねビッグ・レッド。今更、当たり前のことを言わないでおくれ」
松さんも覚悟を決めたような表情を浮かべている。この場にいる僕・松さん・師匠は最後の3人。僕は最後の走者だ。
モンゴルダービー5日目、フジノオーさんの飛越により僕らは2位に浮上した。その後は膠着状態が続き、順位は変動せず。6日目を迎える。
モンゴルダービーも終盤ですねぇ。