ジャパンカップを目前に控えている今日。セクレタリアトさん達との最後の併走を終える。
「ありが、とう……ございました……」
「おう、お疲れさん」
「少しの間だったけど、中々痺れる併走だったわ」
セクレタリアトさんとニジンスキーさんも、余裕な態度をしているがかなり疲れているのだろう。息が乱れている。
(ついぞお2人に勝てることはなかった。ただ、領域を発動したお2人相手に……
この併走の間、お2人は領域を使うことを躊躇わなかった。それだけ私の実力が認められたということかもしれないし、領域を使ったお2人相手に1バ身差まで詰め寄ることができた私もまた、かなりの成長を遂げているのだろう。いや、勝てなかったことの方が悔しいのだけど。
(しかもアンカさんは領域を使ったお2人相手にクビ差、ハナ差まで追い詰めているらしいわ。ここで満足しているわけにはいかない)
とりあえず次走った時は勝とう、最早何度目か分からないその宣誓を心の中でしていると、セクレタリアトさんが私を真っ直ぐに見ていた。
「アヤベ、今度のジャパンカップのことだが」
「……なんでしょうか?」
「どうやって勝つつもりだ?あの世紀末覇王様に」
どうやって勝つか、か。
「正直、オペラオーの強さの種は割れています。彼女の領域は、競り合うことで真価を発揮する領域。ならば、それに付き合わず大外の意識外から躱す……それがもっとも勝率の高いやり方です」
オペラオーの領域は競り合わなければそこまで脅威ではない。本人のスペックと今の私とのスペックを比較すれば、私に軍配が上がるだろう。
試すような表情。セクレタリアトさんとニジンスキーさんは、私を見据える。
「……それで?お前はどうするんだ、アヤベ」
「あなたはジャパンカップでどうするつもりか、聞かせてちょうだい」
2人の質問。ジャパンカップでどうするか、私の肚は決まっている。
「──っ」
自信に満ちた気持ちで答える。私の答えに、お2人は──口角を釣り上げて笑みを浮かべた。
そうして迎えたジャパンカップの日。
「アヤベさん、頑張ってきてください!」
「……勝ってこい」
「ナリブーちゃんよぉ、もうちょい気の利いたこと言ってやれよぉ。アヤベ!負けたらゴルシちゃんのスペシャルプロレス技かけっからな!」
「あなたも大概でしょうゴールドシップさん……頑張ってきてくださいまし、アヤベさん。己の実力を出すことができれば、必ず」
「がん゛ばれ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ ゛ぇ゛!アヤベぇぇぇぇ!」
「チケゾー先輩もう泣いてるっス……」
「いつもの、事です。アヤベさん、頑張ってきてください」
「頑張ってきて、アヤベ。今の君なら……テイエムオペラオーにも勝てる」
なんだかんだうちも個性的なメンバーな気がするわね。ただ、激励の気持ちは凄くありがたい。
オルフェさんは不安げだ。
「どうしたのかしら?オルフェさん」
オルフェさんは私に声をかけられたからか、ビクッと肩を震わせる。視線がきょろきょろと忙しなく動いている。アンカさんを思い出す仕草ね。ただ、考えが纏まったのか私を見て。
「そ、その……お、オペラオー先輩強いっすけど、頑張ってください……」
恥ずかしそうにしながらも、そう言ってくれた。そんなオルフェさんに、私は微笑ましさから笑いそうになるけど。
「えぇ、勝ってくるわ」
それだけ告げて、ターフへと戻った。
ゲートの中に納まる。私は今回大外枠。うん、都合がいいわね。少しだけ訪れる静寂。その静寂を切り裂くように──ゲートが開く音が鳴った。それと同時に、私は飛び出す。
(スタートはまずまず。ただ、あまり飛び出しすぎないようにしないとね)
私はなるべく抑えて最後方に控える形をとる。これが私にとっての最良、私が取るべき位置。この位置から、今回気をつけるべき相手を頭の中で整理する。
(まず最優先で気をつけるべきなのはオペラオーね。競り合いに強い彼女相手にどう立ち回るかが今回の分かれ目。ただ、オペラオーだけじゃなくドトウも厄介だわ。彼女も彼女ですさまじい地力の持ち主。海外勢は勢いに乗っているファンタスティックライトを要警戒……だけど)
私の考えは変わらない。このレースを最重要で警戒するべきなのはオペラオーただ1人。セクレタリアトさん達との併走の成果を……ここで見せる!
《始まりましたジャパンカップ!まずハナを切ってペースメーカーになるのはどのウマ娘か!?内からテイエムオペラオーとダイワテキサスが好スタートを切りました。マチカネキンノホシも好スタートですが、これは外からステイゴールド!外からステイゴールドが伸びてきた!ステイゴールドが外から先頭を走ります!それを追って12番ジョンズコール、マチカネキンノホシ、ダイワテキサス、メイショウドトウ、テイエムオペラオーと続きます!》
《アドマイヤベガはいつも通り最後方で控える形。虎視眈々と機会をうかがっています》
《これは意外な展開!第1コーナーを回って先頭に立ったのはステイゴールド、ステイゴールドが先頭に立って他のウマ娘達を引っ張ります!さぁジャパンカップどのような展開を見せるのか?番狂わせが起こるのか?それともまだまだ覇王政権が続くのか?》
覚悟してもらうわよ、オペラオー!
「う、うぅ……アヤベさん、大丈夫っスかね?」
最後方に控えているチームの先輩を見て心配そうに呟くシリウスの新人、オルフェーヴル。そんな彼女を叱咤するようにゴールドシップが噛みつく。
「なんだなんだオルフェ!オメーアヤベのことディスってんのかよ!?」
「い、いや。別にディスってるわけじゃ……」
「そんな悪い子はアタシが喝を入れてやる!今からあのレースに乱入してくるぞ!」
「ひ、ヒエエエェェェェ!?か、勘弁してほしいっス~!?」
オルフェを担ぎこんでどこかへと向かおうとするゴールドシップ。担がれているオルフェーヴルは怯えきっていた。
「落ち着きなさいゴールドシップさん。それにオルフェーヴルさん、あなたの心配する気持ちも分かりますわ」
「ハァ……ハァ……ま、マックイーン先輩……」
ゴールドシップから解放されたオルフェーヴルは息を整えながらメジロマックイーンを見る。
「今のオペラオーさんの強さは圧倒的。ここまで年間無敗を貫き通し、秋の天皇賞も難なく勝利を収めました。不安になるのも当たり前でしょう」
「う、うぅ……」
現在向こう正面。アドマイヤベガはまだ最後方に控えている。そんなアドマイヤベガを見ながら、メジロマックイーンは静かにほほ笑んだ。
「だけど、強さならウチのアヤベさんも負けていません。だから、どっしりと構えなさい」
「そうだ、ただ信じて待てばいい……アドマイヤベガが勝利することをな」
「マックちゃんだと確かにどっしりかも……」
言い終わる前にゴールドシップはメジロマックイーンによって関節技をかけられていた。それを見てつい笑いそうになるオルフェーヴルだったが、先程のメジロマックイーンとナリタブライアンの言葉を反芻する。
「強さなら、アヤベさんも負けてない……だから、信じて待てばいい……」
「その通りだよ、オルフェ」
「ッ!」
シリウスのトレーナーは、オルフェーヴルを見て微笑む。
「テイエムオペラオーは強い。だけど、ウチのアヤベも負けないぐらい強いんだ。だから、しっかり見ておいて。きっと、オルフェの糧になるから」
「と、トレーナーさん……」
オルフェーヴルは気持ちを切り替えてレースを見る。先程までの不安は、もうない。自分の先輩が勝利するその瞬間を見るために、いつかこのトゥインクル・シリーズを走る己の糧にするために、ジャパンカップを見る。
「が、頑張れ~っす!アヤベさん!」
応援の言葉を飛ばしながら。
《第4コーナーから直線に入った!1番人気テイエムオペラオーはまだバ群の中!テイエムオペラオーはまだバ群の中だ!最後の直線先頭で入ったのはステイゴールド!ステイゴールドが先頭!2番手はジョンズコール、マチカネキンノホシは内に進路を取った!外を回ってメイショウドトウ!メイショウドトウがやってきたが!ここで来た!1番人気テイエムオペラオーが開けたバ群の中から飛び出してきた!テイエムオペラオーとファンタスティックライトが外から追い上げてくる!アドマイヤベガも最後方から上がってきている!アドマイヤベガも上がってきている!残り400!混戦模様になってきました!ここから誰が抜け出すか!?》
ここで思い出すのは、セクレタリアトさん達との会話。
『オペラオーの強み、分かってんだろ?』
『……はい。彼女は競り合いにとても強い。競り合えば、ほぼ確実に勝てる。それだけの強さがあります』
『そうね。テイエムオペラオーが持つ強みは競り合いでの強さ。それを踏まえた上で、あなたはどう戦うのかしら?』
『決まってます』
こんな時に、この会話を思い出すなんてね。思わず笑みを零しそうになるわ。だけど、すぐに表情を引き締める。
「さぁ──行きましょうか」
私の、私達の合図。
“うん、行こう。お姉ちゃん!”
私の中に確かにいる妹。その妹と混ざり合うような感覚を覚えて──私は、領域を切った。
身体の奥底から力が湧き上がる感覚。私は、このまま大外に──
『競り合いが強いテイエムオペラオー相手に、お前はどう走る?』
『……決まっています』
「おっと?」
「え、えええぇぇぇぇ!?」
「うわめんどっちぃ。勘弁してよね~本当」
「あなたとの競り合いに勝ったうえで!私はこのジャパンカップを勝つ!だから……あなたもさっさと本気を見せなさい!テイエムオペラオー!」
「……ふ、フフ、フフフ!アーッハッハッハッハ!それでこそアヤベさんだ!熱くさせてくれるじゃないか!」
瞬間、オペラオーの圧が増した!来るわね……オペラオーの領域が!
「勿論だとも!一等星の覚悟を受けて、なおボクは輝こう!一等星よりもさらに強い輝きを!キミ達に見せてあげようじゃないか!」
領 域
永久に輝く帝笑歌劇!
オペラオーの領域……!凄まじいわね!だけど、負けない!
「「オオオオォォォォッ!」」
《坂を越えて外から併せに来たアドマイヤベガ!アドマイヤベガが外からテイエムオペラオーを急襲してきた!流星の如き末脚アドマイヤベガ!しかしテイエムオペラオーも負けてない!テイエムオペラオーも競り合うように上がっていく!》
《内にはメイショウドトウ、さらにアドマイヤベガのさらに外からファンタスティックライトも上がってきています!これはどうなるか!?》
《残り200を切りました!テイエムオペラオーかアドマイヤベガか!?それともメイショウドトウかファンタスティックライトか!?ステイゴールドは落ちてきた!ステイゴールドはここで脱落!テイエムオペラオーとアドマイヤベガの叩き合い!この叩き合いを制してジャパンカップを制するのはどのウマ娘か!?》
本当に強い……!相変わらず、競り合いになると鬼のような強さを発揮するわね!
(だけど……!)
“お姉ちゃん……ッ!”
(勝つわよッ!必ずッ!だから、今以上に深く……もっと強く!)
“うんっ!絶対に、絶対に勝とう!お姉ちゃんッ!”
私とオペラオーの競り合いはどっちも譲らない。ただ、体勢有利なのはオペラオー!ならば……もっと、全身から力をかき集めて!今以上に!
そして、私の力がさらに湧き上がる。妹と意識が混ざり合うような、そんな感触がして──
“「さぁ、行きましょうか……ッ!」”
この力を持って!オペラオーを越えるッ!
「クッ!?ま、だ……だぁっ!」
だけど、オペラオーだって執念がある!えぇそうね、あなただって負けたくないでしょう。だけど、ここは!
“「私達の意地が!あなたを越えていく!」”
オペラオーと競り合って。残り100を切ってもまだ競り合って。50を過ぎたところで──私達の身体が、オペラオーよりも前に出た。
《凄まじい競り合い!凄まじい競り合い!?テイエムオペラオーとアドマイヤベガの一騎打ち!メイショウドトウとファンタスティックライトも追いすがる!しかし完全にテイエムオペラオーとアドマイヤベガの一騎打ちだ!そして……!ついにアドマイヤベガがテイエムオペラオーを躱したぁぁぁぁ!そのままゴォォォォルイィィィィン!アドマイヤだアドマイヤだ!アドマイヤベガがテイエムオペラオーを下した!この東京レース場で!一等星が輝いたぁぁぁぁ!》
領域が切れて、今までの疲れがどっと押し寄せてきた。き、キツいわね……!だけどっ!
「私の勝ちよ……オペラオー!」
“私達、だよ!お姉ちゃん!”
「あ、ご、ごめんなさい」
妹に怒られてしまったわ。反省ね。当のオペラオーは……悔しそうな表情をにじませた後。
「さすがはアヤベさんだ!まさか競り合ってくるとは思わなかったよ!」
「……そうね。より確実に勝つんだったら、競り合わない方が良かったわ」
「では、なぜ競り合ったのかな?」
オペラオーは興味深そうに見てくる。どうして競り合ったか……そんなの決まってる。
「私は納得のいく勝利が欲しかったからよ。あなたの強さを全部引き出した上で、その上で勝たないと私は納得しない。ただそれだけの話。それに、全力のあなたに勝たないと……アンカさんに勝つなんて夢のまた夢だもの」
オペラオーは呆けた表情をした後、大笑いした。
「ハーッハッハッハ!確かにその通りだ!うん、アンカ君に勝つのであれば、そうだね!」
ひとしきり笑った後、オペラオーは手を差し出してきた。私も、手を差し出して握手をする。
「次は負けないよ、アヤベさん」
「次も勝つわ。私達の力でね」
お互いの健闘を称え合う。
ジャパンカップ、私は──オペラオーに勝利した。
オペラオーは秋シニア三冠ならず。アヤベさんの執念が勝ちました。なおこのレーストプロさんはおらんかった模様。