──イギリス遠征が始まってそれなりの時間が経った。私は変わらず練習をしている。けれど……あの子と比べれば全然のように思えるけど。
「師匠!流石に慣れてきました!この調子ならいけそうですよ!」
「『よーし!なら負荷を増やすぞ!大丈夫だ我が弟子、お前ならいける!』」
「分かりました師匠!なんでしょう、もう負荷が増えることがなんとも思わなくなってきましたよ!」
アンカさんはあのビッグ・レッド……セクレタリアトさんの師事を受けている。聞くところによると、日本ダービーでのアンカさんの走りに興味を持ったかららしい。自分と同じ走法をするウマ娘、興味を抱くのは必然かもしれない。だって、アンカさんとセクレタリアトさんの等速ストライドは……現状2人しかできない走りだから。
以前、セクレタリアトさんに聞いたことがある。自分にも等速ストライドはできるだろうか?と。答えなんて分かり切ってたけど、それでも聞くだけ聞いてみた。
セクレタリアトさんの返答は……NO。できないという回答だった。
「『正確にはできないことはねぇ。だが、シルバーラビットと同じトレーニングをしたら間違いなくお前の身体はぶっ壊れるぞ。ありゃシルバーラビットだからこそできるトレーニングだからな』」
「『……自覚あるんだったらアンカさんのトレーニングを見直した方が良いんじゃないでしょうか?』」
「『そいつは無理な相談だ!だってシルバーラビットは文句を言いつつもしっかりとこなしてるからな!いやぁ、本当に面白いのなアイツ!』」
「『……』」
「『ま、俺から言えることは……お前には等速ストライドは向かないってことだ。お前にはお前の武器がある。それを活かすために頑張ってトレーニングに励めよ!悩んで悩んで、自分だけの走りを見つけろ!』」
セクレタリアトさんは私を励ますように言って去っていった。
「私には向かない……か」
ハッキリ言って、アンカさんの等速ストライドは反則のような技術だ。どんなバ場だろうがどんな距離だろうが即座に対応し、コーナーのカーブであっても加速が止まらない。レースのどこでも減速しないという全てにおける理想の走りだ……まぁ、その分途方もない努力が必要なのだけれど。実際アンカさんも悲鳴を上げながら頑張っているところだし。
では、私の武器とは何だろうか?それが分からなかった。
「う~ん……アヤベさんの武器、ですか」
「えぇ。カレンさんが思う私の武器は何かしら?」
ひとまず、手当たり次第に聞いてみることに。
「やっぱり末脚じゃないですか?アヤベさん、瞬発力凄いですし!後方からの追い込みが得意ですよね?」
「……やっぱり、そうかしら?」
カレンさんが思う私の武器は、末脚。まぁ、これには私も自信を持っているのだけれど……世界相手に戦えるかと言われれば、正直微妙なところでもある。
次はタキオン。彼女に聞いてみたところ、こう答えた。
「君、意外と負けず嫌いだろ?それは君の強みになるんじゃないのかい?」
「……そんなに負けず嫌いかしら?私」
「あくまで私の主観だがね。まぁ後はそのストイックさも弱点でもあり強みでもある。それぐらいかな?」
「負けず嫌いと、ストイックさ……」
けど、ストイックさに関してはアンカさんに負け……いや、あれはストイックと言えるのかしら?
最後に……アンカさんのトレーナー。
「う~ん……アドマイヤベガの弱点、か」
「えぇ。忌憚のない意見を聞かせて頂戴」
アンカさんのトレーナーは少し唸った後……聞いてきた。
「それを聞いて、君はどうしたいのかな?」
「……どういう意味かしら?」
私が少し不機嫌気味になったのを察してか、慌て始めた。別に、怒っているつもりはないのだけれど。
「いや!確かに俺が思う君の弱点を教えることはできるけど……それを聞いて、君はどうするのかなって。純粋にそう思っただけ」
「弱点を聞いて、どうしたいか……」
「うん。なんで君がそんなことを聞いてきたのかは敢えて聞かないけど……でも、同じ土俵で戦ってもアンカには勝てないよ。それだけは言っておく」
「……」
それは、分かってる。アンカさんには勝てないって……「だって、さ」ん?どうしたのかしら?まだ続きがあるみたいだけど。
「アンカにはアンカの強みがあって、アドマイヤベガにはアドマイヤベガの強みがあるわけだろ?だったら、同じ土俵で戦う必要はない。君は君の強みを活かして、アンカに挑めばいいんだから」
「私の強みを……活かして……」
セクレタリアトさんにも言われたこと。
「そう。確かに今アンカは等速ストライドを修得しようとしている。あのビッグ・レッドだけが可能にした、全てにおいて理想の走り……だけど、決して無敵というわけじゃない。それは君も分かっているよね?」
「……えぇ」
「だから、さ。アンカに勝つために弱点を埋めるんじゃなくて、強みを活かして挑めばいいんじゃないかな?君だったら……直線の末脚とか!後はその強みを活かすためにどうすればいいのか、何をするのが良いのか……それを考えるのが良いと思うよ。俺は」
「……なら、どうすればいいと思う?」
「う、う~ん……俺は君の本来のトレーナーじゃないけど……」
「大丈夫よ。この遠征においては、あなたが私のトレーナーなんだから。だから、いろんな意見を聞かせて」
「……そうだね。だったら、君の末脚を長く使うためにスタミナや脚の筋肉を鍛えるとか。一番現実的なのはこれかな?」
「成程……他には?」
「他には……」
それから色々と聞かせてもらった。アンカさんにおんぶにだっこだと聞いていたけれど……そんなことはなかった。とても有意義な時間だった。
そこから私は自分の強みを活かすために練習に明け暮れた。私の次走は、パリ大賞。パリ大賞典とも呼ばれるそれは、フランスのパリロンシャンレース場で行われるレース。日本で言う皐月賞やダービーのように、クラシック級限定のレースだ。
「ハッ、ハッ、ハッ」
小気味の良いリズムで走り続ける。今の私に足りないのは……長く使える脚。だから、脚を重点的に鍛えることにした。
「アドマイヤベガ。君の強みを活かすために、脚の筋肉を重点的に鍛えるトレーニングメニューにしたよ」
「助かるわ」
「珍しいですねアヤベさん!アヤベさんって、前から1人で何でもやってやる~ってカレンは思ってたんですけど」
「……そうね。最初は、そう思っていたわ」
けど、それだけじゃ限界がある。そのことを私は、アンカさんとのレースで強く実感した。
「私1人でやれることは限界があるわ。だから、カレンさんも協力してくれる?」
「~~ッ!あ、アヤベさんがカレンを……!まっかせてください!カレンも頑張ってアヤベさんの力になりますよ!」
「さて、ではアヤベ君。これは滋養強壮のドリンクだ。安心したまえ、変な成分は入れていないし、副作用もない。トレーナー君で臨床済みさ」
「……ありがとう」
後は、こっちのバ場に慣れるためにできる限り走り込むようにした。身体に影響のない範囲で、隙間時間を利用して走り続けた。
(パリロンシャンレース場は芝が重いことで有名……だから、パワーをつけなきゃ)
とにかく、ひたすらに走り込む。暇さえあれば走る。たまにカレンさんやトレーナーに見つかってやんわりと怒られたけど。ただ、その甲斐もあってかそれなりに対応できるようになった。
(でも、それなりじゃダメ。完璧に対応できるようにならないと)
走り込みは止めなかった。後は、たまにアンカさんと一緒に併走をした。
「ふ、アヤベさんの方から併走のお誘いとは、ね」
「意外かしら?」
「そうでもないさ。友に頼られて、嬉しくないものなどおるまい」
「……それもそうね」
着実に強くなっていってる。その実感があった。
そして、アンカさんが海外の緒戦であるエクリプスステークスに出走した。結果は……8バ身差の圧勝。なんというか、全然余裕そうだったわね、あの子。
「私も、負けていられないわ」
明日にはパリ大賞のためにフランスへと足を運ぶ。現地の芝に、少しでも慣れておかないといけないから。
現地に着いて、実際に走ってみて感じたことは……意外とこんなものか、という感想だった。
(重いって聞いてたから身構えていたけど……アンカさんの言うように、そうでもないわね)
これなら、問題なく私の脚が使える。そう判断した。何より、パリロンシャンレース場の直線は東京レース場とほぼ同じ。なら……私の末脚が輝く。唯一の懸念点は、最初のポジション争い。パリロンシャンレース場の高低差は中山レース場の倍はあるというのだから、かなりタフなレースになる。
(……まぁ、ポジション争いに関しては問題ない。いかにして冷静にレースを運んで勝利するか。それが重要)
早速アンカさんを誘って併走をした。アンカさんもいずれは凱旋門賞を走るみたいだし、彼女のトレーナーからしても願ったり叶ったりだろう。そして、たまにセクレタリアトさんも併走に混ざってくれた。あのビッグ・レッドと走れるとなって委縮したけど。
「『そう身構えるなベガ!なぁに、お前も強くなるさ!』」
「『……何を根拠に?』」
私の言葉に、セクレタリアトさんが笑う。
「『お前の目は死んでねぇ。挑戦し、食らいつく目をしている。そういう目をする奴は例外なく強い!俺の持論だ!』」
「『……あなたのお眼鏡に適うなんて、光栄ね』」
「『HAHAHA!では、早速併走をするとしようか!頼んだぞ、シルバーラビットのトレーナー!』」
こうして始まった私達の併走。まぁ、結果としては……私とアンカさんはセクレタリアトさんに1回も勝てなかったのだけれど。基本的に4バ身以内に収まっていたから、上々なのかもしれない。
「どう?アヤベさん。師匠速いでしょ?」
「……そうね。あなた、良くあんなのとほぼ毎日併走出来るわね」
「まぁね……でも、さ」
「えぇ。そうね……」
私達は……お互いの顔を見合わせて笑う。
「「だからこそ燃える」」
壁は高いほど燃える……アンカさん、あなたがいたおかげで分かったことよ。
パリ大賞を目前に控えた今日。私は……星を見ながら誓う。
「……見てる?私、明日は世界で走るのよ?強い人達がたくさん出走する。だけど……私が一番に駆け抜けてみせるわ。走れなかったあなたの分も背負って……私は、勝ってみせる」
生まれてくるはずだった妹、あの子のために……私は明日のレースを勝ってみせる。あの子のために……私は、楽しんで走らなきゃ。
迎えたパリ大賞典。勝負は……フォルスストレートを抜けて、最後の直線に入った。ここで……仕掛ける!
「ッ!フッ!」
全力で、全霊で駆け抜ける。芝は問題ない、スタミナも余裕がある。脚も……まだ全然使える!
《さぁ最後の直線だ!泣いても笑ってもこれが最後の攻防!果たしてパリ大賞を制するのはどのウマ娘か!?……おぉっと!ここでアドマイヤアドマイヤ!日本のアドマイヤベガが外後方から猛烈な勢いで上がって来たぁ!これは凄い末脚だ!まさしくその走りは流星のごとく!
《アドマイヤベガは終始冷静にレースを展開していたからね!序盤のポジション争いには加わらず、最後方で力を蓄えていたのさ!自分ならこの最後の直線で全員追い抜ける……そう思っていたかもしれないね!》
《凄まじい自信だな!だが、その豪胆さは嫌いじゃないぜ!さぁ先週のサンダウンで見せたアンカデキメルゼ、そしてサンクルーを制したエルコンドルパサーに続いて日本勢が制するかパリ大賞!残り200m、決着はもうすぐそこだ!》
ただがむしゃらに走っていると……私の景色がひび割れて一変した。まるで、流星のように落ちていく感覚を覚える。
(あぁ……成程。あなたは……)
「確かにそこにいるのね……」
生まれてくるはずだった妹。妹はこの世にいないものだと思っていた。だけど……ちゃんと、私の中にいて、私を見守っていたのね。
私は駆け抜ける。ただ目の前の勝利に向かって。そして……最後のウマ娘を追い抜いて。私はパリ大賞を制した。
《1着はアドマイヤ!アドマイヤベガだ!パリ大賞を制したのはアドマイヤベガ!後方からのごぼう抜き!これは実にエキサイティングな勝ち方だ!そしてアドマイヤベガはこれがG1初勝利!おめでとうアドマイヤベガ!》
《おいおい!?彼女程の実力者がG1取ったことないだなんて、日本は魔境かい!?どう見てもクラシックの1つや2つは固い実力だろ!》
荒い呼吸をしながら、必死で息を整える。
「ハァ……ハァ……ッ!」
掲示板を見て、私は……自分が1着で駆け抜けたことを改めて確認した。
「~~ッ!」
思わずガッツポーズ。らしくないけど、たまにはいいわよね?
(ちゃんと、私の中で見てた?私、勝ったよ。世界を相手に、私は……ッ!?)
瞬間、左脚が痛んだ。鈍く、それでいて無視できない痛みが私の左脚を襲う。けど、それも一瞬のこと。
「……?」
良く分からない。けど……無視はできない。後で、医者に行く必要があるわね。
ひとまず私は、観客席にいるみんなに控えめに手を振る。……アンカさんに言えた義理じゃないわね。私も。
(次走も……考える必要があるわね)
特に決めてはいない。ただ……もう一度アンカさんと競いたい。だから、走るとすれば……セントレジャー。私も、挑戦してみようかしら?
あ、アヤベさんに不穏な影が。