アンカデキメルゼに警告した帰り道、自己嫌悪に陥りそうになる。
(……けど、キツイ言い方をしないと諦めてくれなさそうだし。それに、結局諦めなかったし)
我ながらどうかと思う。だけど、それだけ……セントレジャーからの凱旋門賞というローテはワタシにとって縁が深い。事情を誰よりも知っているからこそ、止めて欲しかったという気持ちはある。
セントレジャーステークスからの凱旋門賞連覇は不可能──過去に一度も制したウマ娘がいないことから、そんな話が上がっていた。後はまぁ、時代の変遷に伴って中距離は中距離路線、長距離は長距離路線として隔離されつつあるため、3冠でもかかっていない限りセントレジャーを回避する風潮は余計に強まっている。そして、その風潮を作ったのが……他ならない自分自身だということに苛立ちを覚える。
(言い訳をするつもりはない。だけど、ワタシが勝っていれば……もっと、セントレジャーの権威は保っていたはず……!)
ワタシは最初からセントレジャーを目標に据えていたわけじゃない。イギリスのクラシック3冠がかかっていたこと、そして凱旋門賞前に使えるレースがなかったからこそセントレジャーを走っただけなのだが、それでも……ワタシがセントレジャーの権威に止めを刺したことは間違いなかった。
夏の間に皮膚病を発症。満足な調整ができない状態でもセントレジャーステークスを勝つことはできた。だけど……万全な状態で凱旋門賞に挑むことはできず。一度は先頭に立ったものの、今までの無理がたたって最終的に差し切られてしまった。当時は、体調不良を言い訳に次は勝つみたいなことを言ってたような気がする。
(トレーナーにも、悪いことをしてしまった)
もしニジンスキーが負けるようなことがあればなんでもしてやるよ、と言うぐらいには自分の勝利を信じてくれていたのに……ワタシは期待に応えることができなかった。あまりにも不甲斐ない。
チャンピオンステークスも、なんとか凱旋門賞の負けを払拭しようと張り切り過ぎた結果……敗北してしまった。
そんな頃だっただろうが?ファンの間では、セントレジャーステークスの勝ち鞍は凱旋門賞に勝てないという噂が流れ始めたのは。
「あのニジンスキーですら勝てなかったんだ。じゃあこの先、セントレジャーから凱旋門賞のローテで勝てるようなウマ娘は現れないだろう」
みたいな噂が出てきたのである。
耳にした当初はそれは悔しかった。自分の不甲斐なさに、負けてしまったことでレースの権威を失墜させてしまったことに……体調を言い訳に敗北を受け入れそうになった自分に。
けど、そんなことはないと立ち上がってくれた後輩達がいた。この悪い噂を払拭するために、セントレジャーの権威を取り戻すために。頑張ってくれていた。だが、現実はそう甘くはなかった。
ワタシの後にこのローテで挑んだウマ娘は多くいた。けど、2着が最高で……その2着も12戦中4回とそこそこの数だったが、ほとんどは惨敗していた。
「あの子は、元気にしているかしらね?」
今でもたまに連絡をくれるから元気ではあるだろう。ワタシと同じように期待を背負って凱旋門賞に出走し……惨敗したあの子、リファレンスポイント。セントレジャーの権威に止めを刺し、セントレジャーの呪いなるものを生み出してしまった子。
あの子もまた、ワタシと同じように期待を背負ってセントレジャーからの凱旋門賞に挑戦した。だけど、あの子もその期待に応えることができず8着と惨敗。そして、怪我が悪化して長期離脱を余儀なくされた。
リファレンスポイントは強いウマ娘だった……強いからこそ、いけなかった。
「この先、セントレジャーステークスから凱旋門賞に出走するウマ娘がいたとしても勝てないだろう」
この呪いを、不動のものにしてしまった。その後も何人かのウマ娘が果敢に挑戦したが、結局はこの呪いを越えることができず。今でもセントレジャーの呪い……ニジンスキーの呪いとして残っている。
(全てはワタシの至らなさが原因……ワタシが勝っていれば、こんなことにはならなかった……!)
他の子達が気に病む必要はなかった!ワタシが、ワタシが勝ってさえいれば……セントレジャーの権威は、まだ保っていたはずだった!
セントレジャーステークスは伝統と誇りのあるレースだ。その伝統を……ワタシが、汚してしまった。
「ワタシが勝っていれば……!ワタシが勝ってさえいれば!セントレジャーの権威がこれ以上落ちることはなかった!」
思わず近くの壁を殴りそうになって……何とか堪える。壊してでもしたら洒落にならないし……。
傲慢かもしれないだろう、時代の変遷のせいもあるかもしれないだろう。だが……ワタシが勝てなかったから止めを刺してしまった。可愛い後輩達に……重荷を背負わせてしまった。その事実が、ワタシに重くのしかかっていた。そして今度は……日本からきた子にその重荷を背負わせてしまった。
アンカデキメルゼ。セクレタリアトの弟子であり、いま世界で最も勢いのあるウマ娘……らしい。生憎と、セクレタリアトの話はいつもほとんど聞き流しているためどんなレースを勝ってきたかを知らない。少なくとも、エクリプスステークスとキングジョージ、セントレジャーは勝ってきているみたいだけど。
そんな彼女に、ワタシは警告した。きっとこのままだと良くないことが起こる。だから、凱旋門賞に出走することに警鐘を鳴らした。けれど、アンカデキメルゼは……ワタシの言葉に真っ向から反発した。
『ふん。だったら、その呪いとやらを僕が祓ってやろう。凱旋門賞を勝利して……セントレジャーの権威を復活させてやる』
表情は変わらない。無表情のままワタシを見据えていた。自信に満ち溢れた良い目……ワタシに、呪いなんてものはないって言ってくれた子達と同じだった。だからこそ、これで彼女が折れてしまわないことを祈る。
それに、心のどこかで期待している自分がいる。彼女は日本のウマ娘が勝てなかった2つのレース、エクリプスステークスとキングジョージを勝っている。それに、キングジョージは欧州最強と名高いデイラミを倒した上でだ。彼女なら、アンカデキメルゼなら……この呪いを終わらせてくれるんじゃないだろうか?そう思う自分がいる。僅かな期待を、抱いている。
「でも……突き放すような言い方になってしまったのは悪かったわね。あの子だって頑張ってる。応援の一言でも出ないのかしら、ワタシ」
嫌われたらどうしよう……?なんて考えてしまう。どうにもキツイ言い方になってしまうのがワタシの悪い癖だ。今度会ったら謝っておくべきだろうか?いや、謝るべきだろう。そうしよう。頑張れ、ワタシ。
とりあえず、あの子の成績を詳しく調べるためにネットの記事を漁る。あの子は有名だし、きっとすぐに見つか……!
「な、何かしら……これはッ!?」
記事を探していると、一本の動画に行き当たった。その動画は、エクリプスステークスの動画。そこで彼女は……アンカデキメルゼは、レース前に踊っていた。
レース前に、なんて……こんな……!踊っている時の表情は変わらず無表情だけれど少し恥ずかしいのか、頬を赤く染めている。それでも一生懸命に踊っている姿が映っていた。
「……可愛いわね。デイラミが夢中になるのも分かる気がするわ」
なんというか、身長も相まって小動物みを感じるわ。
……ちょっと横道に逸れてしまったけど、改めて成績を確認し……は?
「日本の1000ギニーに2000ギニー、ダービーとオークスの4冠……?レース間隔は……え?連闘?連闘で全部勝ってきたの?しかもダービーは芝2400のレコードタイム?……」
見た目に反して凄まじい成績の持ち主ね、アンカデキメルゼ。
なんか、これなら勝てるんじゃないか?って気持ちが湧いてきた。なんのために警告しに行ったのかしら?ワタシ。いえ、でも油断しない方が良いわ。ワタシや他の子達だって、勝てるって言われて勝てなかったんだから。だからこそ、期待はしない。
「……セクレタリアトからも言われたし、レース、見に行こうかしら」
とりあえず、凱旋門賞は見に行きましょう。うん、そうしましょう。決して期待しているわけじゃない。そう、期待しているわけではないのだ。
足取りは、不思議と軽いような気がした。
《……それで、エル。もう少しで凱旋門賞だけど……体調は万全かしら?》
「勿論デース、トレーナー!エルはいつでも体調バッチリデスよー!」
ビデオ通話で日本にいるトレーナーさん達と会話をします。凱旋門賞を間近に控えているので、近況報告も兼ねていまーす!
《それは何よりね。今回の凱旋門賞は強敵揃いですもの》
「ハイ!……そうだ!あのモンジューとも会えましたよ!」
《え?あのモンジューに?》
欧州最強がデイラミならば、モンジューは今欧州で最も勢いのあるウマ娘。アイリッシュダービーとジョッケクルブ賞*1の勝者、凱旋門賞の前哨戦であるニエル賞を勝ったウマ娘デス。この凱旋門賞でも特に注目されていまーす!
それからは当たり障りのない内容……トレーニングとかちゃんと食べているかの確認をして終わろう……と思ったんデスけど。
《エル。今度の凱旋門賞だけど……アンカデキメルゼには特に注意しておきなさい》
「ケ?それは勿論デスけど……どうかしたんデスか?」
《アンカデキメルゼは……レースの本番まで何をしてくるかが分からないわ。ある意味、デイラミやモンジューよりもはるかに厄介な相手よ》
ウーン……日本のクラシックでの話はエルの耳にも入っています。なんでも、皐月賞でとんでもない追い込みをしたかと思えばダービーでは破滅的な逃げでワールドレコードを樹立したり。こっちでも大人気ですからね、アンカちゃん。エクリプスステークスとキングジョージを勝ったこと、そして何よりも……!あのビッグ・レッドの弟子ということから大人気デース!あぁ、アンカちゃんに会えたらビッグ・レッドのサイン貰えたりしないでしょうか?いや、当たって砕けろ!やるだけタダデース!
「ただ、アンカちゃんはこっちに来てからずっと逃げで走ってますよね?じゃあ……」
《思い込みを捨てなさい、エル。そういう時こそ……アンカデキメルゼは何かをしでかす。彼女と彼女のトレーナーは……かなりのやり手よ》
アンカちゃんのトレーナー。アンカデキメルゼの指揮を唯一取ることができる稀有なトレーナーという話は聞いています。そして……ダービーまでアンカちゃんが逃げが得意ということを徹底的に隠し続けた策士。常識破りな戦法は全て、トレーナーが立てた作戦だという話デス。
そんな策士が、海外遠征をしてからは無難な作戦ばかり立てている。だからこそ……この凱旋門賞で何かやってくる。きっと、東条トレーナーはそう考えているのでしょう。
……ですが。
「心配ご無用デース!エルの体調は万全、必ず勝ってきます!」
《……そう。それじゃ、頑張ってきてちょうだい、エル》
「ハイ!それではー!」
ビデオ通話を切る。明日のトレーニング内容をチェックして……最近のことを思い出します。
「結局、トレーナーに言いだせませんでした……」
始まりはこっちで練習をしていた時のこと。
「『ねぇ、ちょっといいかな?』」
「え?あ、あぁ!オーケー、オーケーデース!」
通訳の人を交えて会話をする。その時言われたのが……
「『あなた、日本のウマ娘でしょ?あなたもクレイジーラビットみたいなトレーニングはしないの?』」
「……え?」
「『ほら、特殊な蹄鉄履いてトレーニングしたり!』」
「『私はなんかデッカイそりを引いてるのを見たことあるよ。すっごく重そうだった』」
「『僕は障害レースの練習をしているのを見たことあるな~。あれもきっと特殊なトレーニングなのかもしれない!』」
「え、え~っとぉ……」
「『日本のウマ娘っていつもあんなトレーニングしてるの!?教えて教えて!』」
わらわらと集まってきて。アンカちゃんのことについて聞かれました。とは言っても、エルはほとんど関りありませんし、教えられることはなにもありませんでしたけど。あ、トレーニングの誤解だけは解いておきました。じゃないと……エルもとんでもない目で見られそうデスし。
……トレーナーに言い出せませんでした。
「日本のウマ娘のイメージが……著しく崩れているデース……!」
思わず頭を抱えます。……まぁ、エルには関係ないでしょうし大丈夫でしょう。うん、多分理事長さん辺りが苦労しそうデスけど。
あぁ、(理事長達の胃は)やっぱり今回もダメだったよ。