黒い髪をセミロングにしたウマ娘、シアトルスルーはPCの画面を見ながら笑みを浮かべている。
「いやぁ……やっぱいいっすねぇ兎ちゃんは。見てるこっちもゾクゾクしてくるっすよ」
彼女が見ているのはスティール・ボール・ランの配信。現在は7th.STAGEに突入しており、今もアンカデキメルゼがトップを走っている状況である。もっとも、かなり無理なペースでの行進になっているようだが。その無理なペースというのもあくまで
そんな折、彼女がいる部屋の扉が乱暴に開かれる。シアトルスルーは露骨に顔をしかめた。
「おいシア。何見てんだテメェ?」
「べーつになんだっていいでしょ。つーか、扉はノックしろ。先輩には敬語つかえこの悪童が」
「知るかバーカ。オレはオレのやりたいようにやるし生きたいように生きる。他人に指図される生き方なんざまっぴらごめんだね」
「ウチは一般常識の話をしてるんすよ」
「うるせぇ。オレがルールだ」
黒く長い髪をロングヘアにしたウマ娘。その瞳は血のように赤く染まっており、誰にでも噛みつかんばかりの獰猛さを感じさせる風貌。そんな彼女はドカッと椅子に座りシアトルスルーのPCをふんだくろうとする、が。シアトルスルーに躱された。
「おい、みせろテメェ」
「みたけりゃテメェがこっちにこい悪童」
「……チッ」
相手が引かないことを察したのだろう。黒髪のウマ娘は苛立ちを抑えるように椅子から立ち上がってシアトルスルーが見ているPCの画面を覗き込む。それを見た瞬間、黒髪のウマ娘は露骨に顔をしかめた。
「うわっ、なにかと思えばクソつまんねーバラエティじゃねーか。お前こんなの好きだったのか?」
「違うっすよ。ウチの目的は……この子っす」
シアトルスルーが示したそのウマ娘の名は、アンカデキメルゼ。それを見た瞬間、黒髪のウマ娘は思いっきり噴き出した。
「ブッハ!?だ、誰かと思えば今をときめくシルバーラビットじゃねーか!シア、お前ロリコンだったのか!?」
「ぶちのめされてぇかクソガキ。〇すぞ」
膨れ上がるシアトルスルーの殺気。常人ならば気圧されて震えあがるだろう。怒らせた張本人はおどけた様子だが。
「おーこわこわ。……で?なんでこいつスティール・ボール・ランに出走してんだよ。コイツ確か現役だろ?」
茶化すのを止めた黒髪のウマ娘はもっともな疑問をぶつける。
「プレジデントの要請らしいっすよ。スティール・ボール・ランを盛り上げてくれって。実際、その目論見は成功してるみたいっすけどね」
「あ~……なんかウマッターのトレンドも常に上位を独占してたな。あんま興味ないから見なかったけど」
「現在時点でスパチャは3桁億円に到達、同接数200万人越えは当たり前、切り抜きなんかはその日のうちに10万再生が普通っすからね」
「はぁ!?そんなことなってんの!?」
黒髪のウマ娘は目が飛び出るくらいに驚いていた。それほどまでに意外だったようである。
「そうっすよ。その震源地となっているのが……この子、アンカデキメルゼ。兎ちゃんっすよ」
「は~、こんなヤツがねぇ……何がそんなにおもしれーの?」
「お?気になるっすか?じゃあ切り抜きを見せましょうか。無難に1st.STAGEから……再生っと」
シアトルスルーは配信を見るのを止め、ある切り抜き動画を見せる。その切り抜きは今までのアンカデキメルゼの行動をまとめたもの。黒髪のウマ娘は食い入るように画面を見る。
動画を流し、次第に肩を震わせる黒髪のウマ娘。何かを必死に堪えている。3rd.STAGEの切り抜きを見終わったタイミングで──黒髪のウマ娘は耐え切れずに噴き出した。
「ダーッハッハッハッハ!な、なんだよコイツ!?滅茶苦茶おもしれーじゃねぇか!」
「でしょ?毎朝ほぼダンスしてるし、滅茶苦茶なルート通ってるし、夜は夜でなんかやってるし。本当に面白いんすよ兎ちゃんは」
「アヒャヒャヒャヒャ!こ、こりゃ面白れぇや!あんなくだらねぇ三流バラエティが盛り上がってるのも頷けるぜ!」
黒髪のウマ娘は笑い続けている。ひとしきり笑った後、今度は興味深そうな目でアンカデキメルゼの切り抜きを見始めた。
「にしても……他のヤツらもアガってんなぁ。シルバーラビットに触発でもされたか?」
「みたいっすね。だから、今結構兎ちゃんピンチっすよ」
「ほーん……不思議なヤツだなコイツ」
「でしょでしょ?」
シアトルスルーは嬉しそうな反応をする。気持ちの分かる同士を見つけたような、そんな気持ちを抱いていた。
「兎ちゃんの走りは周囲に影響を及ぼす。ファンも、対戦相手すらもその走りで魅了する。困難に挑戦するその姿が、道理に真っ向から立ち向かうその姿が、諦めていた心に、冷めていた気持ちに。立ち上がる勇気をくれるんでしょうね」
「成程ねぇ……こりゃ、スティール・ボール・ランはこっから先も面白れぇだろうな」
「間違いないっすね。兎ちゃんに触発されて他の子達もマジになってる。こりゃあFinal.STAGEが今から楽しみっすよ」
2人のウマ娘は笑みを浮かべる。ここから先の展開を考えて……楽しそうな笑みを浮かべていた。もっともその笑みは、他者から見れば捕食者のような笑みなのだが。
「……そういやシア。大統領がなんか変なことやるらしいじゃねぇか。名前忘れたけど」
「ん~?……あぁ、SLRCのことっすか?」
「あ~多分それ。てかなんの略だ?」
「S(super)L(legend)R(racing)C(carnival)の略っすよ。それがどうかしたんすか?」
「なぁに」
黒髪のウマ娘は笑みを深くして。
「元々参加する気はなかったが……気が変わった。オレも乗らせてもらうぜ、その祭りによ」
そう答えた。シアトルスルーは興味深そうにしている。
「へぇ?そんなくだらない祭りに参加する気はないって言ってたのはどこのどいつっすかね?」
「気が変わったつってんだろ。んな細かいこと気にしてるからボッチなんだよ」
「余程喧嘩を売りたいみたいっすね。そんなんだから
「あぁ!?」
「やるっすか?ウチは全然構わないっすよ」
お互いに睨み合い──不毛だと判断したのか殺気を収めた。溜息を一つ吐いて、シアトルスルーは配信の視聴を継続する。黒髪のウマ娘も配信の視聴を始めた。
「つってもまぁ、続々と参加者が募ってきてるっすねぇ。
「おーおー。ビッグネームが揃ってるじゃねぇか!それに、
「もち。ものぐさビッグ・レッドに関しては弟子と対戦できる機会っすからね。そりゃ出ますよ」
「そういやそうだった!シルバーラビットの師匠は、あのものぐさだったな!そりゃ出るか!」
「てか、ビッグネームはあんたもでしょうが──
黒髪のウマ娘──サンデーサイレンスはケラケラ笑う。少女のような笑い声だった。
「楽しそうな祭りになるじゃねぇかっ!気が変わってよかったぜ!」
「はいはい……ま、気持ちは分かるっすよ。ウチもウズウズしてますからね……!アイツらと対戦する日が楽しみっすよ!」
「違いねぇな!ギャハハハ!」
高らかに笑い続ける2人。そんな2人を周りのウマ娘はドン引きした表情で見ていた。
さて、7th.STAGEが始まって10日が経ったわけですが。
「大分差が縮まってますねぇ。辺りを見れば野営してるのが分かりますよ」
マジでそんな遠くない位置にみんな野営してら。エナジーバーと干し肉を齧りつつ今後の作戦を考える。
「まーこのままのペースで行けば……なんて行きたいところですけどねぇ。そうはいかんというのが現状」
他チームのウマ娘達も徐々になりふり構わなくなってきてる。優れたリーダーがいるからか無茶な走りはしないけど、それでも確実にペースが上がってきている。全員が僕を負かそうと……全区間トップ通過を阻もうと頑張っている。完走するという目的から、挑戦へと変わってきていますね。良きかな!
「これには大統領も大満足、ってね。だけど、僕も負ける気は毛頭ないよ」
それはそれ、これはこれだからね。
さてこの7th.STAGEの区間。総距離実に1,300kmというかなりの距離がある。だが、ぶっちゃけると2nd.STAGEよりは気持ち楽。あっちは灼熱の中走るのに対してこっちは比較的涼しい気候で走れるからね。もう天と地ぐらいの差があるよ。……距離を考えたら全然楽じゃないんだけどそれはもう無視する。今更だよそんなの。
「……お?トレーナーさんから電話だ」
気づけばウマホが震えている。トレーナーさんからの着信ですね。とりあえず出ましょうそうしましょう。
「もしもし、トレーナー君か?」
《そうだよアンカ。そっちは順調みたいだね》
「あぁ、すこぶる順調だ。もっとも、他の参加者達も油断できなくなっている。ここから先は全部接戦になるだろうな」
《そうだね。それと……
「そうなるな。後は向こうが乗ってくれるかだが……よしんば向こうが乗らなくても勝てる自信はある。乗ってくれた方が面白くはあるがな」
《アハハ。問題はないと思うけどね。だって彼女達は、君に勝ちたいって思ってるんだから》
「違いないな」
僕とトレーナーが立案した計画も順調ってことですよ!だって彼女達のボルテージも上がっているわけですから!ぐふふ、スティール・ボール・ランの
《アンちゃんまーた良からぬ企みしてるです》
「あ、ヴィッパー」
トレーナーさんの声からヴィッパーの声に変わった。というか、良からぬたくらみって何さ!
「きっと面白いことになる!それは間違いないだろう!?」
《まーお祭り的には面白くなること間違いなしです。別に危険があるわけでもないです》
「なら何が言いたい?僕の勝利でも疑っているのか?」
《あほくせーです》
僕の言葉一蹴されたんだけど。
《ヴィッパーはいつだってアンちゃんが勝つって思ってるです》
「お、おぉ……!」
嬉しいこと言ってくれるじゃありませんの!
《ま、頑張るですアンちゃん》
「無論だ。絶対に1着を取ってみせるさ」
《頑張ってねアンカ。残すところ後3ステージ、ゴールももうすぐだよ》
「……あぁ、そうだな」
そっか。気づいたらゴールまでもうそんなか。あんまり実感わかないや。
「勝ってくる、トレーナー君」
《うん。君の勝利を信じているよアンカ》
電話を切る。さて、と。
「明日も頑張りますかね!」
体力を回復するためにも今すぐ寝ましょうそうしましょう!……決して暇な訳じゃないよ?ホントだよ?
やべーのにロックオンされ続けるアンちゃんである。来年以降の伏線的な。