──トレセン学園のトラック。
「ハァ……ハァ……ッ!」
「『ククク……ハッハッハ!これが葦毛の魔王か。成程成程……それなりに楽しめたよ!』」
膝をつくアンカデキメルゼ。高笑いするドクターファーガー。
「そ、そんなっ!?」
「──speechless」
「まさか、アンカさんがっ!?」
「う、嘘です!こんなの夢です!」
「これは悪い夢です……アンカ先輩が負けるだなんて!?」
「……ハッ、なんだかんだ最後の最後には勝ってきたアンカが、ねぇ」
「……」
信じられないものを見るような目で見ているアルナイルのウマ娘達と、静かに見守るトレーナー。
膝をついて、ドクターファーガーを睨みつけるアンカデキメルゼ。その視線を受けて余裕綽々といった様子のドクターファーガー。先程までこの2人はレースをしていたのだが……どちらが勝者でどちらが敗者など、明白だった。
「『まぁそう悔しがるなよ?アンカデキメルゼ。おれはアメリカのスピードキング……ドクターファーガーだ。おれにここまで迫れたことを誇れ』」
「……クソがっ!」
悔しそうに、憎々し気に吐き捨てるアンカデキメルゼ。
──話は少し前にさかのぼる。
ふんふふ~ん、次のSLRCの出走も決まりましたし、後は準備をするだけですね!今度は海外ですし、しっかりと準備をしなければ!
「ひとまずタキオンの弥生賞が終わったら向かおうか。それまではこっちで調整ね」
「分かっているとも。準備は抜かりなく、だ」
「……すっげぇ今更だけど、普通はこう、現地のレース場に慣れておくとかそういうのが必要になってくんじゃねぇの?」
「ジャーニー君、アンカ君にそんな常識が通用すると思うかい?」
「……それもそうだな。アタシの理解が足りなかったわ」
「いや、普通はそうですからね?アンカさんがおかしいだけで」
「冷静に考えてクラシックのアレは異常です。誰にも真似できねーです」
「真似できたら真似できたらでヤバいけどねぇ」
「さすがはアンカ先輩……!普通じゃありません!」
シーザリオちゃん。君のそれは褒めてるのかい?
「それにしても……テレビを見てビックリしたね。セクレタリアトさんからも連絡が来てたけど」
「あ~……確かにそうだな」
あれはビックリだ。今はアメリカでSLRCに出走しているはずの師匠から急に連絡が来てビックリした。師匠曰く、
『モンゴルダービーの時にメディカルチームのリーダーとしてきたドクターファーガーがいるだろ?アイツ日本の芝短距離に出走するらしいぞ』
とのことらしい。あの人ダートの専門家とかじゃなかったんだ。
「実際、そのドクターファーガーってのは芝を走れるのかよ?」
「う~ん……1回走ったことがある程度だね。一応勝ってはいるけど」
「その1勝だけでアメリカの芝部門の最優秀ウマ娘に輝いているです。当時の強さがよく分かるです」
1勝だけで芝部門の最優秀ウマ娘ぇ!?
「しかしまぁ、なんでドクターファーガーは日本に来たのやら」
「そりゃああれです」
「まぁ、あれだろうねぇ」
「あれだね♪」
「──決まっている」
おい、みんなして僕を見るな。大体そんな気はしてるけども!
しっかしまぁどうするか。ドクターファーガーさんが来たところでなぁって感じがするが。
そんな中扉がノックされた。なんじゃらほい?
「はーい、どうぞー」
「『失礼する!』」
扉を開けて入ってきたのは──今まさに話をしていたドクターファーガーさんその人である……いや、なんでいんの?
「噂をすれば来たじゃねぇか」
「相変わらずこの部室は一種のパワースポットにでもなってるんじゃないのかと疑いたくなるよ」
「止めてよタキオン。怖いからさ」
「いらっしゃーい!」
「『にぎやかだねぇ!そんな君達にお願いがあってきたわけだよおれは!』」
ほほう?お願いとな。
「『聞こう。一体何用だ?』」
ドクターファーガーさんは、それはそれはもう楽しそうに。
「『今から君達のトレーニングを見せてくれ!』」
「「「は?」」」
そう告げた。
そんなドクターファーガーさんの襲来から少し経って。丁度トレーニングの時間だったもんだからドクターファーガーさんは見学することに。
「『ほほう、中々良いトレーニングじゃないか。これは普段誰が考えているんだ?』」
「『私ですね。チームみんなのメニューを考えて、個別に出しています』」
「『成程成程!……セっちゃんの言う通り、これは確かに傑物だな。シルバーラビット共々アメリカに欲しい人材だ』」
「あ、『アハハ……ありがとうございます』」
僕達のメニューは高評価。そうでしょうそうでしょう!なんてったってトレーナーさんが考えたメニューですからね!僕達のことをしっかりと考えてメニューを組んでいるわけですよ!
「『ところでシルバーラビットのあのトレーニングには意味があるのか?変なギプスを装着しているが』」
「『ありますよ。神の啓示という彼女にとっては凄く重要な意味が』」
「『ほほ~ん……あのギプス普通に動きにくいだけじゃないか?』」
ハッハッハ!ドクターさん!……僕もそう思う。ぶっちゃけすんごい邪魔。久しぶりに着たけど本当に邪魔だよコレ。
(というか最初の時もそう思ったな~今はもう懐かしい)
これほとんど着る機会ないから懐かしさを感じる。ま、トレーニングももう終わりだしこれ邪魔だから外すか。
「『やぁやぁやぁ!素晴らしいねシルバーラビット!流石はセっちゃんの弟子だよ!』」
「……『どうも』」
「『ぶっきらぼうだねぇ。ま、良いけど』」
しっかし、楽しそうにしてますねドクターさん。一体何があったのやら。そんなに面白いもんでも見れた……傍目から見たらこのギプスは面白いな、うん。
「『今は休みかい?シルバーラビット』」
「『別にそういうわけじゃない。既定の時間を過ぎたから外しただけだ。元々、1時間だけの着用だったからな』」
「『あ~そういうこと。じゃあシルバーラビットは今空いているということだ』」
「……『まぁそうなるな』」
何ですかそのいや~な笑顔は。ヤバい予感がビンビンなんですけど。
ドクターさんはキラーン!と目を輝かせたかと思うと。トラックのスタート位置についていた。どうしたんだ?
「『ならおれとレースをしよう!シルバーラビット!どうせ暇なんだろう?なら構わないはずだ!』」
「……え?いやいやいや、『嫌ですけど』」
「『残念だがお前に拒否権はない!』」
「え!?ちょ「『それじゃ、よ~いドン!』」待ってくれって早ッ!?」
あっという間にスタートしたと思ったら目の前から消えてたんですけど!?というかレースって何ですか!?
「『負けたらセっちゃんに言いふらしてやるからな~!』」
「ちょぉ!?それはずるでしょ!?くっそ、やってやらぁ!」
僕も急いでスタートするが……
「『勝てるわけねーでしょうが!?10バ身はハンデ背負った状態ですよ?そんな状態でアメリカのスピードキングに勝てるわけないでしょうが!』」
「『正確には7バ身ぐらいか?まぁでもそれを3バ身まで縮めたんだから大したもんだシルバーラビット!』」
何滅茶苦茶良い笑顔浮かべてんだよ!というか、他のみんなもみんなですよ!
「なんっで!そんなまさか、僕が負けるなんて……!?みたいな雰囲気出してんだよ!そんな深刻そうな雰囲気出さないでよ!?なんで出してたのさ!?」
「なんでって……そりゃあなぁ?」
「うん、そうだね」
「──理由は、明白」
「決まってるです」
「まぁ一致しているだろうねぇ」
「「「なんとなく」」」
「だと思ったよ畜生が!」
口をそろえて言ってんじゃねーよ!仲良いなおい!
「『それにしても……中々の強さだ。まともにやり合えばおれもちょっと危ないかもな。セっちゃんにも勝てるだろ』」
「……『まぁでも、併走では一度も勝てたことないですけどね』」
これは事実。僕は師匠やコーチに併走で勝てたことはない。ハナ差まで迫れたことはあるんだけどね。
ただ、ドクターさんは確信を持っているかのように僕を見ている。
「『今の気概でいけば、セっちゃんやニジンスキーにだって勝てるだろ。ま、このおれには無理だろうがな!』」
「『今の師匠に告げ口しときますね』」
「『止めてくれ!?アメリカに帰ったらセっちゃんにダートに埋められる!』」
まぁ別に言わないけども。ドクターさんは僕の肩に手を置いて。
「『なんにせよ、頑張れよシルバーラビット。個人的には応援してるぜ?』」
「……『ありがとう、ございます』」
ふ、ふふ~ん!応援されて悪い気はしませんね!鼻高々ですよ!
「『それと、今月末の芝の短距離はよろしくな!』」
「ホワッツ?」
「『おいおい、なにをそんなに意外そうにしているんだ?』」
いやだって……ねぇ?
「『おれは日本の芝の短距離に出る。そしたらシルバーラビットは芝の短距離に出るのが普通ってもんだろ?一緒に走ろうじゃねぇか!』」
「……」
「『聞けば日本には驀進王なる人物がいるとか!ハハハ、そいつと走れるのも楽しみだ!』」
……テンション高くしているとこ悪いですけど。
「『ドクターさん』」
「『うん?どうしたシルバーラビット?そんな深刻そうな表情をして……る、の、か?』」
「『次に僕が出るの欧州の長距離ですよ』」
風の吹く音が聞こえる。今この時間が止まったかのような感覚すら覚える。ドクターさんは笑顔のまま固まっていた。
「……『悪い。おれの耳が悪くなったみたいだ。どこに出走するんだって?』」
「『欧州の長距離だが』」
「『シルバーラビットは冗談が上手いなぁ。危うく騙されるとこだったぜ』」
「『本当のことだが。すでに出走登録も済ませてある』」
ドクターさんはふらふらしたかと思うと、今度は膝をついた。
「『嘘だろ……それを楽しみに日本に来たのに……』」
「『そもそもなんで僕が短距離に出ると思ったんですか?』」
「『短距離とマイル走ってるからこの2つを中心に走るのかなって思って……急いで準備してきた……』」
「……」
何とも言えない空気感。あれ?これ僕が悪いんですかね?
さて、意気消沈しているドクターファーガー氏には悪いが。
「『少しいいだろうか?ドクターファーガー氏』」
「『お前は……アグネスタキオンか。どうかしたのか?』」
「『私は今とあるプランを考えていてね。あなたの意見を聞きたい』」
一枚の紙をドクターファーガー氏に手渡す。それに一通り目を通したドクターファーガー氏はニヤリと笑う。
「『中々面白いんじゃねぇの?おれは好きだぜ、こういうの』」
「『私が聞きたいのは、これが実現可能なプランかどうかだ。私のトレーニングも見ていたのだろう?率直な意見を聞かせてくれ……達成できると思うか?』」
ドクターファーガー氏は、溜息を吐いた。
「『仮に、無理だっつってお前は諦めるのか?アグネスタキオン』」
「……」
「『そういうタチじゃねぇだろ?間近でシルバーラビットを見てきたんだからよ』」
まぁ、それもそうだねぇ。
「『すまないね。トレーナー君にも相談したんだが……我が事だけに不安になっているのかもしれない。忘れてください』」
「『気にするな。ま、おれは面白いと思うぜ?』」
そうかそうか。なら……私の肚は決まった。
ひとまずは弥生賞。ここを勝ったら。
「トレーナー君。次の弥生賞のことなんだが」
「どうかしたの?タキオン」
「もし勝つことができたら、私のワガママを聞いてくれるかい?」
真っ直ぐにトレーナー君の目を見る。トレーナー君もわたしの目を見て──頷いた。
「いいよ。とは言っても、アレのことでしょ?」
「そうだとも。さてさて、これでトレーナー君は私のお願いを聞いてくれることになったんだ。これは頑張るしかないねぇ!」
足取り軽く、私はトレーニングへと戻った。
はてさてタキオンのたくらみはいかに。