拝啓、父さん母さん。いかがお過ごしでしょうか?僕は今、修羅場というものに遭遇しています。
「『なぁ我が弟子?お前は勿論師匠の方についていくよなぁ?』」
「『アンカ。悪いようにはしないわ。イギリスのトレセン学園に来ない?』」
もっとも……その修羅場の中心にいるのが僕なんですけどね!どうしてこうなった!?
話は少し前にさかのぼります……。
凱旋門賞が終わった翌日。練習は休みだけどグラウンドにいた僕達。そんな僕達の元に
「『失礼。少しいいかしら?』」
「『あなたは……ニジンスキーさん?』」
ニジンスキーさんが訪れました。その表情は前と違って……なにか、憑き物が落ちたような、前とは違って晴れやかな感じがしてました。
僕達の元を訪れたニジンスキーさん。そんなニジンスキーさんが唐突に頭を下げて……!?ちょちょちょ!何やってるんですか!?
「『まずは、謝罪をさせてちょうだい。アンカデキメルゼ、そしてそのトレーナー』」
「『な、なにを!?』」
「『頭を上げてください!ニジンスキーさん!』」
「『そういうわけにはいかないわ。ワタシは……あなた達に失礼を働いてしまった。だから、こうして謝らないと筋が通らない。頭を下げないと、ワタシの気が済まないの』」
「『そ、そうは言いますけど……!』」
僕とトレーナーさんはそれはもう大慌てですよ。だってニジンスキーさんですよ?イギリス最後のクラシック3冠ウマ娘にして無敗のクラシック3冠。そんな人に頭を下げられてるんですよ?そりゃ慌てますよ!
その後なんとかニジンスキーさんに頭を上げてもらって。話をすることになりました。ニジンスキーさんは僕の方に笑顔で向き直ります。
「『本当に、ありがとうアンカデキメルゼ。あなたのおかげで……長い呪縛から、解放されたような気分になったわ』」
「『……僕としては、いつも通りに走って勝っただけなんですけどね』」
「『それでも、感謝させて。ニジンスキーの呪いなんてなかった……そう取り上げてくれるメディアも現れた。そう遠くないうちに、ニジンスキーの呪いは過去のものになると思う。これは間違いなくあなたのおかげ。だからこそ、お礼を言わせてちょうだい』」
「はぁ……」
「『なんだなんだ?ニジンスキー!この前とは随分と違うじゃねぇか!どういう風の吹き回しだ?おい!』」
師匠がニジンスキーさんを茶化すように笑っている。ニジンスキーさんは呆れ顔だ。
「『この子のおかげで、ワタシはようやく前を向けるようになった、そんな気がするのよ。だから、感謝するのは当たり前でしょ?』」
「『違いねぇ!前のようなつまらねぇ奴じゃなくなった……ギラついた、良い表情をするようになったじゃねぇか!』」
2人はそんな会話をしている。うんうん、仲良きことは美しきかなとか言うヤツですかね?知らないですけど。
それからは和気藹々とした時間が流れる……
「『そうだ、アンカデキメルゼ……長いからアンカでいいかしら?』」
「『構いませんけど……どうしました?ニジンスキーさん』」
「『あなた、イギリスのトレセン学園に編入する気はないかしら?』」
……おっと?流れが怪しくなりましたね。ニジンスキーさんはニッコニコしてるけど、本当になんで?
「『ど、どうしてです?』」
「『決まってるじゃない』」
ニジンスキーさんは笑顔のまま答えた。
「『あなたのことを気に入ったんだもの。勿論あなたのトレーナーもセットで来ていいわ。トレーニングだって、最高レベルのものを使わせる。だから、イギリスのトレセン学園に編入しない?』」
「え、えぇっとぉ……」
日本から移住する気はないけど……それ以上に……
「『おいおいおい?面白くねぇ冗談だなぁニジンスキー。そいつは道理が通らねぇだろ?』」
師匠が僕の肩をがっしりと掴んで……痛い痛い!?食い込んでる食い込んでる!指が食い込んでますよ師匠!
「『コイツは俺“の”!弟子だ!来るにしてもアメリカのトレセン学園だろうが!』」
「『あら?でもあなた断られたんでしょ?ならワタシがイギリスのトレセン学園に手引きしてもいいんじゃないかしら?』」
「『うるせぇ!とにかくそんなこと認められるか!』」
その後は師匠とニジンスキーさんとで話し合いというの名のメンチの切り合いが始まって……
「『このメシマズ国家が!テメェんとこの国の料理はもう少し美味しさに気を配ったらどうだ!?えぇ!』」
「『言うに事欠いてあなた……!ジャンクフード大国は黙ってなさい!健康に悪いったらありゃしないわ!アンカが太ったらどうするのよ!』」
「『その分運動させりゃいいだろうが!美味けりゃいいんだよ美味けりゃ!』」
師匠、そこに僕の意志はないんですか?
……とまぁ。現在に至ります。僕は師匠に右腕を、ニジンスキーさんに左腕を掴まれている状態。どうですか?伝説級のウマ娘2人の間に挟まれてますよ?羨ましいですか?じゃあ今すぐ代わってあげましょうか?
どうすりゃいいんでしょうね?コレ。
「『あ、あの……お2人ともその辺で。アンカも困ってますし』」
「「あぁ!?」」
「『とりあえず、アンカを離してください!まずはアンカの意志を聞かなきゃどうにもならないでしょう!?』」
「「……チッ」」
トレーナーさんの呼びかけもあって2人は僕から手を離してくれました。ようやく解放されます。
と、トレーナーさん……!この2人相手に割り込んで僕を救ってくれるなんて!あなたが神か!?
「とりあえず、アンカはどうしたい?それを聞かなきゃ始まらないからね」
「僕がどうするかだと?決まっているだろう……」
僕は、声高に答えます!
「無論!神の啓示(安価)に決まっている!」
……師匠とニジンスキーさんを除く全員から呆れたような表情をされた。なんでや!僕と言えば安価、安価と言えば僕!だから当然だろう!?あ、この意思表示は大事だから言っておきましょうか。
「『それと、僕は日本のトレセン学園から出る気はない。イギリスにも、アメリカにも編入する気はない』」
そう言うと、師匠達は渋々ながらも引き下がりました。……安価出来なくなっちゃった……。
「『……仕方ねぇ。諦めてやる』」
「『そうね。だから……次のプランで行きましょうか』」
ニジンスキーさんは、懐から何かを出して……って!アレは!?
「『お前それは!?』」
ニジンスキーさんは不敵に笑う。ニジンスキーさんが取り出したものは……トレーナーバッジです。
「『トレーナーバッジよ。もしもに備えて取っておいた甲斐があったわね。アンカのトレーナーさん、確かあなた……新人ながらもチームを任される手筈になっているのでしょう?』」
突然質問されたトレーナーさんは慌てながらも肯定します。
「『そ、そうですけど……どうしてそのことを?』」
「『ちょちょいっと情報を……ね。それで、どうかしら?やっぱり新人のトレーナーにチームはキツいと思うのよ。そこで……』」
ニジンスキーさんは、ニッコリと笑います。それはそれはもうニッコリと。
「『ワタシをあなたのチームのサブトレーナーとして雇う気はないかしら?』」
「「「えぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」
「『勿論他の子だって見るわ。仕事だって手伝う。あら?これってWin-Winではなくて?』」
「『そ、それはそうですけど……』」
ニジンスキーさんの第2の矢。それは僕ではなくトレーナーさんの方を落とすというもの。な、なんて策士……!
「fu〇k!『俺だって取ろうと思えば……!』」
「『あら?でもあなたは持ってないでしょう?これがワタシとあなたの差よ?』」
ニジンスキーさん師匠をめっちゃ煽っとる!?あなたそんな人でしたっけ!?
「『それに、あなたからしても悪い話ではないわ』」
「『……どういう意味だ?』」
「『簡単な話よ。今のままだと、あなたはアンカが日本に帰ったらアメリカに連れ戻される可能性が高いんじゃなくて?いくら外部コーチとして出向くとしても、日本の、ほとんど関りがない状態で行っても却下されるのなんて目に見えているわ。いくらあなたがアメリカの英雄だとしても……ね』」
「『まぁ、確かにそうだな。普通許可なんて下りねぇ』」
「『そこでワタシよ』」
ニジンスキーさんはさらに楽しそうに笑います。
「『
師匠は深く考え込んでいる。これからのことを考えているのかな?
しばらくの沈黙。長い長い時間が流れているような気がして……
「『……悪くねぇ提案だ。悔しいが、飲むしかねぇってことか』」
師匠が折れた。……一件落着?
「『聡明で助かるわ、セクレタリアト。無論、あなたはそのままアンカの師匠を継続してもらいます。ワタシは、コーチとしてみんなを導きましょう。無論、あくまで最優先すべきは……あなたですけどね』」
「お、俺?」
トレーナーさんがキョトンとした表情を浮かべている。ニジンスキーさんはトレーナーさんに再度確認する。
「『どうかしら?ワタシをあなたのチームのサブトレーナーとして就かせる気はない?』」
「『さ、さすがに俺の一存じゃ……』」
「『悪くない提案だと思うのだけれど。
トレーナーさんも考え込む。また長い時間が流れて……
「『……さすがに俺の一存じゃ決められない。だから、せめて秋川理事長に話を通してほしい。確かにあなた達2人に指導を受けてもらえるウマ娘は幸福かもしれないけど……、なんでもかんでもはいと答えるわけにはいかない。秋川理事長の許可が取れれば、俺も首を縦に振ります』」
通すべき筋を通してほしいというもの。目に見えるメリットは莫大だけど、それ以上に譲れない部分なのかもしれません。
「『ふむ……ここで流されないのね。目の前の利益に飛びつくんじゃなくて、ちゃんと自分の意志を持って断っている。好感が持てるわ』」
「『それに……あくまでアンカのトレーナーは俺です。そりゃ、トレーニングなんかはセクレタリアトさんに任せっぱなしになってますけど……それは譲れない部分ですから』」
「「……」」
と、トレーナーさん……!嬉しいこと言ってくれるじゃありませんの!師匠達は目を丸くして……豪快に笑い出した。
「『HAHAHA!そりゃ勿論分かってるさシルバーラビットのトレーナー!それに、俺に任せっぱなしっていうけどよ……お前が組んだトレーニングメニューも中々のもんだぜ?ま、俺が勝手に回数増やしてるけど』」
「あはは……」
「『そのせいで自信を無くしているんじゃなくて?気にしなくてもいいわアンカのトレーナー。セクレタリアトの目は確かよ。それに、毎回アンカを万全の状態で送り出している……それは素直に凄いことよ。あのクソローテで』」
「『ダービー戦線は疲労困憊状態でしたけどね……』」
「そうは言うがトレーナー君。君はいつだって僕に尽くしてくれたじゃないか。僕が精神的に不味い状態にならないように常に気を配っているし、僕達のメディカルチェックも毎日欠かさず怠らない。それに、僕の神託(安価)を必ず考慮してくれている。こうして僕が勝ち続けているのは、間違いなくトレーナー君のおかげだよ」
「そう言ってもらえると嬉しいかな?」
話し合いは秋川理事長を通して、ということになり。その場は解散となりました。そして後日……
「『正式にあなたのチームのサブトレーナーとして働かせてもらうわ。ニジンスキーよ』」
「『……こちらこそよろしく。ニジンスキー』」
「『あら?嬉しくないのかしら?』」
「アハハ……理事長達から問い詰められたからね……ニジンスキーさんが加わるのは嬉しいっちゃ嬉しいけども……」
ニジンスキーさんが僕達のチームのサブトレになりましたー……なんかトレーナーさんはやつれてるけど。
ニジンスキーさんがサブトレになりました。やったね。