今日も元気にトレーニングしますよ!とは言っても……。
「これから1週間よろしくな!アンカデキメルゼ!」
「……あぁ」
僕の目の前には知らん男性。曰く、トレーナーさんの先輩トレーナーにあたる人だとか。これから1週間よろしく……つまりは、僕のトレーナーさんは暫定この人になるわけだ。
「何だったら、1週間以上でもこちらは構わないぞ?」
「それは結果次第だ」
「ま、君に気に入られるよう頑張るさ」
なんというか……ワンチャンあるんじゃね?みたいな目つきがあれだな。まぁとにもかくにも指導を受けてみないことには分からないが。
そもそも、事の発端はこうである。
『お前、最近調子が良さそうだな』
トレーナーさんとミーティングしているところに現れたこの男性。僕とトレーナーさん、ヴィッパーはポカーンとしていた。そりゃ、僕とヴィッパーからすれば知らん人、トレーナーさんも急な来訪で驚いたと思う。
『どうしたんですか?先輩。そりゃ、アンカのおかげで勝たせてもらってますけど……』
『へぇ?ちゃんと自覚はあるんだな』
トレーナーさんに先輩と呼ばれた男性は得意げな表情をしていた。なんだろう、僕が勝っているのはお前の功績じゃねぇぞ?みたいな目つきしてた。
『いいか。お前が勝ててるのはアンカデキメルゼが強いウマ娘だからだ。くれぐれも、自分の実力だなんて勘違いすんじゃねぇぞ』
『は、ハァ……それは分かってますけど』
『もう少し自分に自信を持てトレーナー君。僕が勝てているのは君のおかげでもある。それを誇れ』
『でも、アンカの才能のおかげってのは間違いないからね。そこはちゃんと自覚しないと』
トレーナーさんは自虐気味にそう答えた。う~ん……もうちょっと誇っても良いと思うんですけどね。
『なぁ、お前に提案があるんだ』
『先輩が、俺にですか?』
『あぁ』
何だろう、嫌な予感がしてきた。おう、こっちジロジロ見んなや。
『アンカデキメルゼと俺の担当ウマ娘1人、少しの間だけ交換してみないか?』
『『え?』』
『そんなに長くはない。1週間ぐらいだ』
『え、え~と……なんでそんな提案を?』
『決まってるだろ?アンカデキメルゼというウマ娘を、もっと上のステージへと押し上げる為さ』
ほ~ん?どういうこっちゃ。
『ハッキリ言ってやる。アンカデキメルゼはお前の手には余る。だから、俺がもっと強くしてやるって言ってるのさ』
先輩さんは饒舌に語る。
『聞けばお前、作戦も練習も全部アンカデキメルゼに投げっぱなしだそうじゃないか。だったら、誰がやったって同じだろ』
『……そうだったか?』
『まぁ周りから見たらそう見えてもおかしくないです』
『それに、お前はまだド新人のぺーぺー、俺は重賞ウマ娘を何人も育ててきた実績がある。担当ウマ娘がG1を勝ったこともあるしな』
へ~そりゃ凄い。僕もG1を勝ったとはいえ、ジュニア級だしな。
『俺なら君をもっと上の次元に連れて行くことだってできる。だが、相性ってものがあるからな。だから、お試しで1週間担当を交換してみないか?ってことさ』
『ふ~ん……トレーナー君、どうする?』
『そうだね……』
少し考え込んだ後、トレーナー君は口を開いた。
『分かりました。それじゃあ1週間、アンカをよろしくお願いします』
『……まぁ、君がそう言うならそうしよう。1週間頼むぞ』
というわけで、僕のお試しトレーナー変更が始まるのだった。
というわけで始まったわけだ。
「アンカデキメルゼ、これが君のトレーニングメニューだ」
「分かった」
さてさて~どんなもんでっしゃろ?……は?なんだこれ?
「……おい」
「どうした?あ、もしかして数が多かったか?だが、君なら……」
「0が1つ足りないぞ。この程度の負荷じゃ全然足りん」
「は?」
素っ頓狂な声上げてんじゃねーですよこのすっとこどっこい!
「貴様、僕を舐めているのか?この程度じゃ全然足りないと言ってるんだ」
「な!?そ、それでも他の子よりも多い……」
「これでだと?随分と笑える冗談だ。M-1でも目指した方が良いんじゃないか?」
「だ、だがそれ以上の負荷は君の体に負担が……」
「くだらん。これ以上は時間の無駄だ。それに、神の啓示は日が暮れるまでジョギングと決まっている。僕はさっさとこちらに移させてもらうぞ」
そう言って踵を返そうとすると……腕を掴まれました。別に解くのは簡単ですけど……。
「……なんだ?なにか文句でもあるのか?」
僕は相手を睨みつける。一瞬怯んだものの、先輩トレーナーは負けじと吠えた。
「君の話は聞いている。神の啓示によって、限界を超えた量のトレーニングをしていると!」
「……だからなんだ?」
「トレーナーとして看過できない。少なくとも、俺が担当している間は神の啓示はさせないぞ」
……あぁ?
「……」
「分かったか?分かったなら大人しくそのメニューを……」
僕はコイツの手を無理矢理解く。あ~あ、これ以上時間を無駄にしてたまるかってんですよ。
「な!?おい!」
「……やればいいんだろ。やれば」
「お、大人しくやってくれるみたいだな。とりあえず、他の子達と一緒にやってみてくれ」
僕は大人しくトレーニングに励む。……まぁ、苛々は溜まりっぱなしなわけだが。
(量はクッソ少ねぇし、負荷も全然ない……しかも、安価で決まったジョギングとほとんど鍛える場所が被ってるじゃないですかこのトレーニング)
これが1週間?勘弁してほしいんですけど。心の中でぶつくさ文句を言いながらトレーニングに励んだ。練習終わりにやたらニタニタしながらトレーニングのことを聞いてくる先輩トレーナーさんの顔が腹立ったとだけ記憶している。めんどくさいから適当に答えたけど。安価?ちゃんとやりましたよ。監視の目がないところで。
そして次の日。安価で決まったシャトルランをしようとしたら……。
「今日は昨日言っていた通り雑誌の取材だからな。愛想よくしてくれよ?」
「……ッチ」
雑誌の取材で拘束された。しかもこの後宣材写真も撮る予定らしい。どうでもいいけど、さっさと終わらせてくれませんかね?こうしている間にも、安価の時間が減るんですよ。
「アンカデキメルゼさんと言えば、クラシック5大レースの制覇を目標に掲げていましたけど……どこまで本気ですか?」
「……全てだ。僕は常に本気で目指している」
というか、このインタビュアーも絶妙に腹立つな。どうでもいい質問ばっかしてくるし。好きな食べ物なんかどうでもいいだろ。さっさと終わらせろよ。
「成程成程~。それじゃあ次の質問なんですけど」
「まだあるのか?とっとと終わらせろ」
「いや~アンカデキメルゼさんは滅多にインタビューを受けないので!こういう機会に色々と聞いておこうと」
……めんどくせぇぇぇぇぇぇぇぇ!
「それで、アンカデキメルゼさんと言えば!度々口にする神の啓示ですが……」
「それがなんだ?」
「ズバリ!その正体について聞いておこうかと!」
「ろくでもない連中。それで十分だ」
「えぇ~!?もうちょっと聞かせてくださいよ~!」
「なんでお前ら如きに教えねばなるまい?」
そう言うと先輩トレーナーさんの表情が険しくなる。愛想よくしろとでも言いたいのかね。
それからもどうでもいい質問ばっかされた。時間だけ無駄に浪費していく。宣材写真だってあるというのに、時間はどんどん過ぎていく。
(……時間の無駄だな)
僕は立ち上がる。
「あ!ちょ、ちょっと!?まだインタビューの時間は……」
「おい!アンカデキメルゼ!」
「帰る。時間の無駄だ。この程度の連中の戯言を聞いている暇があるなら、身体を鍛えた方が効率的だ」
後ろからは引き止めるような声が聞こえるが無視だ無視。……というか、この2日間でこの先輩トレーナーに対する信頼なんて地に落ちている。我ながらかなり早かったな。
(やたら行動を制限してくるし、神の啓示を止めろってうるさいし……めんどくさ、もう全部無視しよ)
さ~て!好き勝手安価するぞー!
それからというものの、アンカデキメルゼはいつものように振舞った。
「アンカデキメルゼ!こんなに朝早くから何してるんだ!?」
「なにって……ジョギングですが?」
「勝手なことをするな!怪我をしたらどうする!?」
「生まれてこの方怪我なんてしたことがない。故に、心配する必要がない」
一応、先輩トレーナーの顔を立たせるために少しは我慢したが……すでにタガは外れていた。
「おい!なんでメニューと違うことをやっている!?ちゃんとトレーニングメニューは渡しただろう!?」
「量が少ない、無駄が多い、神の啓示と内容がほぼ被っている。そんなトレーニング、やるだけ無駄だ」
「な、なんだと……!」
無論、先輩トレーナーも必死にアンカデキメルゼを押さえつけようとした。だが……。
「あの~?アンカデキメルゼさんはまだ来ないんですか?」
「す、すいません……!もう少しだけお待ちを!……どこ行ったんだ、って、未読のメッセージ?え~っと【神の啓示を賜った。インタビューを受ける時間などない】……あ、アイツめ~!」
「そ、それでアンカデキメルゼさんは?」
元より学園でも誰も押さえつけることのできない気性で有名だった彼女だ。押さえつけることなど、できるはずもなかった。
「アンカデキメルゼ!他の子と足並みを揃えろ!」
「……」
「聞いているのか?アンカデキメルゼ。……おい!無視するな!」
加えて、先輩トレーナーに対するアンカデキメルゼの好感度は地に落ちているどころか最早地中深くに埋まっていた。マイナス方面に振り切っている。そんな先輩トレーナーの言うことなど、アンカデキメルゼが聞くはずもなかった。
先輩トレーナーは憔悴する。
(なんなんだコイツは……!アイツは、どうやってコイツを押さえつけてたんだよ!?)
彼が考えるのは、このアンカデキメルゼを担当していた自分の後輩……いつも冴えない顔をしていた、新人トレーナーだ。
あの新人トレーナーは、自分が手を焼いているアンカデキメルゼの気性を押さえつけていた。レースに万全な状態で送り出し、トレーニング内容で反発したことなど一度もないと聞いている。
(そんなの、無理だろ!?どれだけキツい内容にしても、アイツは絶対に反発する!加えて神の啓示とか言うわけわからんもんに陶酔しているし……!こっちのやる事全部に反発してくるじゃねぇか!?)
大人しくなったと思っていたのに、全然そんなことはなかったという事実に先輩トレーナーは絶望する。次いで湧いてきたのは……あの新人トレーナーに対する、疑問だ。
「……そもそも、アイツはアンカデキメルゼの気性をどうやって押さえつけていたんだ?」
少なくとも、あの2人の間に問題があったなどという話は一度も聞いていない。ということは、2人は上手くいっていたのだということになる。
(アイツは……どうやってアンカデキメルゼと信頼関係を築いていたんだ?このとんでもねぇ気性難と、どうやって……っ!)
考えれば考えるほど、あの新人トレーナーに畏怖の感情が湧いてくる。こんなワガママ娘を押さえつけていた、あの新人トレーナーに……先輩トレーナーは恐怖の感情を覚えた。
1週間の担当の交換。その話を持ち掛けた時のことを思い出す。
『分かりました。それじゃあ1週間、アンカをよろしくお願いします』
あの時の新人トレーナーの表情は……笑っていたような気がする*1。まるで、お前にコイツと信頼関係を築くことができるかなと、挑発するような笑みを浮かべていたような気さえする*2。
「……そういう、ことかよ。アイツはきっと……始めっから無理だって分かってたんだな。俺じゃ、アンカデキメルゼと信頼関係を築けないって」
先輩トレーナーはいっそ尊敬すら覚えた。アンカデキメルゼの気性を押さえつけていた、信頼関係を築けていたあの新人トレーナーに……尊敬と、畏怖の感情を覚えた。そして、気づく。アンカデキメルゼのパートナーは……あの新人トレーナーしかいないのだと。
そして、自分の担当ウマ娘に対する態度を見つめ直す。自分は、担当ウマ娘に無理を強いていたんじゃないか?そう思い始めた。
(……なんにせよ、これ以上は無駄だな)
そうと決まれば行動は速かった。アンカデキメルゼを連れて、先輩トレーナーは新人トレーナーの下へと向かう。
「あれ?どうしたんですか先輩」
「……止めだ止め。俺じゃあこのじゃじゃウマ娘をコントロールできねぇよ」
「え?どういう……」
「くだらねぇこと言って悪かった。お前には……途方もねぇ才能がある。アンカデキメルゼが勝ってきたのは、彼女の実力だけじゃねぇ。間違いなく、お前のおかげでもある。言いたいことはそれだけだ。それじゃあな」
「ちょ、ちょっと!?先輩!?」
先輩トレーナーは立ち去る。アンカデキメルゼと交換していた自分の担当を連れて。
(ちょっと、天狗になっていた部分があったかもしれねぇな)
先輩トレーナーは心機一転、頑張ることにした。
「な、何だろう……アンカの担当をした人達みんな先輩みたいなこと言って去っていくんだけど……」
「実際トレーナー君に才能があるんじゃないか?」
「う~ん……そうなのかなぁ?俺は俺にできることをやっているだけなんだけど……」
「それが凄いです。実際、アンちゃんをコントロールできるだけでも凄いです。そろそろ、スピカやリギル、シリウスのトレーナーからも認められるです」
「アハハ……そうだといいんだけどね」
「まぁ今までのトレーナー全員アンちゃんの担当をして1週間もたないです。これもうアンちゃんサイドの問題な気がするです」
「んな!?そ、そんなことないよな?」
「……」
「こっち見ろよオイ!?」
なお、彼が日本ダービーで全トレーナーから畏怖の感情を抱かれるのはまだ先の話──。
余談だが、リギルやスピカ、シリウスにも体験入部したが、アンカデキメルゼを押さえつけることはできなかったのはここだけの話。
トレーニング量もおかしい、神の啓示とかいうわけわからんものに傾倒している、気に入らなかったら指示無視。普通のトレーナーだったら即契約解除である。