──同一年でセントレジャーステークスから凱旋門賞に挑戦して勝ったウマ娘はいない*1。その理由として、レース間隔の短さが挙げられている。
セントレジャーステークスから凱旋門賞は中2週であり、しかも凱旋門賞は世界中からクラシック級・シニア級問わず猛者が集まってくることからレベルが高い。距離も長距離と中距離、ステップレースに使えるとは言い難いだろう。また、最近は中距離レースが盛んになっているということもあり、有力なウマ娘のほとんどはセントレジャーステークスを敬遠し、凱旋門賞か同月に行われるチャンピオンステークスに向かう傾向が強い点も挙げられる。そのため、セントレジャーステークスの権威は失墜しつつあった。
……だが、セントレジャーステークスの権威が失墜しつつあるのはこれだけが原因ではない。それは、あるウマ娘がこのローテに挑戦し、成し遂げることができなかったことも原因として挙げられている。
そのウマ娘の名はニジンスキー。稀代の快速ウマ娘として名を馳せた彼女は、勢いのままに2冠を取ってキングジョージを無敗で制した。秋の大目標を凱旋門賞と定めた上である。このままいけば、初めてセントレジャーから凱旋門賞を制したウマ娘が現れるんじゃないか?そう思わせてくれるだけの実力が、ニジンスキーにはあった。
だが、ニジンスキーは夏の間に突如として体調を崩す。皮膚病を患い、夏の間に満足な調整ができなかった。それでも何とか回復し、セントレジャーステークスに出走。ここを見事に勝ってイギリス3冠を手にする。だが、ニジンスキーの体調は思わしくなかった。
満足な調整のできないまま迎えた凱旋門賞。圧倒的一番人気に推されたニジンスキー。だが……結果はアタマ差2着の敗北。初めての敗戦を喫した。
その後もニジンスキーはチャンピオンステークスに出走するがここでも敗北。レースの世界から身を引いた。
当時圧倒的な強さを誇ったニジンスキーの敗戦。それが世間に与える影響は大きく。結果としてセントレジャーの権威は失墜することとなった。時代の変遷もあるが、圧倒的な強さを誇ったウマ娘の敗北が、セントレジャーの権威を失墜させてしまったともいえる。
その後も、セントレジャーから凱旋門賞に挑戦したウマ娘はもう1人いた。だが、そのもう1人もセントレジャーステークスこそ制したものの、凱旋門賞は8着と大敗。しかも前2戦で負った怪我が悪化してしまった。勝つことができなかったのである。これにより、セントレジャーの権威は完全に失墜することとなった──
「『……と、まぁ。これが俺の知ってる限りのことなんだがどうよ?』」
「『喧嘩でも売りに来たの?セクレタリアト』」
俺の目の前に座るニジンスキーは思いっきり耳を絞り、俺を睨みつけている。おぉ怖。周りの客共は俺達の様子を窺っている。ただ、なんでこんなところに?っつー感情が大きいんだろうな。戸惑ってら。
「『んにゃ別に。ただ事実を確認しただけだよ。そんな怒んなって!』」
「『喧嘩売ってるようにしか見えないのよ。無駄な時間を取らせないで』」
ニジンスキーは溜息を吐く。そう言わなくてもなぁ。ま、それよりも。
「『聞けよニジンスキー!シルバーラビット……俺の弟子がセントレジャーを勝ったぞ!どうだ?やっぱり強いだろアイツは!』」
「『……またあなたの弟子自慢?話はそれだけ?なら帰るわよ』」
「『待て待て待て!そう慌てんなって!前にも言ったろ?シルバーラビットは……このまま凱旋門賞に挑戦する気だって』」
ニジンスキーの耳がピクリと反応する。やっぱ気になるみたいだな。
「『……ワタシには関係ない』」
「『関係大有りだろ。セントレジャーの呪い……いや、ニジンスキーの呪いだったか?』」
セントレジャーから凱旋門賞に行ったウマ娘には不幸が降り注ぐ。なんともアホらしい与太話だ。ま、ニジンスキーがこのローテに挑戦してから同じローテをしたのはもう1人だけ。そしてそのもう1人も怪我が悪化しちまった。呪いなんて言われてもおかしくねぇかもしれねぇけど。
ニジンスキーは俺を睨みつける。怖いこって。ニジンスキーは溜息を吐く。
「『別に挑戦するのは勝手。だけど、挑戦したところであなたの弟子は勝てないわ……それは、歴史が証明してる』」
「『なんだ、つまらん奴だな。夢がねぇ』」
「『夢がなくて結構よ。叶わない夢を抱くよりは、よっぽどマシでしょ?』」
「『つまらん奴に成り下がったなニジンスキー。昔はもっとギラついた目をしてた気がするんだがな。そんなにショックだったか?セントレジャーの権威を失墜させたことが』」
「『黙りなさい……もう、どうでもいいことよ』」
ニジンスキーはそのまま立ち去ろうとしている。そんなアイツに、今日発行された新聞を投げ渡した。内容は……我が弟子が凱旋門賞挑戦を明らかにしたもの。そして、我が弟子の勝利を期待する声である。
「『凱旋門賞、必ず見に来いニジンスキー。俺の弟子が……くだらねぇ呪いをぶっ壊して、夢を掴むとこを見せてやるよ』」
不敵に笑いながらそう告げる。ニジンスキーは……新聞をテーブルの上に置いて今度こそ立ち去った。
「『くだらない。どうせ不可能よ』」
そう捨て台詞を吐いて。
……さて、焚きつけたは良いものの、アイツは来るだろうか?まぁ来るだろう。気にならねぇわけがねぇからな。
セントレジャーステークスが敬遠されている理由はまぁ色々ある。中距離が主流となっている現代でわざわざ長距離のレースに向かう物好きはいねぇし、もし向かうとしても3冠に王手がかかった状況ぐらいだ。それに3冠がかかってても回避する風潮も出てきている。加えて、元々このローテ自体もかなりキツイ。別にニジンスキーが悪いわけじゃねぇ。だが、セントレジャーからの凱旋門賞に挑戦すること自体を諦める風潮が強まったのは、やはりニジンスキーの敗北ともう一人のウマ娘……リファレンスポイント*2の敗北が決定的だったと言わざるを得ないだろう。
世界中は最早、セントレジャーステークスからの凱旋門賞というローテで勝つことは不可能だと考えている。あれだけ強かったニジンスキーとリファレンスポイントですらできなかったのだ。じゃあ誰にも達成できないだろうと思っているだろう。
そこまで考えて、思わず笑みがこぼれる。
「もしこんな状況でシルバーラビットが凱旋門賞を取ったら……ぜってー面白れぇことになるな!」
シルバーラビットの体調面に関しては今んとこ問題はない。後は調整していくぐらいだろう。やっべ、もしかしたらもしかするかもしれねぇな!笑いが止まらねぇ!
「期待してるぜぇ我が弟子!世界の頂点を取ってこい!」
俺は高笑いしながらそう吠えた。
いつもの練習場で特別製の蹄鉄とシューズを履いてトレーニングをしている僕。今日のトレーニング安価は……ショットガンタッチでした。トレーナーさんに付き合って貰って黙々とこなしています。いやぁ、本当に良い人だなぁトレーナーさん。まさに聖人!僕にはもったいないくらいのトレーナーだ!
「それじゃあアンカー!次いくよー!」
「ドンドン頼む!トレーナー君!」
着々とトレーニングをこなしていると、練習場に誰かが足を踏み入れました。はて?一体誰で「に、ニジンスキーさん!?」……え?
「『……アンカデキメルゼ。というのは、あなたで合っているからしら?』」
にににに、ニジンスキィィィィィィィィィィ!?ちょっとちょっと!またすげぇウマ娘さんじゃないですか!?
鹿毛の髪をショートカットにした長身のナイスバディさん!流石に師匠よりは小さいけど……胸大きいなぁ。思わず自分と見比べ……止めとこう。悲しくなるから。というか、海外のウマ娘ってみんな色々とデカくない?羨ましいんだけど。
「『聞こえているのかしら?あなたがアンカデキメルゼで合っているのかと聞いているのだけれど』」
あ、ヤバい!無反応だったからニジンスキーさんが不機嫌になってる!は、早く反応しないと!
「『いかにも僕がそうですが。一体何の御用で?』」
と、とりあえず無難に済ませよう。無難になっているかは分からないけど。ちなみにトレーナーさんは口をパクパクさせています。僕だって話しかけられてなかったらトレーナーさんの仲間入りをしていたことは間違いないね!
「『あなた、凱旋門賞に出走しようとしているらしいわね』」
「『それが何か?』」
「『悪いことは言わないわ。止めておきなさい』」
……なして?ニジンスキーさんは険しい顔つきで僕を見ている。ヤバい、滅茶苦茶圧が強い。すなわち怖い。で、でも出走を取りやめるわけにはいかない!
「『それは無理ですね』」
「『どうしてかしら?あなたとて、セントレジャーの呪いを知らないわけじゃないでしょう?』」
「『噂程度にはね。だが、所詮は噂……そんなジンクス、僕が塗り替えてやる』」
「『そうやって挑戦した子はあなた以外にもいたわ。だけど……その子はレースで怪我した場所が悪化してしまった。そしてワタシもセントレジャーの呪いに勝てなかった内の1人』」
まぁ、それは知ってる。結構有名な話だから。ニジンスキーさんは淡々と事実だけを告げてくる。
「『セントレジャーから凱旋門賞に直行して勝てたウマ娘はいない。それは歴史が証明しているわ。だからこそ、諦めなさい。これは、あなたのためでもあるのよ』」
「『……僕のためだと?』」
「『えぇ。あなたも出走したら、きっと良くないことが起こる。だから、今からでも遅くないから凱旋門賞に出走するのは止めなさい。話はそれだけよ』」
……成程ねぇ。だったら答えは1つだ。
「『バカバカしい。何が呪いだ』」
「『……なんですって?』」
ニジンスキーさんの目つきがさらに鋭く……怖い怖い!?滅茶苦茶怖い!
「『生憎だが、僕は今まで怪我をしたことがないし、これからも怪我をすることはない。故に、呪いなんてものは僕には効かない』」
「『……凄い自信ね。ただの蛮勇かしら?だとしても、止めといた方が良いわ。絶対に、ろくな目に遭わないし勝てないから』」
……さっきから気になってたけど。ニジンスキーさんの目……ちょっと濁ってるな。特に、凱旋門賞の話をした時からだ。これは多分……諦めてる?とか僕を本気で心配している?みたいな感じかもしれない。言葉はちょっと刺々しいけど、優しいウマ娘さん……なのかな?
心配してくれるのはありがたいけど、僕は逃げるわけにはいかない。だって……安価は絶対だからね!それから逃げるなんて、僕のポリシーに反する!一度やると決めた安価は絶対にやり遂げる!それが僕だからだ!
「『ふん。だったら、その呪いとやらを僕が祓ってやろう。凱旋門賞を勝利して……セントレジャーの権威を復活させてやる』」
「『……現実の見えていない蛮勇ね。ビッグ・レッドの弟子は、どうやら利口じゃないみたい』」
「『生憎と、不可能と思われていることを叶えることが僕の好きなことでね……凱旋門賞、取ってみせるさ』」
「『……そ。精々足掻きなさい』」
ニジンスキーさんはそのまま立ち去った……僕に、警告してくれたのかな?よくないことが起きるぞって。後はジンクス的な問題があるから。
「あ、アンカ!大丈夫だったかい!?」
「……問題ないさトレーナー君。それよりも、トレーニングを続けるぞ」
「……分かった。凱旋門賞を勝つためにも、しっかり頑張ろうか!」
トレーナー君の言葉に頷いて僕は練習を続ける。凱旋門賞も間近に控えてる。頑張るぞー!
ニジンスキーさん相手に啖呵切るアンちゃん。