あ、どうもみなさん。ラスカルスズカです。早速ですが私は今……
「お姉ちゃん!?今日はスピカのトレーナーさんから走るのはダメって言われてなかった!?」
「離してラスカル!それでも……それでも!私の先頭の景色は譲らない……!」
「何言ってるの!?」
走りにいこうとしているお姉ちゃんを必死に止めています。
サイレンススズカ。私にとって、自慢のお姉ちゃん。小さい頃から走るのが大好きで、私はそんなお姉ちゃんの後をついていってた。お姉ちゃんが大好きだから……というのもあるけど、一番の理由は。
(走ること以外が二の次だから、目が離せない……!)
そう、お姉ちゃんは走ることができればそれ以外を蔑ろにしがちだから、心配で目が離せないんです!この前も土砂降りの中走っててエアグルーヴ先輩に怒られてたのに……!お姉ちゃんはエアグルーヴ先輩の問い詰めに対して。
「だって、走りたかったから。だったら走るしかないじゃない?」
とか平然と言い出すんです。あの時のエアグルーヴ先輩の表情は忘れられません。呆れというか、最早諦めの境地に達したあの表情は。
お姉ちゃんと格闘することしばらく。なんとかお姉ちゃんを宥めることに成功した私は、訳を聞いていた。
「それで、お姉ちゃん。今回はどうして走ろうと思ったの?スピカのトレーナーさんから止められてたよね?スぺさんから聞いてるよ」
お姉ちゃんはとても不服そうな表情で私を見ている。いや、そんな表情されても。
「ラスカル、外の景色を見て」
「……晴れてるね」
「でしょう?走ったら、とても気持ちよさそうじゃない?」
「まぁ、確かにそうだね。走ったら凄く気持ちよさそうだね」
「でしょう?だったらもう走るしかないと思うの。これって当り前のことじゃない?」
「走るのを止められているっていう前提でお姉ちゃんがそう言ってるならどうかと思うよ私は」
うん、そんなことだろうとは思ってたけどさ。でも走るの止められてるんだから止めようよお姉ちゃん。
「……ッ!そうだわ、ラスカル。提案があるんだけど」
「どうしたの?お姉ちゃん」
名案が浮かんだというお姉ちゃんは、自信満々に言い放つ。
「ラスカルも一緒に走りましょう。そしたらいいんじゃないかしら?」
「何をもって良いと考えたの!?そもそも走るのがダメだって言ってるよね!?ジャパンカップも終わったばかりなんだから、もうちょっと休まないと!」
「……」
「そんな不服そうな目で私を見ないでよ!?」
結局その押し問答を1時間近く続けて。ジョギング程度なら大丈夫だという許しを貰って事なきを得た……私も一緒にジョギングしよ。
「フフ……やっぱり走って正解ね。とっても気持ちが良い!……ジョギングしかダメなのが残念だけど」
「当たり前だよお姉ちゃん……むしろジョギングの許しが出ただけでも良かったって思わなきゃ。ジャパンカップも終わったばかりなんだからさ」
走るのを止められている理由は簡単で、ジャパンカップが終わった直後だから。疲れが抜けきっていないだろうってことで、スピカのトレーナーさんから走るのを禁止されていた。私も、本来ならトレーナーさんに休みを言い渡されてたんだけど……姉の付き添いと言ったら承諾してもらえた。
先日のジャパンカップを思い出す。お姉ちゃんはずっと先頭で逃げていた。超ハイペースで逃げていたけど、最後には掴まってしまって。最終的には掲示板外に沈んでしまった。まぁ、私も掲示板外なんだけど。勝ったのは、私の同期のアンカちゃん。
「やっぱり凄いよなぁ……アンカちゃん」
「どうしたの?ラスカル。急にアンカさんの名前を出して」
「あ、うん。この前のジャパンカップのこと思い出してて」
「ジャパンカップ……」
言ってから、気づいてしまった。お姉ちゃん的には思い出したくないレースだったんじゃないかって。恐る恐るお姉ちゃんのほうを見る。
「ずっと、先頭で逃げることはできなかったわ。途中で捕まってしまった」
「お姉ちゃん……」
けど、お姉ちゃんの表情は晴れやかとしていて。
「でも、今度走った時は私が逃げ切ってみせるわ。私の景色は誰にも譲りたくないもの。だから、私はこれからも走り続ける」
なんというか、お姉ちゃんらしいと思った。思わず笑みがこぼれる。
「……そっか。あんまり引きずってないみたいで、安心したよ」
「引きずる暇なんてないわ。そしたら、他の子達に追いつかれちゃうじゃない。スぺちゃんもテイオーも、ウオッカ達だってどんどん強くなってる。私も、先輩として負けていられないわ」
「アハハ。そうだね……私も、頑張らないとなぁ」
「う~ん……何かアドバイス出来たらいいんだけど……」
お姉ちゃんは困ったような笑みを浮かべて、申し訳なさそうに謝ってきた。
「私とラスカルじゃ、脚質から適性まで何もかも違うから教えられるものがないわね……ごめんなさい」
……お姉ちゃんの教えは、感覚的なことばかりだから参考にならないということは黙っておこう。
「まぁ、お姉ちゃんは中距離で、私はステイヤーだもんね。トレーナーさんにもそう言われたし」
「ステイヤーと言えば、フクキタルは元気にしているかしら?遠征に行ったきり、会ってないから」
「フクさんも元気にしてるよ……変な占いやってはトレーナーさんに咎められてるけど」
「……まぁ、それもフクキタルの個性だから」
ジョギングしながら色んなことを話す。遠征で会えなかったから、積もる話もある。
「そうだわラスカル。そろそろ同室の子がいないと眠れない問題は解決したの?」
「……残念ながら無理です」
「気持ちは分からないでもないけど、同室の子だって遠征があるだろうから。慣れないとダメよ?」
だって無理だよ!寂しいじゃん!?
「後はそうね……同期の子達とは仲良くやってる?」
「う~ん……アヤベさんとか、トップロードさんとかはそれなりに話はするかな?オペラオーさんは菊花賞以降仲良くなったよ。アンカさんは……良く分かんない」
「確かにあの子、表情がほとんど変わらないものね。それに、周りを威圧するような雰囲気を纏っているらしいし……私はそんなもの感じなかったのだけれど」
「悪い子じゃないよ。ただ、アンカさん周りと関わるってことがほとんどないから」
遊びに行くこともほとんどないらしい。もっぱら学園でトレーニングをしているか、寮の自室にこもりっぱなしだとか。ストイックだなぁ、だからあんなに強いんだろうけど。
お互いに会話をしながらジョギングをしている中、お姉ちゃんが唐突に噴き出した。
「ふふっ」
「?どうしたのお姉ちゃん」
「あ、ごめんねラスカル。思えば……ラスカルとこういう風にゆっくりと話をするのも随分久しぶりだなって思って」
「あ~……学園ではあんまり話さなかったもんね。それにお姉ちゃん最近までアメリカに遠征してたし」
お互いチームに入ってからは、チームの練習もあって学園では中々会う機会がなかった。それにお姉ちゃんは最近までアメリカ遠征してたし、こうしてゆっくり話すのも随分久しぶりのように感じる。
「夜、寂しいからってビデオ通話することはしょっちゅうあったけどね?」
「ちょ!?言わないでよお姉ちゃん!」
「どうして?良いじゃない。ラスカルの可愛いところよ」
「お姉ちゃんっ!」
「はいはい」
ま、全く……!確かにそうだけどさ!
「というか!お姉ちゃんだって人のこと言えないでしょ!?私がお姉ちゃんにかけるのと、お姉ちゃんが私にかけるビデオ通話の回数ほとんど一緒じゃない!」
「だって寂しいもの。仕方ないじゃない」
「開き直った!?」
「それに、私はラスカルとお話しするの好きよ?ラスカルはそうじゃないの?」
「うぐぐ……!す、好きだけどさ……」
「そう、良かったわ」
お姉ちゃんは微笑む。うん、なんというか……私のお姉ちゃんは天然だ。今日も平常運転である。
「それにしても……来年からどうなるかなぁ、私」
「何か不安でもあるの?」
「不安……というか、同期の子達みんな強いから。どうしても、ね」
海外のパリ大賞を勝ったアヤベさん、まだG1勝利こそないけど重賞を勝ってるトップロードさん。最近、リギルの先輩達と特訓に励んでいるらしいオペラオーさん。特にオペラオーさんは虎視眈々とその牙を研いでるって噂。来年以降、化けるかもしれないってトレーナーさんは注視してた。後は……なんかバグみたいな成績を残してるアンカさん。うん、冷静に考えてあの子の成績はおかしい。身体が丈夫ですませていい範疇じゃないと思う。
同期の子達はみんな強い。私は……お姉ちゃんの妹だからって注目されてるけど全然だ。
「はぁ……」
「そんなに不安かしら?」
「まぁ、ね。どうしても考えちゃうよ……私、中央でやっていけるのかな~って」
「そうね……無責任に聞こえちゃうから、やっていけるだなんて軽い言葉は言えないわ」
でも、と前置きしてお姉ちゃんは続ける。
「ラスカルの走り、私はとても好きよ。それにまだクラシック級が終わったばかり。これから挽回するチャンスなんていくらでもあるわ。だから頑張って、ラスカル。私は応援してる」
「お姉ちゃん……」
「それに、ラスカルがこれから強くなる可能性なんていくらでもあるわ。だから、走る前から諦めちゃダメ。そしたら、勝てるレースも勝てなくなるわ」
……お姉ちゃんに励まされた。うん、そうだね。弱気は良くなかった。私は、頬を叩いて気合を入れる。
「……お姉ちゃん。私、頑張ってみるよ!いつかきっと、G1を勝ってみせる!」
「その意気よラスカル!それにしても……!走りたくてウズウズしてきた……!」
「え?お姉ちゃん?」
「ラスカル!私走ってくるわ!」
お姉ちゃんはそのまま加速していった……って!?
「待ってお姉ちゃん!走るのダメって言われてたでしょ!?」
「ゴメンねラスカル!でも……この衝動は止められないの!それにこれは特訓よ!私に追いついてみなさいラスカル!」
「お姉ちゃん!……あぁもう!絶対こうなるとは思ってたけどさぁ!」
悪態はついているけど、私は自然と笑みをこぼしていた。笑顔で走っているのは、お姉ちゃんもそう。2人で仲良く、小さい頃からそうしてきたように……走っていた。
まぁ。そのことがバレてスピカのトレーナーさんに怒られたんだけど……。
「で?なんで禁止令を破って走ってたんだ?スズカ」
「走った方が、気持ちよさそうだったから……」
「あ~……ラスカル。止められなかったか」
「は、はい……すいません、沖野トレーナー」
「むしろ謝るのは俺の方だ。お前もジャパンカップの疲れが抜けきってねぇだろうに、スズカに付き合わせちまったからな。悪かった」
「い、いえ!むしろ良いリフレッシュになったというか……」
「……まぁあまり抑制しすぎるのも良くねぇって話だ。リフレッシュになったのなら良かったよ」
お姉ちゃん、得意げな表情してるけどもうちょっと反省した方が良いと思うよ。
「ただし!今からメディカルチェックを受けてこい!勝手に走ったんだからな、その分の罰も覚悟してもらうぞ!」
「……」
「そんな不服そうな表情してもダメだ!ほら、早く病院行くぞ!」
結局私達2人は病院でメディカルチェックを受けることになった。結果は……異常なし。健康体そのものだった。
スピカのトレーナーさんはその後、私のトレーナーさんのとこに謝りに来ました。けど私のトレーナーさんは、むしろ私をリフレッシュさせてくれてありがとうって言ってました。ただ、さすがに走ってしまったことに対してちょっと咎めるように言ってましたけど。特にわだかまりもなくこの件は終息しました。
「……うん!頑張るぞ、私!目指せG1制覇ー!」
私は気合を入れて練習に励む。いつか、G1を制覇して……お姉ちゃんに追いつくために!
──ラスカルスズカが、【世紀末覇王】を始めとする、並み居る強豪ウマ娘を下して天皇賞を制することになるのだが……それはまだ、遠い先のお話である。
姉のことが嫌いな妹はいない、妹のことが嫌いな姉はいない……私の好きな言葉です。これが、兄や弟の場合も然り。