どうして、こんなことになったんだろう?
「ちょっとトレーナー君、僕を撫でる手が止まっているじゃないか。早く撫でたまえ。早急に!早く!」
そう催促するアンカ。ここはまぁいいんだけど……当のアンカは
「分かった、分かったからアンカ。俺の膝からどいてくれないかな?仕事が……」
「はぁ~~~!?トレーナー君は僕を撫でるのと仕事をするのどっちが大事なんだ!?僕を褒めて撫でる方が大事に決まっているだろう!?」
「わ、分かったよ……さらっと褒めるのが追加されてるし」
仕事をする手を止めてアンカを撫でる。できる限りの誉め言葉を口にしながら。
「アンカはいつも頑張ってるね。G1もたくさん勝ってるし、本当に強いよアンカは」
「ふふ~ん!そうだろうそうだろう!もっと僕を褒め称えろ!そうだ、トレーナー君、口を開けたまえ。僕があ~んしてやろう」
「いや、あの」
「なんだ?不服か?」
アンカに睨まれる。俺に決定権はない。
「……いただきます」
「そうだ。それでいい。今度はトレーナー君が僕に食べさせろ」
「分かったよ」
そんな俺達の様子を見ながら、タルマエ達は声を潜めて会話をしている。俺にも聞こえてるんだけどね……。
「ちょっとタキオンさん、早く解毒薬作ってくださいよ。アレ戻った時絶対酷い目に遭いますよ?」
「そうは言うがねぇ、あれを飲んだのは間違いなく……」
「あなたの責任でしょうタキオン。それに、口を動かす暇があるなら手を動かしなさい」
「理不尽だねぇ!?」
「ギャハハハ!撮っとけ撮っとけ!これで戻った時のケツデカ葦毛の反応が楽しみだぜ!」
「アンカさんに怒られても知らないよ?ジャーニーさん」
「──emergency」
「ま~たまのストレス発散にはなるんじゃねぇの?本人の意思は別として」
「は~!愉悦です愉悦です!成分補給なのです!」
うん、俺を助けて欲しいんだけどな……。
こうなったのは数時間前にさかのぼる。
今日はいつものようにトレーニングをする日。他のメンバーがまだ集まり切っていない中、タキオンの声が響き渡る。
「完成、完成だ!ついに完成したぞトレーナー君!」
「なにが完成したの?タキオン」
とりあえず何が完成したのか普通に気になった俺は、タキオンが手に持っている薬の詳細について尋ねた。タキオンは、それはもう嬉しそうに。
「そうだねぇ……この薬は自らが内包している気持ちの1つを増幅する薬みたいなものさ」
「気持ちの1つを増幅?」
「そう。例えば好きという気持ちが大きくなったり、嫌いという気持ちが大きくなったりと多岐にわたる。それこそ承認欲求が大きくなったりとかね……効果はまだ試作段階だから分からないがそんなところだ。命名するなら【感情増幅薬(仮)】といったところだろうか?」
あまりにもド直球なネーミング。ちょっと微笑ましく感じつつも嫌な予感を感じていた。このままいくと俺がモルモットにされるんじゃないか?そう思って。
「……ちなみにそれ、誰が飲むのさ?」
「あぁ。それはもう決めてある。アンカ君さ」
「アンカに?……副作用はないよね?」
「ない。そもそも身体に害があるような成分は入ってないからね」
それは良かった。でも、どうしてアンカなんだろうか?
「なんでアンカなの?他の子もできれば止めて欲しいけど、指定なのが気になるね」
「そりゃあ決まってるさ……アンカ君はあまり感情を表に出さないだろう?」
あ~。確かに一理ある。アンカは普段から表情に出さないし、内面で何を思っているのか分かりにくい節がある。今は大分わかりやすくなったけど。
「彼女が内に秘めている感情の1つが上がったらどうなるのか?とても気になるとは思わないかい?」
「……程々にね?」
「強く止めないということは興味があるということだ。興味を持ってくれたようで私は嬉しいよ」
タキオンから視線を逸らす。けど、タキオンがニヤついているのが何となく分かった。実際気にはなるけどさ。
そして待つこと少し。他のメンバーも続々と部室に到着して──目的の人物が到着した。
「やぁやぁアンカ君!今日は君にとっても良いものを作ってきたんだ!」
「……変な薬じゃないだろうな?この前なんか身体がデカくなる薬と言われて飲んだら身体がウルト〇マン並にデカくなる薬を飲まされたんだが?」
「ありゃ凄かったな。滅茶苦茶ビッグだった」
そんなこともあったな。ただ、タキオンは悪びれもせずに言ったんだ。
「大丈夫さ!身体に害はないし、伸び縮みすることもない!ささ、ぐいぐい~っといきたまえ!」
「なんでそんなに押しが強いのか……まぁいいけど」
飲むんだ。そう思ったのもつかの間、アンカはあっという間にタキオンから渡された薬を飲み干した。
「さてさて、どんな反応になるかねぇ?」
「程々にしてくださいよ?」
アンカはというと……特に見た目は変わってない。いつも通りのアンカだ。
「なんだ、なんも変わってねーじゃねぇか。つまんねーの」
「見た目は、ね。はてさて、ここからどうなるのか見ものだねぇ!」
アンカはというと、いつも通りの無表情で。てくてくと俺のとこへと歩いてきて……椅子に座っていた俺の膝の上に座った。……は?
「むふー」
いや、そんな満足げな声を出されてもね?
「なんだ?なにか文句でもあるのかトレーナー君?」
「……いや、なんで俺の膝の上に?」
「決まっているだろう?」
アンカは、いつもの無表情はどうした?と言わんばかりのドヤ顔で。
「君は僕のベストパートナー。僕は君のベストパートナー。ならば、この距離間こそが適性だろう?それよりもほら、早く僕の頭を撫でて褒めろ」
……タキオン?
「ほほ~う!これはこれはい~い反応だ!実験は成功だねぇ!」
「アンカさんどうしたんだろう?なんというか……いつもより表情豊かになっているというか」
「普段が能面な分マシになっただけだが……こりゃ面白れぇな!ウマホで撮っとくか!」
「──キュート」
他のメンバーからもおおむね好評だ。膝に座られている俺は困惑するしかないけど。
「ち、ちなみにタキオン。これ効果時間はどれくらいなの?」
「さぁ?試作段階だしさっぱり分からないよ」
「えぇ!?じ、じゃあ早く解毒薬作ってよ!これ切れた後が怖いよ!?」
「そうよ。このままだとトレーニングにも支障があるし、早めに戻しなさい」
「さすがにこの状態だとトレーニングできねぇからな。早いとこ治さないと、今度のトレーニングを倍にするぞ?」
「……仕方ないねぇ」
タキオンは渋々ながらも了承して。解毒薬を作り始める。俺はその間もアンカのことを褒めて撫で続けて──
で、現在に至る。タキオン曰く、どうも俺に対する好感度がバグりちらかしたらしい。よりによってそこが上がるのか……。タキオンは頑張って解毒薬を作成中。タルマエ達はトレーニングに。俺もそれを見なきゃいけないんだけど……。
「おい、どこを見ているんだトレーナー君」
声のした方を向くと、頬を膨らませたアンカがいる。いや、どこを見ていると言われても。
「みんなのトレーニングだよ。俺はトレーナーだし、しっかりと見ないと……」
「君には僕がいるだろうが」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「君は僕だけ見ていればいい。僕だけでは不服か?確かにまぁ……胸は貧相だが」
「だからそういう問題じゃなくてね!?」
これアンカが元に戻った時が怖いぞ!絶対にタキオンに対する報復が飛んでくるじゃないか!後俺にも!
そしてアンカは俺の腕に抱き着いてきて……うん。
「だ、だが!僕にもわずかながらでもあるんだ!これでは不服か!?不服なら……が、頑張ってみせる!」
「止めようアンカ!?元に戻った時絶対後悔するからさ!?」
顔真っ赤にするぐらいなら無理しなきゃいいのに!こっちもどういう反応すればいいのか分からないよ!?
「爛れてるわね」
「爛れてんなぁ」
「半笑いで言わないでくださいよ!?どういう状況か分かってるでしょ!?」
セクレタリアトさんとニジンスキーさんはこの状況を面白がってるし!タキオンの解毒薬を催促してたのは形だけか畜生!
そんなアンカは俺の腕だけじゃ飽き足らず、背後から抱っこちゃん人形のごとく張り付いてきた。アンカは軽いし、重くはないからいいんだけどさ……う、動きづらい。
「あの、アンカ?降りてくれる?」
「……気づかないのか?トレーナー君」
「……何が?」
「あ、当てているんだが?」
「……」
反応しづらいから止めてよ本当に!それで反応したら俺豚箱行きだよ!俺この年で豚箱入りたくないよ!た、確かに微かに柔らかい感触はするけどさ……!
「やはり尻か?尻しかないのか?だが、そうなるとトレーナー君を押し潰すような形に……」
「止めてね?本当に。それしたら俺、本当にこの学園にいられなくなっちゃうから」
今でも大分怪しいのに役満に持っていくのは止めていただきたい。こらそこ、ジャーニー。笑うんじゃありません。
その後もアンカの要望をやんわりと断り続けていたら。
「トレーナー君は、僕のことが嫌いなのか?」
……さすがに断り過ぎたか。不安げな表情で俺を見上げている。というか、それだけは絶対にない!
「それはない!俺はいつだってアンカに夢中だ!」
「ほ、本当か?」
「そうだ!選抜レースで君を見た日からずっと!俺は君に夢中なんだ!断言してもいい!」
「お、おぉ……!」
「だけど、君が大切なんだ。分かってくれるね?アンカ」
これを後で思い出してアンカが悶えることは必至だ!間違いなく、彼女にとっての黒歴史になる!なら、傷は浅く済ませておくに限る!もう手遅れかもしれないけど!
「トレーナー君にとって、僕は大切なウマ娘か?」
「そうだ。安心して欲しい」
「なら、僕を抱きしめて欲しい。後撫でろ」
「え゛」
「ダメか?やっぱりトレーナー君は……」
ちょ!?目に見えてしょんぼりし始めた!く、クソ……こうなったら、やるしかない!俺はアンカを力一杯抱きしめる!
「っ!?~~~っ!」
アンカの表情は良く見えないけど、うん。きっと大丈夫なはず……っ!
(いだだだだだだ!?あ、アンカの力が強すぎて俺の方がもたない!?)
アンカも抱きしめ返しているせいか、俺の方に甚大なダメージがががが!だ、だが!アンカのためなら我慢できる!後ついでに、彼女のためにナデナデもしないと!
でも、だんだん意識が薄れてきた。本当にどうしよう?このままだと命が……そんな風に思っていると、急に力が弱まって?
「あ、あれ?アンカ?」
「……ッ」
顔を真っ赤にして震えているアンカが立っていた。顔が赤いのは多分、羞恥心?もしかして……。
「戻った、の?」
「……」
縦に頷く。肯定の意味。つまりはまぁ……戻ったのか。そんなに効果時間なかったな。ちょっと名残惜しい気もするけど……何はともあれ良かった良かったっ?
「あ、アンカ?どうしたの?」
「……か」
「か?」
アンカは、真っ赤になった顔を隠しながら。
「帰るぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」
逃げ帰っていってしまった……。あぁ、うん。記憶は残ってたのか。
「おーいトレーナーくーん。解毒薬が完成……おや?アンカ君はどうしたんだい?」
「アンカなら、今さっき薬の効果が切れたよ……」
「そうか。う~ん、効果時間はそれほどでもなかったということか。要検証だね」
「……程々にね」
とにかくどっと疲れた。タルマエ達は変わらずトレーニングしてるし、ヴィッパーとジャーニーはなんか笑ってるし、セクレタリアトさんとニジンスキーさんはさっきからずっと微笑ましそうに見ていた。助けて欲しかったんだけどなぁ……。
「いやぁ?俺達もウマ娘に蹴られて地獄に落ちたくねぇからなぁ?」
「えぇ全くね」
良く分からなかったな。後でアンカのご機嫌取りでもしようかな?
ちなみに後日。
「何かこの世に残したい言葉はあるか?タキオン」
「待ってほしい!確かに私が悪かったが、なにもここまでしなくていいだろう!?」
「それが遺言か。なら〇ね」
「助けてトレーナーくぅぅぅぅぅん!?」
タキオンはアンカに簀巻きにされて海に沈められそうになっていた。
タキオンの薬は気持ちの1つを増幅するお薬。なお、元々ない気持ちを増幅することはできません。つまりはそういうことです。