──時間はちょっと戻ってアンカデキメルゼ達がイギリス遠征をした後のトレセン学園。
「たづなよッ!今日も生徒達は楽しそうに過ごしているな!」
「そうですね。普段と特に変わりはないかと」
「平和ッ!生徒達が幸せそうに過ごしているようで何よりであるッ!」
理事長の言葉に私も笑みを浮かべます。やはり、生徒達が幸せに学園生活を謳歌するのが一番ですから。そんな時ふと思い出すのはあの子のこと。
「アンカデキメルゼさん達はもうイギリスに着いたでしょうか?」
日本ダービーで急遽海外へ挑戦することを宣言した問だ……生徒、アンカデキメルゼさんのことです。
「情報ッ!彼女のトレーナーから無事に着いたと連絡がきていた!アンカデキメルゼ君達は今頃イギリスだろうッ!」
「ということは、あちらはもうホテルで寝ている頃でしょうか?」
日本とイギリスの時差は大体8時間ぐらい。日本は今お昼頃ですから……あちらは大体4時ぐらいでしょうか?
「それにしても本当に驚きましたね。日本ダービーをワールドレコードで勝利したと思ったら、数日のうちにイギリスに旅立ちましたから」
「そうだなッ!その行動力は評価して然るべきである!」
「……まぁ、もうちょっとこっちの事情を考えて欲しいですけどね」
私の言葉に秋川理事長は思いっきり顔を逸らしました。心当たりがあるのでしょうね。というか、ない方がおかしいです。
アンカデキメルゼさんは良くも悪くも自由な子です。それが彼女の良いところでもありますが、悪いところでもある。何度手を焼かされたことか……。
「でもさすがにイギリスでは変なことは《ピリリッ!》うん?電話ですね」
発信源は秋川理事長のPCから。一体何でしょうか?早速秋川理事長が繋いだようです。
「わた《Ms.秋川!これは一体どういうことだね!?》こ、困惑ッ!?」
聞こえてきたのは英語……海外の方からなんて、珍しいですね?
「ど、どういうことも何も事態が飲み込めないッ!何があったんだ!?」
《ウマッターかウマスタを確認したまえ!えらいことになっているぞ!?》
言われるがままに私達はウマッターを確認して……あら?トレンドには【ビッグレッド】の文字がありますね。アメリカの英雄的存在の方がどうかしたのでしょうか……ッ!?
「「えぇっ!?」」
私と秋川理事長の言葉がハモります。そこにあったのは……アメリカのビッグレッド、セクレタリアトさんとウチの生徒であるアンカデキメルゼさんのツーショット写真が投稿されている光景でした。嘘でしょ!?
「ちょ、ちょっと!?あの子イギリスで何やってるんですか!?」
《こっちが聞きたいぐらいだ!あのものぐさビッグレッドが急にイギリスに渡ると言い出したかと思えば、こんな写真が投稿されていたんだ!気になって気になって日本のトレセン学園に連絡を入れたんだよ!》
「べ、弁明!?我々も知らないぞ!?」
《じゃあなんでこんな仲良さそうにしてるんだよ!?》
「こっちが聞きたいぐらいです!?」
あぁもう!イギリスだったら大人しくしていると思ったのに!しかも時間を確認したらどうにも着いてすぐの出来事じゃないですか!あの子は本当に何をやっているんですか!?
《そ、それよりもMs.秋川!Ms.駿川!そっちも気を付けろ!こっちは今クソッたれの記者共が事実確認にきやがった!そっちも直に……ちょ、ちょっと待て!我々は本当に何も知らないんだ!だからビッグレッドとアンカデキメルゼの関係を聞かれても……うわぁぁぁぁぁぁぁ!?》
最後はあちらの悲鳴とともに電話は切れました。そして同時に……
《ジリリ!ジリリ!》
《ピピピ!ピピピ!》
理事長室の電話がひっきりなしに鳴り始めます。恐る恐る電話を取ることにしました。
「……はい。こちら《秋川理事長!アンカデキメルゼさんのウマッターの投稿はどういうことでしょうか!?》……oh」
もう嗅ぎつけられたみたいですね。さようなら平和な日常、ようこそ激務の日々。
「も、黙秘ッ!?というか本当に何も知らないのだッ!?我々も今知ったところで……」
《あのツーショット写真はどういうことですか理事長秘書!何故アメリカの英雄とアンカデキメルゼさんが仲良さそうに写真を撮っているのでしょうか!?》
「そ、それに関しましては今事実確認を行っているところでして……」
ひっきりなしに鳴る電話。それに対応をしていると……理事長室の扉が乱暴に開かれました。開けた方はどうやら事務員の方です。……もしや。
「あ、秋川理事長!駿川さん!先程からアンカデキメルゼさんとセクレタリアトさんのツーショット写真の経緯について記者達が取材させろと!」
「で、電話が鳴りやまないんです!どうにかしてください!」
……あぁもう!
「イギリスでも何やってるんですかあの子はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
私は、そう叫ばずにはいられませんでした。
「『さぁ今日もトレーニングだシルバーラビット!』」
「『師匠!僕のシューズが重い気がするんですけどどうしてですか!』」
「『答えは簡単だ我が弟子!俺がシューズを改良したからだ!』」
そんなこったろうと思ったよ畜生!
さてさて。葦毛の王子様との邂逅から数日が立ちました。今日も元気にセクレタリアト師匠とトレーニングをします。……そう言えば、最近トレーナーさんやつれてるような気がしますけど大丈夫ですかね?理由を聞いてみたところ
『……本当になんでだろうね』
って返されました。心配ですね……体調を崩さなければいいですけど。
トレーナーさんが見守る中僕は師匠とのトレーニングを開始しよう……と思った矢先のこと。
「『失礼します。こちらでアンカデキメルゼさんが練習しているということで訪れたのですが。アンカデキメルゼさんはいらっしゃいますか?』」
トレーナーさんにそう話しかけているウマ娘さんが現れました。あの方は確か……葦毛の王子様の妹さん?どうしてこんなところに?
「『な、なんであなたがここに!?そ、それよりもアンカデキメルゼならあちらに……』」
トレーナーさんやたらビックリしてますね。もしかして妹さんは有名人だったりするんでしょうか?妹さんは私の方を見て……驚いた表情を浮かべていました。いや、あれは僕を見てビックリしたんじゃなくて僕の隣にいる師匠を見てビックリしてるな。というか、それ以外に理由はない。
「『……何故アメリカのビッグ・レッドがここに?』」
「『い、色々とありまして……』」
特に詳しく聞こうとはせずに、妹さんはそのまま僕のところへと来ました。アヤベさんとトレーナーさんもついてきます。
「『それで、アンカさんにどんな用事かしら?』」
アヤベさんの言葉に妹さんは答えます。
「『その前に、まずは自己紹介を。私の名前はダラカニ。まだ未デビューです。どうぞ気軽にダラカニとお呼びください』」
「『……これはご丁寧に。私はアドマイヤベガよ』」
へ~ダラカニさん。というか……ダラカニさん身長高いですね。160後半ぐらい?
「『さて、早速本題に入りましょうか。アンカデキメルゼさん。先日は姉上がご迷惑をおかけしました』」
「『ん?シルバーラビット、お前休日に何かあったのか?』」
師匠にそう聞かれたので素直に教えます。
「『ダラカニさんの姉にイギリスを案内されてた』」
「『……ちょっと待ちなさい。今思い出したのだけれど、ダラカニさんの姉と言えば』」
アヤベさんが頭痛そうに抱えてるけどどうしたんだろう?ただ、ダラカニさんは冷静に答えます。
「『はい、デイラミです』」
「……」
「『師匠知ってます?』」
「『現・欧州最強と名高いウマ娘だな』」
へ~そうなんですね……えっ!?嘘でしょ!?僕そんな相手にエスコートさせてたの!?
「『姉上は余程あなたを気に入ったのか、日本にあるあなたのグッズは一通り揃えてしまいました。まぁそれは本題には関係ないのでどうでもよいですが』」
どうでもよくないんだけど!?何してんだよ欧州最強ウマ娘!
「『こちら、お詫びの菓子折りです。日本には礼を失した相手には菓子折りを渡す文化があるのだとか。ご安心ください、日本の有名な老舗和菓子のお店をチョイスしましたので』」
そう言ってダラカニさんが手渡してきたのは有名な和菓子店の店名が箱に刻まれた和菓子で……ッ!やっば、高級感が凄い!
「『こ、これはどうもご丁寧に……』」
「『お、美味そうじゃないか!俺が食うぞ!』」
あ、ちょ!師匠にぶん捕られた!僕も食べたいのに!
「『……まぁなんにせよ。先日は姉上がご迷惑を。そのお詫びに来た次第です』」
「『お姉さんはどうしているのかしら?普通、こういう時は本人が来るものだと思うのだけれど』」
「『あ、アドマイヤベガ。ここは穏便に……相手が相手だし』」
「『構いませんよ、アンカデキメルゼのトレーナー。今ここにはダラカニ個人として来ていますので。そして姉上がいない理由ですが……単純です』」
ダラカニさんは、それはもう深く深く溜息をつきました。
「『間違いなくアンカデキメルゼさんを見たら暴走しだすので。なので黙ってここに来ました』」
……なんだろう。すでに苦労人の気配を感じる。
「『姉上のことは尊敬しています。ですが、どうにも気に入った子を見ると暴走する癖が多々あり……エスコートだのなんだの言ってデートに誘うのです。アンカデキメルゼさんを見たら、間違いなくそうするかと思い姉上には今日のことを報せていません』」
「『……苦労しているのね、あなた』」
「『そこまでは。先程申し上げた通り、姉上のことは尊敬していますし、何より悪いところでもありますが姉上の良いところでもあります。なので、さほど苦労を感じたことはありません』」
うわっ、めっちゃ良い子だ。思わず頬が緩みそう。
「『それにしても。姉上のアンカデキメルゼさんへの入れ込みようは凄いですよ』」
「『そうなんですか?』」
「『えぇ。姉上が気に入った相手のグッズまで集め出すとはよほどのことです。かなり気に入られてますよ、アンカデキメルゼさん』」
……嬉しいのか嬉しくないのか分からないな。
「『HAHAHA!欧州最強のお気に入りとは、やるなシルバーラビット!』」
師匠が僕の背中をバンバン叩く。めっちゃイテェ!ですが急に真面目なトーンで僕に話しかけます。
「『だが、デイラミはまだ現役だ。そして……昨年取り逃したキングジョージに出走してくる可能性が高い。ということは、だ』」
キングジョージに出走してくる……つまりは
「『レースで走ることになる……ってことか』」
「『そう言うことだ。欧州最強の名は伊達じゃない。キングジョージは厳しい戦いになるぞ』」
「『おや?アンカデキメルゼさんはキングジョージに出走するのですか?』」
ダラカニさんが不思議そうに質問してきます。あ、そう言えば知らないのか。
「『……はい。エクリプスステークスとキングジョージに。そして……セントレジャーと凱旋門賞も挑戦します』」
僕の言葉にダラカニさんの表情が……厳しいものになる。こっわ!?え、な、なんか粗相しちゃった僕!?
「『……本気で言っているのですか?』」
「『僕は常に本気だ』」
「『……セントレジャーから凱旋門賞にチャレンジして、両方を制したウマ娘は存在していません。あのニジンスキー様ですら成しえなかった偉業です。それを……あなたが?』」
な、なんか怖いけど……そんなの当り前じゃないですか!というか、不可能だと思われていることに挑戦していると思えば燃えますよ!
「『そうだ。僕は全てのレースを勝つつもりで走る。負けるつもりで走るウマ娘などおるまい』」
「『……成程』」
ダラカニさんは目を細めた後、静かに目を閉じて。やがて考えが纏まったのか表情が戻りました。
「『あなたのそれが恐怖を乗り越える勇気か、それとも恐れを知らない蛮勇か……見定めさせてもらいましょう。ひとまずは、今日のところはこれで失礼いたします』」
深くお辞儀をした後、ダラカニさんは去っていきました。その後、師匠が僕の背中をまたバンバン叩きます。だから痛いんですって!
「『HAHAHA!やっぱりお前は面白い奴だなぁシルバーラビット!だが、それが良い!』」
「『し、師匠……』」
「『なぁに!俺が教えるんだ、お前なら勝てるさ!』」
し、師匠……!嬉しいこと言ってくれるじゃないですか!
「『んじゃ。勝つためにもっと厳しいトレーニングにしなきゃな!』」
「……What's?」
「『何とぼけた声出してんだ?当たり前だろ。今のままじゃデイラミに勝てねぇぞ』」
そう言うと師匠は笑顔を浮かべて……なんか僕の脳が警報を発してるんですけどぉ!?
「『に、逃げ……』」
「『逃がすわけねぇだろ?んじゃ、早速トレーニングだ我が弟子!まずはその特製のシューズにこの重りを背負ってグラウンド走ってこい!』」
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
クッソ重てぇぇぇぇぇぇぇ!?何十キロあんですかこの重り!ちくしょーめ!
「そう言えば、アドマイヤベガは次走どうするの?」
「私はパリ大賞に出走するつもりよ」
「そっか。じゃあ調整しておくね」
「えぇ。頼んだわ」
ちくしょおおおおおおおお!やってやらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
増えるトレーニング!さらっと明かされるアヤベさんの次走!