観客は大盛り上がりだった。事件とまで称されたホーリックスのワールドレコードを塗り替えての勝利。それも、道中一度も先頭を譲らずに勝利した大逃げのスタイルでだ。盛り上がらないわけがないだろう。だが、それとは対称的に……今回のダービーに出走していたウマ娘達のトレーナーはほぼ全員が完全にしてやられたという表情をしていた。
「理解……できない!なんで、なんであの子は初めてとった戦法であれだけの走りができるのよ!?」
そう嘆くのはリギルのトレーナー東条ハナ。テイエムオペラオーのトレーナーである。
彼女はテイエムオペラオーを万全の状態で送り出した。アンカデキメルゼを徹底的に研究し、どんな戦法で来ても対策できるように積んできた。だが……
「さすがに、逃げで来るなんて思わねぇだろ!?しかもあの走り……!もしかして、等速ストライドか!?あの2代目ビッグレッドだけが可能にしたあの技術を、アンカデキメルゼはやれたって言うのかよ!?」
スピカのトレーナーもそう吠える。今まで一度も取ったことがない戦法。だからこそ、対策の取りようがなかった。
「……でも、どうやってあんなに完璧な逃げができたんだ?普通、厳しいと思うけど……ッ!」
シリウスのトレーナーは、言いかけて気づく。スピカとリギルのトレーナーも、ある結論に思い至った。
「まさか……ここまで隠してたっていうの!?」
「クラシック5大レースを制覇するんだったら、ここが一番厳しいローテの山場だ!だからこそ、徹底してこの逃げの情報を隠してた……!」
「アンカデキメルゼの本当の適性は逃げ……!でも、それを悟られないように他の戦法を取り続けた!それはひとえに……この日本ダービーで勝つために!」
3人は驚愕する。アンカデキメルゼもそうだが、彼女のトレーナーなる人物に、だ。
3人はアンカデキメルゼのトレーナーにあまりいい印象を抱いていなかった。彼女の無茶ぶりを止めるどころか、むしろ応援する側に回る彼のことを。ウマ娘のことをちゃんと考えていないと思っていた彼を、3人は良く思っていなかった。
だが、それは違った。彼は……ちゃんとウマ娘のことを考えていた。ウマ娘のことを考えて、アンカデキメルゼの目標を達成するために本当の適性を隠し続けた。適性を隠しただけじゃない。おそらく、アンカデキメルゼの本当の状態すら隠していた可能性もある。全てはこの日本ダービーで勝つために。彼女の力になり続けたのだと。そう結論づける。
「恐ろしいわね……!まさか、そこまで考えていたなんて!」
「警戒しておくべきトレーナー……増えたな。だが、もうタネはねぇだろ!」
「菊花賞こそは……俺達が勝つ!」
スピカ・リギル・シリウスのトレーナーは決意を新たにする。クラシックレース最後の舞台……秋の京都、菊花賞では必ず勝つと心に誓う。なお、当のアンカデキメルゼのトレーナーは……。
「……なんか、俺に対する誤解が深まってるような気がするんだけど」
「気のせいです。多分」
「気のせいだと嬉しいなぁ……」
胃が痛くなる気配を感じていた。
……は、ははは。
「なんて、無茶な走りをするんだ……彼女は」
まさに奇想天外。理解不能な作戦だった。そして、その奇想天外な策で……彼女は、アンカデキメルゼは見事にダービーを勝ってみせた。それも、芝2400mのワールドレコードを更新する形で。
「る、ルドルフ?」
ははは。本来ならば、怒るべきなのかもしれない。なんて無茶な走りをするんだ、自分の身体のことを考えろと。そう怒るべきなのかもしれない。
……だが
「楽しそうだねぇルドルフ。笑みが隠し切れてないよ?」
私の心は、高鳴り続けている……ッ!それが、君の本来の走りか。アンカデキメルゼ!
「会長さんは、どうしたんでしょうか?シービー先輩」
「久しぶりに昂ってるんじゃない?ルドルフって我慢するタイプだし」
シービーが何か言っているがどうでもいい。どうやら私も……彼女の、夢を見せる姿に焦がれてしまったのかもしれない。恥ずかしながらそう思ってしまった。
……負け、た。それも、完膚なきまでに。アンカちゃんの言葉が、耳から離れません。
『道化ってのは……騙すのが得意なんだぜ?』
「……ッ!ふぐ、う、うぅ……ッ!」
アンカちゃんは、本当は万全だったんだ。万全な状態でこの日本ダービーに臨んでた。でも……私は、それも知らないで。勝手なことばかり言って。こんなんじゃ、アンカちゃんを解放するだなんて……夢のまた夢。
涙が零れそうになって、俯く。でも、誰かに頭を掴まれて……無理矢理前を向かせられた。
「下を向くな!ナリタトップロード!」
その声は……。
「おぺらおー、ちゃん……」
オペラオーちゃんでした。悔しいけど、必死に耐えている。歯を必死に食いしばって辛い現実を受け止めるように、オペラオーちゃんはターフを去っていくアンカちゃんを見ていました。
「ボク達敗者は……下を向いたら終わりだぞ!」
……そうだ。負けたからって、俯いたら本当に終わりだッ!この悔しさを受け入れて、次こそは……次こそは勝つんだ!
もうアンカちゃんを解放するとかは考えない。きっと、きっと邪神さん達は悪い神様。だけど……死に物狂いで挑まなきゃ、アンカちゃんには勝てない!この際邪神さん達のことは考えません。考えるのは……アンカちゃんに勝つことだけ!
「ありがとうございますオペラオーちゃん……おかげで、目が覚めました」
「何。ライバルが折れそうになっているのであれば、それを奮起するように促すのもまた、ボクの役目さ!それよりすまないね、頭を掴んでしまって」
「いいえ!大丈夫です!」
やるべきことは分かりました!後は……どうするかをトレーナーさんと相談しましょう!
「……あの子のところについていくのもアリかしら?」
アヤベさんは良く分からないことを呟いていました。
日本ダービーは惨敗した。私達もレコードタイムを更新したけど……アンカちゃんには遠く及ばなかった。でも、次こそは勝ってみせます!そのためにも、一杯トレーニングをしなきゃ!
さてさて、ウィナーズサークルでのインタビューですよっと。……なんかファンの方達が滅茶苦茶集まってますね。
「おめでとうございますアンカデキメルゼさん!これでクラシック4冠ウマ娘、それも無敗です!今のお気持ちを!」
「皐月賞と変わらん。まだ道半ばだ」
「変わらずストイックな姿勢ありがとうございます!トレーナーさん、今回の大逃げに関しては?」
「そうですね。アンカなら問題なくできると確信していました。元より周りに他の子がいると極端にパフォーマンスが落ちてしまう子でしたので逃げにも適性はあるんじゃないかなとは漠然と思ってましたけど。ここまでハマるとは思ってませんでした」
「今後は逃げ一本に絞りますか?」
「う~ん……秘密ですね」
「アンカデキメルゼさん!夏の目標などは?」
「そうだな……無論決まっている」
「え?あ、アンカそれは」
「成程!今後の目標は!?」
トレーナーさんの声を遮ってインタビューの人はそう答える。
というか、ウィナーズサークルめっちゃ人いますね。や、やめろー!変に緊張するだろー!?
「さて……まずはあなた方に問おう。今回の日本ダービー……僕が勝てると思っていた者はいるか?」
……あんまり手挙がってないな。当たり前っちゃ当たり前ですけど。
「だろうな。一度も取ったこともない戦法、連闘に次ぐ連闘で僕の身体は疲労でボロボロ……それが共通認識だったはずだ」
もう緊張しすぎてなんて言ってんのか分かんねーや。まぁいいや、このまま突っ走るしかねぇ!
「だが、現実として僕は勝った。勝つのは不可能、完走してくれるだけでも御の字……そんな状況で、僕は勝ってみせた!そんな僕に……夢を見てくれたファンはいるか!?」
周りにいたファンから歓声が湧き起こりました。おぉ!大盛り上がりですね!つまりこの対応は間違ってないということです!
「なら!これからも僕は君達に夢を見せてやろう!ここで……僕の次のレースを宣言する!」
えぇいままよ!このまま突っ走っちゃえ!
「僕は……イギリスに渡ってエクリプスステークスを獲る!そして、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを僕の手中に収めてみせようじゃないか!」
隣にはやってしまった、という表情のトレーナー君となんか楽しそうな笑みを浮かべているヴィッパー。それと……静まり返ったウィナーズサークルでした。やっべ、最後の最後で僕やらかした?
けど、次の瞬間にはまた大歓声が響き渡りました!?うわ、ビックリした!
「ほ、本当ですか!?本当に、エクリプスステークスとキングジョージに挑戦すると!?」
「そうだ。僕は夏はイギリスに渡る。心配せずとも、菊花賞までには帰ってくるさ」
「つつつ、つまり!?これからは海外のレースにも挑戦する……そう言うことですか!?」
「そうだ」
滅茶苦茶シャッターを切る音が聞こえますね。ピースでもしたいけど無表情ピースとか誰得だから止めときましょうか。
「ま、マジかよ……!無敗の絶対女王の海外遠征!これは良い記事になるぞ~!」
「おい!早速本社に連絡しろ!このスクープ、乗り遅れるわけにはいかねぇ!」
「あぁクソ!ここでもっと聞きてぇけど早く記事にしたい!早いとこネットにも上げろ!これは大盛り上がりになるぞぉ!」
記者の人達めっちゃ楽しそう。僕のインタビューそっちのけであちこちに電話かけてるや。
「胃薬の用意しとかなきゃな」
「はー!アンちゃんのこれからが楽しみです!きっと、きっと海外でも愉悦がヴィッパーを待っているです!」
全てを諦めたようなトレーナーさんとなんか嬉しそうなヴィッパーは……まぁ放っておいていいか。
その後はウイニングライブもしっかりこなしました。……今度こそちゃんと笑顔で踊れてたよね?引き攣った笑みじゃないよね?大丈夫だよねトレーナーさん!?……こっち見ろよオイ!
アンカデキメルゼ現時点での育成目標
メイクデビューに出走 達成!
フェニックス賞に出走 達成!
新潟ジュニアステークスに出走 達成!
京王杯ジュニアステークスに出走 達成!
全日本ジュニア優駿に出走 達成!
桜花賞で1着 達成!
皐月賞で1着 達成!
NHKマイルカップに出走 達成!
オークスで1着 達成!
日本ダービーで1着 達成!
エクリプスステークスに出走
キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスに出走
セントレジャーステークスに出走
凱旋門賞に出走
チャンピオンステークスに出走
菊花賞で1着
BCクラシックに出走
──1人のウマ娘がウマホを片手に面白そうな表情を浮かべる。
「Hey!プレジデント!しっかり受け取ってくれよ!」
「ん?……うわっ!っとと!」
ウマ娘はウマホを投げて男性に渡す。男性は何とかウマホをキャッチした。そうしている間にもウマ娘は去ろうとしている。
「ど、どうした!?というか……どこに行くつもりだ!?」
「日本に面白いウマ娘を見つけた!どうやらそのウマ娘はイギリスに渡るらしい」
「そ、それがどうかしたのか?」
「決まっているさ!俺もイギリスに渡る!そのウマ娘に……興味が湧いたんだ!」
「あ、あなたほどのウマ娘がか!?い、一体どんなウマ娘……って、もういない!?」
ウマ娘はとっくに去っていた。
「HAHAHA!まさか……俺の走りを真似しようなんてな!コイツはイギリスで会うのが楽しみだ!」
ウマ娘が見ていた記事にはこう書かれていた。【日本の絶対女王、海外挑戦!】……それ自体は別に珍しくもない。日本では海外挑戦が盛んに行われるようになったし、それこそ黄金世代のエルコンドルパサーが海外挑戦をしているのだから。
だが、このウマ娘の興味を惹いたのは……そのウマ娘が、自分と同じ走法をしようとしていたことだ。記事を見て興味が湧いたウマ娘は日本の絶対女王とやらのレース映像を先程まで漁っていた。そして、日本のダービーの映像を見て確信した。コイツには……素質があると。
「だが、Still not enough(まだ足りない)。……コイツは楽しみになって来た!」
ウマ娘は──燃え上がるような赤い栗毛の髪を長髪にした大柄なウマ娘は楽しそうな笑みを浮かべている。
「Anka De Kimeruze……俺のお眼鏡に適ってくれよ?」
そのウマ娘は通称2代目ビッグ・レッド──。アメリカでは、伝説ともされているウマ娘である。
「いや、別に急ぐ必要はねぇな。あっちもどうせすぐには出発しねぇだろうし。ま、逐一ニュース追わせとけばいいか!」
2代目ビッグ・レッドはすぐに踵を返した。
やべーのにロックオンされたアンちゃんである。