アルナイルのトレーナー。トレセン学園に所属しているトレーナーの中でも新進気鋭のトレーナーかつもっとも謎が多い人物としてその名を挙げられる。
まずチームを持っている他のトレーナー達と比べて、トレーナー歴が圧倒的に短い。なにせ彼はトレーナーになってから5年もしないうちにチームを持つようになったからだ。また、日本人のトレーナーとして初めて、担当が凱旋門賞を取ったトレーナーとしても有名である。
しかも、凱旋門賞どころじゃない。キングジョージやBCクラシック、世界の名だたるレースのことごとくを担当ウマ娘が制しており、彼のトレーナーとしての手腕に一目置いているトレーナーも少なくない。彼の担当ウマ娘が強すぎるというのもあるのだが……その担当ウマ娘を導くマネジメント能力あってこそのものである。
「いやはやすげぇよなアイツ。あれだけの気性難ウマ娘を手懐けるなんてよ」
「担当ウマ娘に恵まれてるだけと言われればそうだけど、少なくとも彼じゃなければアンカデキメルゼは導けないわ。それだけでもトレーナーとしての手腕は褒められるべきね」
「まぁ、はい。最初の頃は担当ウマ娘に振り回されている可哀想なトレーナーとしてのイメージがあったんですけど……最近はそんなことなくなってきましたね」
「アイツは本当に普通のトレーナーだよな?最近というかアンカデキメルゼを担当してからアイツ、普通から逸脱してきてる気がするんだが」
「あのトレーナー身体が2つどころか3つぐらいあったりしない?仕事の量半端ないはずなのに普通にこなしてる気がするんだけど?」
「最初は普通の奴だったんですけどね……どうしてあぁなった……」
このように、彼のトレーナーとしての能力を評価する声は多い。
果たして彼はどのような1日を過ごしているのだろうか?私藤井は、彼に密着取材をしてみることにした──。
「──というわけなんですけど、ええでしょうか?」
「ま、まぁいいですけど……というか、謎が多いって何ですか謎が多いって。別にそんな変な経歴ありませんよ私」
「まぁまぁ!その辺は気分みたいなもんです!ほら、こうした方が興味惹かれるやないですか!」
「一理ありますけど……ガッカリしないでくださいね?」
「私も同行させていただきます!話題のアルナイルのトレーナーに密着取材……!この機会を逃すわけにはまいりません!」
そういうわけで始まったのが藤井記者と乙名史記者による俺への密着取材である。それ自体は別に構わないのだけど……俺の記事に需要があるとは驚きだなぁ。幸いにも今日は自主トレの時間だし、取材自体は問題なくできる。それにこの2社はアンカが特に気を許している出版社でもあるから大丈夫だろう。
早速、乙名史さんからの質問が飛んできた。
「まず、どうしてトレーナーを志そうと?」
「ありふれた理由ですよ。元々トゥインクル・シリーズのファンで、小さい頃にレースを見て。それに憧れてトレーナーになった感じです」
「出身校とかの確認もええですか?調べたら○○高校って出てきたんですけど」
「そうですよ。別に有名な進学校とかでもないです」
「学生時代に何か取り組んでたことは?」
「う~ん……部活もやってなければ生徒会長とかの役職に就いたこともないなぁ」
「周りからの評価はいたって平凡やったって言われとりますけど……そこんとこどうです?」
「その通りですよ。特段目立つようなこともやってませんでしたし」
実際学生時代は思い出という思い出は人並みにしかないし。学園祭をみんなで楽しんだり、体育祭でクラス一丸となって優勝目指したり。普通に青春していた記憶しかない。好きな子は別にいなかったし、告白されたなんてこともないから灰色と言われたら灰色かもしれないけど。
「学生時代の友人さん達からは頼りにされとったみたいですね。ちょいとお話聞かせてもろうたんですけど、悪く言うとった人はおりませんでしたよ」
「ま~、自分でいうのもアレですけど本当に目立つようなことしてませんでしたし。普通の学校生活送ってましたよ」
「トレーナーの同期の方々も悪いヤツじゃないとお話を聞いております。先輩トレーナーとの仲も良好だったとか」
「大きいトラブルはなかったですねぇ。細かいトラブルなんかはたまにありましたけど」
その後も藤井記者と乙名史記者に色々と質問されるけど、ごく普通の返答をするだけだ。なんでって言われても、俺は本当に特別なことをやってきたわけじゃないし。いたって普通の人間だから仕方ない。
「……すいません、ちょいと失礼しますね」
「え?あぁはい。どうぞ」
2人は訝しむような表情を浮かべた後小声で会話をし始めた。う~ん、やっぱり期待に添えるようなものじゃなかったのかな?
「どう思います?乙名史さん」
「清廉潔白の素晴らしいトレーナーかと!」
「まぁそうですけど……それで済ませられる問題ちゃうようなことやってきてますからねぇ」
「確かにそうですねぇ。少なくとも、これじゃとてもアンカデキメルゼさんのトレーナーには思えませんよね」
小声で会話しているからよく聞き取れない。どんな会話をしているんだろう?あ、会話が終わったみたいだ。
「失礼しました。質問の続きに移っても?」
「はい、良いですよ」
藤井記者達は改めて質問をしていく。
「チームを持つようになったきっかけは?」
「やっぱりアンカの実績が大きいですね。彼女が日本ダービーを制してイギリスに旅立つ前に、理事長からチームを作ってくれと直々にお願いされました」
「メンバーの勧誘は?自分の脚で探した感じです?」
「いえ、みんなそれぞれの目的があってアルナイルに来ましたね。唯一違うのはファインモーションで、彼女はデイラミからの推薦があってスカウトしました」
「一番新しいメンバーであるドリームジャーニーさんは?彼女はどういう経緯で?」
「え~っと、確か一緒だったと思います。私の噂を聞いてアルナイルの門を叩いたって感じです」
「メンバーの倍率激しかったんちゃいます?なんせ、あのアンカデキメルゼのトレーナーのチームですから」
あ、あ~……確かにそうだ。最初の方はそうだったんだよな。気まずさから目を逸らしそうになるけどなんとか我慢する。
「最初はそうだったんですけどね。希望者多数でしたよ」
「あれ?でも今はそんなことないですよね?何かあったんですか?」
「いやぁ……アンカのトレーニング見たらみんな帰っちゃいまして。さすがにあれだけの量のトレーニングを課せられたらひとたまりもないって思ったのかと。いや、実際にはあのメニューはアンカだからこそ課してるのであって他の子にするつもりは一切ないんですけどね」
藤井さん達は納得のいった表情をしていた。
質疑応答をしていると、乙名史さんが興奮したように立ち上がった。ちょっと驚く。
「それでは!私の大本命の質問をさせていただいてもよろしいでしょうか!?」
「え、えぇ。良いですよ。どんな質問ですか?」
乙名史さんは興奮冷めやらぬ様子で。
「ズバリ!どうしてアンカデキメルゼさんをスカウトしようと思ったのか?です!」
「アンカをスカウトしようと思った理由……ですか?」
「はい!お2人はとても強い信頼関係で結ばれています!そんなお2人の出会いは、どうやら選抜レースだったとか!」
強い信頼関係か。そう言われて悪い気はしないな。ちょっと照れくさいや。
「アルナイルのトレーナーさんは、アンカデキメルゼさんのどういったところに惹かれたのですか?是非お聞かせ願えたらと!」
「アンカのどんなところに惹かれた、か」
う~ん、難しいなぁ。アンカのレースっぷりを見て凄いなって思ったのも確かだし、1人でトレーニングしている光景を見て危なっかしいと思ったのも確かだし。普段の行動を見て目を惹かれたっていうのもそうだし、何より彼女が持っている強い信念に興味があったていうのもある。それも全部本当のことだ。嘘偽りはない。
ただ、そういうのを全部ひっくるめて……。
「最初の選抜レースでアンカが走る姿を見てからずっと、俺はアンカに惹かれていたんだと思います」
「ほう!」
「へぇ!」
分かりやすく食いついてきたなこの2人。別にいいけど。
「あの子の走りが強烈に残っていて。その夜偶然彼女に出会って。聞いてみたんです。どうしてあんな走りをしたのかって」
「確か……2秒出遅れてスタートしたんでしたっけ?そらまぁ理由気になりますよね」
「でしょ?そして聞いてみたら彼女、神の啓示だって答えたんです」
「お、おぉう……それは、強烈ですね」
「はい。最初はわけがわかりませんでしたよ」
だけど、それでも確かに感じた。彼女の瞳の奥にある……確固たる信念のようなものを。
「そこから何の因果か彼女を知る機会に恵まれまして。ずっとずっと気になってたもんですから。彼女の親友であるスミニンヴィッパーから助言を貰って、彼女をスカウトしたんです」
「ははぁ、そんな経緯が」
「最初の頃は本当に大変でしたねぇ。アンカって自分のルーティーンを絶対に崩さないんですよ。神の啓示は絶対視しますし、トレーニングも専用に組む必要がありますし。仕事もたまにしか受けてくれませんし、最初の頃は頭を下げてばっかりでした」
「結構苦労してはったんですね……いや、あの気性難やったらそれもそうか」
「まぁ、確かに大変だったとは思ってますけど……苦労とは思ってませんね。これもひとえにアンカのためですから」
大変だったけど、別に苦にしたことはなかったな。それに彼女のおかげで考え方の幅が広がったし、柔軟に対応できるようになった。俺もちょっとは成長してきたってことだ。
「それじゃあ、質問の続きになるんですけども……アンカさんのためならどんなことでもやる覚悟だとか」
「そうですね。それがどうかされましたか?」
「その理由を是非お聞かせ願えたらと!」
アンカのためならなんでもやる理由か。それこそ単純な理由だ。
「俺もいつの間にかあの子に夢を魅せてもらったんですよ。いや、いつの間にかじゃないか……多分、最初出会った時からずっとあの子の輝きにあてられて、あの子の輝きを守るためならどんなことだってやる。気づいたらそんな覚悟を持つようになってました」
「ほうほう……!」
「やっぱこういうのって理屈じゃないんですよね。本能……というか、彼女のために尽くしたいっていうかなんというか。彼女を万全に送り出すために色んなことに手を出していくうちに、頑張るようになりました」
というか仕事ができるって言うけど俺は並だと思うんだよなぁ。他のトレーナーとそう変わらない気がする。
「トレーナーさん、自分は並や思うてるようですけどあなたは並のトレーナーやないです。どう考えても他のトレーナーと比べて常軌を逸してます」
「えぇ!?」
「素晴らしいです!担当ウマ娘のために己が身を投げ出すその姿勢、その覚悟!やはりあなたは素晴らしいお方……ッ!この乙名史、感服いたしました!」
俺普通だと思うんだけどな……。
「やっぱ担当と似たもん同士ですねトレーナーさんとアンカデキメルゼの2人。どうも自己評価が低いっちゅーか」
「似た者同士のお2人……!惹かれ合うのは必然だったのでしょう!これぞまさしく、三女神様が定めた運命……!」
「アカン、この人自分の世界に入り込んでもうてるわ」
その後も取材はつつがなく続き。後日記事になったわけだが。
「【アルナイルのトレーナー、その秘密に迫る】……別に秘密にするようなものもないし、面白いこともないと思うんだけどなぁ」
「実際お前はどういう経緯で今のスキルを身に着けたんだ?すげぇ仕事出来るけどよ」
「え?そんなの簡単ですよ。アンカのためを思えば当然じゃないですか」
「……我が弟子も我が弟子だが、お前もお前でやっぱクレイジーだよ」
「同感ね。出会った時はそうでもなかった気がするのだけれど、こうして接していくうちにクレイジーさが分かるようになってきたわ」
なんで!?
「俺普通のことしかしてませんよ!?」
「普通のヤツはチーム全員のトレーニングメニューを組みつつレースの日程を組んでスケジュール管理も完璧な仕事はしねぇよ。普通は分担するわ」
「しかもあなた、トレーニングシューズやウェア、全部の在庫管理も完璧に把握しているじゃない。取材の日程もそうだし、本人達に合わなそうなもの、興味のなさそうなものは最初の段階で弾いておく。そんなこと普通出来ないわよ」
おかしい……俺はいたって普通のことしかしてないはずなのに……!
「どうしてこうなったのかしらね?」
「こいつの基準は我が弟子だ。我が弟子を全ての基準にして物事を考える。だから普通の基準がぶっ飛んでんだろ」
「理解したわ」
お2人はなにか言ってるけど、俺の耳には届かなかった。
ちなみにアルナイルのトレーナーが取材を受けている時、部室の外では。
「~~~~ッ!?」
「おい、なんでケツデカ葦毛は部室の前で悶えてんだ?」
「さぁ?大方トレーナー君に惚気られているんじゃないのかい?」
「──cute」
「恥ずかしがってるアンちゃんも愉悦です……!」
顔を真っ赤にしたアンカデキメルゼが悶えている光景が見れたという。
似た者同士な2人。