「アンカ。明日はなにか予定があるかしら?」
ロンズデールカップが終わった日の夜。コーチからそう切り出された。ちなみにロンズデールカップは勝った。推定15バ身の圧倒的逃げ切り勝ちである。なんていうかアレね。ロンズデールカップが行われるヨークレース場。今までイギリスでいろんなレース場を見てきたせいか一周回って普通のコースで困惑した。いや、あくまでイギリスの中ではってことだけど。
にしても明日の予定か。
「神の啓示(安価)によるトレーニングをする予定ですが」
「つまり暇ってことね」
ちょっと!もう僕が安価を切り出す度に暇って決めつけるの止めてくださいよ!実際暇なんだけども!
「明日ちょっと来てほしいところがあるのよ。どうしてもあなたに会いたいって方がいて」
「え~?」
僕に会いたい?ファンとかなんかですかね?ぶっちゃけ、あんまり行く気にならないなぁ。適当に理由つけて断ろうかな?
「ちなみにどんな方なんですか?」
「この国の女王陛下よ」
「喜んでいかせていただきます」
行く気にならないってのはどうしたって?女王陛下の呼び出しに答えないとか僕が不敬罪で処されるだろうが!
「良かったわ。じゃあ詳しい時間をすり合わせるわよ」
「そ、それにしても……な、なんで女王陛下がわたくしめに?」
「なによその口調。元々女王陛下はかねてからあなたに会いたいって言ってたらしいのよ。それも当然なのだけれど」
「ど、どうしてですか?」
コーチはそれはそれは深い溜息を吐いた。な、なんで!?
「あなたのやってきたことを考えなさい。クラシック級時点でG1を17勝、女王陛下だって興味を持つに決まってるわ」
「そ、それはそうですけど」
「そういうことよ。それじゃあ詳しい時間だけど」
コーチと時間をすり合わせて明日に備えて寝ることにした。
そして迎えた次の日。コーチに連れられてきたのは。
「観光で一回だけきたけど、やっぱりデカいですね……」
「ほら、早く来なさい。女王陛下を待たせるわけにはいかないわ」
「ま、待ってくださいよ!」
バッキンガム宮殿である。観光で来たことはあるけどやっぱりすげぇな。空気感がもうヤバい。
守衛の人に挨拶をして手続きを済ませて。中に入る。
「う、うわ~……」
「やっぱり興味深いかしら?」
「そ、そりゃあもう!こう、住んでる世界が変わったみたいな。そんな感じがしますよ!」
「あなた、ホワイトハウスにも入ったことあるでしょう?それと似たようなものよ」
そうかな……?そうかも……?
それからコーチの先導で歩いていって。目的の部屋に辿り着いた。
「ニジンスキー様、アンカデキメルゼ様。お待ちしておりました。中で女王陛下がお待ちです」
「ありがとう。それじゃあアンカ、行くわよ」
「ひゃ、ひゃい!」
「そんな緊張しなくても大丈夫よ。女王陛下は優しいお方だから」
そうは言われても緊張しますって!アメリカ大統領の時だってアレ*1がなければもっと緊張してたんだからさ!
扉が開かれて、部屋の中が見える。中にはテレビとかで見たことある女王陛下が、厳かな雰囲気を漂わせて座っていたっ。
(や、やっぱりオーラが凄いよ!もう帰りたい!でも帰ったら不敬罪で処される!)
「『女王陛下。アンカデキメルゼをお連れしました』」
コーチが頭を下げたので僕もそれに倣うように頭を下げる。と、とりあえず頭ずっと下げとこ。
「──『面を上げなさい』」
僕達は顔を上げる。女王陛下は、僕を真っ直ぐに見ていた。真面目な表情が、一気に破顔してっ?
「『まぁ!』」
女王陛下が立ち上がって?
「『まぁまぁまぁ!』」
そのまま僕に近寄ってきてぇぇぇぇぇぇ!?
「『テレビや遠目にしか見てこなかったけど、実物はこんなに小さいのね!かわいらしいわ~!』」
「むぎゅ!?」
女王陛下に抱き着かれたんだけどぉぉぉぉ!?なにこれなにこれ!どういう状況なの!?助けてコーチ!
「『こんな小さな身体で色々な凄い偉業を成し遂げてきたのね!本当に凄いわ!』」
「た、たすけ」
「『女王陛下、お戯れもその辺りで。アンカデキメルゼが戸惑っております』」
「『あら、ごめんなさいねアンカデキメルゼ。あなたと出会えたのが嬉しくてつい!』」
と、とりあえず悪くは思われてないのかな?それは何よりだけど。女王陛下は1つ咳払いをして厳かな雰囲気になる。さっきの明るい調子が嘘みたいだ。
「『改めて──初めてましてアンカデキメルゼ。あなたに会えて光栄だわ』」
「あ、は、『はい。ぼ、僕も女王陛下に会えて光栄です』」
先程の笑みとはまた違う、今度は老若男女問わず魅了するようなそんな微笑み。とりあえず、失礼のないように当たり障りのない返事をする。実際会えて光栄なのは本当だし。
それから女王陛下と会話をしていくのだが。
(やっぱり女王陛下も普通の人なんだな)
立場があるから雲の上みたいな人感あったけど、話してみると特別って感じはしない。後はアレだね。
(本当に、僕みたいなパンピーが女王陛下と話せるって凄いことだよね)
勝ってきたレース的にお前は普通じゃないだろというツッコミは受け付けない。だって僕の実家は普通の一般家庭だし、金持ちというわけじゃない。お偉いさんと繋がっているわけじゃないし、そういう知り合いがいるわけでもない。そんな僕がアメリカの大統領やイギリスの女王陛下と話しているこの状況……本当に凄いことなんだなぁと実感する。
「『それで、アンカデキメルゼ。ちょっと頼みごとをしてもいいかしら?』」
そんな折、女王陛下からそんな言葉が。女王陛下の頼み事?一体なんだろう?
(……いや、なんか想像ついてきたな)
前にもこんなことがあったからね。多分だけど、あの時と同じのはずだ。
「『女王陛下の頼み事とあれば喜んで。どういったご用件でしょうか?』」
「『あなたのサインをもらえないかしら?』」
ほーらやっぱり!僕の予想大当たり~!ブイブイ!
「『額縁に入れて飾りたいわ~!』」
おい!それはさすがに予想外なんですけど!?別に断るようなことでもないからいいけどさ。
「『あ、よろしかったらTシャツにも書いてもらえるかしら?【女王陛下へ】って言葉もお願いしたいわ!』」
「『い、いや。まぁ、大丈夫ですけど』」
とりあえず女王陛下あてにサインを書いていると、女王陛下は真面目な表情で僕を見据えていた。急にどうしたんだろ?
「『最後に1つ、聞いてもいいかしら?アンカデキメルゼ』」
「『はい。なんでしょうか?』」
息を整えて、女王陛下は切り出した。
「『あなたが走る理由を、改めて聞いておこうと思いまして。アンカデキメルゼ──あなたはどうして世界中で走るのですか?あらゆる枠組みを超えて、あなたはどうしていろんなレースを走るのですか?』」
そこにいたのは、先程まで僕の話を楽しそうに聞いていた女王陛下ではなく。一国の代表としての姿があった。だからこそ、僕も真面目に答える。
「『夢を魅せるためです。それだけは、何があっても変わりません』」
「『夢を魅せるため、ですか』」
「『はい。僕は、ちょっとした事情があって夢がないことの辛さを知っています。本当に、本当に辛いことです。そして夢を見ることができない多くの要因は、現実的な壁にぶつかってしまうことにあると思っています』」
「『そうね。人はだれしも大人になっていく。大人になるにつれて、夢ではなく現実を見るようになってしまう。良くも悪くもね』」
「『はい。だからこそ、僕は不可能と思われる壁に挑戦し続けるんです。クラシック5大レースの完全制覇は不可能。日本で走るウマ娘は凱旋門賞で勝てない、海外のレースで勝つことはできない。モンゴルダービーの走破なんて無理なこと。散々言われ続けてきました。だけど、僕はその壁を乗り越えてきた。壁を乗り越えることで……きっと、現実的な壁に抗ってみようと思える人も出てくると思うんです』」
女王陛下はそのまま僕の話に耳を傾けている。
「『1人でも多くの人が夢を見ることができる、僕の走りでそれができるなら。それができるから、僕はレースを走り続けます』」
「……『もし、あなたの夢を否定されたら?』」
女王陛下の言葉に、僕は薄く笑う。
「『構いません。なら、夢を見てもらえるまで僕は限界という壁に挑戦し続けます。僕の走りで、勇気をもらえるその日まで。僕は挑戦し続けることを止めません』」
「『スティール・ボール・ランに単独挑戦するのも、それが理由かしら?』」
「『そうです。それに、アメリカの大統領は言ってました。今のスティール・ボール・ランは開拓の心を失っていると。それはきっと、現実的な壁にぶつかってしまったからなんだと思います』」
「『だから、あなたが単独走破を成し遂げることで夢を魅せると?』」
「『ただの単独走破ではありません。全ての区間をトップ通過して、失ってしまった情熱を取り戻させる。アメリカ国民の心に、スティール・ボール・ランに出走するウマ娘全員に、開拓の心を取り戻させる。挑戦する心、夢を見ることを思い出させるんです』」
僕の答えに満足したのか、女王陛下はとても良い表情をしていた。
「『ニジンスキーが情熱を取り戻した理由、良く分かったわ』」
「『え?コーチが?』」
「ン、ンン!『女王陛下、その話はご内密に』」
「『大丈夫よ。何も言わないでおくわ』」
女王陛下は1つ手を叩く。
「『名残惜しいけど、この辺りでお開きにしましょうか!今日は楽しかったわアンカデキメルゼ!また個人的に会いましょう?』」
「き、『機会があれば……アハハ』」
恐れ多すぎて個人的に会えねぇよ!コーチだって苦笑いしてるじゃん!
それから僕達はバッキンガム宮殿を出た。この後は、ドイツに旅立つ。
「次はバーデン大賞よアンカ。コンディションを整えておきなさい」
「大丈夫ですよコーチ。しっかりと調整します」
「本当に、なんで1週間そこらもあれば疲労が回復するのかしらね?あなたは」
なんででしょうね?
ホテルに戻ってヴィッパーと合流。僕達はドイツに旅立った。
神の啓示(安価)によるトレーニング=暇。最早この方程式が成り立っている。