「アヤベ、アンカデキメルゼの実力をその目に焼き付けることはできたかい?」
「えぇ。とても」
川崎レース場。全日本ジュニア優駿を見るために訪れたその場所で、私は信じがたいものを目にした。元々ここに来た目的は、アンカさんのレースを見るため。そのためだけにトレーナーに無理を言って川崎レース場まで足を運んだ。
そこで見せられたレースは衝撃の一言。最初は何の冗談かと思ったダートレースへの出走も、このレースを見せられたら納得がいく。そのレベルの走りを彼女は見せてくれた。
「それにしても凄まじいねアンカデキメルゼは。世代No.1の実力というのも頷ける」
アンカさんはこれで5連勝。それも芝とダートを含めた5連勝だ。世代No.1という評価も納得がいく。あくまで、結果だけ見たらの話。私個人の感情としては、納得がいっていない。
「それでも、一緒に走ったら私が勝ってみせるわ」
「その意気だアヤベ。帰ったらさっそくトレーニングするかい?」
「当たり前でしょう?これ以上、あの子に負けていられないもの」
帰ったらトレーニングすることを頭に入れる。私は、ちょっとデビュー戦でつまずいてしまったけどその後は危なげなく勝利を収めることができた。次のレースは、皐月賞のステップレースでもある弥生賞。そこに、アンカさんが出走してくるかは分からない。あの陣営は、どのレースを使ってくるのか予想がつかないから。スプリングステークスの方に行くかもしれないし、こっちの弥生賞に来るかもしれない。
でも、弥生賞に来るなら望むところ。私は負けない。アンカさんにも、誰にも。
「アヤベとアンカデキメルゼは同じ脚質だ。2人とも追い込みを得意としている。それはこのレースと京王杯で分かったこと。けど……」
「えぇ。もし走るとなると、私に有利に働く。だってあの子は、周りに他の子がいるとソラを使う癖があるもの」
「ただ問題は……レースをするまでアンカデキメルゼがどんな風に走るのか予想がつかないってとこだね。先行も差しもできるみたいだし」
まぁ、レースを見る限り何とかできるってレベルだけど。アンカさん囲まれるとソラを使う癖があるから、他の子達に囲まれる先行や差しは根本的に向いていないわ。
「でも、クラシックレースにもなるとさすがに一番得意な戦法で来るはずだ。大舞台のレースだからね。きっと彼女も追い込みで走るはず」
「……どうかしら?私はそうは思わないけど」
「え?なんでそう思うんだい?」
単純な話なのだけど。
「あの子は、神の啓示を絶対視しているわ。だからこそ、神の言葉さえあれば先行や差しで走ることも厭わない。あの子は、そんな子よ」
「それは知ってるけど……でも、クラシックレースだよ?一生に一度しか走れないレースだよ?さすがのアンカデキメルゼも自分で決めるんじゃ……」
「いいえ。一生に一度だからこそよ。1回しか走れないからこそ、あの子は必ず神の啓示を賜るでしょうね」
トレーナーは呆けた表情をしている。そんなに意外なことかしら?むしろ、彼女ならそうするとしか思えないのだけれど。だって、あれほどの覚悟を持って行動しているのだから。
「……アンカデキメルゼの言う神って、どんな存在なんだろうね?どうして彼女はその神の言葉を絶対視しているのか、凄く気になるよ」
「さぁ?それはあの子にしか分からないわ。でも、あの子の信じる神の存在が面白半分で彼女を弄んでいるのは確かね」
「ろくでもない神々だね」
「それは確かね」
アンカさんのような少女を弄んでいるんだもの。そういう印象になるのは仕方ないわ。でも……なんというか、アンカさんもその無茶ぶりを楽しんでいる節があるから、ある意味Win-Win……なのかしら?だからといって、彼女の無茶が許されるわけではないのだけど。
「トレーナーさーん!そろそろ帰りますわよー!」
「マックイーンが呼んでるね。じゃあ、帰ろうか。アヤベ」
「……そうね。早く帰って、アンカさんの対策を考えましょう」
私は川崎レース場を後にする。戻ったら……またアンカさんの食事のメニューを考えてあげないと。あの子放っておいたらすぐに神の啓示に従ったメニューしか食べないから。大変だわ。
「ハーッハッハッハッハ!流石はボクのライバルであるアンカ君だ!君ならば勝てると思っていたよ!」
「嘘でしょ……ッ!?」
ボクの隣にいる東条トレーナーは驚いたような表情をしているがまぁそれも仕方ないかもしれないね。何故ならアンカ君はダートのレースに未出走。この全日本ジュニア優駿が初のダートレースだ。勝てるわけない、無謀な挑戦、陣営がとち狂ったとか色々言われていたが。ボクは何の心配もしていなかったさ!なんでって?そりゃあ決まっている!アンカ君の実力を信頼しているからだ!
「そそ、それにしても見事な大外一気ですぅ。アンカさんはやっぱり凄いですね」
「当然さドトウ!彼女は自らを道化と称しているが、その中身は魔王なのだからね!他の追随を許さない努力によって鍛え抜かれた彼女の肉体ならば、たとえどのような場であろうと輝ける!そう、このボクのように!」
「あなたはまず怪我を治して勝つことに専念しなさいオペラオー」
おっとこれは手厳しい。ま、実際その通りだがね。ボクの復帰戦は年明けになる予定だ。彼女と同じステージに上がるためにも、まずは未勝利戦を勝ちあがらなければならない。もっとも、ボクならば問題なく勝てるさ!クラシックレースには何としても間に合わせてみせるよ!
「……でも、囲まれるとソラを使う癖以外にもアンカデキメルゼには弱点がある。それが分かったのも収穫かしら」
「ああ、アンカさんの弱点?」
「えぇ。あの子は自分の体格とは不釣り合いなほどに大きなストライドをとっているわ。それゆえに、彼女はコーナーを回ることを苦手としている。今回のレースも、大外から捲って上がっていったのだからね」
「それにアンカ君の得意とする戦法も最後方からの大外捲りだ。それはひとえにコーナーリングを苦手としているからに他ならないから……そうだろう?東条トレーナー」
「その通りよ、オペラオー」
「もっとも!そんな弱点がなくても勝つのはこのボク!テイエムオペラオーさ!」
東条トレーナーは呆れた表情を浮かべている。ま、それも仕方ないね。今のボクはまだ未勝利戦すら抜けれていない脇役だ。現実の見えていない大言壮語でしかないだろう。だが!その評判は覆して見せる!彼女を、アンカ君を倒して、ボクはこのトゥインクル・シリーズに覇王として君臨する!そのためにも!
「クラシック3冠を制するのはこのボク、テイエムオペラオーだ!首を洗って待っていたまえアンカ君!ハーッハッハッハッハ!」
東条トレーナーは溜息を吐いているがボクには関係ないね!さぁ、もうすぐボクの伝説が幕を開ける。その時、ボクの敵として立ちはだかってもらうよ、アンカ君!君を、決して1人にはさせないさ!力ずくでもボクの舞台に上がらせる。その時を待っていたまえ!
「やっぱすげぇなアンカデキメルゼのヤツは。とんでもねぇ脚とスタミナを持ってやがる」
「……でも、素直に喜べません」
「どうしてだ?トップロード」
「それは……」
思わず、口をつぐんでしまいます。私のトレーナーさん、〈チーム・スピカ〉のトレーナーは私の言葉に怪訝な表情を浮かべている。
「アンカちゃんのあの実力は、無茶なトレーニングによって成り立っていますから」
「無茶なトレーニング……確か、アンカデキメルゼが入学したての頃はかなり酷かったんだっけか?」
「はい。先生方から聞いていたんですけど……倒れるまで練習することもしょっちゅうあったみたいで。限界以上の負荷をかけて、自分を追い詰めて。今はアヤベさんやアンカちゃんのトレーナーさんの監視があるからそこまでの無茶はしてないみたいですけど、それでも他の子達に比べたら凄い量のトレーニングを積んでいるんです」
「……ま、ぶっ倒れるぐらいのトレーニングを積んでいたら、アレだけの強さも頷ける。そして、お前が素直に喜べない理由も分かる」
「はい……。アンカちゃん、どうしてあんなに無茶なトレーニングをするのかな?」
「さぁな。止めようとすれば、鬼の形相で反発される。何かに取り憑かれてるみてぇにな」
その理由は、誰にも分からない。ただ1つ分かっているのは、そのトレーニングは神の啓示というものによって決められているということだけ。その神とやらがどんな存在かは分かりません。でも、アンカちゃんをあんなに追い詰めているんです!きっと、凄く凄い悪い方々に違いありません!
でも、なんでアンカちゃんはそんな悪い方々の指示を聞くんでしょうか?何か、よっぽどの事情があるとか?
「どうすれば、アンカちゃんを神の啓示から解放することができるんでしょうか?」
「分からねぇ。そもそも、神とやらの正体も分かってねぇからな。だからお前にできることは、アイツに勝つことだ」
「アンカちゃんに、勝つこと……ですか?」
「そうだ。今のアイツは負けてねぇ。だからこそ、アイツは神の啓示に従う自分こそが絶対に正しいと思い込んでいる。なら、もしアイツを負かすことができれば……」
「神の啓示が、間違っていることになる……!?」
「そう言うことだ。アイツに勝つことができれば、何かが変わるかもしれねぇな」
そうですね……。それは盲点でした。確かに、アンカちゃんの勝利は神の啓示に従った上での勝利。勝ち続けているからこそ、アンカちゃんはその指示こそが絶対に正しいと信じ込んでいる!じゃあ、アンカちゃんを負かすことができれば……!
なら、私のやるべきことは決まりましたね!
「じゃあトレーナーさん!戻って早速トレーニングをしましょう!」
「お!気合入ってんな!んじゃ、早速トレーニングしにいくか!」
「はい!ナリタトップロード、頑張ります!」
待っててくださいアンカちゃん!あなたに勝って、あなたを神から解放してみせます!
同時進行してる2つがシリアス真っ只中なのにこの作品だけ終始ギャグだから温度差で風邪引きそう。