【アンカデキメルゼ変則3冠達成!しかしその代償は重く……】
そんな記事が書かれた新聞を握りつぶす。あぁ、怒りでおかしくなってしまいそうだよ……!
「まだ彼女は故障したわけではないだろうがッ!」
「お、落ち着いてください会長!」
エアグルーヴの言葉で我に返る。だが、自身への不甲斐なさで……私は怒りが収まりそうになかった。
アンカデキメルゼ。先日行われたオークスを見事勝利したことで彼女は桜花賞・皐月賞・オークスという超変則的ともいえる3冠を達成した。だが……オークスを走り終わった彼女の姿は、傍目から見れば痛々しいものだった。
すぐに整うはずだった息は整っていなかった。つまりは……彼女の体力は、限界に近いということ。当たり前だ。皐月賞からのオークス……これはまぁいいだろう。だが、彼女はその間にNHKマイルカップを挟んでいる。つまりは、NHKマイルカップからの中1週でオークスに挑み、今度は中0週で日本ダービーに挑もうとしている。
シービー……君はアンカの楽しさを尊重してやれといったが……。
「本当に、彼女はレースを楽しんでいるのか?それに、そこまで自分を追い詰めることが、彼女の楽しさに繋がっているのだろうか……?」
分からない。アンカデキメルゼというウマ娘が何を考えているのか……私にはさっぱり分からない。
(……こういうところが、私のダメなところなのだろうか?)
「……情けないな、エアグルーヴ」
「ど、どうされましたか会長?会長らしくもないお言葉ですが」
「私には、アンカデキメルゼというウマ娘が分からないんだ。彼女のことを理解すべきだとシービーは言ったが……私には、どうしても彼女が分からない」
「はぁ……。生憎と、私もアンカデキメルゼについては分かりかねます」
「……君もか」
「ですが、アンカデキメルゼが弱音を吐いたことがあったでしょうか?」
彼女が弱音……か。そういえば、そんな話は一度も聞いたことがないな。
「それに、話してみるのが良いのではないでしょうか?さすがに彼女も今日は休んでいるでしょうし」
「……そうだな。そうしてみるよ」
今日の仕事は終わらせている。私は散歩がてらアンカデキメルゼを探しに行くことにした。
彼女を見つけるのにさほど時間はかからなかった。
「……えーっと?何をしているんだ?アンカデキメルゼ」
「おや、これはルドルフ会長……ギターで弾き語りをしていたところですが?」
「いや、そんな至極当然のような顔をされてもな……」
……うん、もうルナ知らない。考えるのやーめた。
「ところでルドルフ会長。僕に何の御用で?先に申し上げておきますが、日本ダービーの出走なら取り消しませんよ?」
「い、いや。そういうわけではないさ」
「フム?……だとすれば、一体何の御用でしょうか?」
私は、一番疑問に思っていることを彼女に質問する。
「……何故、君は自分をそこまで追い詰める?神の啓示とやらを絶対視するんだ?」
「……ふむ。別に、なんてことはない理由ですよ。語るまでもありません」
「なんてことない理由だとしてもだ。それでも私は……君を知りたい」
アンカデキメルゼは驚いたような表情を浮かべていた。だが、それも一瞬のこと。すぐに真面目な表情に切り替わる。
「ルドルフ会長。あなたは優しい方だ。僕のような咎を背負うものにもこうして気にかけてくれる……そんなあなたに、深淵を覗かせるわけにはいかない」
「そんな悲しいことを言わないでくれ。君は……咎を背負うものではない。それにもし、咎を背負っているのであれば……私が、その負担を軽くすることはできないだろうか?」
「……無理ですよ。これは僕に課せられた罪。他人に背負わせることなどできません。ましてや、優しいあなたに背負わせるには……あまりにも、酷だ」
アンカデキメルゼは寂しそうな表情を浮かべている。……そう、か。私では、力になれないということか。
「ですが、ルドルフ会長の気持ちは届きました。なので、1つだけお教えしましょう」
「……なにを、だ?」
「僕は僕自身の意志で……好きで神の啓示を受け取っているということです」
「なっ!?」
じ、じゃあ……この追い詰められているという現状も!
「君が艱難辛苦の状況になっているのも……君自身が望んでいることなのか!?誰かに強制されているとかではなく!」
「そうです。僕は自らが望んでこの状況を受け入れている……それはひとえに、みんなに夢を見てもらいたいからです」
「夢……だと?」
アンカデキメルゼは頷く。
「僕が道化を演じることで、喜んでくれる誰かがいる。その笑顔のためだったら……僕は喜んで道化を演じましょう。僕の姿を見て、立ち上がる誰かがいる。そのためだったら……どんな苦境でも僕は立ち上がってみせましょう」
「……」
饒舌に、蠱惑的に彼女は語る。
「僕に夢を見てくれる誰かがいる。そんな彼ら彼女らのために……僕はどこまでも夢を見せてあげましょう。それこそが僕の本懐であり……僕が神の啓示を絶対視する理由ですよ」
気づけば私は、彼女に引き込まれていた。
「不可能を蹴飛ばせ。逆境を楽しめ。追い詰められた時こそ……笑うことを忘れるな。これが僕の信条です……ま、神々に踊らされる哀れな道化の戯言と受け取ってください」
「……いや、君の考えは、私の胸にしっかりと届いたよ」
成程、な。これは……私の言葉では止まらないだろう。むしろ、止めてしまえば彼女は烈火のごとく怒り狂う。
「僕の限界は誰にも推し量ることはできない……それは例え、あなたであってもだ」
「……ははは、手厳しいな」
「事実ですので。……ま、僕は御覧の通りピンピン……っとと」
アンカデキメルゼはベンチから立ち上がろうとしてバランスを崩す。私は慌てて彼女の身体を支えた。……か細いな。こんな小さな身体で、アレだけのことを……。
「大丈夫か!?やはり、これまでの疲労が……」
「問題ありません。少しばかり、バランスを崩しただけですので」
「それでもだ!まだ休んでおけ」
「……ならば、お言葉に甘えて」
彼女はベンチに座り直す。……本当に、痛ましいな。だが、私の言葉程度で止まるような彼女じゃない。それに……彼女の瞳から感じられた、確かな信念。
(彼女の言葉に嘘偽りはない……だからこそ、止まらない)
あぁ成程。シービー……君のアドバイスのおかげで、アンカデキメルゼという少女のことを少しは理解できそうだよ。
「せっかくギターがあるんだ。なにか1曲、弾いてもらえるかい?」
「構いませんよ。そうですね……まぁ適当に弾きますか」
「あぁ。君の自由に弾いてもらって構わない」
理解できたからと言って、彼女の無茶なレース日程を許容したわけではない。だが、そのレース日程にも彼女なりの信念をもって挑んでいることが分かった。
確かに許容できるようなものではない。だが、それはあくまで私の色眼鏡に過ぎないのではないだろうか?私には私の常識があるように、アンカデキメルゼにはアンカデキメルゼの常識がある。世間一般的には私の方が正しいのだとしても……それをアンカデキメルゼに強いるというのは、間違っているのではないだろうか?
……今はただ、行く末を見守ろう。この小さな
「……そう言えば、アンカデキメルゼ」
「~~♪……ん?どうしましたか?会長」
「君は今後どうするつもりだ?クラシック5大レースの制覇以外にも、やることは決まっているのかい?」
何気ないその質問。私はすぐに後悔した。
「そうですねぇ……とりあえず日本ダービーが終わったらイギリスに飛んでエクリプスステークスとキングジョージに出走します」
「……は?」
「その後は……セントレジャーに出走してからの凱旋門賞に出走して。チャンピオンステークスに出走したら日本に帰ってきて菊花賞に出走。菊花賞が終わったらBCクラシックに出走するつもりですね」
……お腹痛くなってきた。主に胃が。
「まぁなんとかなるでしょう。はっはっは」
もう知らないもーん。ルナ何も聞いてないもーん。だから何も言わないもーん。
「……アンカデキメルゼは、本当に出走してくると思う?」
「何を当たり前のことを。あの子のことよ、出走するに決まってるでしょう?」
「でも……」
「でももなにもない。あの子は……必ず出走してくる。だから、対策を立てるわよ」
レースに向けて、それぞれの陣営が準備を進める。
「皐月賞のボクはさながらドン・キホーテだった……だが!同じ轍は踏まないさ!」
「ででででもぉ……アンカさんは出走してくるでしょうかぁ……?」
「心配はいらないさドトウ!彼女は必ず出走してくる……そう!絶対にね」
「……まぁ、今の彼女は死に体も良いとこだけど。度重なる連闘に疲労が溜まっている。だからこそ、対策も容易よ」
勝利のために、調整を続ける。
「アンカちゃん……!そこまでして、どうしてあなたは!」
「落ち着けトップロード。……お前はお前の走りを貫いてこい。皐月賞では発揮できなかったが、お前の実力なら届くはずだ!」
「はい!絶対に、絶対に勝ってきます!」
「その意気だ!おっし、それじゃあダービーに向けて調整するぞ!」
目指すはただ1つ。勝利という栄光に向かって。どの陣営も、着々と準備を進めていた。
お労しやルド上……。