……ふぅ。ようやく沈静化してきましたか。
「ひ、疲弊ッ。さすがに疲れた……。たづなよ、そっちは大丈夫か?」
「理事長……えぇ。なんとか……」
なんで私達がこんなに疲れているかって?アンカデキメルゼさんが海外で話題になったからに決まってるでしょう!?しかも今回に限ってはあの子が悪いとは言えませんし……。でも、さすがにこの1ヶ月近くず~っと、ず~っと残業だったんですよ!?しかも日付が変わった後も!愚痴ったっていいじゃありませんか!
あの子、アンカデキメルゼさんは海外でも目覚ましい活躍をしています。日本のウマ娘として初めてのエクリプスステークスとキングジョージを制したのもそうですが、何よりも欧州最強と呼ばれているデイラミさんを下してのキングジョージは記憶に新しいですね。……まぁ、レース後にデイラミさんにハグされていたことでこちらの方に問い合わせが殺到したわけですが。
「な~んですか!?アンカデキメルゼさんとデイラミさんの関係なんて!我々が把握してるわけないでしょ~!?そんぐらいちょっと考えたら分かるでしょ~!」
「ほ、崩壊ッ!?落ち着くのだたづなよ!気持ちは凄く分かるが落ち着くのだ!」
……ハッ!私はなにを?いけませんね、疲れが溜まっているせいで自分でも何をやっていたか分からなくなりました……。
でも!残業続きの日々もこれで終わりです!なんてったって、溜まってた仕事は全部片づけましたし、今日は他の仕事もありません!つまりは、久しぶりに定時で帰れ「ピピピッ!」……なんか、猛烈に嫌な予感がするんですが。
「……たづなよ」
「理事長。我々は何も聞いていません。この電話の音は幻聴です。良いですね?」
「無理ッ!?さすがに取らないわけにはいかないだろうッ!?」
だぁって!絶対嫌なことがあるじゃないですかー!このタイミングで電話なんてー!……まぁ取るしかないんですけど。理事長が電話を取ります。
「……もしも《Ms.秋川!》き、驚愕ッ!?アメリカのトレセン学園の理事長ではないかッ!?」
……嫌な予感的中ですかね?
「ぎ、疑問。唐突にどうしたのだ?凄く興奮しているようだが」
《いやなに!君のところに所属しているウマ娘……AnkaDeKimeruzeだったか?彼女は素晴らしいな!まさか……セクレタリアトの走りを完全再現しているとは思わなかったよ!いや、実際にはキングジョージでそういう噂はあったんだが実物を見るまでは信じられなくてね。しかし、実際に目の当たりにして目が飛び出そうになったよ!まさにamazingでexciteなレースだった!現地で興奮しっぱなしだったよ!》
……アンカデキメルゼさんはアメリカに渡ったという話は聞いていましたが、どうやら最近レースだったみたいですね。仕事が忙しくて頭の中から抜け落ちていました。それにしても、向こうの理事長の方はアンカデキメルゼさんを絶賛するように素晴らしさを語っています。それと同時に、私達は誇らしい気持ちになりました。
(色々とやらかしてしまう子ですけど……やっぱり向こうで活躍しているという話を聞くのは嬉しいものですね)
どこにいても、我々の愛すべき生徒であるということは変わりません。帰ってきたら、褒めてあげないといけませんね。アンカデキメルゼさん。
《そうそう!それで今回連絡を入れた理由なんだが……》
「歓喜ッ!なんでも言ってみるがいい!」
理事長もアンカデキメルゼさんの活躍が嬉しいのかとても上機嫌です。それにしても、理由とは何でしょうか?
《いやぁ……AnkaDeKimeruzeのことなんだが、予想以上に反響が凄くてね。彼女を是非アメリカに!という声があまりにも多いんだ》
おっと?雲行きが怪しくなってきましたね?
《我々もそれはさすがに向こうに話を通さないと厳しいとは言っているんだが……セクレタリアトの後継者が現れたということで、こっちは連日大盛り上がりなんだ。なんせ、セクレタリアトの名前を冠したレースで、セクレタリアトの走りを完全再現したウマ娘が、マイル戦で大差をつけて勝ったわけだからね。そりゃまあ盛り上がるというか》
……え?大差?レースを見てないので何とも言えませんけど、ヤバくないですか?それ。
「……嫌疑ッ。まさかとは思うが」
《近々Ms.秋川のところにも大量のmessageが届くだろうからよろしくね!それじゃあこっちはこっちでまた対応しなきゃいけないから!goodbye!》
「懇願ッ!?待ってくれ!こっちはようやく対応が……ぜ、絶望ッ。切れてしまった……」
そして、それと同時に鳴り渡る……
「ジリリリリッ!」
「ピピピピッ!」
「prrrrrrr!prrrrrrr!」
大量の、電話の音。……ふぅ。
「理事長?」
「……残ッ!業ッ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
誰か私達に安息の日々をくださぁぁぁぁぁぁい!
……?なんかたづなさんと理事長の悲痛な叫びを聞いたような気がしますね。気のせいでしょうか?
「アンカ、それはなにをやっているの?」
「……揚げバターをハチミツに漬け込んでシナモンシュガーをかけている」
「……カロリー爆弾でも製造してるの?」
「これも神の啓示(安価)だ……仕方あるまい」
これ食っても生きていけるよね?僕。とりあえずハチミツに漬け込み終わったのでシナモンシュガーをかけて食べますが……うん。これ食ったら太りそうな味がする。まさにカロリーの暴力。
「そういえばアンカ君は全然太らないねぇ……いや、原因は分かっているが」
「まぁアンカは食べた分だけ運動するからね。そりゃ太るわけないよ」
「タキオンか。どうした?」
「なぁに。いつもの計測の時間だよ」
「む、もうそんな時間だったか。では早いところこの甘味の暴力を腹の中に収めるとしよう……1個食うだけでもヤバいなコレ……」
とりあえず早いとこ食べてタキオンの実験に協力します。
タキオンの実験に関してですが、これはタキオンが我がチームに加入してからそれなりの頻度で続けています。なんでも、タキオンは僕と違ってあまり脚が強くないらしく。ガラスの脚とも言われているらしい。だからあまり本気で走れないのだとか。僕に接触した理由も
『トレセン学園一頑丈な君の身体を研究することで、私の身体が丈夫になるヒントがあるかもしれないだろう?』
なんて理由だったりする。まぁ今はそんなこと関係なく普通に良好な関係を築けている……と、思いたい。
そんな僕達だが。もうアメリカを脱してイギリスに帰ってきている。アメリカを出る時はそれはそれはもう大変だった。滅茶苦茶に引き留められたし。何ならこっちのトレセン学園に編入してくれ!なんて言われたりした。しかも結構なお偉いさんから。丁重にお断りしたけど。
イギリスに帰ってきた時も驚いたなぁ。デイラミさんが待ち構えていたし。
『あぁ……っ!愛しのプリンセス、君がこの地に帰ってくる日を待ちわびていたよ!まさに、身を引き裂かれるような思いだった……!いつ君に会えるだろうか?いつ君はこの地に帰ってくるだろうか……!そればかりを考えていたよ!』
『そ、そうですか』
『黙れです。アンちゃんがどこに行こうがアンちゃんの勝手です。アンちゃんに悪影響だからさっさと去るです』
『おっと、これは小さなナイト様だね。ふふ、これもまた超えるべき障害……!燃えるね!』
『姉上がお騒がせしました。姉上、姉上も次のレースがあるんですからさっさと帰りますよ』
なんというか、かなりポジティブだよねデイラミさん。ヴィッパーはやたらと警戒しているけど。
「さてさて。では早速計測を開始しよう!頼むよ、アンカ君」
「任せろ。探求者である君が望む数値を引き出してみせるさ」
早速タキオンの計測を開始する。あ、ちなみに師匠もちゃんとこっちに来てますよ。今日は別件でいないみたいですけど。
「ッフ!」
早速走り込みを行ってデータを計測する。タキオンは……感激しているような表情を浮かべていた。
「いやぁ……相変わらず凄いねぇ。また数値が上がっているよ」
「当然だ。僕に限界なんてものはない。それで?研究には役立ちそうか?」
「無論だとも!私のガラスの脚を克服するためのデータは着々と取れてきている!これならば……私の目標が叶うのも夢じゃないねぇ!」
タキオンめっちゃ嬉しそう。いやぁ、僕もつられて笑顔になりますよ!
「……アンカ君。私は君に何か悪いことでもしたかい?凄い引き攣った顔をしているが」
笑顔のつもりなんだけどぉ!?
計測が終わったのでアヤベさん達と合流する。僕の練習は今日はこれで終わりだ。ま、この後安価でトレーニングするんだけどね!……というか、こっちに帰ってきた時イギリスのウマ娘達の反応がアレだった。
「『見て、クレイジーラビットが帰って来たよ』」
「『本当だ!またあのクレイジーな量のトレーニングするのかな?』」
「『あれ見てると本当にクレイジーだって思うよね。まさにクレイジーラビット!』」
誰がクレイジーラビットだゴラァ!?というか、イギリス中でそう呼ばれていることをダラカニさん経由で教えてもらったけど、酷すぎんだろ!
……ちょっと、走り込んでみましょうか。
「ハッ、ハッ、ハッ……!?ツゥ……ッ!」
走り込んでいると、左足に痛みが走った。みんなが心配するように駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?アヤベさん!」
「大丈夫!?アドマイヤベガ!」
「へ、平気よ……」
「……ふぅむ。医者の方が言うには何の問題もないようだが」
「だが、現実としてアヤベさんはこうして痛みを訴えている。病院を変えてみるか?」
「それも視野に入れるべきだろうね。丁度前回の検診の時に教えてもらった病院もあることだし、そこに行ってみようか」
私は、そんな会話を聞いていた。
ここ最近、走ろうとすると左足に時折痛みが走るようになった。ずっと……というわけではない。調子が良い日、痛みがない日もある。だけど、痛みが走る日はこうして走るのがキツイ時もあった。
医者の方が言うには特に異常は見当たらないとの話だった。ならば、この痛みは何だろうか?そう考えていたら……ある日の夢を思い出す。夢の中で、妹が申し訳なさそうな表情で私を見ていた。
「……ゴメンね、お姉ちゃん」
凄く辛そうな表情をしている。私には……放っておけなかった。
「どうして、謝っているのかしら?」
「……お姉ちゃんの、左足」
「そうね。時折、痛みが走るようになった。でも、それがどうかしたの?」
夢の中の妹は何も言わない。ただ……なんとなく、察しはついた。
「私のレース生活は……菊花賞で終わるはずだった。運命の輪から外れたことで、覆ったと思っていた。でも、覆らなかったのね?」
妹は涙を耐えるように頷いた。……ふぅ。
「まだ、覆らないと決まったわけじゃないわ」
「……え?」
妹を心配させるのは、姉として失格ね。だからこそ、私は誓う。
「今度のセントレジャー……私はアンカさんと戦う」
「で、でも!お姉ちゃんの脚じゃ!?」
「終わらないわ。私は……その後も、ちゃんと走ってみせる。だから……私の中で見守っていてね」
「待ってお姉ちゃん!待って……っ!」
そんな会話を唐突に思い出した。
この話は、勿論アンカさんのトレーナーにも話しているし、出走の件についても了承を貰っている。ただ、無理なようならすぐに走るのを止めることを条件に。アンカさんにも、私がセントレジャーステークスに出走することを伝えた。そしたら、彼女は一言だけ。
「勝負だ、アヤベさん」
それだけ告げた。
……正直なところ、かなり分が悪い勝負。でも、だからこそ……
「燃えるわね」
「何がですか?アヤベさん」
「いいえ。なにも。みんなに心配かけたわ。もう痛みも引いたし、大丈夫よ」
「ダメだよ。悪化したら元も子もないし、今日は軽めの調整にしようか」
「……不本意だけど、背に腹は代えられないわね。分かったわ」
私はトレーニングを続行する。アンカさんは……セクレタリアトさん特製のシューズと蹄鉄を履いて坂路を走り込んでいた。良くあのシューズで走れるわね。一度履いてみたけど、慣れそうになかったわ。
セントレジャーステークス……アンカさんとの対決。そこで私の、アドマイヤベガの運命が決まる。私は……運命の呪縛から逃れてみせるわ。
お労しやたづ上……。