──ゼニヤッタというウマ娘にとって、そのレースは衝撃的だった。
「わぁ……!」
ある日、ゼニヤッタはそのレース──セクレタリアトステークスの映像を、本当に偶然目にした。
セクレタリアト。アメリカにおいて、その名を知らないウマ娘はいない。アメリカにおける英雄的存在であり、初代ビッグ・レッドのマンノウォーにも並ぶ、最も偉大なウマ娘としてその名をアメリカに刻み込んでいるのだから。そして、彼女の視線の先には──レースの最初から最後まで先頭で駆け抜けた、
レースが始まる前、パドックの映像を見ながらゼニヤッタは心配するような目で彼女を見ていた。周りのウマ娘と比べて、明らかに小柄だったから。
《セクレタリアトステークスの1番人気はなんとなんとこのウマ娘だ!イギリスから渡ってきた挑戦者……え?日本?あ、了解了解……ン、ンン!失礼しました!日本からのチャレンジャー、アンカデキメルゼ!エクリプスステークスとキングジョージを制した刺客が、なんとなんとこのセクレタリアトステークスに殴り込みだぁぁぁぁぁ!さらにさらに!なんと彼女、あのセクレタリアトの愛弟子でもあるそうだぁぁぁぁぁ!それを証明するように、セクレタリアトの髪色のような真っ赤なローブを羽織って登場しているぞぉぉぉぉぉ!》
(日本のウマ娘の子って、あんなに小さいんだ……レディーズシークレット様みたい……Anka De Kimeruze)
150をようやく越したかと思う身長。小柄な体躯でも成績を残したウマ娘は数多くいるが、それでもゼニヤッタには不安という気持ちが出ていた。それに、その少女はどうやらセクレタリアトの愛弟子だという話である。つまるところ……このレースにおいて、最重要で警戒される。きっと、厳しいマークを受けるのだろうと。ゼニヤッタはテレビ越しにそう分析していた。
だが──レースが始まると同時に、その不安は……一気に晴れることになる。
アンカデキメルゼは、始まるのと同時に勢いよく飛び出した。後続のウマ娘も、そんな彼女についていく。だが……アンカデキメルゼのスピードはハッキリ言って群を抜いていた。加速が尋常ではなく、コーナーに入っても全く減速しない……そして、ゼニヤッタの目にも、
「あの走り……!もしかして、セクレタリアト様の等速ストライド!?」
伝説の再来に、ゼニヤッタの目は釘付けになった。一挙手一投足を見逃さんと、アンカデキメルゼの走る姿を目に焼き付ける。テレビにかじりつくように、食い入るように見入っていた。そして……アンカデキメルゼは、およそマイル戦とは思えない着差でゴールした。
《アメェェェェェェェイジィィィィィング!ファンタスティィィィィィィィック!まさに伝説の再来だ!ビッグ・レッドが、セクレタリアトがこのコロニアルダウンズレース場に蘇った!アンカデキメルゼ圧倒的な走りでセクレタリアトステークスを制したぁぁぁぁぁぁ!2番手はまだ最後の直線を走っている!全員息も絶え絶えだ!そりゃそうだ!アンカデキメルゼの大逃亡劇に付き合ってしまったから全員スタミナが切れている!というか、これがマイル走の着差か!?あまりにも圧倒的過ぎる!》
《──以上!先日コロニアルダウンズレース場で行われたセクレタリアトステークスの映像でした!いや~それにしてもアンカデキメルゼ……シルバーラビットは凄いレースを見せてくれましたね!》
《あぁ!とってもアメイジングな走りだったよ!セクレタリアトの愛弟子は伊達じゃないね!シルバーラビット!是非ともアメリカに来てくれよな!》
レースが終わり、称賛を浴びるアンカデキメルゼの映像。その姿を──ゼニヤッタは憧れの籠った目で見ていた。
「アンカデキメルゼ様、いえ、シルバーラビット様……!」
あの小さな体躯で、なんて素晴らしい走りをするのだろう。あれだけのマークを受けていたのに逃げ切るなんて、なんて凄いウマ娘なのだろう。そして、レースに勝利しても──なんて堂々とした佇まいなのだろう。
「私もいつか、あんな風に……!」
ゼニヤッタにとって、憧れのウマ娘が更新された時である。
「──『と、いうのが!私がシルバーラビット様を慕う理由です!』」
「『そ、そうなんだ』」
とある日の昼下がり。僕は奇妙な縁でゼニヤッタちゃんと話している。どうやらゼニヤッタちゃんは日本に来ていたみたいだった。その理由は1つ、ボクのジャパンカップを見るためだとか。いやぁ!そこまで慕ってくれて嬉しいなぁ!
「『それに!ジャパンカップも私、凄く感動しました!あんなに不利な状況だったのに、こう、中団からズバーン!って!ビュビューン!って抜け出すあの姿!やっぱりシルバーラビット様は凄いです!』」
「あはは……」
まさかのゼニヤッタちゃん、感覚派ですか。というか、さっきから気になってたんだけど……。
「『もしかしてそのパーカー、僕のファンクラブのヤツ?』」
僕がそう尋ねると、ゼニヤッタちゃんはそれはもうキラッキラした表情で、凄く嬉しそうに教えてくれた。ぎゃああああぁぁぁぁ!眩しい!
「『はい!凄いですよねこれ!シルバーラビット様をモチーフにしたこのパーカー!凄く着心地が良いんですよ!それにデザインも普段使いできるので愛用しているんです!お家に同じの何着も持ってます!』」
「『へ、へぇ~……』」
一応、デザインに関しては僕も目を通しているのでライブで見るような、僕のイラストがデカデカとプリントされたようなものではない。あくまで僕をモチーフにした、普段使いできるようなデザインのパーカーだ。ただ、いざこうやって実物を着ているのを目の当たりにすると……なんというか、恥ずかしさみたいなものがある。
「『ファンクラブにあるグッズは全部買い揃えていますし、布教用にも持っているんです!日本では当たり前の文化なんですよね?』」
「『ゼニヤッタちゃん。生憎とそれは当たり前ではないんだよ』」
いや、まぁ僕も保存用と布教用に買うことはあるけど。でも当たり前かと言われたら微妙なところだ。というか、ファンクラブのグッズ全部買い揃えてるって……しかも複数購入している発言。つまりゼニヤッタちゃんって良いとこのお嬢様だったりするのか?
「『そう言えばゼニヤッタちゃんは、アメリカのトレセン学園にはいつ頃入学するの?』」
「『来年ですね。私は推薦もらってるので、特に心配はありませんよ』」
「『推薦……ということは、ゼニヤッタちゃんって同世代の子の中でもかなり強かったり?』」
「『う~ん……どうなんでしょう?私はどうもスタートが苦手で……いっつも後ろからレースをスタートしちゃうんです。まぁ気づいたら1着になってるんですけど。その日レースの観戦に来てたトレセン学園のトレーナーさんの目に留まって、推薦された感じです』」
すげぇ、ナチュラルに凄いこと言ったぞこの子。つまるところ、この子は同期の子の中でもトップクラスの強さの持ち主なんだろう。
「『でも、私と同じぐらい強いって子もいますよ?まぁ走ったら私が勝ちますけど!』」
「『そうなんだ。まぁゼニヤッタちゃんもいざデビューするってことになったら頑張ってね。僕も個人的に応援してるよ』」
「『シルバーラビット様……!ありがとうございます!私、嬉しいです!よ~し、シルバーラビット様にも応援されてるし、頑張るぞー!目指せ!無敗のウマ娘ー!』」
ゼニヤッタちゃんは笑顔で拳を上げている。うん、可愛い。
さて、まだ大分時間があるけど……どうしようかな?このまま喫茶店で時間潰すのもアレだし。
「『ゼニヤッタちゃんはこの後どうする?なにか予定とかあるの?』」
「『私ですか?特にないですよ。日本の観光も明日する予定ですし』」
「『そうなんだ……じゃあ、家に来てみる?』」
ゼニヤッタちゃんは目をキョトンとさせている。
「『誰のです?』」
「『僕の』」
「……Really?」
「Yes」
ゼニヤッタちゃんが固まっちゃった。どうしたんだろう?不本意だけど……まことに不本意だけど!あそこは僕のグッズに関しては凄まじい量がある。それこそ、ファンクラブでも出回らないような父親御手製のグッズさえもある。多分、ゼニヤッタちゃんも気に入ると思うから提案したんだけど……もしかして嫌だったかな?
数秒の制止の後。ゼニヤッタちゃんが興奮気味に声を上げた。
「『良いんですか!?私が!シルバーラビット様のお家に行っても!?』」
「『う、うん。あそこは僕のグッズとかたくさん置いてあるだろうし、ゼニヤッタちゃんも気に入るかな~って思うんだけど……嫌だった?』」
ゼニヤッタちゃんは興奮気味に答える。
「『嫌な訳ありません!是非!お邪魔させてください!』」
「『そ、そう?じゃあ早速向かおうか』」
「『はい!あぁ……!これが、日本の聖地巡礼!』」
聖地ってそんな大げさな……。というわけで、僕のお家に向かうことになりましたとさ。
そして、僕のお家に着いた。その時の両親の反応はこれである。
「まぁ……!まぁまぁまぁ!アンちゃん!あなたお友達が増えたのね!?そうなのね!?」
「……ゼニヤッタちゃん。僕を尊敬してくれてる子だよ」
「おぉ……!アンを尊敬するだなんて!この子は見る目があるな!ささ、どうぞ上がっていきなさい!」
「『は、初めまして!ぜ、ゼニヤッタって言います!し、失礼します!』」
「え、英語!?アンちゃん、海外のお友達ができるだなんて……!あのトレーナーさんの言うように、海外遠征は間違いじゃなかったわ!」
超テンション高く迎えていた。うん、凄いテンション高いな。代わりに玄関に相変わらず僕の等身大パネルを置いてあるのと、最早隠そうともしない僕のグッズで埋め尽くされた玄関やリビングを見て僕のテンションはダダ下がりだけど。
「『す、凄い……!シルバーラビット様のグッズがこんなに!?あ、こ、これは!ファンクラブでも見たことがないグッズ!?』」
「な、なぁアン?ゼニヤッタちゃんはなんて言ってるんだ?」
「……ファンクラブでも見たことないグッズだって。後僕のグッズの多さに感動してる」
おう、なんの羞恥プレイだ?コレは。僕が招いた事態とはいえ、どうかと思うぞ。
「『す、凄い!ここはまさに!私にとっての天国です!あぁ……素晴らしいっ!』」
「……ゼニヤッタちゃんにとっての天国だって。まぁ、僕のグッズがこんなにあるのを見て感動してるんじゃない?」
「……まぁ。まぁまぁまぁ!ゼニヤッタちゃんは本当にアンちゃんのことが好きなのね!」
「『し、シルバーラビット様。お母様はなんと?』」
「……『ゼニヤッタちゃんは本当に僕の事が好きなんだねって』」
僕がそう伝えると、ゼニヤッタちゃんは大きく首を縦に振った。母親の言葉を肯定するように。
「『できることなら、このグッズを持ち帰りたい……!けど、ぐぬぬ……!おそらく非売品のグッズ……!し、仕方ありません。ウマホに収めるだけ収めましょう……』」
「なぁアン。なんでゼニヤッタちゃんはガッカリしてるんだ?」
「ファンクラブで見たことないグッズが非売品だって分かってガッカリしてるみたい。どうせ父さんの自作でしょ?コレとか」
「そうだな。……よし!ゼニヤッタちゃんはアンのことがこんなに好きなんだ!つまり、悪い子じゃない!お父さんがこのグッズを譲ろう!ゼニヤッタちゃんにそう伝えてくれ!」
「……分かったよ。『ゼニヤッタちゃん?良ければ父さんが非売品のグッズ譲ってくれるって』」
僕の言葉に、ゼニヤッタちゃんは感激したかのように目をウルウルさせていた。
「『ほ、本当ですか!?こ、この素晴らしいグッズの数々を、本当にお譲りいただけると!?』」
「『うん。というか、このグッズ全部父さんの手作りだし、別にいいんじゃない?』」
「……『どうしましょう?いくら払えばよろしいのでしょうか?とりあえず小切手で』」
「『仕舞いなさい。お金とか良いから』」
「ゼニヤッタちゃんは良い子ね~!アンちゃんのことをこんなに慕ってくれるなんて!」
まぁ、良い子なのは違いない。それは認める。
「あ、そうだアン。この前記者さんがお前のことについて取材したいって来たぞ」
「え?そうなの?」
なんで僕の実家に?僕のところに来ればいい……いや、うん。今までのインタビューから多分無理だと判断したんだな。実際僕は長い時間拘束されるの嫌いだし。
「それで……父さん達はどうしたの?」
父さんと母さんは、それはもう自信満々に答えた。
「安心しろ!アンの素晴らしさを、それはそれはもうじっくりと語ってやったさ!」
「えぇ!アンちゃんの可愛いところ、カッコいいところ、美しいところ……余すことなく語ってあげたわ!まぁちょっと長く語り過ぎちゃったのか、最後には記者さんげっそりしちゃってたけど……」
……なんだろう。すげぇ聞きたくない。
「……ちなみに、どれくらい語ってたのさ?」
「そうだなぁ……確か、記者さんが来たのがお昼過ぎぐらいで……話し終わったのが確か……日付が回る前ぐらい?いや、もう回ってたか?まぁそのぐらいだな」
どんだけ喋ってんだよオイ!?
「そうねぇ。でもアンちゃんの可愛さを語るにはもっともっと時間が欲しいんだけど……記者さんも話の途中で違う!聞きたいのはそう言うことじゃない!って遠慮するもんだから。お母さんついつい張り切っていっぱい喋っちゃった!」
「……」
哀れ名も知らない記者さんよ。この両親に僕の事を聞いたのが間違いだったな。
それからゼニヤッタちゃんと僕の両親は意気投合。連絡先まで交換していた。
「私達も英語できるように頑張らないといけないわねあなた」
「そうだな。時代はグローバルだ!」
「『私も日本語勉強しなきゃ……!頑張ること、増えたなぁ。でも、頑張るぞー!』」
「……もう好きにしたらいいんじゃないかな?」
ゼニヤッタちゃんは、それはそれはもうご満悦そうに帰っていった。大量の僕のグッズを抱えて。僕?普通に寮に帰ったよ。両親に滅茶苦茶引き留められたけど、外泊届出してないから無理とだけ答えておいた。
推しを追いかけて日本に来たら推しの家に案内された図。ちなみにトレーナーのお話で出た記者がアンちゃん宅でどんな目に遭わされたかが分かる回。
そう言えばジョジョの奇妙な冒険のスティール・ボール・ランを全巻買いました。なんでわざわざ報告したかって?……HAHAHA。